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WD攻防戦2007
●今年もまた来ました
3月14日――ホワイトデー。
改めて言うまでもなく、2月14日のバレンタインデーと対になっている日である。男性からすれば、赤くなく白だというのに3倍になる日ともいう。え、そんなこと言うのは一部の男性だけだって? そりゃごもっとも。
ともあれ、先月の女性からの贈り物に対して、何かしらお返しがされることになる日なのは事実。今年もまた、草間興信所ではシュライン・エマや草間零に対して、草間武彦からのお返しが来るのであった……。
●謎の荷物
その日、シュラインが事務所にやってきたのはもうすぐ正午になろうかという頃だった。今日はのんびりめのご出勤であった模様。
「零ちゃんおはよ……と、もうこんにちはよね」
「そうですね、こんにちはの方だと思います。こんにちはシュラインさん」
シュラインに挨拶を返す零。時間に関わらず『おはようございます』なんて言う世界は芸能界などだろう。
「武彦さんは……」
シュラインは鞄を置きつつ、ゆっくりと部屋の中を見渡した。草間の姿は見当たらない。
「調査に出かけました。ほら、先週の依頼人さんの」
「ああ……娘さんの婚約者さんの素行調査よね? 念のためにって、ご両親が来られた」
「ええ。でも、今の所は杞憂みたいですね。昨日まで調べて、何もなかったそうですから」
「いいことじゃないの、何もないなら」
「そうですよね」
と、調査中の案件について話していた時だった。零が宅配便の届いていたことを思い出したのは。
「そうそう、シュラインさん宛に荷物が届いてましたよ?」
「私に?」
シュラインが自分を指差すと、こくんと零が頷いた。
「宛名が、草間興信所シュライン・エマ様ってなってましたし」
「……自宅じゃなく、ここに?」
首を傾げるシュライン。自宅でなく草間興信所に送るということは、相手はシュラインが草間興信所に出入りしているのを知っているが、自宅の住所を知らないということになる。
(過去の依頼者さんからかしら)
だから、シュラインがそう考えたのは自然なことだと言えるだろう。
「送り主の住所と名前分かる?」
「あ、すぐ持ってきますからご自分で確かめてみてください。私は知らない名前だったので」
そう言うと零は草間の机の前へ行き、置かれていた小さめの箱を持って戻ってきた。
「ええと。東京都千代田区……」
住所を読み始めたシュラインの眉間にしわが寄る。
「ちょっと待って。これ……皇居じゃない」
「はい?」
零がきょとんとなる。
「皇居の住所なの、これ。ちなみに日本の本籍地で一番多い所だとも言われているわ」
「へえ、そうなんですか」
と、一旦感心した零。が、すぐにはっとなった。
「え、じゃあ嘘ってことですか?」
「そうなるわね。名前にも心当たりはないし……」
シュラインは両手で箱を持ったままつぶやいた。住所が明らかに嘘、名前もどうやら嘘っぽい。なら、いったい誰が何の目的で送りつけてきたのだろうか。
「とりあえず開けてみましょうか。妙な音も聞こえないし……」
今、箱の中からは特に音は聞こえない。零が持ってきてくれた時と、シュラインが受け取った時に僅かに『ジャラッ』と金属同士がぶつかるような音が聞こえたくらいだ。ならば開けても即座に爆発はしないだろうと、シュラインは踏んだ。
「なら、私が開けます」
そして零がシュラインに代わって箱を開けた。さて、中に入っていたのは……。
「鍵束?」
意外な物が出てきたためか、シュラインは自分でも少し間の抜けた声になったなと感じた。中には形の異なる鍵が20本ほどついた鍵束が入っていたのである。
「いったい何の鍵なんでしょうか?」
と零は言ったが、シュラインは分からないと頭を振った。いったいこれ、何の鍵?
●謎の荷物、再び
鍵束の扱いは草間が戻ってきてからにしようということになり、今日の分の作業を始めるシュライン。今日は報告書にまとめる前の、調査内容の整理である。
その作業をしながら、シュラインは何となく零に尋ねてみた。
「ねえ零ちゃん。武彦さんからお返しはもらったのかしら?」
たぶんまだもらっていないのだろうなと思っていたシュラインだったが、零から返ってきた答えは意外なものだった。
「はい、いただきました」
「へ?」
「クッキーとマシュマロとキャンディーと……お菓子の詰め合わせでした」
笑顔で答える零。対照的にシュラインは少し複雑そうな表情を浮かべていた。
「そ、そうなの。よかったじゃない、今年は去年みたくならずにスムーズにお返しもらえて……」
「はい!」
零が元気よく返事をした。
(どういうこと? やっぱり今年も何か仕掛けてくるのね、武彦さん。私が今年やったみたく、普通の行動に密かに仕掛けてくるのかしら)
シュラインは頭をフル回転させた。零にはすでに渡して、自分にはまだだなんてあからさまに妙ではないか。
けれども、すんなりと渡されるのもどうだろうと思う気持ちがシュラインの中にあるのも事実。やるかやられるかの緊張感がないと、バレンタインデーからの一連の行事が終わった気にならないようにもうなってしまっているのかもしれない。
「感覚ずれちゃってるのかしらねぇ……」
シュラインはぼそっとぼやきの言葉をつぶやいた。何年も続ければ、そりゃそうなるだろうという気もしなくもない。
そしてそんな会話から2時間ほど経った時だ。またしても宅配便が荷物を届けにやってきたのは。
「すみません、こちらにシュライン・エマさんは……」
まただ。また、シュライン宛ての荷物だ。
少し大きめの箱を受け取り、差出人を確認するとやっぱり先程のと同じ。住所も同様である。
「でも、筆跡は明らかに異なるわね」
「違いますねえ」
2人とも一目で分かる。字の癖に明白に違いがあったからだ。
やはり中から音がしないので、零がさっそく箱を開けてみた。今度出てきたのは、蓋の部分が上にパカッと開くタイプの手提げ可能な箱。しかし、把手となる部分にご丁寧に南京錠がかけられている。
「あ! さっきの鍵束!」
「偉いわ零ちゃん、その通りかもよ」
零の閃きを褒めるシュライン。すぐに先程の鍵束を持ってきて、1本ずつ合わせてみる。運がよければ最初の1本で、最悪でも全部試せば開くのだから試さない理由などなかった。
結局、南京錠が外れたのは12本目でのことだった。
●箱の中身は……
南京錠を取り除き、零が蓋をゆっくりと開いてみた。
「……あれ?」
「あら?」
意外そうな声が零とシュラインの口から漏れた。それもそのはず、本当に意外な物がそこにはあったからだ。
「何で箱根の寄木細工が……」
「でも綺麗ですよ」
シュラインのつぶやきに、零が反応した。そう、中にはよさそうな出来映えの箱根細工が入っていたのである。
「零ちゃん。この外観に騙されちゃダメよ」
だが、シュラインが零に注意をする。
「どうしてですか?」
「箱根細工にはね、秘密箱と呼ばれる物があるのよ」
「秘密箱……ですか?」
「そう。大切な物なんかをね、その中に仕舞っておくの。取り出そうとするなら、決まった手順で箱を開けていかなきゃいけないのよ」
「なるほど、そうなんですか。あ、それじゃあこの箱も……?」
「でしょうね」
ふう、とシュラインは溜息を吐いた。
(何だか去年みたい。去年はマトリョーシカだったけど……)
ともあれ、シュラインは箱根細工に手をかけて、ああでもないこうでもないと開け方の試行錯誤を始めた。
そうして格闘すること1時間少々。ようやく開くことが出来て、中身を取り出すことに成功した。入っていたのは、4つ折りの紙と指輪でも入っていそうな灰色の箱。
零が紙を開いてみるとこう書かれていた。『よく開けた、これが今年のお返しだ 草間』と。
それを零から聞いて、シュラインが灰色の箱を開けた。入っていたのは――ガーネットの指輪。
「……指輪?」
目をぱちくりさせるシュライン。
「ただいま……と」
そこにタイミングよく、草間が帰ってくる。
「武彦さん! これ……お返し? 私に?」
自分と指輪を交互に指差し、シュラインが草間に確認をした。草間がニヤリと笑う。
「お、開けたんだな。じゃ、それが今年のお返しだ。無理だったら零と同じのにするつもりだったんだが……さすがにそれを2年も持ち続けるのはなあ」
「2年?」
2年というと一昨年からだ。はて、一昨年に何があっただろうか。……思い出せない。
「ま、思い出せないんならまた後で聞いてくれ。そうそう、よかったら箱根細工の方は零にあげてやっちゃくれないか? さすがに指輪とお菓子詰め合わせじゃ差がありすぎるからな」
そう言うと草間は苦笑した。
「……ええ、いいわよ。じゃあこれは零ちゃんに」
シュラインが箱根細工を零へ手渡した。
「わあ……ありがとうございます!! 大切にしますね!!」
零は箱根細工を大事そうに抱え、笑顔で礼を言った。
「俺の方も調査終了だ。結局何も出てこなかった。真面目だぞ、ありゃ」
「お疲れさま武彦さん」
自分で肩を叩く草間の姿に、くすっと笑うシュライン。
「それじゃあ武彦さんの疲れが取れるよう、美味しい夕食でも作りましょうか」
「お、ありがたいな。何作るんだ?」
「クリームシチューよ」
その日の草間興信所の夕食には、白い器に盛られた具沢山の美味しそうなクリームシチューが並んでいたという――。
【了】
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