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<東京怪談ノベル(シングル)>


其れが誕生した理由と経緯、在り続ける理由と意味





 ジュネリア・アンティキティと名乗る彼女の、かつての主は、陰陽師だった。





 陰陽師。古き日本における官職のひとつだ。職務内容の詳しい解説は、今は不要だろうから、しない。
 少なくとも、彼女の主だった陰陽師は術を用い、刀を振るい、弱き人々を救う事を良しとする人間だった。

 正義、と後の世に生を受けた人は言うだろう。
 偽善、と歯に衣着せぬ人は言うかもしれない。

 けれど、それでも。

 悪を許さず。
 困却者に手を差し伸べ。
 救える命は救う。

 ――綺麗事であるとしても、その綺麗事こそが彼の心であり、彼の生き様だった。





 時をさかのぼる事、実に1100年前。時代は平安。京の都は暗雲と恐怖に包まれていた。
 妖怪。
 人とは異なる顔かたちを持ち、人の命を容易く奪える力を行使する彼らに、人の世の未来は閉ざされようとしていた。

 ジュネリアの主人だった陰陽師には、妖怪と戦えるだけの力があった。妖怪と戦おうと決意するだけの心があった。
 彼が刹那でさえも迷わず戦いへ身を投じた事に、不思議な点などひとつとてなかった。彼はそういう人だった。
 実際、彼は強い部類に含まれる陰陽師だったのだろう。術者という者は術を学ぶゆえにとかく屋内に篭りがちとなり、打たれ弱くなりやすい。しかし彼の場合は刀を振るえるだけの膂力があって、守りたい救いたいと思うだけでなく実行にうつす為の鍛錬も欠かさず、要するに大多数の同業よりも生き残る確率が格段に高かったはずだ。
 だがあのご時世で彼が生き残るという事は、戦い続けるという事と同意だった。

 妖怪現ると聞けば駆けつけて退治して、
 占術で不穏な結果が出ればその原因払拭に努め、
 疲れているだろうに、最後に己の身を守るだろう刀の曇りを払う事も忘れない。

 戦う事が好きだというわけではなく、守り救う為の手段として「戦う」という道を選んでいるだけだ。時には思い悩む事もあったろう。力の足りぬ自分に歯噛みする事もあったろう。
 今すぐに崩れてもおかしくない、脆く、か細い橋を渡り続けていた彼だ。足を止めるという選択肢が思い浮かんだ事も一度や二度はあったかもしれない。
 そんな時、彼の足に力を与えてくれたのは、他ならぬ彼の助けた人達だった。
「ありがとう」
 絶望に染まっていた表情が、この一言と共に明るい笑顔となる。笑顔は彼の心を暖め、また歩き出せるだけのものをくれた。

 そんな彼だから。
 人々に笑顔を取り戻したいと願った彼だから。

 力ある妖怪達を更なる力で統べる存在、妖怪王にも、彼は戦いを挑んだ。





 栄華を誇っていたはずの京の都は、焼け野原と化した。奇跡的に、かろうじて、ぽつぽつと、一部の建物が残っただけだった。それらすらも無傷ではなく、戦いの激しさがおのずと知れた。勿論、生存者の数も少なかった。そして生存者という枠の中に、彼は含まれてはいなかった。





 涙雨。
 焼け野原に降った雨を、生き残った人達はそう呼び、手を合わせた。
 人の勝利を祝う、喜びの涙。
 犠牲となった人達を弔う、悲しみの涙。
 二種の涙が入り混じった、生き残った者達の想いが凝縮しての雨なのだと。

 一振りの刀が焼け野原に突き刺さっていた。涙雨に濡れた刀は、刃どころか柄まで血に彩られていた。赤黒く変色してこびりついた血は静かに降る雨では流れ落ちず、その刀の振るわれた戦いの悲惨さを物語っていた。
『主を失った刀は、以後をどのように過ごせばいいのか』
 刀は思った。――そう、思ったのだ。刀が。
『誰かを守る為の刀なのだと、彼は常々、私を磨きながら言っていた。その為に私が必要なのだと』
 刀に心が宿った。言葉にすれば短いが、それも主だった陰陽師の強い心あっての事だった。人を守り救おうと、まさしく全てを賭して戦った彼の。
『ならば私がこれからすべき事は‥‥?』
 彼の心。すなわち理念。それが彼の成した正義。しかして偽善。
 偽善ならばそれは偽りか。否。成したのならば偽りではなかろう。
『私は誰かを守る為のもの。私は誰かを救う為のもの。ならば私は』
 ものに心が宿れば、命も宿る。人が九十九神と呼ぶ存在となる。
 刀が光を纏った。自らの発する光に包まれて、刀は変化を遂げた。元の姿の数倍の背丈を持ち、人型の胴体は固い鎧のようなもので覆われ、古来より力あるものの象徴とされてきた竜の頭部が乗っていた。
「私は私の役目を全うしよう」
 彼がそうしたように。彼の正義を。彼の偽善を。全うしよう。
 彼のしてきた事をずっと見てきた。共に在った。彼の心はこの身に深く刻み込まれている。





 こうして、のちにジュネリア・アンティキティと名乗るようになる存在は、主の倒れた地を離れ、いずこかへと姿を消した。
 己の存在する意義を果たす為に。
 己の倒すべき「悪」を探すために。