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<PCゲームノベル・櫻ノ夢2007>


櫻花神殺行 

 神楽舞台の上で、二人の少女が向き合っている。
 人の娘と神の娘。
 二人の間に横たわる物は新月の闇と、静寂と、束の間交わした友愛故の……殺意。
「最初で最後ですね、私がここで舞うのは」
 人の娘――藤野咲月が静けさの中、神楽舞台を見渡してそっと囁いた。
 その響きに決意を気負う悲壮さは微塵も含まれず、ただ目の前の少女の安寧を願う優しさがこもっていた。
 咲月は真紅の袴と純白の着物に身を包んだ御巫だ。
 これまで神事の際に奉納の舞を務める舞踏手として神と接してきた。
 そして今、咲月の前に佇み舞を待つ少女は神の娘。
 白妙と呼ばれる神で、神として成長する神力を奪われ続け、常しえに少女の姿で存在させられているのだった。
「一度、咲月の舞姿を見たいと思ってたの」
 白妙は闇の中に浮かぶ夜桜のように、儚げな笑顔を浮かべて言った。
 神楽舞台の背景には、宵闇に花を散らす桜の枝がたわわに描かれていて、舞台にまで花びらがこぼれそうに思える。
 神楽(かぐら)とは神座(かみくら)が転じたものとする説がある。
 神座、それは神宿る場所。
 そして神楽とは神に捧げる舞歌。
 シャン、と咲月が手にした鈴が鳴り、舞の始まりを告げる。
 緩やかに持ち上げた扇を開き、咲月は朧蝶舞を――死出の傾国演舞を踊り始めた。


 咲月が夢の中で初めてこの場所に来たのは、まだ幼い春の日だった。
 今でも鮮明に覚えている。
 舞の稽古に疲れた午後、花びらの降り注ぐ桜の木下で転寝をしてしまったあの日。
 暖かな日差しにとろりと入り込んだ夢で、現れた少女は時代がかった和服姿だった。
 帯や小物まで白でまとめた少女は白妙と名乗り、咲月を歓迎してくれた。
「ここに人が来るのって久しぶり。
良かったら、私と遊んで?」
 白妙を夢に見る間隔はまちまちで、続けて数日彼女と出会う時もあれば、数年の空白が訪れる時もあった。
 けれどいつでも、桜の咲いている季節だったように思う。
 夢で訪れた場所は広々とした祭殿で、至る所に桜が植えられていた。
 雰囲気は咲月も慣れ親しんだ神社に似ているかもしれない。
 白妙の世話は、赤い袴に白い着物を身に着けた巫女装束の女性たちがしているようで、時折祭殿の中で姿を見かけた。
 夢の中、朱塗りの柱が幾つも建てられた間を通り、細やかな砂利を踏みしめて祭殿の格子戸を開ければ、変わらぬ少女の姿で白妙が微笑んでいた。
 出会った頃は姉のように感じられたのに、いつの間にか咲月は白妙と同い年程に成長していた。
 ――しばらく彼女の夢は見ていなかったのだけれど……。
 幾度目かの夢で、久しぶりに会う白妙が思いつめた表情をしているのが咲月には気にかかった。
 ――何があったのでしょうか。
 春の日差し、桜舞い散る木漏れ日のような麗らかな雰囲気を持つ白妙だったというのに。
 白妙は薄く笑って、
「咲月は大人になっていくね」
と言った。
 そして少女に不釣合いな諦観を含んだ響きで付け加える。
「私はずっとこの姿だけど」
 初めて聞く白妙の、疲れ、倦んだ声だった。
「ここがどんな場所か、咲月は知らなかったよね」
 ぽつりぽつりと、白妙が話していく。
 ここが現実の地平に存在する場所ではない事。
 夢でしか辿り着けない場所である事。
 そして、自分がある宗教で祀られた神であるという事。
「私が大人の姿になってゆく分の神力を、あの人たちはずっと使ってきたの」
 あの人たち、と言うのは現実で彼女を祀る者たちだろうか。
「皆がそれで幸せになってくれるならいいって思ってた。
でも、この頃はあの人たち……争ってばかりで……」
 一度は慈しんだ者たちが時を経て争う様子に、白妙は悲しんでいた。
「こんな私がいなくなれば、きっと」
 言いかけて白妙は黙った。
 不穏な続きを予感して、咲月は眉をひそめる。
「ごめんね。
咲月を見たら、つい弱音はいちゃった。
私と同じような姿だから」
 長い黒髪と着物姿、どこか凛とした雰囲気は似通っているかもしれない。
 しかし白妙の姿は、このままでは恒久に少女のままなのだ。
 神様失格だね、と白妙は苦く笑った。
 それから、咲月が聞きたくはなかった言葉を放つ。
「……私を殺して。
この祭殿から解かれるには、それしか方法がないと思うの」
 咲月は月日の中で様々な舞を習得していた。
 ――私が彼女にしてあげられる事は、ただ舞う事……。
 その中に白妙が望む結果をもたらす舞もある。
「もし、ここに来てくれるなら……次の新月の晩、枕元に桜の枝を置いて眠って。
月が瞳を閉じている夜なら、巫女たちの目も届きにくい筈だから」
 

 その新月が今晩だった。
 枕元には庭から手折った桜の小枝。
 咲月は静かに目を閉じ、夢の小路を急いだ。 

 
 暗闇の向こうにほの白く光る場所が見える。
 それを目指して咲月は進んだ。
 足元にまとわり付く夜露は咲月の踝を濡らしたが、歩みを止める妨げにはならない。
 所々に配された松明を頼りに祭殿の際億へと咲月は進んだ。
 砂利が立てるわずかな音さえ、静寂の中では大きく響く。
 やがて広々とした中庭と、それを取り囲むように回廊が続く建物の前に出た。
 松明の明かりを頼りに、巫女たちが白妙を守るべく見回りをしている。
 ――不要な戦いは避けたいのですが、見つからずに進むとなると難しそうですね。
 足元の小枝を踏んだ咲月は、不意に身体を動かしてしまい懐に忍ばせた鈴を鳴らしてしまった。
「誰だ!?」
 すぐに巫女たちが咲月のいる暗がりまで迫ってくる。
 ――仕方がありません。
「……舞を一つ、お届けに上がりました」
「舞?」
 巫女たちは刀の切っ先を咲月に向けたまま戸惑っった。
 新月の闇の中、明かりも持たずに一人現れた娘だ。
 不審に思うのも当然だった。
 ゆっくりと巫女たちに近付いた咲月が、そろりと扇を取り出す。
 その仕草は流れるようにたおやかで、知らず巫女たちの瞳を魅了した。
「傾国の舞を、あなた方の神に」
 扇を広げ、咲月は言い放つ。
 傾国という響きに巫女たちが不穏な感覚を覚えるよりも早く、咲月の舞は始まっていた。
 鈴を片手に、ひらりと身体を翻す。
 鈴の音に重なる舞は、花から花へ翅を広げる蝶のあでやかさを含んでいた。
 夢幻の蝶を垣間見たように陶然とした表情の巫女たちが、次々とその場に倒れていった。
「……な、何が!?」
 動揺する巫女も、何があったのかわからないまま地に伏した。
 咲月の扇は刃の仕込まれた暗器だった。
 そして刃には毒も塗られている。
 舞う事で霧散する毒が、直接触れずとも巫女たちの身体から自由を奪ったのだった。
 シャン、と大きく一つ鈴を鳴らし、咲月は白い着物の袖を引き上げて一礼した。
「……続きは神楽舞台で行う事に致しましょう。
私の舞は神に捧げるものですから」
 咲月の鳴らす鈴の音は、夢幻の舞と共に祭殿を進んだ。
 中には気丈にも咲月に立ち向かう者もいたが、四肢の自由を奪われてしまっては、薙刀や日本刀も役立たなかった。
 祭殿の中、白妙は咲月の姿を認めると微笑んだ。
「……約束、守ってくれたんだね」
 ぼんやりと灯された明りの傍で、白妙の表情はどこか晴れ晴れとしていた。
「私に出来る事ならば、ご協力致します。
私には、ここからあなたを連れ去る事はできませんが……」
 その先に続く言葉までを言わせず、白妙は咲月を誘った。
「私の一番好きな場所があるの。
そこで、私は……消えていきたい」
 好きな物を、愛しい物をその瞳に映しながら白妙はこの世界から去りたいと思っていたのだ。
 白妙が咲月を案内した場所は祭殿の奥の神楽舞台だった。
「ここは……」
「あれは私。
私が巫女の舞を見ていた場所よ」
 舞台から望む庭に真っ白な花びらをつけた桜が咲いていた。
 永遠に春を繰り返す、時の呪縛に囚われた桜。
 白妙桜が花を散らし、新たな葉をつけ、実を実らせる事はない。
「前に一度だけ話してくれた傾国の舞。
それを見せてくれるんでしょう?」
 咲月は頷いた。
 すぅ、と息を吸い、白妙は咲月に言う。
「早く見せて……夜が明けてしまう前に」
 咲月の鈴がそれに答えるように鳴り響いた。


 咲月の長い黒髪が、舞の一動作ごとに肩に流れ、さらりと音を立てた。
 衣擦れと舞台を踏みしめる足音、大に小に響く鈴の音。
 それらが重なり合って咲月の舞に幽玄をもたらしている。
 ひらりと花々の合間を縫い、気紛れに天上を目指す蝶のように、華やかに、軽やかに。
「……きれい、ね……」
 次第に薄れていく意識の中、白妙が呟いた。
「また、どこかで……この舞が、見られたら……いいの、に」
 そこまで言い終えると、白妙は床に倒れた。
 だが咲月は舞うその手を止めない。
 最後まで踊りきる事、それは舞い手として神に仕える者の勤めだと咲月は日頃から思っていた。
 ――さようなら……。
 白妙の姿は朧に霞み、風に吹かれた花びらのように散っていった。
 咲月の扇の上にも、白い花びらは降り注いだ。
 季節外れの、粉雪のように。
 その中で咲月は朧蝶舞を踊り終え――翅を休める蝶の仕草で床に手をついて、白妙桜のあった方へと一礼した。


 咲月が瞳を開けた時、すでに夜は明け、白々とした光が枕元まで差し込んでいた。
 枕元に置いた桜の枝も、花びらを散らせてしまっていた。
 白妙の行く末のように。
 しかし咲月は嘆いたりはしない。 
 ――花は花なれ、人は人なれ。
 白妙が得たいと願ったものは安らぎだった。
 それを死という形であれ与えられた事を、咲月は後悔しない。
 すがすがしい朝の光の中で、咲月はただ花のような笑みを浮かべ……滅ぶ事で安らぎを得た神を思った。
 

(終)


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 1721 / 藤野・咲月 / 女性 / 15歳 / 中学生/御巫 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、追軌真弓です。
神殺しというテーマの『櫻ノ夢』シナリオでしたが、楽しんで頂けましたでしょうか。
今回モチーフにした『白妙』という桜も実際にあります。
目の前に置いて参考にしたのは彼岸桜ですが。
もちろんこちらではまだまだ咲いてませんので、花屋さんで買いました……桜どころかまだ雪が積もってますよ。
今回、白妙の命を奪う選択をなさったのは咲月様だけでしたが、殺伐とした雰囲気にならないよう気を付けて書きました。
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今回はご参加ありがとうございました。
また機会がありましたら、宜しくお願いします!


【弓曳‐ゆみひき‐】
http://yumihiki.jugem.jp/