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<PCゲームノベル・櫻ノ夢2007>


『散る花の願い』



◆00
 満開の桜の森の中、その木はひときわ異彩を放って立っていた。その姿は異形、と称しても構わないだろう。
 幹からは水分が抜け落ち、カラカラに乾いた表面にうろが大きく開いている。枝は途中で折れ果てているものが多く、先まで伸びきっているものは幾本もない。根もかつては立派なものだったのだろうが、今は地面の上に乾燥した状態を晒しており木が生きていくために十分な水分と栄養を吸い上げる事が出来るとも思えない。
 何より、花がわずかしか咲いていないのだ。折れ残った枝の先にほんのひとふた固まり程度しか。
 そんな枯れかけた桜の下に二人の少女が立っていた。
「これが私の最後の春となるでしょう。あなたにはわかりますね?」
 緋袴をはいた少女が瞳を閉じたままおごそかに告げる。
「ええ、この木にまとわりつく死の影が私には見えるから。けれど、私にはあなたのようなものの声は聞こえないはず。何故、今私達は話が出来ているの?」
 紺色のブレザーの制服を着た少女が聞き返した。
「この娘――あなたにとっては友人ですか?」
 己を指して巫女装束の少女――三枝・環(さえぐさ・たまき)は、まるで普段の彼女らしくない口調で問う。制服姿の少女はしっかりとうなずいた。その瞳に、環に危害を加える気ならば容赦をしないという決意を秘めて。その仕草を見て、巫女は――正確には巫女に降りた桜の神は優しく微笑んだ。
「この娘は、とても力の強い巫女。だから私のような死にかけの力を宿す事も出来る。この娘が望み力を貸してくれたからこそ、やっと私はあなたと話す事が出来るのです」
「環ちゃんが……」
 心配そうに少女は巫女を見る。
「あまりこの巫女を消耗させるわけにはいきませんね。早く本題に入りましょう」
 巫女を気遣う少女に好ましそうな視線を向け、桜は己の望みを話し出そうとする。その言葉を聞き、少女は今まで何度も告げてきた言葉を巫女の中にいる桜に対して放った。
「私は死の影を見る者。死に取り憑かれたものの言葉を伝える者。――私と対峙しているという事は、あなたには生きているうちに誰かに伝えたいことがあるはず」
 彼女の言葉にゆっくりと巫女はうなずく。
 死にかけたものからのメッセージを伝える事。それが制服姿の少女の使命であり能力だった。死告鳥、と彼女を呼ぶ者もいる。彼女に言の葉を預けたものは例外なく死んでゆくのだから、その呼び名もあながち間違いではないだろう。
 その二つ名にかけて彼女は目の前の相手に問う。
 あなたがその残り少ない命を賭けてまで伝えたい事は何? と。
「私は……忘れられたくない。こんな片隅にでも私という花が咲いていた事をただ覚えていて欲しい。出来るなら永遠に」
「それは、誰に?」
「――……これからこの場所を訪れる者に」
「それが誰であっても?」
「ええ」
「永遠の定義は?」
「それは受け取る者にお任せします」
 淡々と、少女は桜に対し問いを重ねた。伝える事が使命なのだから、情報は正しく持っていなくてはならない。
「わかりました。あなたからの伝言、この小野・紗夜香(おの・さやか)が確かに預かりました」
 そう言って、紗夜香は環に向かって手を伸ばす。
 それが彼女の契約の方法。紗夜香の手が環の身体に触れると同時に環から光の形をとった言霊が紗夜香の中へと移動した。
「メッセージは確かにここに」
 そういって紗夜香は光の宿った己の胸を押さえる。
「必ずあなたの伝えたい相手に渡します」
 光を纏いながら死告鳥は断言する。その姿を見て、本体に死の影を纏った桜は目を細めて懇願した。
「どうか、どうか、お願いします」
「絶対に」
 静かに一礼し、巫女は己の本体である桜に触れる。
「ここは不思議な場所。誰かの夢、皆の夢、どこでもない場所。だから――あなたもこの巫女も本来は使えない力が使える」
 そう言って巫女は枯れかけた桜の幹から何かを取り出した。そしてそれを巫女自身の身体の中に埋める。
「何を……?!」
 まさか今更環の身体に何かをされると思っていなかった紗夜香は、驚いて声を荒げた。そんな紗夜香に向かって微笑み、桜は告げる。
「私の記憶をこの巫女の中に移しました。それを望む者があるならば、この巫女はその相手に私の記憶を見せる事が出来るはず――この場所でだけの事ですが」
 それを永遠の記憶の助けにして欲しいのだと、桜は言う。
「あつかましいのかもしれません……けれど、私にはもうこれしか残っていないのです」
「環ちゃんに影響は?」
「大丈夫です。夢から醒めれば、この巫女もあなたも、あなたが伝えてくれる相手も、いつも通りの日常が待っています。――……だからこそせめてこの場所では」
「永遠を望むのね?」
「……はい」
 悲しそうに、けれどしっかりと桜はうなずく。
「私は伝える事が役目。その内容の是非は私に問う資格はない」
 言っていることだけを聞くならば冷淡にも思える紗夜香の言葉。しかし、その声色は優しい。
「環ちゃんに託したもののことも一緒に伝えます。それをどうするかは受け取った者の自由ですが」
「ありがとうございます……」
 もう一度頭を下げて、巫女に宿った桜は己の本体を見上げた。
「それでは、私はここに戻ります。どうかこの巫女殿にも、感謝を伝えて下さいませ」
「わかりました」
「あなた様も……どうもありがとうございました」
 そう言うと同時に環の身体から何かが抜け出ていく。くたりとその場に倒れ込みそうになった彼女の身体を、慌てて紗夜香は支えた。紗夜香の腕の中でゆっくりと瞳を開いた環は、いつもの紗夜香が知る環だった。
「お話、終わったんですねー?」
「ええ」
「何だか、頭の中がぐるぐるしますぅ。私のぉ、見たことのない景色が色々見えておかしな感じですー」
「記憶を環ちゃんの中に移したって言っていたから」
「覚えてますー。降ろしている時のことを覚えているなんてー、初めてですう」
 紗夜香の腕の中から何とか立ち上がりながら環は笑った。
「私も、メッセージを受け取ったのにこんなに元気だなんて初めてよ」
「紗夜香さんもですかぁ?」
「うん」
 死を賭けた言霊を受け取ることは、普段は望むと望まないとにかかわらず紗夜香の体力を消耗させる。メッセージを受け取った後、寝込んでしまうこともしばしばあった。それが、この場所では今も紗夜香の身体には生命力が満ちあふれている。
「誰かの夢、皆の夢、どこでもない場所、ね――」
「ここは不思議な場所ですぅ。とても力に満ちあふれていて……だけど、とても寂しい……」
 虚空を見据えながら環が言う。感受性豊かな巫女見習いの言うことだ、それはきっと正しいのだろう。
 満開の桜の森の奥を見つめながら、紗夜香はポツリと呟いた。
「早く、誰かが来てくれればいいのにね」



◇01

「ここは?」
 目の前に広がる満開の桜の森を見つめてシュライン・エマは疑問の声を上げた。
 ぐるりと辺りを見回しても武彦や零の姿は見えない。
「ええと……確か、事務所で桜茶を入れていて……私、うたた寝しちゃったのかしら?」
 数瞬前までいたはずの場所とはまったく違う風景の中にいる。夢を見ているとしか思えない。しかしそれがわかっていても自力で目覚めるというのはなかなか出来ないものだ。
 ふう、とため息をついてシュラインは足の向くまま、桜の森の奥へと歩き始めた。

 右を見ても左を見ても上を向いても薄紅色。美しく咲き誇る桜だが、これほどまでに満開だとどこかしら恐ろしいものすら感じる。奥へ奥へと歩いているつもりで同じ所をぐるぐる回っているのではないかと疑念を抱きはじめたところで、シュラインは異変を見つけた。
 ぽっかりと、そこだけ穴が空いたかのように桜がない場所。一本だけそこに花をつけていない樹がある。いや、よくよく目をこらしてみれば、まったく花をつけていないわけではなさそうだ。折れ残った枝先に一輪二輪ずつ、まるで最後の力を振り絞るように白い花が咲いていた。
 その木が枯れかけているのだとシュラインが気付くのにそう時間はかからなかった。
 この満開の桜の森で初めて見つけた異変。
 しかし、シュラインが気付いた異変はそれだけではない。
「……だけど、とても寂しい……」
「早く、誰かが来てくれればいいのにね」
 性能の良い彼女の耳は二人の少女の声を捕らえていた。そのうちの一方には聞き覚えがある。
 ともかくその声の主達に会おうとシュラインは枯れかけた桜へと向かって歩みを進めた。



◆02

 そうして枯れかけた桜の古木の下に4人の女が集う。
「あなたは……三枝環ちゃん、だったわね?」
 巫女装束姿の少女に向かって、シュライン・エマはそう尋ねる。この巫女とシュラインは現の世界での面識があった。
「そう言うあなたは……あ、シュラインさん! あの時はお世話になりましたぁ」
 言って環はぺこりと頭を下げた。そんな環とシュラインをチリュウ・ミカと制服姿の少女は不思議そうに見ている。
「環ちゃん、お知り合いなの?」
 制服の少女が環に問う。
「はいー。前にお仕事の依頼をした興信所の方ですぅ」
「ああ、怪奇探偵さんの……」
「ふふ、所長はそう呼ばれるのを嫌がっているけどね。初めまして、シュライン・エマです」
「環ちゃんの友達の小野紗夜香です。初めまして」
 紗夜香の挨拶はシュラインだけではなくミカに対しても向けられたものだった。その視線を受けミカも軽く頭を下げる。
「チリュウ・ミカだ。この場の誰とも初めての邂逅になるな」
 ミカの言葉に紗夜香はふるふると頭を振った。
「現の世界での縁は関係ないと思います。ここは、誰かの夢、皆の夢、どこでもない場所だそうですから」
 そう言って紗夜香はもう一度、シュラインとミカの二人に向けて頭を下げる。
「貴方達はここに来た。それだけで資格は満たしています」
「資格?」
 首を傾げてミカが問う。
「はい。メッセージを受け取る資格です。ここに辿り着いたものに伝えて欲しいという願いでしたから」
「私達に伝言? 一体誰から?」
 今度の疑問はシュラインから発せられた。その問いに紗夜香と環は顔を見合わせて、それから古木を見上げた。
「この木に宿っておられる、神様からですー」
 答えたのは環だった。緋袴を履いているのは別に彼女の趣味でもコスプレでもない。これが環の正装なのだ。神に仕える巫女としての。
「こちらの神様のー、依代はもうすぐ朽ちようとしていますー」
 その言葉にシュラインとミカも古木を見上げた。そして、今にも枯れてしまいそうなその様子に環の言葉が真実だと知る。
「神々も、不滅の存在ではないんですぅ。とても悲しいことですけれどー」
 環はいつも通りどこか間の抜けた語尾の伸ばし方で話しているが、その声音には間違いなく悲しみが宿っていた。
「こちらの神様も、また……。ですから、紗夜香さんと私がぁ、呼ばれたんだと思いますー」
「環ちゃんは巫女さんだからわかるとして、こちらの紗夜香ちゃんは……?」
 シュラインの言葉にミカも肯いた。環が語る神という概念は魔皇であるミカの知るものとは違っていたが、その違う概念の神が自分の敵ではないこと、そして環がその神に触れる資格を持つものだと言うことは本能で理解出来た。しかし、ではこの平凡な制服姿の少女の役割は一体なんだというのだろう。
 スッと一度瞳を伏せて紗夜香は語る。
「私は死の影を見る者。死に取り憑かれたものの言葉を伝える者。本来ならばそれは人間に限定されるはず。私には死者や人ではないものを見る力はないから」
 そう言って見開かれた瞳の色はまさに深淵。何の変哲もない学生である紗夜香の中で、その瞳だけが確かに死に近しい者であると証明していた。
「この特殊な場所と環ちゃんの力があって初めて、私はこの木の神から伝言を受け取るが出来た。……それだけ、真剣で切実なのだと思います」
 言葉だけではなく真摯な眼差しで紗夜香はシュラインとミカを見つめる。
「シュライン・エマさん、チリュウ・ミカさん。貴方達はこの言葉を受け取ってくれますか?」
 その言葉にあらがえるはずもなく、二人は力強く肯いた。
 良かった、と紗夜香は小さく微笑んで己の胸に触れる。そこから柔らかな光があふれ出し紗夜香の身体を包み込んだ。
『私は……忘れられたくない。こんな片隅にでも私という花が咲いていた事をただ覚えていて欲しい。出来るなら永遠に』
 紗夜香の口から紗夜香の声で、けれど確かに紗夜香のものではない言葉があふれ出す。どこかおごそかに聞こえるその言葉を神妙に、シュラインとミカは聞いていた。



◆03

「なるほど」
 伝言を聞いて、はじめに口火を切ったのはシュラインの方だった。
「なんて傲慢な願い」
 その言葉の辛辣さに環がびくっと顔を上げる。神の意を具現化する手伝いもする巫女にとって、その願いを否定されることは何よりも辛いことだ。紗夜香の方は淡々と、
「私の役目は伝えること。その中身の是非は問いませんから」
 そう言ってのけた。少女二人の反応にシュラインはにっこり笑って、次の言葉を続ける。
「けれど、そう、とても純粋で健全ね」
 シュラインの言葉に環はほっと胸をなで下ろした。そんな巫女の様子を目を細めて見つめながら、しかし、その願いを叶えるためにはどうしたものかとシュラインは思案をはじめていた。
 ミカの方は黙り込んで伝言の内容を反芻している。『桜の最後の願い』……『永遠を望む神』。自分は答えを見出せるだろうか? と。そもそも永遠とは? 神々ですら不滅の存在ではないと、巫女の娘も先刻言っていたではないか。
 その疑問をミカは紗夜香にぶつける。
「永遠の定義は受け取るものに任せると」
「何とも難しい命題だな」
「私が受け取る側だったとしてもそう思うでしょうね」
 ため息をつくミカに紗夜香は相変わらず淡々と告げる。
「望むならば自分の記憶を見せることも出来ると木の神は言っていました。それを自分の永遠の手助けとして欲しい、とも」
 そう言った紗夜香の視線を受けた環はどんと胸を叩いて笑った。
「はいー、ここに私のものじゃない記憶がありますですー。本当は私、こんな力は持っていないはずなんですけどー」
 この場所だからこその力、というわけか。ならばそれを試してみない手はない。
「樹の記憶、見せてもらえるか?」
「あ、私もお願い出来るかしら」
 二人に請われて環は両手を差し出した。ミカとシュラインは片手ずつその手を取る。
「これは……」
 環の手に触れた瞬間に記憶の奔流が流れ込んでくる。それは自らの記憶と螺旋をなしてぐるぐると身体を巡り二人の脳内を翻弄した後、すとんと胸の中へ落ち着いた。

 それは、たとえば花見の席。
 仲間達はわいわいと騒いでいて、これでは花を楽しむどころではないわね、と苦笑したシュラインの前にはらりとひとひらの花びらが舞い落ちた。花びらの出所を、と見上げたところにその桜は在った。

 それは、たとえば入学式。
 まだ魔皇として目覚める前、ただの人間として過ごしていた頃、それは平凡で退屈な日常だったが、それでも出会いの季節に心躍らせることもあった。新たな日々への希望を胸に抱いてミカがくぐった学舎の門の脇にその桜は在った。

 それは、たとえば卒業式。
 歳も育ちも生きる世界すら違うはずのシュラインとミカは何故か同じ制服を着て並んで歩いていた。手にしているのは筒に入った卒業証書。校門をくぐれば二人は別々の道を歩いていくことになる。寂しいけれど、涙が浮かぶけれど、それは決して悲劇ではない。卒業とは別れであると同時に旅立ちでもあるのだから。手を振って別れる二人のかたわらに、その桜は在った。

 目を閉じれば浮かんでくる全ての記憶の中に、何故かシュラインとミカもいた。これは桜の記憶のはずなのに。そして全ての情景の中で、今とは比べものにならないほど美しく咲き誇る桜。
 環と紗夜香が見守る中、二人は目を閉じたまま今見た記憶の余韻に浸っていた。そして、思いを馳せる。この美しい桜の、自分にとっての永遠とは――。

「そうか。私にとっての永久の桜とは……」
 先に口を開いたのはミカだった。目の前にいる少女二人に想いを伝えるため言葉を紡ぐ。
「その樹が昔と同じ桜でなくとも、そこに足を運べば桜の樹がある。昔見上げた桜が。それが、私には永遠の桜だな。美しく甘く、時に悲しい記憶が夢や空想でなく事実して存在したことの確認。それが出来ることが永遠に繋がるんだと思う」
 その真摯な言葉は今は朽ちかけた桜の中にいるはずの神に届いただろうか。ミカはそっと木を見上げた。まるで今言ったことを実践するように。ミカがこの桜を見ながら思いだしているのは、ミカ自身の記憶であると同時にこの桜の記憶でもある。これならば、ミカがいる限り、桜も永遠に忘れられることはない。
 けれど――。
「ここは夢の世界。目覚めた後の貴方には、ここに自由に足を運ぶ手段がない」
 薄い光を纏ったままの紗夜香が悲しそうにそう言う。その光が彼女がメッセンジャーである証なのだとしたら、まだ桜の懸念は晴れていないことになる。
「それなら、夢を渡ることは出来ないかしら?」
 今度はシュラインが話しはじめた。彼女自身の考えとミカの言葉を吟味しながら、じっくりと言葉を選んで提案する。
「夢を、渡る?」
「そう。現実世界で私達が触れ合えた人が、眠った時にこの桜の夢を見て、またその人が誰かに触れて……というふうに渡っていく。起きている時も他の桜を見るたびこの桜をふと思い出す。そういう形ではどうかなと思って」
 シュラインの提案に他の三人は考え込む。
「えっとぉ、夢の中にいらっしゃることは、力の強い神様なら良くあることですからー、その応用だとしたら、シュラインさんの言っていることも、可能だと思いますー」
 神の力をよく知る環がそう言うのだ、それならば――。
 皆の視線を受けた紗夜香はそっと胸に手を当てる。
「ここは、誰かの夢、皆の夢。そんな形で皆がここを訪れてくれるならば……」
 そうして紗夜香を包む光は胸の所にもう一度収束していき、パチンと弾けた。弾けた光を優しい眼差しで追って、紗夜香は告げた。
「メッセージは正しく伝わりました。受け取って下さってありがとうございます」
 そう語る少女の瞳は先刻と同じ漆黒だが、年相応の少女らしい光に満ちていた。死の淵をのぞき込んだような深淵はなりを潜めている。
「良かった。さっきミカさんも『繋がる』って言葉を使ったけれど、同じままは停滞で、永遠は繋がっていくことかなって、そんな風に思ったの」
「なるほど。ならば私は、再びこの夢を見る時、あるいは私に触れてこの夢を見るものに頼んで此処に桜の苗木を植えよう。それもまた永遠を紡ぐよすがとなるだろうから」
「私も目覚めたら原稿に書いてみるわ」
 まずは身近な人達にこの不思議な夢の話をすることからはじめようと思うけれど。そう言って、シュラインは笑いかけた。私もそうするか、とミカもうなずいている。
「そうですねー……神様もとても喜んで下さっていますー」
 古木に触れ、巫女はそう笑った。
 メッセンジャーは役割を終え、巫女は太鼓判を押した。これでもう、この桜が悲しむことはないだろう。
 そう皆が思った時、不意に強い風が吹いた。花吹雪が舞い上がり、ここが満開の桜の森だったのだと思い出す。薄紅色の花びらは視界を奪い、互いの姿が見えなくなって――。



◇04

 シュラインが目を覚ましたのは、草間興信所の給湯室だった。目の前には急須と茶碗。急須の中を覗いてみると、桜茶の葉が丁度良く開いていた。
「ほんの一瞬のことだったのね……」
 満開の桜の森と、そこで出会った人達、そして枯れかけた桜のことを思い出す。その桜の願いのことも。
「よし」
 ぴしゃり、と頭を覚ますように頬を叩いてから、シュラインは事務所の方へと盆を持って歩き出した。
「武彦さん、零ちゃん、お茶にしましょう。それからね、聞いて欲しいことがあるの――」



<END>



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◆東京怪談
0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 女性

◆神魔創世記 アクスディアEXceed
w3c964maoh / チリュウ・ミカ / 35歳 / 女