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<東京怪談ノベル(シングル)>


手品師の心臓

 夕暮れ間際の公園には、子供達がたくさん集まってくる。
 ブランコの順番を待っていたり、ジャングルジムに上って、いつもとは違う景色を見ている子供達。
「あ、手品のお兄ちゃんだ!」
 滑り台の上にいた少年が大きな声でそう言うと、辺りにいた子供達が一方向を見て手を振った。
「ボウズ達、元気だったか?」
 それに答え手を振った藍沢 佑(あいざわ・ゆう)は、目を細めながらいつも子供達に手品を披露するベンチへと向かっていく。
 佑は時々この公園にふらりとやってきては、子供達に手品を見せている。その愛想の良さと、いつも違った手品見せてくれるその腕を子供達は楽しみにしていた。
「さぁて、何を消してみせようか?」
 そう言うと、子供達は目をキラキラさせながら、自分が持っている自動車のおもちゃやボールなどを差し出した。
「俺の車消してみて!」
「ずるーい、この前見せてもらったでしょ。今日は他の人だよ」
「ほらほら、喧嘩するな。俺の手は二本しかないからな」
 今日はどの子の物を借りようか。辺りを見渡した佑は、子供達の輪から少し離れた場所に立っていた少女を見て頬笑んだ。
「そこのお嬢ちゃんは初めましてだな。もっとこっちにおいで」
「あの子ね、この前引っ越してきたばかりなの」
 だったらなおさら輪に入れてやらなければ。まるで舞台に観客を上げるように、佑は立ち上がって少女に手を差し出した。その仕草に緊張気味だった少女が、やっと少しだけ笑う。
「お手伝いして頂けますか?」
「うん……」
 まず佑は自分の胸ポケットの中から、小さな赤いボールを差し出した。それを少女の手に持たせ、タネも仕掛けもないかを確認させると、待っている子供達がどよめいた。
「絶対仕掛けがあるんだよ」
「お母さんが『手品にはちゃんとタネがある』って言ってたの」
 何度も確認するように、少女はボールを見た。穴も開いていなければ、継ぎ目もない。笑いながら無言でそれを受けとると、今度は少女に問いかける。
「お嬢ちゃん、ハンカチは持っているかい?」
 スカートのポケットから、きっちりとアイロンのかかったハンカチが差し出された。広げると最近人気のアニメキャラが描かれていて、それに子供達が反応する。
「あ、あのハンカチ私も持ってるー」
 やっぱり子供達に手品を見せるのは楽しい。純粋に楽しんでくれるだけでなく、躍起になってタネを見破ろうと真剣に見ている子もいる。赤いボールを持って左手を握り、皆に向かってはっきり一言。
「さあ、今からこのボールの中にハンカチを入れてみせよう。楽しい手品の始まりだ」
 この瞬間、子供達の目が手の一カ所に集中する。右手に持ったハンカチを、佑はゆっくりと人差し指で手の中に押し込んでいった。時々詰まって苦労しているようにしてみせると、わぁっと笑い声が上がる。
「ん?ボールが小さくて入らないか?」
 何とか手の中にハンカチを納め、握ったままの左手を子供達によく見せた。遠くで見ている子供の親にも笑顔は忘れない。
「さて、この手の中には何が入っているか当ててごらん」
 たくさんの声が一気に上がった。ボール、くしゃくしゃになったハンカチ、ハト、花…子供達の答えにはいとまがない。時には「お金ー」と言う子もいて、後ろの親たちが苦笑する。
「そうだな、お金だったらいいな。じゃあ、三つ数えてみるか」
 いち、に、さん。
 カウントに合わせて手の甲を叩きゆっくりと手を開いてみせる。その手の中に入っていたのは、赤い袋に入った飴だった。それを少女に渡し、にこっと佑が笑う。
「じゃーん、飴玉に早変わりだ。これはお嬢ちゃんにあげようか」
「ハンカチは?」
「ああー、ハンカチは飴玉に変えちゃったからなぁ。どうしようか」
 少しここで焦らしてみせるのも見せ場の一つだ。飴を持ったままどうしようかと困る少女を見て、子供達が騒ぎ始めた。どうやらハンカチを借りたまま返さない佑に抗議しているらしい。
「物を借りて返さないのはドロボーだぞ、兄ちゃん」
「そうか?じゃあ仕方ないな……可愛いハンカチだけど、お巡りさんに捕まると困るから返そうか」
 そう言いながら、佑は胸ポケットから色々なハンカチを取り出した。赤、黄色、青……何枚もハンカチを出しては、少女や子供達に見せる。
「この緑のハンカチじゃなかったっけ?」
「違うの」
「じゃあ、ピンクのはどうだ」
「………」
 さて、あまり引っ張るのは良くない。そろそろ仕上げに取りかかろう。佑は全てのハンカチを丸めると、両手でそれを押し潰した。そしてゆっくり手を開くと、そこには先ほどの綺麗にアイロンが掛けられたハンカチが乗っていた。確認するようにハンカチを開き、皆に良く見せる。
「このハンカチかな?」
 おおーというどよめきと、巻き起こる拍手。心配そうに見ていた少女もにこっと笑い、ハンカチを受け取った。
「ありがとう、お兄ちゃん。この飴は?」
「飴はハンカチを借りたお礼にあげるよ。さあ、今日はこれで終わりだ。ボウズもそろそろ家帰れよ……じゃないと、人さらいに攫われるぞ」
 手品を終えるときはいつも「ええー」と言う声だ。そこに時折「もっとー」とか「インチキー」とかいう言葉が混じり、思わず苦笑する。最近の子供達は口が上手くなったものだ。
 佑が立ち上がると、子供達もパラパラと散り始めた。さっきまで一人遠くにいた少女は、他の女の子達に何の飴をもらったかなど、話しかけられている。これなら次に来るまでには皆と友達になっているだろう。
「………」
 愛想の良い笑顔を浮かべたまま、佑は子供達が帰るのを見送った。
 春になったとはいえ、日が暮れると気温が下がるのが早い。咲いていたタンポポも、夕暮れに身を潜ませるように花を閉じている。
「さて……っと。そろそろ行くか」
 さっきまで見せていた笑顔が消えた。
 佑は普段自分のことを「手品師」と言い、公園や路上でパフォーマンスをしているが、実際あれは手品ではない。なぜなら「タネも仕掛けもない」佑の使った魔術だからだ。一番得意な消去術を使い、現実にある物を消したり現していたりするだけだ。だから子供達が言った「インチキ」という言葉はあながち間違いではない。その気になればハンカチどころか、滑り台を消すことだって出来る。
 公園を出た佑は、薄暗い路地へと曲がっていく。
「………」
 そしてもう一つ、佑には肩書きがあった。
 ……『消去屋』
 人の記憶、感覚、物、それら全てを一瞬にしてこの世から消し去ってしまう仕事。この世界には何かとしがらみが多すぎる。手品師としての商売は芳しくないが、何かを消したいという人間は後を絶たないので、食って行くには全く困らない。
 黙ったまま佑は路地を歩く。しんと静まりかえった夕暮れの空気。昼と夜の狭間のどこでもない時間。そこに前から歩いてくる男が見えた。
 今日のターゲット。彼が何をしたのかは分からないが、自分はただ依頼された仕事をするだけだ。いちいち理由を詮索したり、色々な感情を抱え込むようでは、こんな仕事はやっていられない。
 ここにあったものを消す。
 有るものを無しにする。
 コツコツと足音を鳴らしながら近づき、すれ違い様に佑は男の肩を叩く。
「何……」
 見えたのは頭の上にかざされた手のひら。それが彼が見た最後の絵だった。
 かざした手をスッと下ろしただけで、男の姿がかき消えた。今まであった体も影も、声さえも虚無の向こう……これで仕事は終わりだ。あっけない。
「これが、人体消失魔術でございます……お後がよろしいようで」
 後は報告に行けばいい。誰もいなくなった路地を、佑は闇に向かって歩き出した。

「……本当に奴を消してくれたみたいだな」
 誰もいない、建設途中のマンションの一部屋。仕事の報告の為に指定されたのはそんな場所だった。灯りはないが今日は曇り空なので、外から入る光でお互いの影だけはよく見えた。
「そんなに心配なら、何日か待ってみてもよろしいですよ。いくら探しても見つからないでしょうが」
 その返事に依頼人の男が鼻で笑う。いったいどんな方法で奴を消してくれたのかは分からないが、邪魔者が消えたことは確かだ。しかし奴が消えたことを知っているのは自分と、目の前にいる消去屋だけ……その口から何かが漏れる前に……。
「じゃあ、これで本当にお別れだ」
 そう言った男の手に銃が握られているのが見えた。ここでこいつを殺して、後はコンクリートの土台にでも埋めてしまえばいい。それで秘密を知る者は自分だけになる。
「俺の命が報酬ってわけか?」
「お前には鉛玉のキャンディで充分だ」
 ふっ。
 佑の口から笑いが漏れる。
 人というのは色々なものを消したがり生きていく。その貪欲さと、傲慢さ。こいつは憎い相手を消して、佑を消して……それからまた別の何かを消したがりながら生きていくのか。
「ククッ……ハハハハ……」
「何が可笑しい!」
「いや、そんなに消したいものがたくさんあると、生きていくのに大変だろうなってね」
 くぐもった銃声が鳴った。
 だが男が撃ったはずの弾はどこにも当たらなかった。まるで何処か別の世界に消えてしまったかのように、壁にもどこにも当たらないまま儚く消える。
 すうっ……と佑の目が細くなった。
「ハハハッ、ほら、消えたのは弾だけじゃない。あんたの右手はどこに行った?」
「………!」
 突然、男の右手の肘から先がなくなっていた。銃を握っていた感触も何もない。まるで最初からそこには何も「なかった」かというような虚無。
 何だ、こいつは?
 恐怖に声も出せずに後ずさる男に、佑は冷酷な笑みを浮かべたままゆっくりと近づいていく。
「さあ、次はどこを消す?右手の次は左足がいいかい」
 その瞬間、男の視界が揺れた。踏みしめていたはずの足が消え、床に体が打ち付けられる。
 足がない。今まであったのに、足の付け根から突然何処かに消え失せた。確かめるように振る左手は空を切るどころか、足があったという感覚さえおぼろげだ。
「あ……や、やめ……」
 薄明かりの下、笑いながら近づく佑に男は残った部分で必死に後ずさる。打ち付けられた体の痛みより、男の心を占めていたのは恐怖だった。助けを、人を呼ばなければこのまま消される。声を出さなければ……。
 そんな男を見下ろし、佑は歌うように言葉を続けた。
「次はどこにいたしましょうか、お客さん」
「や、やめろ……」
「そうだ、その耳障りな『声』にしよう。言い訳や悲鳴は聞き苦しいからな」
 その瞬間、声が出なくなった。
 男は残った手で自分の喉を押さえ、何かを確認する。喉は震えている……なのに声が出ない。自分の声だけが口から出る前に、何処かへ消え失せている。なのに佑の笑い声だけが妙に響き渡って……。
「ああ、しまった。声を消したから報酬の交渉が出来ないな……ククッ、でも俺を消そうとしたからお互い様か」
「………!」
 左手でポケットを探る。札入れの感触を手で確かめ、それを男は必死に佑に差し出した。
 お願いだ、報酬は払うから勘弁してくれ……これ以上消されてしまったら……だが、その札入れを持っていた手の影が、いきなり消えた。
「んー、何を見せられたのか見えなかったな。ハハハ、一度裏切られた相手を許すほど、俺は寛容じゃないんだよ」
 楽しそうに笑っているはずなのに、目が笑っていなかった。
 札入れと一緒に手が消える。佑が楽しげに笑う。
「タネも仕掛けもございません……次は人体切断マジックのように、腹だけ消して見せようか。なかなか自分で体験できるものじゃございませんよ、お客様」
 体に風が通る。胸と足は繋がっているのに、腹がない。それと同時にそこにあったはずの胃の感触もなくなっている。床にはいつくばり、懇願と恐怖の視線を佑に向けても、足下にある影が少し揺れるだけで、冷酷な笑顔は全く変わらない。
「おっと、長い右足が邪魔そうだね。それも消そうか」
 佑はこの状況を楽しんでいた。タネも仕掛けもない消失魔術。
 別にこの男を消さなくても逃げることはできるが、折角なら己の身でこれを体験してもらおう。猫がネズミをいたぶってから殺すように、少しずつ恐怖を与え、それが絶頂に達したときにこの世界から消し去る。
 相手の恐怖が伝わる。
 それに身を委ね楽しみながら、佑は次々と男の体を消していった。残ったのは……胸像のような部分だけだ。
「さて、これからどうしようか」
『助けてくれ!』
 消えてしまった声で男が叫ぶ。目線を合わせるようにしゃがんだ佑は、その頭に手をかざし、笑いながら一言。
「いやだね」
 今までで一番の笑み。そしてゆっくりと歌うように、目の前の客に手のひらを見せた。
「そろそろ最後にいたしましょう。これで人体消失魔術、一巻の終わりでございます」
「………!」
 静寂。
 今までそこに佑以外の者がいた気配が消えた。足跡も、影すらも何も残っていない。誰もいない舞台に立っているのは、佑だけだ。
 そしてうやうやしく一礼。
「お代はこれでまけときましょう。お後がよろしいようで」
 右手には男が持っていたはずの札入れ。その中から札だけを取り出し、入れ物は床に落とす。だが落ちたはずの音はせず、入れ物もどこにもない。
「ハハハハ……ああ、愉快だ。これだからこの仕事はやめられない」
 観客がいなくなったのだから舞台はもう終わりだ。幕が下りれば手品師は退場するだけだ。
 楽しそうに笑いながら佑はそこから去っていく。明日はまた公園で、たくさんの飴玉を手から出す手品でも見せようか。
 誰もいなくなった部屋に薄明かりが差し込む。
 だが、そこには人の気配どころか、手品師の心臓の音も残ってはいなかった。

fin

◆ライター通信◆
初めまして、水月小織です。ありがとうございます。
昼間の顔と夜の顔のギャップということで、このような話を書かせて頂きました。手品師として子供達に囲まれて手品を見せているときは優しく、消去屋として消すときは冷酷にというギャップが上手く出ていると良いなと思ってます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。