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<東京怪談ノベル(シングル)>


MUGEN

「うにゃー」
 シュライン・エマが訪れた日本家屋の入り口では、今日も猫たちが日なたで団子になってくつろいでいた。
「こんにちは。今日もふわふわね」
 大きな蜜柑の木が目印のこの家にシュラインはもう何度も来ているので、猫たちもシュラインを見た途端足下に擦り寄ったり、家の中に急いで入ったりしている。
「あら、呼び鈴を鳴らす前に行っちゃったのね」
 なら、しばらくここで遊んでいた方が良いだろう。気持ちよさそうに喉を鳴らしている猫たちを順番に触ったり抱き上げたりしていると、家の中から人が出てくる気配がした。
「シュライン殿、こんにちは」
 中から出てきたのは、この家の家主である太蘭(たいらん)だった。刀剣鍛冶師という話だが、実際に本当を打っている姿を見たことはなく、シュラインとはもっぱら手作りの物を交換したりする仲だ。
「丁度良かった。知り合いからウドをもらったんだが家では食べきれないから、誰か来てくれるのを待っていたんだ。玄関先もなんだから、上がってくれ」
「あら、嬉しいわ。お邪魔します」
 知り合いが多いのか、太蘭の家にはいつも何かがあるような気がする。ウドなら酢みそ和えもいいし、天ぷらやパスタに使うのもいいだろうか……シュラインがついそんな事を考えていると、足下の猫たちが居間の方へと入っていった。
「もう炬燵があると暑いぐらいなんだが、猫たちが気に入ってるので出しっぱなしですまない。電源は切ってあるから、どうぞ」
「猫ちゃん達は暖かいの好きだものね」
 そんな事を言いながら座ると、足下に猫の感触がした。太蘭は十二匹の猫を飼っているのだが、今日シュラインの膝に乗ったのはロシアンブルーの紫苑(しおん)だ。この猫はシュラインがある依頼で探し、太蘭に飼い主を頼んだ縁がある。
「元気だった?」
 返事の代わりに、紫苑は喉を鳴らしている。
 太蘭がお茶と一緒にわらび餅を出したのを見て、シュラインは改めて頭下げた。
「先日のホワイトデーでは、お世話になりました」
 それはホワイトデーの時に、太蘭に銀粘土の一日教室の講師をしてもらったお礼だった。
 たまたまシュラインが外に出たときに見つけた張り紙を見て参加したのだが、そこで講師をやっていたのが太蘭だったのだ。元々知っていたと言うこともあり、作りたいと思っていた物に関して色々アドバイスやわがままも聞いてもらってしまった。
 今日はその礼を兼ねてここまで来たのだが、太蘭は三毛の子猫を膝に乗せて目を細めている。
「いや、たまには資格をちゃんと使わないと持っているだけなので、あれはなかなか楽しかった。喜んでもらえればそれで充分だ」
 それに関してはばっちりだ。
 頭で思い描いていた以上の物が作れたし、プレゼントも喜んでもらえた。その報告を話したシュラインは、続けてこんな事を言う。
「前々から説明が判りやすいと思っていたんだけれど、講師をやられてたなら納得だわ」
 それを聞いた太蘭が、湯飲みを持ったまま笑う。
「それはどうだろう。元々彫金の延長で銀粘土を知って、どうせだからインストラクターの資格も……という感じだったし、話し方に関してはこれが素なのかもしれん。教室らしい教室も、今はやっていないしな」
 今は……と言うことは、前は何かやっていたのだろうか。
 わらび餅を黒文字(和菓子に添えられている木で出来た楊枝)で刺しながらそれを問うと、太蘭は廊下の向こうを指さした。
「昔は武術の道場をやっていたんだが、ここ何年か家を空けていたんで、今は看板を下ろしているんだ。今のところ道場は俺ぐらいしか使う者がいないが」
 そう言えば、廊下を通るときに板張りの広い部屋が見えていた。日本刀を作っているのだから、剣道や古武術などに詳しいのかも知れない。
「色々やってらっしゃるのね。何かきき酒やソムリエ、紅茶等の資格を持ってても驚かないかも知れないわ」
「そうか?でもソムリエの資格よりは、自分でワインを作ったりしてみたいと思う方が強いな。結局何か作ってるのが楽しいのかも知れない」
 何となく、それは分かる。
 シュラインもホワイトデーの時は銀粘土でストラップを作り、それはそれですごく楽しくて燃えたのが、どちらかというと工程を見たり聞いたり、作品を手に取ったりする方が楽しいし向いてるかも知れない。
 多分太蘭は「作る」のが楽しく、シュラインは「出来た過程などを知る」のが楽しいのだろう。
「あれから調べたんだけど、銀粘土って結構精巧な作品が作れるのね。鏡面加工も出来るみたいだし、太蘭さんが作った物も見せて欲しいわ」
「そうだな。そのうち猫の首輪にネームプレートでも作ろうかと思っているから、その時は見てもらおうか」
 ここに来ると、いつもそんな話で盛り上がる。根付けや蒔絵の話など、親切に教えてくれるのが楽しく、つい聞き込んでしまうのだが、たまには自分からも何か話をしよう。シュラインは持っていたバッグを引き寄せ、こう切り出した。
「作るのが好きっていうから、もしかしたら太蘭さんはもうやっているかも知れないけれど、折り紙とか興味あるかしら?」
「折り紙?」
「ええ。ちょっとした空き時間にも出来るから、凝って色々作っているんだけど……」
 そう言うと、太蘭が興味深そうにシュラインが取り出した折り紙を見る。
 折り紙というと文房具店で売っているような物を思い出すが、本格的な物を作ろうと思うと紙の大きさだけではなく強度も必要になる。シュラインが持ってきたのは、普通の折り紙だけではなく、和紙や光沢のあるメタル折り紙など色々な物だった。
「いや、折り紙はさほどやったことがないな」
「そうなの?じゃあこれなんてどうかしら」
 やっと自分から教えられそうな物が出来たことが、何だか嬉しい。
 シュラインは持っていた完成品の『巻き貝』と『Ring of Rings』を太蘭の目の前に出した。
「巻き貝の方は一枚折りで、Ring of Ringsはユニット折りって言って、簡単な折り方のユニットでパーツを作って、それを組み合わせるの。面白いでしょ?」
 その説明を太蘭は感心したように聞いていた。巻き貝の方は一枚の紙に折り線をつけ、しっかりとした立体に仕上がっている。折ってみると原理は簡単なのだが、シンプルなのでごまかせばすぐに粗が分かってしまう。
「すごいな、これは。是秀(これひで)、お前も興味があるのか?」
 手に乗せられた巻き貝に、三毛の子猫が鼻を近づけている。その頭を撫でながら、今度はユニット折りについて太蘭が質問してきた。
「こっちの方は、飾り玉のように同じ折り方をした物を組み合わせる……という解釈で合っているんだろうか」
「そうよ。飾り玉と同じなの。このユニット折りは欧米の方でも盛んでね、Ring of Ringsは一つのリングが十八枚で、それをさらに組み合わせて……って、出来るから無限に楽しめるのよ」
「それはなかなか素晴らしいな。紙の文化は日本ならではだが、平面の物から立体を作り出すだけでも、見ていて面白い」
 それが折り紙の醍醐味だ。
 ユニット折りのように組み合わせることで可能性を作り出すことも出来れば、一枚の紙だけで五本指の揃った悪魔や、ペガサスに乗った騎士が現れ、長方形の紙を切ってから折れば、ダンスを踊る男女なども生み出すことが出来る。
 そんな事を話しながらシュラインは手に持った紙で、あるものを折り始めた。
「開閉頻繁にしたい紙はミウラ折り……とか色々あるんだけど、太蘭さんも何か折ってみない?こうやって手を動かしてると、楽しいわよね」
「何か……か。鶴の付いたのし袋ぐらいは折れるが、折り紙に関しては俺よりも社長の方が知ってるかも知れないな」
 太蘭が「社長」と呼んだ人に関しては、シュラインににも心当たりがある。折る手を休めずにそれを聞くと、太蘭も紙に折り目を付けながら話を続けた。
「連鶴を折るのが趣味らしい。一度見せてもらったことがあるが、一枚の紙から何羽も鶴を折るのはすごいと思った」
「そうなのね、初めて聞いたわ。折り紙も数学者が設計から折って考えた、精密で奥の深いものとかがあるから、そういうのが面白いのかも知れないわね」
 紙が持っている可能性は無限であり夢幻だ。
 物を書いたりして情報を残すだけではなく、立体でちょっとした箱や、栞、お正月のポチ袋になって使うことだって出来る。
 ちゃんとした折り紙じゃなくてもいい。新聞紙で兜を作って被ったり、チラシで箱を折って、ちょっとしたくずかご代わりにしたり。それは誰にでも出来る創造だ。
 そうしていると、太蘭が折った鶴の付いたのし袋をシュラインに見せた。
「こんなものだな。あと俺が作れるのは、昔ながらのやっこさんや金魚とか風船ぐらいだ」
「それでもいいのよ。風船だったら転がして猫ちゃんのおもちゃにもなるし、壊れても折りなおしたり、ユニット折りなら足したりも出来るから、太蘭さんは嵌るんじゃないかしら」
 シュラインが折っていた物が出来上がった。
 グレーの折り紙で作ったのは、長い尻尾とピンと尖った耳の猫。ちゃんと四本足で自立する精巧なものだ。
「紫苑ちゃんに似てるかしら」
 笑ってそれをテーブルに置くと、太蘭が珍しく驚きながら手に取った。シュラインの膝に座っていた紫苑がするりと降り、太蘭の方に近づいていくと、長い尻尾が揺れる。
「すごいな、一枚の紙からこんなものまで出来るのか」
「ふふ、可愛いでしょ?風船が折れるなら、そこから派生した物も多いし、太蘭さんならすぐに作れるようになると思うわよ」
「これは確かに嵌るかも知れないな。折角だからこの猫は何処かに飾っておくか」
 折り紙の猫を太蘭は手に乗せ、紫苑に見せた。それが自分の姿を折られたのが分かっているのか、グレーの猫はじっと手の上の物を見て、ちょんと前足で突こうとする。
「ニャー」
「そうだな、紫苑によく似ているな。いい物を教えてもらった……しばらくこれで遊べそうだ」
「良かったわ。いつも教えてもらってばかりだから、私からも何か教えたかったの。太蘭さんは何か覚えたい物とかあるかしら」
 今日はいつも来るときとは別で、シュラインが太蘭に教えている。すると太蘭はRing of Ringsを指さした。
「この折り方を教えてくれないか?これなら色々組み合わせが出来そうだし、暇つぶしに丁度いい」
 このユニットを折るのは簡単だ。一部はさみを入れるところがあるが、鶴よりもよっぽど教えやすい。出来上がる一ユニットは三角形に近い形で、それだけでは何が出来上がるのか全く見えないのに、組み合わさることで違った物が生まれる。
 シュラインが教えると、元々手先が器用な太蘭はすぐに覚えたようだ。繋ぎ方も自分で何度も外したり繋げたりして、一生懸命覚えようとしている。
「ふむ、こうして繋ぐのか。小さいサイズの折り紙で作れば、かなり幾何学的な物が作れそうな気がするな」
 すると太蘭は、何かを思い出したのかその場を立ち上がった。そして戸棚の引き出しを開け、定規と鉛筆を持ってくる。
 いったい何をするつもりなのだろうか。
 思わずシュラインがその手先を見つめていると、太蘭はテーブルの上で一センチ刻みに折り紙を計り始めた。
「太蘭さん、もしかして一センチの折り紙からユニット折りするのかしら……」
「ああ。元々小さい折り紙で鶴を折ったりしたことはあるから、いっそ小さい物を作ってみようかと思って」
 教えたら嵌るだろうとは薄々思っていたが、かなり本気で取りかかるつもりらしい。だからといってシュラインを置いてきぼりにする訳ではなく、ちゃんと手と一緒に口も動いている。
「そうだ、シュライン殿。折り紙の本は売っているんだろうか……あれば、それを見て色々作ってみたいんだが」
「本屋さんに行くと結構あるわよ。創作折り紙の本もあるから、きっと良いのが見つかると思うわ」
 シュラインも持っていた折り紙で色々な物を作って見せた。
 小さな箱だけでなくアヤメやバラなどを折り、庭の方へ目を向ける。
「蜜柑の花は来月ぐらいかしら……何だか一年って早いわよね」
 太蘭の家の目印にもなっている大きな蜜柑の木。そこに花が咲けばきっと綺麗だろう……それを実は楽しみにしているのだが、シュラインの話に太蘭は目を細めて頷く。
「そうだな、蜜柑の花が咲いたら見に来るといい。いや、花が咲かなくても、大抵暇だから来てくれるとありがたい」
 その言葉に重なるように、紫苑がニャーと鳴く。
 きっと白い花が一面に咲いて、辺りには良い香りが漂うのだろう。折り紙でも花は折れるが、やはり実際の花には敵わない。
「その頃には太蘭さんの作ったRing of Ringsも完成してるかしら?」
 くすっと笑いながらそう言うと、太蘭が折り紙のアヤメを手に取り少し考えている。
「さあ、どうだろう。一旦凝ると黙々とやるところがあるからな……シュライン殿にもらったRing of Ringsぐらい綺麗に作るには、ずいぶん時間がかかりそうだ。でも折り紙もなかなか面白いものだな」
「でしょ?無限に色々作れるのが素敵なのよ……あ、そうだ。太蘭さんに見せたい面白い物があるの」
 難しいものではないが、人に見せると喜ばれる折り紙があるのを今思い出した。シュラインは黄色の普通の折り紙を出し、太蘭に折り方を教えるようにゆっくりと紙を折る。
「これをこうやると……」
 テーブルの上に出来上がったのは、四方向に皮がむけるバナナだった。中にはちゃんと実の部分もある。猫や巻き貝よりはシンプルだが、実際に皮がむけるところが結構リアルだ。
「どうかしら」
 ふふっと太蘭が嬉しそうに笑い、出来上がったバナナの皮をむきながら感心する。
「これは美味しそうだ。何だかバナナが食べたくなるな」
 ゆっくりとした時間。一枚の平面から折りだされる夢幻の世界。
「……蜜柑の花が咲く頃までには、俺も何か覚えておくとしようか」
「楽しみにしてるわ。今度は一文字を折ろうかしら」
 紙を出しながらシュラインがそう言うと、近くで白い猫が大きくあくびをした。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
太蘭の家に遊びに行って、ホワイトデーのお礼と共に折り紙を……ということで、このような話を書かせて頂きました。話を書くために色々調べたのですが、奥深いですね。ユニット折りなど一枚の紙で色々な物が作れたりするのは、素敵です。
きっと凝り性の太蘭は、黙々と紙を折ったりするのでしょう。シュラインさんが来るたびに、色々な話が出来るので喜んでいるようです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。