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<PCゲームノベル・櫻ノ夢2007>


桜ノ夜ノ夢

『どうして‥‥こんな悲しい、夢、が』

 ──うあああああああっ!!
 ──ああ、ああ、ああああーーーーっっ!!!

 堪らない、と初音は耳を覆った。
 絶望に満ちたその声。気が狂ったように叫ぶ少女が着ているのは、セーラー服だ。
 桜の木の下、泣き叫ぶ少女の傍らに、血塗れの凶器と切断されたばかりの首が転がっていた。

 ──解放、されると思った、のにっ‥‥!!

 息が出来ない、と。哀れな少女は夢の中で狂い続ける。
 夢を集めるしか出来ない初音は、ぼろぼろと涙を零しながら掠れた声を上げた。

『誰か、お願い‥‥! 彼女に本当の解放をっ‥‥!!』

 このままでは、狂ってしまう。彼女も。この桜の夢の世界も。


●菊坂・静

 遠く、細く、僕を呼ぶ声がする‥‥
 
 眠りについていた筈の意識が、ふいに覚醒していくのを感じた。
 瞼の裏で外の光を感じる。その柔らかな光に誘われるように、瞳を開けた。

「桜?」

 驚いた。目を開いたそこは真っ白‥‥いや、仄かに色づく桜の花が、視界いっぱいに広がっていた。
 陽気さの中に虚ろさも併せ持つ朱の瞳が、ほんの少し緩み、ほどける。桜を愛でるのは──日本人ならではの感覚だ。

 ──う、ああっ、あああああーーーー!!!!

 微笑みかけていた顔が、突如割り込んできた悲鳴に反応して変わる。
 声だけで、分かった。分かってしまう。この悲鳴は──絶望を知る者の叫びだ。


●桜の影

「──あ」
 他の木よりも一際目立つ、大木の下に少女が一人、頭を抱え蹲っていた。セーラー服の、おそらく歳の近い少女。
 の、傍らに落ちた血塗れの凶器と生首──。
「‥‥」
 それらをちらりと見た菊坂・静は、慄くでもなく、少女の方に歩み寄っていく。
「こんにちは」
 ぴくん、と少女の丸まった体が揺れた。声は聞こえている事を確認し、より一層近づく。
「こんにちは、僕は静って言うんだ‥‥君はどうしてこんな所に?」
 傍に落ちた凶器なんぞ見えていないとでも言いたげな優しい微笑みを浮かべ、少女を覗き込むように膝をつく。
『あっ、うう、ああ、あっ』
 恐れ、怯える瞳が赤い瞳を見返した。
 ──大丈夫、理性はまだちゃんと彼女の中に、ある。
 優しい笑顔を意識したまま、大丈夫だよ、と微笑んだ。僕は君を傷つけようなんて、していない。 
『あた、あた、し、おっ、おかーさん、』
 体を静から引き離すように尻餅をつき、ずりずりと後ろへ下がっていく。言葉も要領を得ない。
 けれど。
「‥‥この人?」
 変らずその場にあった生首を見た。少女が、逃げたいのか断罪して欲しいのか、首を縦に横に振りながら、後ろへと下がる。
『おっ、おかあさ、あたっ、あたしっ、』
 あたし『が』、その一言が重くて言えずにいるのが分かった。そしてその後の‥‥『殺してしまった』という言葉も。
「‥‥教えて欲しい‥‥君は、どうしてお母さんを──?」
 殺したの? なんて口にしなくとも伝わる。
 びくり、と体を可哀相なほど震わせた少女は、ぼたぼたと涙を零す。何が蘇っているのか、その瞳に沢山の感情が過ぎった。
『‥‥っ‥‥』
 ただ泣いて首を振る少女を見つめる静の脳裏に、誰かの感情が流れ込む。赤い目を見張った静は、自分を導いた人のものだという事が分かった。
「‥‥お母さんの何が狂っていたのかな‥‥?」
 事情を知るような言葉が彼女を揺さぶったのだろうか。真っ白の指先がカタカタと震わせ、口元に運ぶ。
『あ、お母さん、が──』
「‥‥うん?」
『びょ、き、で』
「‥‥病気?」
 咄嗟に精神病の類かと推測した静の考えが読めるのか、すぐに目の前の少女が首を振った。
『こころ、が、こわれ、てっ』
 しゃくり上げる少女の台詞に、その言葉を助けるような映像が頭に送り込まれてくる。

『やめてお母さん、どうしてこんな事するのっ!?』
 少女が髪を振り乱し、制服のまま棚のガラスを自らの頭で割ってしまった女に責める言葉を投げかける。
『うふ、あは、あ、は、ははあっ‥‥!』
『お、かあ、さん』
 冷たくなった指先は意味もなく頬にある。目の前の光景に震えが止まらない。これは本当に母だろうか? 母の姿をした別人ではないのか?
『あは、はああああっ!!』
 ガッ!
 一瞬、何をされたのか全く分からなかった。気付けば頭に衝撃が走り、床に手をついている。
 額から流れてくる生暖かい液体を感じながら、ただ呆然とこちらを見下ろしている女を見上げた。いつも後ろにひっ詰めていた髪をボサボサにし、充血した目で見下ろす女を──
『‥‥かあ、さ』
 走馬灯というものだろうか。綺麗に整頓されていた頃の家が、家族で談笑していた頃の一時が、私に微笑みかける母の顔が、脳裏に過ぎった。目の前の母は、電気スタンドを持って狂った嗤いを浮かべているというのに。
『や、め、てぇええええ──!!!』

「‥‥っ」
 強烈な恐怖まで感じ、ぱちぱちと瞬く。この眩暈は、他人の記憶と感情を受け容れた故か。
『あ、あ、いや、いやいやいやいや』
 自分からやや離れて聞こえる声に、完全に我に返った。目を向けると、ずりずりと膝をすり凶器を手に入れていた。
「──ッ!」
 雑な動きで刃を喉に当てる少女。それはまさに救いを死に求めようとして。
 気付けば、全身で押さえ込み、強く抱きしめていた。苦しげに呻く少女は、ただ涙を流す。言葉はなかったが、哀しみに聞こえた。
「‥‥本当は、殺したくなかったんだよね」
 呻く声。
「‥‥大丈夫、これは夢だよ‥‥悪い夢だから‥‥」
「‥‥そう、駄目だよ」
 突然介入した女の声に、静は驚いて顔を上げる。そこには、自分とそっくりそのまま同じ顔が、少女から凶器を取り上げていた。
 自分と同じ、赤い瞳。
「死んじゃ駄目」
 そう言って。


●悪い夢
 
 ──驚いた。まるで鏡を見ているようだ。
 静は凶器を取り上げられ、命を絶つことが出来なくなった哀れな少女の背中を擦ってやりながら、突然現れた少女と視線を見交わす。
 見れば見るほど自分に似ているため、凝視してしまうのは致し方ない。
「狂いそうなんだね‥‥大事な人が自分の所為で死んじゃって‥‥どうしたらいいのか分からないんだね‥‥」
 一方似てると思われた女性静も驚かずにはいられなかったが、地面に食い込んだ少女の桜色の爪を見て自分の感情は後回しを決め込む。
『‥‥っ‥‥っ、ぁ』
 人の命を奪うという大罪を犯してしまった少女に、いくら大丈夫だと言っても意味がない。
 自分も地面に膝をつき、少女に微笑みかけた。
「大丈夫‥‥コレは夢だよ。‥‥凄く悪い夢‥‥」
『ゆ、め?』
 荒れ狂う罪悪感が、出口を求めてその華奢な体の中で暴れているのに違いない。
 静の言葉に、救いを求めるかのように泣き濡れた顔を向ける。
 血のように赤い瞳が、絡めとるように細められる。
「そう、凄く悪い夢‥‥だから、貴方は目を覚まさなきゃならない」
『‥‥目を、さま、す』
 たどたどしい声。だが、光が甦りつつあるのが分かる。
「そう、目を覚ます‥‥コレは夢だから。だから‥‥」
 だから、泣き止んで。‥‥少し息を整えよう?

 はらはらはら、と。
 三人の周囲を舞い落ちていた薄い花びら達が、ゴウと吹いた風に煽られる。
 呆然とした少女と、彼女を取り囲むように膝をついていた二人の静も、顔を上げる。
 不思議な空間だとは思っていたが、地面と桜の木しかないここで風が吹けば、それはまるで。
「「桜吹雪みたいだ‥‥」」
 あ、と。赤い瞳を見つめ合う。重なり合った声までもよく似ているようで、違い性別だけのようであった。
『──もう、大丈夫』
 風と共に聞こえたのは、自分を導いた初音のものだった。
『私があなたの望む解放を‥‥桜の力で』
 ざあああああっ。
 全ての木を揺れた拍子に大きな音を立てる。髪が乱れ、赤い瞳が砂埃を避けるために閉じられて──
「‥‥あ」
 そこにはもう、少女の姿も、血塗れの凶器も、虚ろな眼差しの生首も、どこにもなかった。
「絶望から、逃れられたの‥‥かな‥‥」
「‥‥きっと、ね‥‥」
 二人の静はふっと微笑み合う。あまりにもそっくり過ぎて、おかしな気分だった。
 ──‥‥パントマイムしてる気分‥‥かな。
「‥‥君は‥‥誰?」
 静が、静に訊ねる。
「‥‥私は静。貴方は?」
 訊いた静が目を見張った。
「僕も‥‥静、菊坂静‥‥同じ名前‥‥だよ」
 そして、その告白を聞いた静も。
「貴方も静なんだ‥‥ちょっと変な気分だね‥‥」
 目を見開く二人は血縁関係を疑うほどの相似で。
「そうだね‥‥まるで鏡でも見ているような気分だよ‥‥」
 微笑みすらも、同じで。しかし二人は何故紛れ込んだ一欠けらの絶望の夢に導かれたのか、分かってはいない。

『ありがとう‥‥静』
 二人の静が同じ絶望を知っているからだという事を。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 5566 / 菊坂・静 / 男性 / 15 / 高校生、「気狂い屋」

 0063 / 静 / 女性 / 15 / 高校生


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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菊坂・静さま、ご依頼ありがとうございました!

こちらの都合で納品が遅れに遅れて申し訳ありませんでした。櫻の夜の夢は如何だったでしょうか?

世界を隔てて夢で落ち合える事は、この先早々ない事だと思います。
今宵この時、初音が絶望の夢を拾い、非情なまでの絶望を知る救済者を求めたからこそ。
そして、その呼び声に応じて下さった静さまだからこそ。

一つの絶望の夢に安らぎを与えて下さり、ありがとうございました。
狂気の踏み込む選択肢もありましたが、そうならなかったのは静さまのあたたかな抱擁のおかげです。

今後もOMCにて頑張って参りますので、ご縁がありましたら、またぜひよろしくお願いしますね。
ご依頼ありがとうございました。

OMCライター・べるがーより