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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

「マスター、樹海行かない?」
「はぁ?馬鹿かお前は」
 ある日、氷室 浩介(ひむろ・こうすけ)が蒼月亭でコーヒーを飲んでいると、カウンターの少し離れた場所で、そんな会話をしているのが聞こえてきた。マスターのナイトホークは、自分の前に座っている髪を縛った青年にうんざりとした目を向けている。
「死ぬなら一人で逝け」
「違う、何でマスターと心中しなきゃならねぇんだ。取材だ、取材。あそこ洞穴とかあるから、一人で行ってケガでもしたら本気で死ぬんだわ。だから、同行者求めてるんだけど」
 取材……ということは、協力したら報酬が出るのだろうか。何となく聞き耳を立てていると、ナイトホークが煙草を消しながら浩介の方を見た。
「浩介、仕事あるけどどうする?」
「するっす。ところでそちらはどちら様っすか?」
 コーヒーを持ってそそくさと移動すると、彼は浩介に一枚の名刺を差し出した。そこにか『フリーライター 松田 麗虎(まつだ・れいこ)』と書いてある。浩介も同じように名刺を差し出した。
「何でも屋の氷室っす。樹海の取材って、入っても大丈夫なんすか?」
 樹海といえば方位磁石が狂うとか、一度入ると二度と出られないとか色々な噂がある。おずおずと聞く浩介に、麗虎は笑って新しい煙草に火を付けた。どうやら彼はチェーンスモーカーらしい。
「いや、そんな事ないよ。GPSも使えるし、磁石も狂わない。でも、あそこは地盤が溶岩だから足場も悪いし、一人で遭難すると確実に死ぬ。良かったら一緒に行かない?装備はこっちで用意するし、ヤバい仕事だから、危険手当付けるよ」
「行くっす」
 あっさり承知してしまったが、危険な仕事は元より承知だ。「何でも屋」などという仕事をしているからには、犯罪行為でない限り何でもやってみたい。それに取材の手伝いなどなかなか出来ないし、樹海にも興味がある。まあ、怖い物見たさもあるのだが。
「良かったな、麗虎。行ってらっしゃい」
 取りあえず、これで自分が行くことはなさそうだ。ナイトホークが手を振ろうとすると、それを浩介がぎゅっと握った。
「マスターも行くっすよね。二人より三人の方が遭難確率低いっすよ」
「マスターも行こうぜー。日曜日休みじゃん」
 休みだと知っているのなら、休ませてくれ。
 ナイトホークはそう言いたかったのだが、浩介は期待に満ちた目をしている。ここで行かないと言ったら、本気で二人に樹海まで攫われかねない。
「旅は道連れっすよ。三人寄れば文殊の知恵っす」
「……分かった。行くから手放せ」
 さて、樹海はいったいどんなところなのか。浩介は麗虎からの説明を聞きながら、何故か妙にワクワクしていた。

 深夜から高速を飛ばし、青木ヶ原樹海に着いたのは日曜の朝だった。ナイトホークは後部座席で寝ていたが、麗虎はあまり疲れてないようでずっと運転を続けている。
「松田さん、タフっすね」
「慣れてるからな。一番若いから浩介には期待してるよ」
 富岳風穴駐車場に到着すると、まず装備の確認だ。ハンディGPSにバッテリー、コンパスつきの時計や発煙筒など、麗虎は車のトランクの中から次々と道具を出し浩介達に手渡す。
「スズランテープとかは俺が持ってるけど、ホイッスルは首からかけといて。で、靴は浩介に貸した方がいいな。スニーカーだと足くじくかも知れないから」
「あ、すいません、お借りするっす。マスターは?」
「俺、自前のコンバットブーツと都市迷彩あるから。予備の食料とか麗虎が用意してるんだろ?」
 これは本格的に探検っぽい。水も一人一リットルずつ用意されているし、携帯用食料も渡された。トランシーバーのチャンネルも合わせてある。
 ブーツの紐をしっかりと結び、GPSの電池を確認する。渡された食料や持ち物を確かめ、準備運動……。
「俺が最初に歩くから、その後ろにマスター、浩介って続いて。先にいる人の背中が見えなくなったらホイッスル吹いてからGPS確認。無闇に歩き回ると体力消耗するから。あと質問ある?」
 浩介が真っ直ぐ手を上げる。
「樹海の中って、携帯大丈夫っすか?」
 駐車場ではアンテナは立っている。だが、樹海の中に入っても使えるのか。ナイトホークと麗虎は同じように煙草を吸い、顔を見合わせる。
「どうなのよ、麗虎」
「ああ、アンテナ立つけど相手の声が聞こえても、こっちの声は届かないかも知れない。だから使えないと思ってた方がいい」
 それは知らなかった。なら携帯はポケットに入れておいた方が良いだろう。すると今度はナイトホークが手を上げる。
「質問。まかり間違って死体見つけたら、どうするんだ?」
 それがあった。
 樹海は自殺の名所だ。浩介はあまり考えていなかったが、もしかしたらそんなものと遭遇してしまうかも知れない。あまり見たくはないが、可能性は十分ある。
「その場合は、遊歩道まで出て通報だな。その時点で取材終了だと思っていいよ。出来れば見つけたくないけど、こればっかは仕方ない」
「あんまり出会いたくないっすね」
 携帯灰皿で煙草を消し、大きく一息。
「じゃ、行くか。足下結構キツイから覚悟して」
 最初は遊歩道を歩き、しばらくしたところで樹海の中に足を踏み入れる。それでも結構詳しい地図が出来ているようで、麗虎はそれを見ながら歩いていく。
 樹海の中は想像以上の歩きにくさだった。地面は隆起し、そこに樹木の根や倒木などが折り重なっている。前を歩くナイトホークとはあまり離れずに歩いているのだが、やはり行く手を阻まれているようで歩みは遅い。
 思っていたところと違う。
 怪奇番組などで見ると、結構気軽に奥まで入っていける感じだったが、本当にここは「樹木の海」だ。迂闊に入れば飲み込まれるほどの緑。まだ芽吹きの季節なのに、足下には苔が分厚く緑の絨毯を作っているし、視界の先は枝ばかりだ。
 こんな所まで死にに来る気持ちは、どんなのだろう。
 コンバットブーツでも足を取られるような所に、一人入っていくその心境。今は朝だから上から日差しが差し込んでいるが、日が暮れたら、きっとここは手の先も見えない闇になる。その気持ちを思うと、何だか浩介はやりきれない。
 その思いをナイトホークの声が遮った。
「わっ!足嵌った……」
「大丈夫っすか!」
 足場の悪いところを注意しつつ、浩介はホイッスルを鳴らす。ナイトホークが踏み込んだのは網目状の根に、落ち葉が降り積もっていたところで、足を抜くとぽっかりと浅い穴が開いていた。
 浩介はナイトホークに手を貸し、冷や汗を流す。捻挫はしていないようだが、これが深かったら……。
「キッツイ洗礼っすね」
「こりゃ一人だと死ぬ、マジで死ぬ」
 一人どころか二人でも死ぬかも知れない。そうしていると、前の方で麗虎が手を振った。
「こっちこっち。ちょっと写真撮りたいから、手伝えー」
 待っている麗虎の元に浩介は急ぐ。するとそこにあったのは、体の下部分に「命大切」と書かれた、陶器の観音像だった。
「いきなりヘビーなの来たな」
 嫌そうな顔をするナイトホークに構わず、麗虎は浩介にデジカメを渡す。
「俺の視点だけで写真撮ると偏るから、浩介も写真撮っといて。気になったところとか、何でもいいから」
「うす、頑張るっす」
 しかし。
 気になるところと言われても、何を撮ればいいのだろう。デジカメを持ったまま辺りをきょろきょろしていると、ナイトホークが少し遠くを見て目を細める。
「麗虎、浩介。何かあそこに緑じゃない物がある」
 そう言って指を指したところには、何か赤い物があった。まさか死体ではないだろうか……浩介は手を震わせないように、慎重に写真を撮る。その横でナイトホークが匂いを嗅ぐ仕草をした。
「死体じゃないな。近くに死体があったら、こんなもんじゃない」
「なんでんな事知ってるんすか?」
「……秘密。ちょっと浩介と一緒に見てくるわ。近いからいいだろ?」
 麗虎がカメラを持ち、黙って手でオーケーのサインを出した。それを見て、浩介はナイトホークの後ろを着いて歩く。
「………」
 どうしてカフェのマスターであるナイトホークが、死体の匂いなど知っているのだろう。それに、自前の都市迷彩服とコンバットブーツ……もしかしたら、カフェのマスターというのは表向きで、何か裏の顔があるのではないだろうか。
「でも、マスターはマスターだ」
 詮索はしない方がいいだろう。今は取材の手伝いが最優先だ。
「リュックみたいだな」
 地面に落ちていたのは土などで汚れたリュックだった。浩介がまずその写真を撮り、革の手袋をしたナイトホークが、ファスナーを開ける。
「うわ……」
「来てるっすね」
 中に入っていたのは、水に濡れてからパリパリに乾いたような自殺に関する本と、ヒートに入り輪ゴムで束ねられた薬、煙草の箱。かなり前にここに来た人の物なのか。そう思うと、浩介の口からついこんな言葉が出た。
「これ持ってた人、どうしたんすかね」
 気付いている。多分持ち主は死んでいるだろうと。
 それでも、そう聞かずにはいられなかった。ここに来て、自分の存在を消すことが出来るのか。無の存在になれるのか。
 空を見上げると、日差しが木々の間から差し込んでいた。
 死にたい気持ちは浩介にはよく分からない。だが、それを止める権利が自分にあるのか……そう思いながらシャッターを切ると、ナイトホークがぼそっと呟いた。
「生きる奴はどんな目に遭っても生き残るし、死にたい奴はどんな方法でも死ぬさ」
 その点で行くと、浩介は「生き残る」側なのだろう。海から転落しても、今のところ元気に生きている。その線はきっと危うく儚い物なのかも知れないが、生きる側に立っていることを自分は喜ぶべきなのだろう。
「麗虎の所に戻るか。しかし樹海ってだけあって湿度高い」
 足下から上る草いきれ。木々が呼吸している気配。
 少しだけリュックを振り返り、浩介はナイトホークの後について元の場所に戻っていった。

 樹海はほとんどが溶岩席の地盤のせいか、木々が地面に根を伸ばせないようで倒木も多い。そのうちナイトホークが疲れたと言いだし、浩介は何故か荷物持ちをやっていた。麗虎は廃墟写真を撮るのがライフワークと言うことで、足場の悪いところも歩き慣れているようだ。
 湿度が高く汗は流れるが、樹海自体そんなに悪いものでもない。ただ奥地に行けば行くほど、原始の風景なんだという気はする。
「ああ、早く帰って酒飲んで寝たい」
「マスターさっきからそればっかっすね」
 そう言った瞬間だった。歩いていたナイトホークがまた何かを踏み抜き、滑り落ちそうになる。それは先ほどの小さな穴とは違い、浩介が咄嗟に手を掴まなければケガをしそうな深さ。そしてそこから立ち上る嫌な匂い。
「……何だ?」
 穴の下に見えたのは、苔むした髑髏だった。眼窩のないそれが上を見上げている。そしてその側にはしっかり防水された袋と、ビニールに入った紙がおいてあった。
「俺、見てくるっす。マスターは松田さんにホイッスルで知らせてください」
「了解」
 森の中にホイッスルが響く。浩介は身軽に穴を降り、ビニールに入った紙を見た。そこに書かれていた言葉を見て、髑髏を睨みながら一言……。
「悪趣味め」

 私はここで死を選ぶ。だが、ただ死ぬのは面白くないから、賭けをしよう。
 この洞穴を落とし穴のようにし、自分の横に今まで貯めた三百万を置く。
 落ちた奴が一人じゃなければ、これを持って通報したらいい。半年後にはその金は自動的にお前の物だ。
 だが一人だったら、ここでただ死ぬのを待つといい。
 お前が死ぬまで、私はずっと側にいてやろう……。

 悪意に満ちたその言葉に、思わず遺書を破り捨てたい気持ちになったが、浩介はそれをぐっと堪えた。
 さっきリュックを見たときは、それを止める権利が自分にあるのかと思ったが今は違う。
 ナイトホークがもし一人だったら、そのまま落ちて打ち所が悪かったら……そう思うと死者が相手とは言え怒りがこみ上げる。
「浩介、大丈夫か?」
 だが、こいつの悪意は発動しなかった。上から心配そうに呼び掛けるナイトホークと麗虎に、浩介は紙を持って手を振り小さく吐き捨てるように呟いた。
「お前の思うとおりにはいかねぇんだよ。せいぜいあの世で歯ぎしりしてろ」
 自分は生き残る。誰かを死なせるようなことはしない。
 死者の悪意も振り切って、どこまでも走り続ける。
「今上がるっす。死体と遺書あったんすけど、写真どうしますか?」
「まず上がってきて。今日はここで終了だな……まあ、ケガもなくて良かったよ」
 それを聞き浩介はロープも使わず穴を上った。下から足場を使って落とし穴のようにカモフラージュ出来るぐらいの深さなので、これぐらいならお手の物だ。
 遺書を持って上に戻ると、ナイトホークがしゃがんで煙草を吸っていた。そして浩介に向かって笑う。
「浩介いなかったら、本気で穴に落ちてたよ。サンキュー」
「いや、役に立てて良かったっす。松田さん、これ……」
 さて、これからまだ面倒は続きそうだ。麗虎曰く、遊歩道まで出て通報して、実況検分や取得届が待っているらしい。だがひとまずは休んでも良いだろう。麗虎がキャビンを一本差し出し、浩介はそれを手に取った。
「吸えるなら一服しようぜ。しかし、遺書見ると色々こみ上げるな」
「全くっすね。生きてたらマジでフルボッコっすよ」
 麗虎から火を借り、三人で煙草を吸う。ナイトホークは穴を見下ろし、溜息をついた。
「自分で死んで、賭に負けて……か。世の中に恨みでもあったんかね」
「さあ?俺には分からないっす」
 たとえ分かったとしても、同情する気はないが。
 どこまでも勝ち続けてやる。自分を見上げる髑髏に向かい、浩介は不敵に笑ってみせた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6725/氷室・浩介/男性/20歳/何でも屋

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
松田麗虎からのヤバい仕事をナイトホークも同伴ということと、舞台はお任せということで、三人で樹海探索をする話を書かせていただきました。取材なので麗虎も一緒に来てます。そして穴に落ちまくるナイトホーク……。
樹海の洞穴に落ちてそのまま遭難する話はあるようで、それをちょっとした悪意に絡ませました。でも本当にあると怖いです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。