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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「あいたたた……」
「手の付き方が悪かったんだな。少しほぐした方がいい」
 夕暮れ時で、客がいない蒼月亭。
 そのカウンターで黒 冥月(へい・みんゆぇ)は、蒼月亭の従業員であり弟子である立花 香里亜(たちばな・かりあ)の腕の筋肉をほぐしてやっていた。客がいないので、カウンターの中にいるナイトホークも、のんびり煙草を吸っている。
「腕痛めたって、明日の仕事は大丈夫か?」
 コーヒーミルで豆を挽きながらそう聞くナイトホークは、少しだけ心配そうだ。香里亜は冥月に腕をマッサージされながら、力なく笑う。
「仕事に差し支えるほどじゃないですから、大丈夫ですよ」
 香里亜は一生懸命修行に着いてくる弟子なのだが、時々頑張りすぎるところがある。やる気はあるのはいいが、それで身体を壊してしまったら元も子もない。冥月はふっと笑いつつも、香里亜のおでこをぺちと叩いた。
「あまり先走りすぎるからだぞ。少しずつでいいんだ」
「あ痛っ。はい、気をつけます」
 それでも手の付き方が悪かっただけなので、マッサージをして湿布でも貼っておけば痛みはすぐに引くだろう。冥月は腕だけじゃなく肩も一緒にマッサージしてやる。
「あー、極楽ー」
 のどかで静かな時間……のはずだった。
 それが勢いよく開けられたドアと、それにつられて激しく鳴り響くドアベルの音でかき消される。そしていきなりの怒鳴り声。
「その女にお姉様に触れる資格ありませんわ!」
 ……店内にいた三人が、一瞬言葉を失った。
「いらっしゃいませ……蒼月亭へようこそ」
 あっけに取られつつ、ナイトホークがその影にいつもの挨拶をする。
 蒼月亭の入り口に立っていたのは、冥月のことを「黒薔薇様」と言って慕う女子高生の伊藤 若菜(いとう・わかな)だった。若菜はつかつかと中に入ると、香里亜に向かってぴしっと人差し指を向ける。
「あなた、この前梅園に殿方といらっしゃったでしょう」
「はぁ……」
 確かに若菜が言った言葉に、香里亜は心当たりがあった。蒼月亭の常連である男性と、香里亜は湯島天神に梅を見に行ったことがある。
 しかし、だから何だというのか。何だか微妙な表情をしつつもその話を聞いていると、次々に香里亜の驚く情報が飛び出した。
「私、この目でちゃんと見ましたのよ。紅葉狩りでも見ましたし、桜見る約束もてましたし、弁当まで作り楽しそうに!」
「なんか私の行動でも監視してるんですか、若菜さん」
「学校行事で見たの!黒薔薇様に誤解されそうな事言わないでちょうだい!」
 「彼」に関しては、ナイトホークも冥月も知っている。ただ香里亜が気付いていないだけで、誰が見ても彼が香里亜に好意を持っていることも。だがここで口を出すとこじれそうなので、ナイトホークは黙って冥月のコーヒーを入れている。
「お姉様ではない人と!しかも『男の人』となんて!一番を返上なさい」
「ぇー」
 それを聞き、香里亜は更に微妙な表情になった。
 まさか男の人と一緒に出かけるだけで、一番を返上しろと言われるとは思わなかった。
 香里亜にとって彼は『お友達』だし、色々な場所へ連れて行ってくれる人で、大事な常連さんだ。プライベートで出かけることに関して言われるのなら、他にも一緒に出かけたことのある人はいる。
 ちら……と冥月を見た香里亜は、溜息混じりにこう言った。
「お出かけしてることは冥月さんも知ってますし、そこまで詮索されたら困ります」
 こういうのは何だか複雑だ。
 冥月と恋人関係だと言ったのは、猪突猛進で冥月にアタックしてくる若菜を諦めさせるための嘘だったのだが、それでも一番の仲良しという位置は譲りたくない。きっと冥月なら文句を言わず、助け船を出してくれるだろう。
「………」
 そんな香里亜を見ながら、冥月は少し考えていた。
 彼のことは知っているし、悪い奴ではない。だが、自分は香里亜の父から、香里亜に悪い虫が付かないようにと頼まれている。
 さてどうしようか。
 冥月は若菜の方を向き、さらりと一言。
「奴は知人だし遊びに行くのは構わないが……」
「ほらー」
 だが、次に冥月が続けた一言で、香里亜は素っ頓狂な声を上げる。
「だが弁当は駄目だな」
「ええー?」
「香里亜に食事は作ってもらったが、弁当はない……寂しいな」
 カウンターの中にいたナイトホークが、棚のボトルを拭く振りをしながら肩を振るわせている。これは冥月なりの冗談で、一度香里亜の作った弁当を食べたいと遠回しに言っているのだろう。だがそれに気付かない香里亜はきょろきょろと慌て、若菜は勝ち誇ったように腕を組む。
「じゃあ、今度冥月さんにお弁当作りますよ。何がお好きで……」
「ちょっと待ったー!」
 咄嗟にその言葉を若菜が遮る。が、次の言葉が出ない。
 冥月にお弁当を作りたいのは山々なのだが、若菜はあまり器用ではないのだ。学校での調理実習は大抵役割が決まっていて、いつも食器洗いとかにまわっているし、家で食事を作ることはない。
 じりじり……と、息の詰まる緊張感。
 それに香里亜が何か言おうとした瞬間、ドアベルの音が鳴り響いた。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
「こんにちは、ナイトホーク様。冥月師も……お久しぶりです」
 ややこしいことになってきた。
 篁(たかむら)コーポレーションの、『Nightingale』のメンバーである葵(あおい)が、ゆっくり入ってきて、ナイトホークと冥月に一礼し、懐から白い封筒を出す。
「こちら、ナイトホーク様へ雅輝(まさき)様から言伝です。確かにお渡しいたしました」
「ああ、どうも」
 煙草をくわえたまま封筒を受け取り、ナイトホークはそれをカフェエプロンのポケットに入れる。その動作が終わったのを見て、若菜は突然葵にこんな事を言い出した。
「葵さん、あなたお料理は得意?」
「えっ……」
 何を突然。
 だが葵もそれに答えられない。今まで生きていくために自分の力を高めたりはしていたが、料理は取りあえず必要なかった。必要のない技術を身につける意味はない。
 そんな二人の様子を見て、冥月はコーヒーを口にしながら一言。
「弁当は腕前より愛情だぞ」
 きらーん。若菜の目が光った……ような気がした。その一言で自信を付けたのか、また香里亜に指を突きつける。
「そうですわ、料理は愛情ですものね。一週間後、私のお父様が持っているスタジオで『お弁当対決』をしましょう。よろしいわね、香里亜さん、葵さん」
「わ、私もですの?」
「当たり前じゃない。私達ライバルなんだから。では、ごきげんよう。首を洗って待ってなさい」
 やっぱり芝居がかった仕草で、若菜はまた勢いよく去っていく。葵は少し困った顔をしつつも、冥月に向かい頭を下げる。
「勝負でしたら負けられません。胸を借りるつもりで頑張らせていただきます。ナイトホーク様、失礼いたしました」
 どうやら地雷を思い切り踏み抜いたらしい。
 二人が去っていった後、香里亜がじっと冥月を見る。
「冥月さん……」
「すまん、まさかこうなると思ってなかった」
 香里亜の料理の腕は確かとして、他の二人はどうなのか。
 不安と期待が入り交じった妙な気持ちで、冥月は黙ってコーヒーを飲んだ。

 対決当日。
 若菜が指定したスタジオとは、料理教室の入ったビルだった。曇りのないキッチンに、ありとあらゆる調理器具や調味料、そして新鮮な食材が並べられている。
「時間は一時間、お弁当なら何でもいいということでよろしいかしら」
 若菜はフリルのついたエプロンで二人を迎え入れた。香里亜は家で使っているシンプルなエプロンで、葵は割烹着を着ている。
「お料理対決ー?で、何で僕なの」
「俺も呼ばれた訳が分からないのだが」
 審査員が冥月一人だけでは大変なので、最初その場にいたナイトホークに頼むつもりだったのだが「店があるから、他の奴呼んでやる」と、篁 雅隆(たかむら・まさたか)と太蘭(たいらん)に白羽の矢が立ったのだ。二人とも味にはうるさそうだし、お世辞は言わないだろう。
「付き合ってやってくれ。何が出てくるか謎だが」
「どっかの番組みたーい」
 カウントは時計できっちりと示されている。
 それがスタートしたと同時に、三人はそれぞれ料理に取りかかり始めた。葵はまず米を量っている。香里亜は薄力粉を用意し、レンジで牛乳を温め始めた。そして若菜は食パンの耳を切っている。
「香里亜ちゃんは何作るのかな。せいろ用意してるから、中華パンみたいだけど」
「多分そうだろうな。立花殿に関しては心配はしてないんだが……」
 太蘭が眉間に皺を寄せながら、葵と若菜を見ている。二人の包丁を持つ手つきは見ている方がドキドキするぐらいおぼつかない。若菜はサンドイッチを作るようで、キュウリをそのままスライスしてパンの上に乗せている。バターは塗らないらしい。
「本当に練習したのか?」
 冥月も思わずそう口走ってしまった。葵は葵で天ぷらのようだが、きすを下処理せずに一匹そのままの形で揚げようとしている。しかも手に持っている粉は、多分小麦粉じゃない。
「あれは俺には片栗粉に見えるんだが、目の錯覚か?」
 雅隆は足をぶらぶらさせ、冥月に向かいくりっと首をかしげた。
「僕帰ってもいーい?」
「帰ったら殺す。一人で食べる身になってみろ」
「死にたくないからここにいるー」
 一方香里亜も、中華パンの下ごしらえをしながら、若菜と葵を冷や冷やしながら見ていた。
 とにかく色々と間違っている。ツナサンドはツナの油を切らなきゃいけないし、スライスオニオンは薄く切って水にさらして欲しい。葵の天ぷらも、それでは別の揚げ物になってしまうし、見た感じでは油の温度が高すぎて、外は香ばしく中は生になってしまう。
「ああーん、材料が勿体ない。煮豚とアボカドの中華サラダと、エビチリとウサギリンゴ作ったら、手伝おうかな。でも、一応勝負だし……」
 審査員側の太蘭が、額に手をやりつつ溜息をついている。雅隆はさっきからずっとそわそわと落ち着かない。そして冥月も、自分が言った言葉を後悔し始めていた。
 確かに弁当は腕前よりは愛情だ……とは言った。
 でも、愛情だけでも困ってしまう。料理を待っている時間が、何故か死刑執行前のように重くのしかかっていた。

「黒薔薇様のために、頑張って作りましたわ」
「冥月師、申し訳ありません……お米は炊けるんですけれ……ど」
「あ、あははは……」
 目の前には三人の作った「お弁当」が並んでいた。若菜の作った「サンドイッチ弁当」に、葵の「天丼」そして香里亜の「中華バーガー弁当」
「冥月さん、どれから行くー?僕香里亜ちゃんのを最後にしたーい」
「そうだな、若菜のから食べるか」
 触ったパンが妙に湿っぽいのは、気にしないでおこう。冥月は両手で崩れないようにそれを掴むと、一口食べ顔をしかめた。
 ……タマネギが辛い。そしてツナが油っぽい。
「伊藤殿、ツナの油は切ったのか?」
 食べながら同じように渋い顔をしている太蘭に、若菜は困ったように上目遣いで皆を見ている。この様子だと、本当に家庭科が苦手らしい。
「料理、苦手なのよ……」
「そうか、じゃあ仕方ないな。冥月殿、無理に全部食べずにそれをひとまず置いておいてくれ。食べ物は無駄にせん」
 食べ物を残すことに抵抗のある冥月を見越し、太蘭はそっと皿を出す。
「すまない……」
 初めての割には頑張ったと言うべきか。その様子に葵が自分の作った弁当を後ろに隠した。
「ごめんなさい、私のは冥月師に食べさせられません!」
「ちょっと、一口は皆さんに食べてもらわなきゃ」
 それを若菜が横から取って冥月の前に置く。一般人である若菜に技は使えないので、葵は俯いて赤面しながら頭を下げた。
「ご飯だけは、美味しいはずです……」
 言われたとおり冥月は箸を持ち、ご飯を食べる。確かにいい炊き具合だ……ご飯は。
 だが天丼のタレが微妙な味だ。醤油しか使っていないのか、妙にしょっぱい。それに、カボチャの天ぷらは中まで火が通ってないし、片栗粉なので何だか妙だ。
 二人をどう慰めたものか……冥月がそう思っていると、唐突に太蘭が立ち上がった。
「その二つの弁当を貸してくれ。再生不能じゃないから、俺が食えるように調理しよう」
「僕も手伝うー。折角頑張って作ったんだもんね。豆板醤入れすぎたとかだとどうしようもないけど、これなら美味しく食べられるように作り替えられるよー。香里亜ちゃん、その間皆にお弁当食べさせてあげて」
「あ、はい……」
 テーブルの上に香里亜は自分が作った中華バーガーを出した。そして若菜と葵に少し笑いかける。
「私、お母さんいなかったから、小学生の頃からずっと夜ご飯作ってたから、慣れてるんです。料理は慣れですから。どうぞ」
 若菜と葵がその言葉に手を伸ばした。それを見て冥月も一口食べる……レタスに包まれた煮豚もいい塩気だし、ザーサイを使ったアボカドのサラダがパンに合う。安心できる味だ。
「悔しいけど、美味しいわ」
 若菜がぽつんとそう言った。葵は感心したように口元を押さえ、香里亜の顔を見る。
「ええ、香里亜様はお料理上手ですね。私も、少し習いたいですわ……」
「いいですよ。カレーとか煮物とか、難しいものじゃなかったら」
「わ、私にも教えてちょうだい」
 ものすごく勇気を出したのだろう。赤面している若菜の頭を、冥月はそっと撫でた。猪突猛進な所や対抗心は困ったものだが、意外にこうやって素直なところがある。
 弁当は腕前よりは愛情だ。それが籠もっていることは分かったから、あとは料理の腕が追いつけば……冥月はふっと溜息をつく。
「じゃあ、太蘭翁達の手際の良さを見に行くといい。武術でも料理でも、上手い人間の動きを見るのは大事だからな」
「はい」
 勝負のことなど忘れたかのように、若菜と葵が太蘭や雅隆の所に向かう。二人は料理慣れているようで、パンからツナを出してそれをサラダにしたり、天ぷらの衣を取りレンジにかけて柔らかくしている。
 安心したように笑う香里亜の背中に、冥月は小さな声でこう言った。
「香里亜、残った弁当は私が持って帰るがいいか?」
 元々、香里亜に弁当を作ってもらったことがない事から始まった話だ。多分今作っている物を皆で食べればおなかいっぱいになるだろう。なら、残りは自分の物だ。
 ふっと笑う冥月に、香里亜が頷く。
「もちろんです、冥月さん」
 出来れば今度は、こんな慌ただしいのではなく、香里亜とゆっくりと弁当を食べられれば良いのだが。
 それは次の楽しみにしよう。冥月はそう思いながら、楽しげな声が聞こえる調理台へと向かった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
三人娘お弁当対決!だったのですが、対決色よりは皆でドキドキハラハラする感じになりました。料理は慣れていると体が覚えてる感じで、ささっと色々作れるのですが、慣れてないと何をどれだけ使えばいいかとか見当が付かないらしいです。
そのうち三人娘で料理教室もいいですね。賑やかそうですが……。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。