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＜東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン＞
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悲鳴のレコード
奇妙な客がやってきた、とアンティークショップ・レンの主は思った。奇妙な人間が集まるこの店の主が言うのだから、それは相当な変人と思っていい。
「で、これかい。そのレコードは」
「はい」
その客――一見普通のサラリーマンだが、その目にはクマが出来ている。疲労が蓄積しきっている。
「悲鳴が聞こえるんだったね」
「はい。詳細は電話で話したとおりです」
サラリーマン風の男は、かれた声で言った。
このレコードはどこぞの骨董品店で購入したのだが、かけてみても悲鳴しか聞こえない。女の悲鳴がえんえんと響いているのだという。
「最初は、買ったものだし……不気味だけど、ちょっと聞いていようと思っていたんですが……」
しかし、段々と変なことが起き始めたのだという。
部屋でレコードを聴いていると、何かが空気中からぽとりと落ちる。見れば、ハエである。さらに後日その部屋を掃除すると、部屋の隅からゴキブリやらの死骸が出てきたのである。それ以後、その部屋でハエやゴキブリが出ることはなくなったという。
それからまた聴いていると、飼っている犬が病気になった。
「妻は頭が痛いと言うし……娘は体調を崩して、今休んでいます。このレコードが原因じゃないかと思ってかけていないんですが……」
「状況はよくならないと。だからウチに売りに来たわけだね。わかった、引き取ろうじゃないか」
蓮は薄く笑って言った。彼女の推測だが、もしかすると身体の小さなものから影響を受けていくのかもしれない。ハエなんかはすぐに死んで、身体の大きな犬は死ぬのに時間がかかるのかもしれない。
かけると死ぬ、悲鳴のレコード。これを処理するのは骨が折れそうだな、と蓮は思ってしまった。
「なるほど、考えたねえ」
感心したように呟くのは、アンティークショップ・レンの店長。悲鳴をあげ続ける――さらにそれを聞き続けると死んでしまう――レコードの対処に来た人物は、静かに笑う。
「ええ、私は死んでいますので。レコードを聞いても特に問題はないかと思います」
スーツをびしっと着込んだ、全身から『仕事一筋サラリーマンです』的雰囲気を漂わせている男が言う。彼の名は来生一義。一見普通の人間だが、その実十年近く前に死んでしまった幽霊である。
「というわけで蓮さん、レコードプレイヤーを貸していただけますか。しばらく私一人で聴いてみますので」
蓮は快く頷いて、ずいぶん年代もののプレイヤーと、防音設備が施された部屋を用意してくれた。こういう事があっさりできるあたり、いかにも趣味人の蓮らしい。
「さて……」
来生は早速、レコードをかけ始めた。
くるくると、レコードが回る。音飛びなどもない。悲鳴さえなければ、実に上質のレコードであった。
（ＬＰレコード……ふむ。これを製作した人間は、特にレコードそのものにこだわりはなかったのか……）
レコード自体には、特になにも書かれていないし、レコードの形式も珍しくないものだ。もしかしたら作成者は、悲鳴さえ録音できれば媒体はなんでも良かったのかもしれない。
（とはいえ、カセットテープやらＣＤやらＭＤやらが氾濫している時代でわざわざレコードを選択する意味がわからない。単に、このレコードを製作した時代にそれらの記録媒体がなかっただけかもしれないが――）
悲鳴は響き続けている。誰かの断末魔――というよりは、むしろ声優が演技としてあげた悲鳴のように、来生には思えた。もちろん永久に声を出し続けることができるわけもなく、時折息継ぎをするかのように悲鳴が止まる。
それもまた、悲鳴が偽物であるという印象を強くする。
（とはいえ……）
ぼとりと、天井からなにかが落ちてきた。よく見てみるとゴキブリだった。
（適度に聴くならば、害虫駆除に効果的かもしれませんがね――）
骨董品店ならばゴキブリの一匹や二匹いてもおかしくはあるまい。駆除の役にはたったかもしれない。
とはいえ、ゴキブリがいきなり天井から落ちてくるなど、普通ならな有りえない。こういう虫は人知れず死んでいくものだからだ。
やはり、レコードを聴き続けると体に異変があるというのは、本当のことかもしれない。
まだ、来生の体に異変はない。そもそも幽霊なのだから異変が起こりようもないのだが――さすがに悲鳴をじっと聞き続けていると、気分が悪くなってくる。
（――――…………ッ！ いや、まだまだ……）
一瞬の吐き気を、どうにか押し殺す。悲鳴は嫌いだ。家族が焼け死んだ光景がフラッシュバックしてしまう。
悲鳴はずっと同じ調子だ。トーンが変わらないのはある意味すごいし、声量も半端ではない。しかしだからこそ、一度断末魔を聞いた事のある来生には、その声が作り物めいているとわかってしまう。
二十分がたった。
悲鳴はずっとあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああと、声にならない一本調子である。
ＬＰレコードの再生時間は三十分。もう半ばをすぎたのに、レコードの中身は変わらない。来生は部屋の掃除をしながら、レコードを聴き続けていた。増えてきたゴキブリの死体は、几帳面な来生には耐えられない。
一通り死体を片付けて、来生は大きく息を吐く。
（なにも起こらない……おまけに、悲鳴もずっと同じで、ヒントになるようなものもない……いっそさっさと処分してしまったほうが良いか……？）
こういう呪物は、処分しても戻ってくることがある。来生としては、別の方法を使いたかったのだが――。
その瞬間だった。
がぎぃん、と耳障りな音と共に。
――ぃぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアあああああああああああああああアあああああああああああアアアアアアアアアアアアアッ！
「！？」
いきなりレコードから、驚くべき音が飛び出した。否――それはすでに、衝撃派とでもいうべき大音量だ。咄嗟に耳をふさぐ来生だが――。
音量は手を貫通して、来生の耳を直接叩く。
（こっ、これは……単なる『音』じゃない……ぞ！）
いくら幽体といえど、来生とて存在していることには変わりない。非常に特殊な攻撃を受ければ、ダメージを受けることはある。
この『音』は、先ほどまでレコードが奏でていた音とはまったく質が違う。来生だけに聞こえるような特殊な音波だ。その証拠に、これだけの大音量なのに、部屋のガラスはピクリとも動いていない。窓ガラスというのは、大きな音で簡単に震えるし、割れるというのに。
たとえば、犬には犬にしか聞こえない音があり、それを利用した犬笛がある。この音も、来生にしか聞こえない、いわば来生笛だ。
生身の人間と幽霊も、外部の情報を取り入れる仕組みはまったく違う。犬と人間の可聴域が異なるように。今まで来生の体に異変がなかったのは、悲鳴が生身の人間を殺すためのものだったからで――。
このレコードは――おそらく、今までの音では来生を殺せないとみて、音の質を変えてきたのだ。それに時間がかかったのは、来生の正体の分析と、来生に対する効果的な音の作成をしていたから。
（こ、これはまずいっ……！）
まず動けない。重力が五倍くらいに跳ね上がったような気がする。おまけに入り込んでくる音波が来生にまともな思考をさせてくれない。
相手によって音を変えて、効果的に殺す『悲鳴のレコード』。こんなものに関わるんじゃなかったと本気で後悔するが、いまさら遅かった。
（…………どうにかして――レコードを止めれば）
来生はかろうじて右腕をレコードに向け、そのまま。
得意の浄化の炎を繰り出した。
（燃えろ！）
自らを焼いた炎を霊力で具現化させる。不浄なもの一切を焼き払う真紅の劫火。
だが――。
必殺の炎も、レコードに辿りつく前に、空気中で爆発して消えてしまった。跡形もなく。
（くっ）
一体いかなる原理かはわからないが――レコードは、音によって炎も殺してしまったのだ。タイムラグが少ないのは、炎というものが、生物よりはるかに単純で基本的なものだからかもしれない。
とはいえ――。
「お、おいっ、なんなんだい今の爆発はッ？」
外から、蓮の声が聞こえる。そのままがちゃりと扉を開けて、チャイナドレスの美女が侵入してきた。耳を塞いで苦悶の表情を浮かべている来生に、怪訝な顔を向ける。
「れ、れんさ……レコードを……止めてくださ……」
途切れ途切れの要望でも、蓮は汲み取ってくれたようで――すたすたとレコードに歩み寄り、あっさりと針をはずした。やはり来生の聞いていた音は、彼女にはまったく聞こえていないらしい。
（た、助かった……）
来生の読みどおりである。炎を使えばその音で蓮が来ることも、レコードが対来生の音から普通の人間用の音に戻るまでは、やはりタイムラグがあることも。
とはいえ――分の悪い賭けではあったのだが。
ようやく訪れた静寂に、来生はほっと安堵した。
レコードは問答無用に叩き割った。その後で来生の炎により、あたかも残らず灰に還す。
（もうこりごりだ……）
レコードが焼けていく様を見て、来生はそう思ったが――。
一瞬だけ。
レコードを燃やす浄化の炎が、あたかも悲鳴をあげる女の表情になった――――ように、来生には見えたのだった。
＜了＞
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【3179／来生・一義／男性／２３歳／弟の守護霊（？）兼幽霊社員】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、来生一義さま。ＬＰ、ＥＰなどという言葉が出てくるあたりレコードにくわしいと思われましたので、分析を中心に進めてみました。炎を使えば簡単に焼却ができてしまうわけですが、それではつまらないので、それを最終手段にして進めていきましたが、いかがでしょうか？ 楽しめていただけたら幸いです。
追伸：うちの異界です。よければ覗いてください。 http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2248
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