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目指すは財宝、億千万!
「ふ、ふふ、遂に見つけたわ!」
瀬名 雫が声高らかに叫ぶ。
右手を高く掲げ、左手で傍らにいる影沼 ヒミコの拍手を煽るのも忘れない。
そして掲げられた右手に握られているのは一枚の紙切れ。
A4ぐらいのサイズだろうか。どうやらコピー用紙のようだ。
それには古ぼけた紙に描かれていたのであろう、妙な絵が印刷されていた。
「これが、お宝が隠された洞窟の地図よ!」
見せ付けられた小太郎は、どう反応して良いやら、困っていた。
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まずは後悔する事頻り。
初めて出会った時に、うっかり携帯電話の番号とメールアドレスを教えてしまったのがいけなかった。
『小太郎ちゃんに朗報! きっと君の背も伸びる!』
つい昨晩、雫から小太郎の携帯電話に送られてきたメール内容である。
最初は笑い飛ばそうとしたのだが、その誘い文句には小太郎を惹きつけて止まない魅力がある。
小太郎にとって身長とは、強さの次に欲しいものなのだ。
そして小太郎はその魅力に負け、次の日にはゴーストネットOFFの本拠地であるネカフェに足を運んでいたのである。
だがしかし、当然小太郎の身長が伸びる、なんていうのは嘘で、本当はこのお宝探しに付き合って欲しい、もとい、道連れを一人増やそうとしていたのである。
「嘘八百で人を呼び出しておいて、何がお宝の地図だよ……」
小太郎がやっとの思いでひねり出した言葉がそれだった。
「すみません、突然呼び出してしまって」
ヒミコが頭を下げて謝ってくれるので、小太郎も雫に飛び掛って謝り倒させはしないが。
だがしかし、雫はそんな事しったこっちゃない。
「騙される方が悪いのよ、騙す方が賢いのよ、全ては私を中心に回っているわっ!」
そんな台詞に、小太郎が呆れるのも仕方が無いと思われる。
「ああ、そりゃ良かったな。俺は帰らせてもらうぞ」
「ちょぉっと待ったぁ! そうは問屋が卸さないよ、お坊ちゃん! 騙されたからにはキッチリ騙され抜いてもらわないと!」
突然襟首を掴まれ、小太郎の首が少し絞まる。
グエ、とカエルの鳴き声のような声を出した小太郎を、しかし雫はまったく無視して話し続ける。
「お宝、地図、そして隠された洞窟となれば、そこにあるのはお宝だけじゃないのよ!」
「元々神社関係の方が、お祓いの為にいわく付きの品物を保管していた洞窟らしいんです。今は中にあるものを全て放置して、神社さんはも洞窟を使ってないみたいなんです」
「つまり、お宝を守るトラップと、いわく付きの品物が発する霊障、などなどの色々な危険から私たちを守るために、小太郎ちゃんの力が必要なの!」
「もっと別の人を呼べば良いだろうが。俺より頼りになるヤツなんか、それこそ星の数ほど居るっつの」
「学生は今時期暇でしょーよ」
季節はもう春。
今年度の学業はほぼ全て終わり、残す所は終業式と春休みぐらいなモノであろう。
「ね? 一緒に宝探ししよーよ!」
「ヤだよ。勝手に行って勝手にトラップにはまって勝手に帰れなくなってろよ」
ヒミコが道連れなのは可哀想だが、きっと雫に関わってしまったのが運の尽きなのだ。我慢して欲しい。
それをわかっているのかどうなのか、ヒミコの苦笑が止まらない止まらない。
そんなヒミコを横目に雫の誘いを断り、小太郎が店を出ようとしたところで呟きが聞こえてくる。
「良いのかなぁ……もしかしたらその財宝の中にお願いを叶えてくれる不思議なランプが混じっている可能性も無くは無いわよねぇ。そしたら身長も伸び伸びよ〜ぅ?」
そんな信憑性の欠片も無い言葉に、小太郎が足を止めてしまったのも多分、運の尽きなのだ。
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「というわけで、俺よりきっと頼りになる奴らだ」
洞窟に赴く前に、小太郎が携帯電話で呼び出したのは二人。
小太郎の師匠である黒・冥月、草間興信所の事務員シュライン・エマ。
冥月はいつもどおり手ぶらだが、シュラインはその手に大きめのカバンを持っていた。
「全く、背を伸ばすためのお宝だ? そんな妙な宝を欲しがってどうする?」
呆れた様子で呟く冥月の隣には、何故かユリの姿が。
冥月が『霊障や何かがあるなら、魔力を吸収できるユリがいれば役に立つだろう』と連れて来たのだ。
そんなユリを隣に置きながら、冥月はつらつらと棒読みで台詞を読み上げるように言葉を続ける。
「背を伸ばしてなんになる? ああ、私とつりあいたいってか? まさかお前にそこまで想われてるとは思わなかったな。小僧の戯言とは言え照れてしまうな、はははは」
その言葉を聞いていたユリが、そっぽを向いて唇を尖らす。
冥月が冗談で言ってるとはわかっていても、慌てて否定する小太郎の対応が気に食わない。
「ち、違ぇよ! なんだその妙な受け取り方は! ただ、俺は……」
「背を伸ばしてモテたいんだろ? なんだかんだ言っても男だなぁ?」
「違うって言ってんだろうが!」
なんだ、この教室で好きな子を言い当てられて、必死で弁解するような小太郎の様子は。
図星か? 図星なのか? と疑えば疑うほど、ユリの気分は降下していく。
それに気付いた冥月がユリの頬をつまみ、無理矢理笑わせてやる。
「ほら、嫉妬は止めるんだろ? 笑顔笑顔」
「……ふぃんふふぇふぁんふぉそ、ふぉふぁろうふんふぉふぉふぉふぁらふぁうふぉふゃふぇふぇふれふんふゃふぁふぁっふぁんふぇふふぁ?」
いや、もう何を言っているのかわからないが。
この異星語を和訳すると「冥月さんこそ、小太郎君のことからかうの止めてくれるんじゃなかったんですか?」となる。
「いや、私はそんな事言った覚えはないが?」
「……ふらふぃりふぉふぉー(裏切りものー)」
そんなミニコントの真意を知らない小太郎はからかわれ損であり、ただただ狼狽するしかなかった。
「あのー、じゃれ付くのは良いけど、そろそろ説明も必要かな、って思うんだけど」
苦笑を浮かべながらシュラインが割り込む。
彼女が説明を求めているのは、彼女の更に隣に現れた少女。金髪碧眼のどう見ても外国人美少女。
何の違和感もなしにこの一行に混じるのは、かなりのスキルがいるのではあるまいか。
周囲の視線と話の流れが自分の方に振られたのに気付き、少女は胸を張って高らかに宣言する。
「わたくしの名はアレーヌ・ルシフェル! わたくしを差し置いて勝手に茶番劇を繰り広げるとは良い度胸ですわ!」
そして指を冥月とユリに向け、更にもう一吼え。
「観客の目を引いて良いのはスターであるわたくしのみ! それ以外はただの引き立て役ですわよ! もう少し気を利かせて欲しいものですわ!」
敵意満々の視線を向けられても、冥月とユリは疑問符を浮かべるしかない。
まだシュラインの求める説明がなされてないのだが……。
「雫ちゃんたちが呼んだの?」
「え? 違うよ? ヒミコちゃんが?」
「ち、違います。しょ、初対面ですよね?」
「あったりまえですわ!」
ヒミコの尋ねにアレーヌはキッパリと肯定してみせる。
「初対面ですけれど、わたくしが来たからにはその冒険もきっと成功させて見せますわ! なぜならスターが失敗していてはショーは成り立ちませんもの!」
彼女の登場は謎は謎だが、どうやら敵ではないらしい。
ハイテンションな道連れが一人増えたのは多分、間違いないだろう。
「まぁでも、敵じゃないなら……心強いかしらね」
「そうですわ! 勝利は確約されたようなものです!」
苦笑しながら頷くシュラインの横で、アレーヌは高笑いを上げるのだった。
「ええと、それじゃ、このメンバーで良いんだな?」
「良いんじゃないかしら? 戦闘要員も非戦闘要員もバランス良いし、これで小太郎君もやり甲斐あるでしょ?」
「……なんか、シュライン姉ちゃん、あんまり心霊スポットに行くって言うのに怖そうじゃないな?」
怪訝そうに小太郎が尋ねるのに、シュラインはやはり苦笑して答える。
「まぁ、オカルト探偵事務所の事務員だしね。あんまり怖いとは思えないかも……。今回はツアー気分ね」
「草間興信所って……スゲェな」
たくましいシュラインを見上げて、小太郎はしみじみ呟いた。
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「それじゃあ、ぼちぼち出発しようか?」
「ちょっと待って」
雫が全員に声をかけるが、シュラインが待ったをかける。
「これから行くのって、神社の私有地でしょ? 不法侵入とかにならないかしら?」
「その辺は大丈夫! あそこの神主とはメル友よ! 一応許可は取ってるわ!」
恐るべし雫の人脈。まぁ、もしかしたら口から出任せかもしれないが。
それでも霊障があるというなら、シュラインには思うところあって神社に寄っておきたかった。
「お塩は持参したから、神社でお神酒や榊を買っておきたいんだけど」
「なるほど、シュラインちゃんナイスアイディア!」
シュラインの持っているカバンに塩が入っているのだろうが、塩だけ入っているのなら随分な多さだろう。
「他にもお弁当も作ってきてあるから、帰ってきてから食べましょ」
「……ホント、ツアー気分だな……」
弁当まで持参とは、バリバリ行楽気分である。
小太郎は少し呆れながらもシュラインのカバンを代わりに持とうと手を出す。
「あら、ありがたいけど、それじゃみんなの盾になれないんじゃない?」
「やっぱり俺は盾役!?」
と言うわけで、チラリと見せた小太郎の男気は『みんなの盾』と言う大役の前に木端微塵に粉砕された。
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そんなこんなで、シュラインの持つカバンに酒瓶と木の枝がブッ刺され、一応準備の整った一向は洞窟へと向かう。
洞窟の入り口に立つと、心なしか寒気がする。流石は雫が求める心霊スポットである。
「さぁ、気分出てきたわよ!」
雫はニッコニコだが、ヒミコも小太郎も何となく心配な表情である。
ゴーストネットOFFで度々心霊スポットを訪れているであろうヒミコも慣れないのだ。初体験の小太郎は当然、緊張してしまう。修羅場は幾つか越えてきたつもりだが、心霊スポットとなるとまたワケが違う。
「お、どうした小太郎? 怖いか?」
「こ、怖くねぇよ」
冥月に心情を悟られ、小太郎は必死に否定する。その必死さが逆に真実を裏付けている。
そこにユリが近づき、小太郎の袖を掴む。
「……だ、大丈夫ですよ。私がついてますから」
「それはきっと男である俺の台詞だったんだろうな……」
「……あ、ご、ごめんなさい」
励まそうとしたユリだが、逆に小太郎を落ち込ませる結果となった。
「なになに? あの二人、ラブってるの!?」
小太郎とユリから離れたところで、他の五人が集まってヒソヒソ話をする。
尋ねたのは雫だが、答えを持っているであろう、冥月とシュラインは首を捻った。
「恋仲、とまではいってないよな?」
「そうねぇ、発展途上中……かしらね?」
「ぬぁ! それはモヤモヤするわね!」
言葉とは裏腹に、雫の瞳が輝く。その瞳にモヤモヤした曇りなんて一点もない。
そういうモヤモヤした感じこそ恋の華。その辺の事を根掘り葉掘り聞きだしたいところだが、そこにアレーヌが水を差した。
「と言うか、あんなちんちくりんに色恋の話はまだ早いんではなくて? 特に殿方……小太郎さんでしたかしら? あの方は随分と幼く見えますわ」
「まぁ、ユリはともかく、小僧にはまだ早いかもな」
的確な冥月の見立てに、シュラインも頷くしかない。
「恋をするのに早いも遅いもないわよ! あたしはあの二人を応援するわ!」
「雫さんはあまり張り切らない方が良いかと……」
苦笑して雫の袖を掴むヒミコ。雫が張り切って良い結果が出たことは稀であるが故の行動だった。
「なんにせよ、こんな所でヒソヒソ話をしているより、早く洞窟に入りましょう! 冒険がわたくしを待ってますわ!」
アレーヌの一声で、小太郎とユリに関する詮索は打ち切られ、やっと一行が洞窟に足を向けることになった。
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洞窟の中は流石に真っ暗。一応、燭台のようなものはあるが、その上に火を灯すための燃料がない。
放棄されて久しいらしいし、そこはまぁ当然だろうか。
「はーい、じゃあ懐中電灯を配るわよー」
用意の良いシュラインがカバンから懐中電灯を六つ取り出す。
だが集まっているのは七人。一人分足りないのだが、代わりの物もしっかり持ってきている。
「これは小太郎君の分ね」
「……俺には普通の懐中電灯はないのか」
「ないわね。興信所にあった物を勝手に持ち出しただけだし、仕方ないわよね」
小太郎に差し出されたのは頭に装着するタイプのライト。両手を空けて、更に前方を照らせる便利なグッズだ。
だがしかし、何となく間抜けではある。
「やっぱり、洞窟探検で先頭をきる人が持つライトはそれでなくちゃね」
「似合ってるぞ、小太郎」
「でも、貴方がかぶるんでしたら、わたくしたちの足元しか照らせないんじゃありません?」
「言いたい放題だな!? 覚えて置けよ、くそぅ!」
多少涙眼の小太郎は今回、どうやら弄られ役でしかないらしい。
そんなこんなで、一応全員にライトが渡ったので、一行は洞窟の中に入る。
壁はしっかりしており、天井も頑丈そうだ。これはこの先、十年単位で崩れそうにあるまい。
「生き埋め、なんてことにはならなそうだな」
「なったらなったで、冥月さんが影で外まで送り出してくれれば良いだけだしね」
小太郎が呟くのに、シュラインが答える。
言われた方の冥月も、特に否定するでもなく、静かに列を歩く。
外も暮れかかっていたので影は十分にあろう。影転移も容易に違いない。
「でも、退路が断たれたほうが冒険的には刺激的かもね!?」
「し、雫さん! 不吉な事言わないで下さい!」
笑顔でペチペチと壁を叩き始める雫を、ヒミコが何とか羽交い絞めにしていた。
その様子を見てユリが顔をしかめる。
「……随分と賑やかですね」
「仕方ないだろ。あの雫ってやつはそういうヤツだ」
ユリの肩に手を置いて、小太郎がため息のように言う。
多分、ユリも今回で雫とヒミコのキャラはつかめただろう。
「ですが、本当に何のスリルもありませんわね。このままグダグダと同じような風景が続くのでしたら、わたくしが来た意味がありませんわね。適当なトラップでもありませんの?」
「あ、そうだ、それについてだけど、雫ちゃん、地図を見せてくれる?」
アレーヌの言葉を取っ掛かりに、シュラインが心配事を思い出す。
雫から受け取った地図を見て、一つため息をついた。
「うーん、やっぱり、あんまり地図の書き込みはされてないわね。トラップの位置とか書いてあれば助かったんだけど」
「しょーがないよ。あたしが地図を見つけたときも結構古かったし、アレに書き込むのは無理じゃないかな」
今は新しい紙にプリントしなおしたので、これに書き込むのは自由だが。
にしても、地図には適当な道順と目印しか書かれていない。トラップの配置なんかは全く未知の領域のようだ。
それに、道の分岐点では、正解の道はしっかりと記されているのに対し、不正解の道は分かれ道のすぐ傍で記録が中断されている。その奥は所々道と目印が記されているが、ほとんど道はわからない。
不正解の道を進む事になると、迷ってしまう可能性も出てきた。
「これは行く道でしっかりトラップを記録して、帰りに地図を役立てないとね」
「ふふふ、関係ありませんわ! 全てのトラップはわたくしが破壊しつくして差し上げます! 他の脇役方はわたくしの後ろに隠れていると良いですわ!」
「げ、元気なのは良いけど、後々バテないようにね」
アレーヌが高笑いを上げる横で、シュラインは苦笑を零した。
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最初の分かれ道。
ここまでは大したトラップもなく、霊的な障害もない。
後者の方はシュラインが偶に神酒を撒き、塩を供えていたからだろうか。
「さて、この分かれ道は、地図によると右ね」
地図係となったシュラインが、地図を確認して右の方向を指差す。
「よし、こっちだな」
それに従い、小太郎が先頭に立って進む……が。
明らかに怪しい石に躓く。
「ぅお!」
小太郎が石に躓いた瞬間、彼の足元の地面が音を立てて崩れ始めた。
なんとも大掛かりな落とし穴である。
危うくその底の見えない暗がりに小太郎が落下する所だったが、咄嗟に冥月が小太郎を掴んで抱き寄せる。
「あ、あぶねー」
「危ないのはお前だ。なんで今のわかりやすいスイッチを踏んだんだよ」
師匠の叱りを受けて、小太郎は身を小さくした。
と、そこで気付く。今の小太郎の状況は、冥月に抱き寄せられた直後。
つまり、小太郎は冥月の腕の中に納まっていたのである。
「う、うわわ!」
「おっと」
暴れた小太郎を、冥月は慌てて放した。
「び、ビックリしたぁ」
「驚いたのはこっちだ。助けてやったのに、なんだその反応は。礼くらい言えないのか?」
「あ、ありがとうございました」
多少挙動不審になりながらも、小太郎は頭を下げてお礼を言った。
その様子を見て、またユリが口を尖らせていた。
「あらあら〜? もしかしてユリちゃんジェラってるのかな〜?」
ユリの様子を見た雫が彼女に抱きつく。
「……別に」
「そんな事言っちゃって〜。おねーさんにはわかるんだぞーぅ」
「と言うか、訊いてもよろしくて? あの方の何処が良いんですの?」
酒酔い親父と絡まれた少女のような二人にアレーヌも混じる。
だが、そのアレーヌの問いにユリは口をつぐんだ。
答えがないわけではない。だが、こういう事は軽々しく口にしてはいけないと思ったのだ。
「こらこら、いたいけな少女を困らせちゃダメじゃない」
「そうですよ! それよりも先を急ぎましょう」
シュラインとヒミコに咎められ、雫とアレーヌはユリから離れた。
ユリは安心のため息をつき、すぐに気持ちを切り替えた。
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先程発動した落とし穴は、どうやらかなり大規模だったようで、床がかなり先までほとんど崩れていた。
「これじゃあ、正解の道は進めそうにないわね……。冥月さんの力でどうにかならないかしら?」
「出来ない事はないだろうな。影の橋を作るなり、全員を向こう岸に転移するなり」
「でもそれじゃだめよ!」
シュラインの提案を蹴飛ばして、雫が声を上げる。
「こういうピンチの状況でこそ、冒険は盛り上がるんじゃない! さぁ、不正解の道に進むわよ!」
「……妙にポジティブですね」
「まぁ、雫ちゃんらしいって言えばそうだけど……」
あえて危険な道を行く、と言うのはあまり賛成できないが、どうやら雫は梃子でも動きそうにない堅い意思を持っているようだ。
それに……
「そうですわ! こうでなくては面白くありません! さぁ皆さん、行きますわよ!」
と、雫に賛同する人がもう一人、アレーヌだ。
まぁだが、不正解の道を行ったとしてもメンバーを考えれば、ある程度の危険は回避できるだろう。
シュラインもため息をついて、意見を折って不正解の道を行く事にした。
「ごめんなさいね、ユリちゃん、ヒミコちゃん。ちょっと危ないかもしれないけど、我慢してね」
「……大丈夫です」
「私も、なれてますから」
健気な少女二人に、少し哀れみを覚えても罪にはならないだろう。
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不正解の道を歩き始めた一行。
だが地図によると上手く進めば多分、正解の道に合流できるはずだ。
「合流地点まで大したトラップがなければ良いけど」
「と言うか、アレだな。神社の所有地にしては随分と手の込んだ罠を仕掛けてるんだな」
冥月が呟くのに、雫が手を上げて反応する。
「はーい、先々代の神主さんがその手の人間だっていう話よ」
「その手って?」
「罠の達人、とか」
雫自身もよくわかってないようで、首をかしげて答える。
だが、何とあの大掛かりな落とし穴は神主の趣味で作られたものらしい。
「随分金と暇がある神主だな……」
「その割りに、神社のお社は貧相でしたわね」
記憶を掘り起こしてアレーヌが呟く。
確かに、神酒と榊を買ってきたとき、神社の全景を見た感想はやはり貧相。
いや、トラップに金や暇をかけすぎたからこそ、神社のほうが貧相なのかもしれない。それで良いのか、神主。
「まぁ、ここは神社の行く先を憂うよりも、私たちの今後を心配した方が良さそうね」
「え? なんでだ? まだ何にも心配なさそうじゃん」
楽観した小太郎が笑いながら地面を二、三度踏む。先程のようにスイッチになるようなものはない。
「でも気をつけたほうが良いわよ。この地面、少し傾いてるわ」
シュラインが神酒の入っているビンを指差して言う。確かに、水面が傾いていた。
「という事は?」
「定番で言うなら、坂道には大玉、とかな」
今の傾斜ではあまり転がってきそうにもないが、多分、何かスイッチを踏めばこの地面ももっと急になったりするのだろう。
元々この地面も坂ではなかったのだろうが、仕掛けが老朽化して地面が完全に戻らなくなったので、今の緩い傾斜と言う所か。
「じ、じゃあ、気をつけて進まないとな」
「頼むわよ、小太郎ちゃん! さっきの落とし穴みたいに簡単に引っかかっちゃだめよ!? 良い? 引っかかっちゃだめだからね!」
注意しているはずの雫だが、なんだろうあの目の輝きようは。
まるで芸人にする前フリの様でもある。
だが対する小太郎は大真面目に頷いて答える。先程死ぬような目に遭ったので、今度こそ慎重に行きたいのだろう。
「よし、今度は気をつけるぞ……」
一つ深呼吸して、小太郎が一歩踏み出す。
慎重に地面の様子を窺い、何かスイッチらしきものがないかどうか確認しての一歩だ。トラップにかかるはずが……カチリ。
「……あ?」
「ナイス、小太郎ちゃん!」
どうやら今日はとことん運が悪いらしい、小太郎。
彼の踏み出した一歩は、完全にトラップを発動させた一歩だった。
次の瞬間にはぐらりと地面がゆれ、前方が持ち上がり、後方がめり込む。
一行から見れば上り坂になってしまったようだ。
そしてやはり、前方からは嫌な『ゴロゴロ』と言う音。雷の音では、多分ないだろう。
「ま、マジか……っ!」
「小太郎ちゃん、大フィーバーじゃない! これでこそ連れて来た甲斐があったわ!」
危機的状況にも拘らず、極上笑顔の雫。対極を成すかのように、小太郎の顔は蒼白だった。
「呆けていたら潰されるぞ。早いところ逃げたらどうだ?」
「そ、そうだな! とりあえず逃げよう!」
「逃げる!? 今、逃げると仰いました!?」
雫とは別の意味で危機感を持っていない冥月の提案に小太郎が賛同するも、アレーヌは頑としてそこを動かなかった。
「これくらいの障害、わたくしが粉砕してあげますわ!」
最早姿が見え始めている大玉に対して、アレーヌは何処から持ち出したか、レイピアを構えていた。
精神を集中し、大玉のある一点を……突く!
そうすると、そのレイピアの先に爆薬でもつけてあったかのように、大玉は爆散してしまった。
「す、スゲェ!」
「おーほほほ! 見まして? わたくしの華麗な細剣技! スターのわたくしの前途を阻むものは、それがなんであろうと許しませんわ!」
「高笑いも良いが、まだまだ仕事はあるようだぞ?」
涼やかな冥月の忠告に、アレーヌは再び前方を見やる。
すると、またも大玉が転がってきているではないか。
「ふふふ、良いでしょう! 幾つでも転がってきなさい! 全てわたくしが破壊して差し上げます!」
転がり来る大玉に、アレーヌはまたもレイピアを構え、突く!
だがしかし、今度は何か見えない壁のようなものに阻まれ、レイピアは弾かれてしまった。
「な、なんですの!?」
「……やっと霊のお出ましみたいですね」
差し迫った状況の中、幾分冷静なユリの声が聞こえる。
どうやら今の見えない壁、霊的な何かがレイピアを阻んだらしい。
「っく! そんなモノでわたくしのレイピアを阻めるとでも!?」
「実際阻まれてるだろうが! 今は逃げるぞ!」
小太郎は未だに大玉に挑もうとするアレーヌを掴み、必死で逃げ始める。
それを合図に、後ろに居た全員も後方へ逃げ始めた。
「こ、こら、放しなさい! セクハラで訴えますわよ!」
「人命救助に比べたらそれぐらいどうって事無いね!」
ポカポカとレイピアの柄で殴られながら、小太郎はアレーヌを担いでいった。
「師匠! あの玉、何とかできないのかよ!」
「出来ない事はない。だが……」
「ダメよ、ダメダメ! これからが良いところよ!」
「うるさいヤツが居るんでな」
冥月の能力ならば、あの大玉ぐらいスッポリと影に飲み込む事は可能だ。
だが、雫がなんとも妙な凄みのあるにらみを利かせているので、能力を発動しようにもしにくい状況なのだ。
「もう少し頑張るんだな、小太郎。女を担いで逃げ回るなんて状況もそうあるまい?」
「あんまり経験したくない状況だけどな!」
「もぅ、二人とも喋りながら走ってたら下噛むわよ!」
いまいち危機感のない二人に、シュラインが注意する。
シュラインの近くにはヒミコも居る。ユリはIO2でそれなりに訓練しているのか、あまり疲れていないようだが、ヒミコの方は別だ。
息が上がり、走る姿勢も崩れ、足ももつれ始めてきている。
「ヒミコちゃん! あたしの前をチンタラ走ってたら、大玉の前にあたしが潰しちゃうわよ!」
「し、雫さん、でも……私、もう……ダメかも……」
「ひ、ヒミコちゃん!?」
雫の目の前で、ヒミコがへにゃへにゃとへたり込んでしまった。
そこに雫が駆け寄り、立ち上がらせようとするが、もう足にあまり力が入らないようだ。
「うぬぬ、仕方ない、冥月ちゃん! 能力解禁よ!」
「りょーかい」
微妙に上からの目線のような雫の物言いに、だが別に気にした風もなく、冥月は大玉を影に飲み込んだ。
その奥からはもう、大玉は転がってきていないらしい。転がるような音も、姿も見えない。
「大丈夫みたいね。ここで少し休憩して、ヒミコちゃんが回復してからまた探検に戻りましょ」
シュラインが耳を済ませて辺りの様子を確認していた。
どうやら聴覚による危険探知によれば、危険は近くに無いらしい。
「……そろそろ降ろしてくださいます?」
「あ、ご、ゴメン」
アレーヌの不機嫌そうな声を聞いて、小太郎はアレーヌを降ろした。
そして、額の汗をぬぐって一言呟く。
「やっぱ女の子って意外に重いな……ガフっ!」
語尾がおかしいのはアレーヌの鉄拳が小太郎の頬を撃ったからである。
「失礼な! そこになおりなさい! わたくしのレイピアの錆にしてくれますわ!」
「今のは失言ねぇ、小太郎くん」
「うわー、小太郎ちゃんデリカシーない〜」
「小太郎さん……私もちょっと見損ないました」
「お前、確か前にもそんな事を言ってたな。ユリを興信所までおぶった時だったか?」
「……斬っちゃってください」
完全にアウェーの小太郎はその後、何をしでかしたのか自覚しないまま、平身低頭で謝り倒したのだと言う。
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しばらくして、ヒミコの体力も回復し、地面がゆっくりと平行に戻り始めている頃。
「……あ! ちょっとみんな! これ見て!」
何かを発見したらしい雫が声を上げる。
彼女が指差す先、側面の壁には『近道』なる文字が。
「明らかに罠よね?」
「明らかに罠だよな」
「明らかに罠ですわね」
シュライン、小太郎、アレーヌが決め付けて言う。だがその意見もあながち間違いではあるまい。往々にして近道と言うものは辛い道である事の方が多い。
「ここのトラップを作った人は、随分とベタな罠が好みらしいし、ここに入るのは正直、どうかと思うわね」
「でもでも、シュラインちゃん! 虎穴に入らずんば虎児を得ずっていうじゃない! だったら挑んでみるしか!」
その絶えないチャレンジ精神は何処から沸いて出るのか。
そんな謎はとりあえず放置し、周りに意見を求める。
「私は別に構わん。多少危険な道だろうと、通り抜けられない事はないだろう」
「私も、大丈夫です。今度は皆さんに迷惑はかけません」
「……私も構いません」
「よーし、賛成が過半数を超えました! あたしの提案どおり、ここを進むわよ!」
賛成、と言うよりも仕方ないから付き合う、といった感じだが。
だが、いかんともしがたい雫のアジリティを止める術もなく、一行は近道へと足を踏み入れた。
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「……一応風も通ってるみたいね」
近道に足を踏み入れた後、シュラインがしみじみと呟く。
どうやらこの先行き止まり、と言うわけでは無さそうだ。風の音は、しっかりとシュラインの耳に届いている。
「近道って言うからには、最奥の近くに出るんだろうけど、本当に大丈夫かしらね?」
「もぅ、シュラインちゃんは心配性だなぁ。きっと大丈夫よ! それに私が求める怪奇現象もまだそんなに起きてないわ! きっとこの辺りからわんさか幽霊が出るに違いない!」
心霊現象が『大丈夫』の内に入るのは多分、雫の頭の中だけだと思うのだが、言葉には出さないでおこう。
「それにしても、随分と長い洞窟ですのね。わたくしはもう少し短めなのを想像していたのですが」
「……そうですね。神社が使っている物置にしては物騒すぎる気もしますし」
アレーヌの言葉にユリが同意する。
確かに、神社に持ってこられたいわく付きの品物を保管している場所だと聞いていたが、そんな物置にしては勝手が悪すぎる。
これでは一度、最奥に品物を保管しに行くにも一苦労だろう。
「俺もそう思ってたんだよなぁ。もっと浅く掘ってトラップも少なめにしてくれれば――」
「貴方は黙ってなさい」「……小太郎君は黙っててください」
どうやらこの二人に、もの凄い顰蹙を買ったらしい小太郎は、少し涙眼になりながら閉口した。
「何か意図があって、これほど深い洞窟を作ったのでしょうか?」
「盗掘を防ぐ、と言うには流石に物々しいな」
ヒミコと冥月が話題に乗っかる。
「……っは! もしかしたら、この洞窟自体が怪奇現象なのかも!?」
どうやら何か思いついたらしい雫が洞窟内に反響するほどの大声を上げた。
「どういう事ですか?」
「つまり、私たちに精神的な攻撃をしてきて、洞窟を長く感じさせているのかも!」
「それは多分、私が神酒を撒いたりして、ある程度は防げてるはずだけど……」
「だったらもう、物理的に洞窟を掘ってるとか!?」
「……随分アクティブな幽霊ですね」
「じゃあじゃあ、洞窟自体が生きている!」
「またぶっ飛んだ事を言い始めたな……」
そこまで怪奇現象を求める姿勢には感服するが、それは自分たちの関与しない所でやっていて欲しいものだ。
と、そんな時。
ドシン、と地面が、と言うか周り全体が揺れる。
また小太郎が何かトラップを発動させたのか、と全員が小太郎を睨みつけるように見るが、小太郎はブルブルと首を横に振った。
彼の周りを見ても、スイッチらしきものは見当たらない。
だがまたドシン、と。
「トラップじゃないとすると、これは一体……?」
ヒミコが首をかしげて、ふと前方を見やる……とそこにはなんと、サンショウウオが。
「……サンショウウオ?」
「それにしてはデカすぎるな」
目の前に現れたサンショウウオ(?)は道を塞ぐほどにデカイ。オオサンショウウオなんて目じゃない。人と比べても何倍も大きいのだ。
最早これは、普通の生物かすらどうか怪しい。
「冷静に分析するのは良いけど……アレ、どうするの?」
「退いてくれるならそれに越した事はないんだがな」
シュラインの尋ねに、冥月が然も無げに答える。確かに、あのサンショウウオ(?)が易々と退けてくれるのなら何の問題もない。
だが、心なしか今、サンショウウオ(?)が舌なめずりしたように見えた。
「サンショウウオって肉食でしたっけ……?」
「ああ、確か口に入りそうなものなら、何でも食べたような覚えがあるな」
心配そうなヒミコの問いに、冥月がやはり淡白に答えた。
「まぁ多分、ここにコイツがいるって事は、どうにかコイツを退かさなければ先に行けないって事だろうな」
「それでしたら話は早いですわ! もう一度、わたくしの細剣の閃き、お披露目して差し上げます!」
意気揚々とアレーヌが細剣を構え、冥月も緩く戦闘体制をとる。
小太郎は二人よりも後方に下がり、『盾』としての役割を果たそうと、シュラインたちの前に立った。
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「おかしくない? こんな所にサンショウウオなんて……」
シュラインが首をかしげて呟く。
この際、あの大きさなんかは無視だ。
とりあえず今は、この場所にサンショウウオだと思われる生物がいる、と言うことに対する謎に焦点を当てる。
「居る所にゃ居るだろ。ここにサンショウウオが居れば居るんだろうさ」
「でも、あれが本当にサンショウウオならもっと湿気があるところに居ると思うんだけど」
小太郎の答えに、納得できないシュラインがなおも首を傾げる。
サンショウウオとは呼吸のほとんどを皮膚呼吸に頼っており、その皮膚が湿っていないと皮膚呼吸が出来なくなり、死んでしまうのだそうだ。
それを考えると、この洞窟はあまり湿り気がないので、こんな所にあんなサンショウウオが居ればすぐに皮膚が乾きそうなものだが……。
「何か裏があるのかも……」
「……あんな両生類に裏を考えるだけの脳があるかどうかは謎ですが」
しかめっ面のユリがため息のように言う。
生理的にああいうビジュアルを受け付けないのか、ユリを始め、女子グループはあまり良い顔をしていない。
シュラインは茶翅のアレ以外は大丈夫なので、両生類っぽいサンショウウオの顔をドアップで見ても大して嫌悪感は覚えなかった。
「小太郎くん、気をつけてね。その辺にトラップのスイッチがあるかもしれないから」
「トラップって……あのサンショウウオ自体がもうトラップな気もするけどな」
「でも多分、あのサンショウウオを生かすための、水っぽいトラップがあると思うのよ」
シュラインは辺りを見ながら言う。
さっき、サンショウウオ(?)が現れる前に撒いた神酒がもう乾いている。
どうやら地面はとても水捌けが良いらしい。
とすれば、何の名残も無しに水っぽいトラップを発動させるのは不可能ではないだろう。
サンショウウオ(?)を生かすための仕掛けだとしたら、定期的に発動するのだろうか。
だとしたらそのタイミングはいつ……?
「うぉ! み、みんな伏せろ!」
シュラインが考え事をしている途中で小太郎が声を上げる。
気付いて前を見やると、なんとサンショウウオ(?)が火を吹いているではないか。
「もう、サンショウウオと言う前提から疑わしいわね……」
「……でもアレ……炎を吹いているのはサンショウウオじゃないみたいですよ」
ユリが指を差して言う。
彼女が指を差す方向を見ると、サンショウウオ(?)の鼻先にゆらゆらと陽炎のように揺れる赤い何かが。
「あれは……何かしら?」
「何!? なに!? 心霊現象?」
雫が嬉々としてデジカメを構え、赤い何かを撮る。
「目に見える幽霊の心霊写真って……なんだかありがたみがないわね。元々心霊写真なんてありがたみはないけど」
「何言ってるのよシュラインちゃん! 心霊写真はありがたいものに決まってるじゃない!」
パシャパシャとシャッターを切る雫。その目には確かに赤い何かが映っているらしい。
だが、小太郎はユリの指差した先を、目を凝らして眺めているが、その度に首を捻っている。
「あそこに何かあるか……? 俺には何も見えないんだが」
「え? 何言ってるの、小太郎ちゃん! あんなにハッキリ見えてるのに」
陽炎のように揺らめいてはいるが、目を凝らしても見えないようなボンヤリとしたものではない。
どうやら小太郎にだけ見えていないらしい。
これは小太郎がつけているネックレスに、ユリの能力が付与された符が貼り付けられており、小太郎の頭部の能力を完全に防いでいるため、小太郎の特殊な目には普通人の雫ですら見える霊すら見えなくなっているのだ。
「と、とりあえず、あそこに何か居て、それがサンショウウオをサンショウウオっぽくないスペックにしてるんだな?」
「……ええ、多分」
「よし、師匠! そのサンショウウオ、やっぱ普通のじゃないって!」
小太郎の声に気付き、冥月が振り返る。
「そんな事は見ればわかる」
「いや、見ためとかじゃなくて、幽霊とか、そんな感じのヤツが取り憑いてるんだってさ!」
「……取り付いたからと言って巨大化したり、火を吹いたりとかしないと思うんだがな」
一応文句を言う冥月だが、とりあえず納得したようで、すぐに対策を打ち出す。
「霊云々なら、ユリが何とかできないか?」
「……試してみます」
冥月の言葉にユリが答え、ユリは片手を掲げる。
そしてその手から魔力吸収を発動させ、サンショウウオ(?)の鼻先に浮く赤い何かを易々と吸い込んだ。
「冥月さんとアレーヌさんが気付いていなさそうな所を見ると、遠くからじゃないと見えないようなものだったのかしらね?」
「俺は遠くでも見えなかったぞ」
「それはまた別の要因があるんでしょ。まぁでもとりあえず、これでサンショウウオも弱体化するでしょ」
シュラインの言うとおり、それからすぐにアレーヌのレイピアでサンショウウオ(?)は細切れにされた。
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サンショウウオ(?)との一戦を終えて、再び隊列を整えている所に、ふと嫌な予感がよぎる。
「……そういえば、さっき気がついたんだけど」
と、前置きを口走ったのはシュライン。
「あのサンショウウオ、皮膚、湿ってたかしら?」
「ええ、確かに湿ってましたわ。ヌルヌルで気持ち悪いったら……」
その問いには一番サンショウウオ(?)に近付いたアレーヌが答える。
その答えを聞いて、シュラインは青い顔をした。
「や、やっぱり。だったらもしかするとここも水浸しになるかも!?」
「水浸しってどういうことですの?」
「……つまり、サンショウウオの皮膚をぬらすような仕掛けがある、って事だろう」
冥月が予想を立てて答える。それにシュラインも頷いていた。
「でしたら、早いところここから離れませんと! ヒミコさん、また走ることになりますけど、大丈夫ですの?」
「あ、はい。大丈夫です!」
アレーヌに心配(?)されて、ヒミコは小さくガッツポーズを決めて答える。
気合だけはあるようだ。
「じゃあ、早いところ逃げようぜ。こんな所に長居は無用、ってな」
そう言って踏み出す小太郎。
そこは例によって、スイッチのある場所だったりするのである。
「……またか!?」
「いい加減、学んだらどうだ」
忌々しげに呟く冥月に、小太郎は苦笑で返した。
さて、今回は一体どんなトラップが襲い掛かってくるのだろうか?
遠くからは『ゴゴゴゴゴ』と嫌な響きが聞こえてくる。
「……まさか、水じゃないよな?」
「さっきのサンショウウオを考えれば、ありえん話ではないだろうな」
「ともかく! さっさと先に進みましょう! 水に飲まれたらお弁当が台無しになるわ!」
シュラインの煽りを受け、一行は全力疾走で先へ向かった。
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通路の一番奥に着くと、梯子がかけられており、この上に逃げる事ができそうだ。
少し後ろを振り返ると、水の飛沫がぼやけて見える範囲まで近付いている。
急いで上り、何とか誰も水に飲まれずに済んだのだった。
「はぁ〜。何とか助かったな!」
白々しくも、額の汗を拭きさわやかに小太郎が一息つく。
だが苛立ちと疲れで何も言う気になれないので、誰も小太郎に恨み言を吐くものはいなかった。
「シュライン、ココがどの辺かわかるか?」
「ええ、ちょっと待って……あれが目印だとすると、もうすぐ最奥よ」
「やっとですわね。随分と遠回りしましたわ」
ようやく見えてきた終わりに、全員で安堵のため息をつき、揃って奥を目指した。
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最奥は少し開けた部屋になっており、石でできた壁に棚が作られ、その上に気味の悪い日本人形や、御札の貼られた刀なんかが置かれていた。
「見るからに、ですわね」
アレーヌが呟いた感想が、この場に居た全員の心境を語ったろう。
なんとも不気味な雰囲気が支配するこの部屋は、間違いなくいわくつきの品物を保管していたという最奥だろう。
「それにしても、ホントに品物を置きっぱなしにして放棄したのね……全部残ってるのかしら」
「この洞窟に盗みに入るヤツは居なさそうだからな。全部残っているんじゃないか?」
部屋の中をしみじみ眺めるシュラインに、冥月が答える。
冥月は適当に棚の物を手に取り、品定めする。
今後、小太郎をからかう……もとい、鍛えるために使えるものがないかと思ったのだが、それほど数は多く無さそうだ。
雫が近くではしゃいでいるので、気付かれない内に幾つか影の中にしまっておいた。
「ねぇ、ねぇ! これって持って帰っても良いのかな!?」
「放棄されてるんだ。別に構わないだろ」
「そうよね! 落ちてるものを拾っても誰にも文句言われないわよね!」
「一応警察に届けた方が良いと思うけどね」
苦笑して忠告するシュラインの言葉は雫には聞こえていないらしい。
目を輝かせて全ての棚を見て回る雫は、歳相応、若しくはそれよりも幼いくらいの少女だった。
それに混じって、小太郎も必死に何かを探していた。
何か、というか、彼が探しているのはたった一つしかないのだが。
「……やっぱり、無いか」
「背の伸びそうな物が無くて残念だったな?」
「うぉ、師匠!?」
いきなり声をかけられ、小太郎が飛び退く。
「い、いや、別にそんなモノを探してたわけじゃなくてだな……!」
「下手な嘘はつかんで良い。バレバレなんだよ」
見透かされた嘘はとても恥ずかしいもので、小太郎は少し頬を染めた。
「……訊くが、そんなモノで背を伸ばして嬉しいか? 何の労も無く『強くしてやる』といわれても嬉しくなかろう?」
「それは……まぁ」
「だったら、そんな妙なものに頼らず、自分の未来に賭けてみるんだな。私とやっている修行もその役に立つだろう」
「……オス」
声が小さかったようだが、まぁ、子供なりに欲しいものが諦めきれないのだろう、と冥月もそれは見逃してやった。
「さて、ここから帰ったらシュライン姉ちゃんの弁当だな」
雫が紙袋に色々詰め込み終わった後、小太郎が何の気なしに言う。
「……ですが小太郎くんは何かペナルティを負った方が良いと思うんです」
だが、ユリが間髪入れずに返す。
それに冥月も頷いた。
「そうだな。お前は今回、役に立たなかったどころか、全員に迷惑をかけていたしな」
シュラインも頷く。
「まぁ、それ相応の罰ゲームはあったほうが良いかもね」
アレーヌも頷く。
「それに、わたくしの事を『重い』などと……! これはもはや死刑にも匹敵しますわ」
雫もヒミコも頷く。
「まぁ、死刑は行き過ぎだからアレだけど、やっぱ何かあったほうが良いわよね」
「そう思います」
女性陣から総スカンを受けた小太郎は身を退きながら顔を引きつらせる。
どう考えても、雫も『遠回り』の一員だったのだが、そんな事は棚に上げるのがデフォルトだ。
「お、おいおい、何もそこまで怒る事はないと思うなぁ。もっと寛大な心を持とうぜ、みんな」
「……小太郎くん相手に寛大な心を持ってたら命が幾つあっても足りないと、今日実感しました」
ユリの厳しい一言に、小太郎は一撃で打ちのめされた。
「まぁ、今回の罰ゲームはお弁当抜きって事で」
「これぐらいで済んだのですから、ありがたく思いなさい!」
何も言えない小太郎はその後、楽しそうなお弁当タイムに混じれず、孤独な時間を過ごしたという。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6813 / アレーヌ・ルシフェル (あれーぬ・るしふぇる) / 女性 / 17歳 / サーカスの団員】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださり、ありがとうございます! 『探検といえばジョーンズ?』ピコかめです。
思った以上に長くなってしまい、幾つかプレイングを削ってしまいました。
小太郎以上に平身低頭で謝らせていただきます。
探索型3DRPGっぽいを思い浮かべた今回。
なんともピッタリな『マッピング』という言葉が聞けた時は、小躍りするぐらい嬉しかったりw
地道な作業が嫌いな俺は、ゲームをする際にはマッピングしませんが。
そんなこんなで、またよろしくお願いします!
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