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<東京怪談ノベル(シングル)>


3月20日 晴れ

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「…なぁ、まだ暗いぞ」
私がボソリと言うと、草間はシートの角度を微調整しながら、
「今更何言ってんの」
クックッと笑いながら そう言って、私に覆い被さるような体勢をとる。
「なっ、何だ」
ギョッとして思わず身構える私。
至近距離で草間が笑い、カチッと音がした瞬間。私は理解する。
あぁ…シートベルトか。シートベルトね。…って。
「自分で出来るんだが」
ジッと見やって言うと、草間は眼鏡を上げて笑い、
「たまには、こういうのも良いんじゃね?折角の"デート"なんだし」
"デート"という言葉を強調して言った。
私は言葉は発さずに、ただ 苦笑して、それに応える。
デート、ね。まぁ、端から見ればな。そう見えるだろうな。
実際は貢物…お前の罪滅ぼしなわけだが。な。




夜明け前。まだ薄暗い東京。初春の朝は、まだ肌寒く。
少し、薄着過ぎたかな…と後悔したが。
街が色染まる頃には、それは、不要な心配と化していた。
柔らかな日差し。青い空を優雅に流れる白い雲。うん。
「ドライブ日和だな」
私が言おうとした言葉を、先に草間が言った。
私は淡く笑い、「そうだな」と頷きながら返す。
「日の出ってのも、悪くねぇな」
湾岸線を駆け、数十分。木更津で車内から見た日の出に妙に感動する草間。
そうだな。お前は、日の出まで仕事に追われている事が多いから。
煙草とコーヒーの香りに満ちた興信所で、疲れ果てた状態で窓越しに見る日の出とは、
それはもう、比べ物にならないだろう。いや…。もはや、別物だろうな。
そんな事を考えつつ、窓の外を流れる景色を見やっていた私。
「ハラ減ったな」
草間の その一言で、日の出を浴びた車は、海ほたるで暫し休息を迎える。

「朝早いのに、結構…人がいるもんだな」
オーダーした軽食が並ぶのを待つ中、周囲を見回して言う私。
「天気良いからなぁ。デート日和 デート日和」
コーヒーを飲みながら笑って言う草間。私はテーブルに頬杖をついて言う。
「妙に、その単語を使うな」
その単語っていうのは”デート”という単語だ。…恥ずかしいんだよ。正直。
私とお前の、その辺の価値観は同じだと思ってる。
故に、妙な感じがして。…無理しているように見えるんだ。思いっきりな。
「たまには良いだろ。っつーか、冥月」
「ん?」
「普段と全然印象違うな。今日」
「あぁ…」
服か。まぁ、な。零の気遣いあってこその格好だ。
「そういう格好、俺、好きだわ。うん。似合ってる」
私をジッと見ながら、サラリと言った草間。
思わず目を逸らして、私は返す。
「それは、どうも」
…どうして、こういう返ししか出来ないんだ。私は。
素直に一言、ありがとう。そう言えば良いものを。




人が多くて、しかも、全員が急いているよう。何て、慌しく落ち着かぬ街だろう。
そう思った。それが、私の第一印象だった。”東京”という街に対する。
第一印象というものは、なかなかどうして。拭えぬもので。
その印象のままだった。もう、ずっと。長い事。
けれど。
今、その印象が変わりつつある。とても、ゆっくりとだけれど。確かに。
春の柔らかい風の所為か、いつもより淡く笑う草間の所為か。
それとも、いつの間にか繋がれた手の所為か。…原因は理解らないけれど。

「うぉっ。すげぇ」
「…そうか?」
臨海公園の一角で広げた弁当に目を丸くする草間。
あり合わせの食材でパッと作ってきたものだが。まぁ、この位はな。
「しかし、綺麗だったなぁ。何つったっけ…ジュノ?」
弁当を美味そうにポイポイと口に運びながら言う草間。
ゆったりとした雰囲気の中、水族園での記憶を辿る会話。
「特設会場に居たアレか。そうだな。あんなに綺麗な魚、初めて見た」
「冥月、食いついてたな。水槽にベッタリと。ガキみてぇに」
「う、煩い。あれだけ綺麗なんだ。見惚れてくれと言ってるようなものだろう」
「っはは。何、その言い訳」
…そうだな。私も、そう思う。
推測の言い訳。子供っぽいと言われても言い返せない。
何だかな…どうしたんだか。私は。
慣れない、このマッタリとした優しい雰囲気に調子が狂っているのか…。
「た、食べたか?食べたな?片付けるぞ。さぁ、次は、どこに行くんだ?」
「お。どうした、突然ノリ気だな」
「ち、ちが…」




今更だが。意外と…アレだな。
「優しい運転だな」
ポツリと呟く私。別に口に出すつもりはなかったんだが、自然と。漏れた。
どんな貧乏車に乗る事になるのか、と心配というか、不安も。ほんのりと抱いていたが。
その辺も意外で。洒落たクラシックカーときたもんだ。…まぁ、友人に借りたものらしいが。
私の言葉に、草間はクッと笑い、返す。
「隣に、女が乗ってる時はね」
その発言に、私は苦笑。運転なんて、滅多にしないくせに。
ドライブが趣味のような言い草。何を言い出すんだか。こいつは。

「………」
呆然と見上げ、立ち尽くす私。
「どした?あれ…もしかして、高い所、苦手か?」
ヒョイッと顔を覗き込みながら言う草間。
「…これに、乗るのか?」
目を見つつ言うと、草間は私の手を引いて、スタスタと歩きながら返す。
「絶対 乗って来いって言うから」
誰が…って、問わずとも理解できる。
いやいや、だからって 何だって、こんな…強制的に向かい合うものに…。

そうそう。観覧車というものはな、普通、向かい合って座るんだ。
バランスとか、色々とな。あるからな。普通、向かい合って座るんだ。
「お〜。すげぇ。高っ」
何故。隣に座るんだ…貴様はっ。
自分の”常識”や”普段”を、ことごとく粉砕する草間に戸惑いを覚えつつも。
乗ってしまった以上は、この景色を満喫せねば、損だ。
そう思った私は、広がる煌びやかな夜景に心を委ねる。
初めて乗ったが…なかなか綺麗なものだな。
美しい夜景に身を乗り出す私を見て、草間がクックッと笑う。
「んっ?」
クルリと振り返り、何を笑っていやがるんだ、という眼差しを向けると、
草間は目を伏せて言った。
「御気に召したようで何よりだ」
「…何が」
「このデート…っつーか、貢物が」
してやったりな笑みを浮かべる草間。
まぁ、それも仕方ない。素直に、楽しいと思ったからな。
普段と違う お前の姿も、巡った様々な場所も。
けれど、頂上付近。最高の景色が拝める場所だというのに。
”貢物”という言葉を聞いた事で、私の記憶が鮮明に甦る。
私はフイッと顔を背けて言う。
「…まったく。久しぶりにしたのが、あんな。しかも女とは」
甦った記憶は、この状況を生み出した”アルテナ”
奴との、それは、濃厚な…口付けだ。
「…はぁ。思い出したくもない、あの感触。…はぁ」
立て続けに溜息を落とす私。美しい夜景に失礼だな…などと思っていると。
「消してやろうか」
ポツリと草間が言った。
「はぁ?何を…」
見やって問おうとした時。
両肩をグッと掴まれる。
もしや、まさか、と疑う暇もない。
あっ、と気付いても。時、遅し。
「…!」
重なる唇の感触に。覚える、眩暈。
「消えた?」
唇を離し笑みを浮かべて言う草間。
私はジッと草間を見やりつつ、首を傾げてポツリと返す。
「…さぁ?」
「っぶは。何だよ、それ」




「じゃあな。おやすみ」
「あぁ」
軽く手を振って、見送った後。
私は、バタバタと部屋に入り。
慌てて、バッグから手鏡を取り出す。
カシャンカシャンと床に落ちた、幾つもの小物には目もくれず。
覗き込んだ鏡。
そこに映る、自分の顔。
紅らんでいる頬。
誰にも見せられない、何とも言えぬ表情を浮かべつつ、
鏡に映る、恥ずかしい自分の額をペシッと叩く。
…何て顔、してんだ。私。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / ♀ / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

NPC / 草間・武彦 (くさま・たけひこ) / ♂


著┃者┃通┃信┃
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こんにちは。いつも、発注ありがとうございます。心から感謝申し上げます。

泣く泣く削った箇所がチラホラとありますが…(涙)
気に入って頂ければ幸いです。また、どうぞ 宜しく御願い致します^^

2007/03/20 椎葉 あずま