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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


KUSAMA QUEST

「お願いします! 姫を、レイナ姫を救い出してください!」
「あー、いきなり救えっていわれてもだな」
「勇者ヒロユキは魔王ダークネス戦の手前でセーブしておきながら、その後10年もの間僕たちを放り出しておいたのですよ。あまつさえ捨てようとまでして………。もう彼には頼みません。勇者クサマ、あなただけが頼りです!」
「だからおれは勇者なんかじゃなくて、探偵だって………」
「いいえ、あなたは勇者です! その証拠に私たちを助けてくれたじゃありませんか」
「助けたんじゃない。拾ったんだ」
 草間はうんざりしたようにため息をついた。
 ハードボイルドに徹したい。日々そう願ってやまないながら日常的に奇々怪々な出来事に見舞われる自分は、おちおち落し物さえ拾っていられないのか。
 そんな草間の思いを知ってか知らずか、彼の目の前では宙に漂う掌サイズの小さな依頼人が期待に満ちた瞳で『勇者』を見つめていた。
 背中に生えた蝶々のような羽、絹よりもなお柔らかそうな衣服に中性的な美しい顔立ち。絵に描いたような妖精そのものである依頼人は、外出先より戻った草間が事務所の前に落ちているのを見つけ、拾ったゲームソフトより現れたのであった。
 見たところそのゲームは、よくあるヒロイックファンタジーもののRPGであるらしい。妖精もパッケージにその姿が描かれていることから察するに、ゲーム内の登場人物なのであろう。いくぶん絵柄が古く感じられるのは、妖精の言葉どおり10年前に発売されたゲームであるためか。
 10年―――。
 対応するゲーム機が姿を消す年月としては十分だ。
「ソフトだけあってもハードがなけりゃプレイできないだろう。それで姫を救えとかいわれてもな……」
 やる気のない声は『あきらめてくれ』という意思表示の表れだ。怪奇探偵なんて名前はもう返上したい。
 しかしながら草間の切なる願いは、やはりというかなんというか天にも妖精にも届かなかったらしい。
「大丈夫です。僕がご案内します」
「案内って、まさか………まったまったまったぁ! 俺は剣も魔法も使えないんだよ!!」
 勇者をゲーム内の世界へ連れていこうと魔法を唱え始めた妖精に慌てふためき、草間は救いを求めるような目で事務所内を見回した。しかしながら零は留守だ。室内には誰もいない。
 代わりに目にとまったのが事務所に古くからあるダイヤル式の黒電話であったことは、果たして草間にとって幸運であったのか否か。



「それにしても、なぜ事務所の前に捨てられていたの?」
 入れたてのコーヒーで軽く喉を潤し、クミノは黒い水面に自分の顔を映しながら静かに口を開いた。小さなミルクピッチャーを両手で抱えるようにしている妖精は、質問の意味がわからないのか首をかしげている。
 ちなみにピッチャーの中身はもちろんコーヒーだ。わざわざ妖精のサイズに合わせて用意したのがこの事務所の主であることは意外だとしかいいようのない、だが事実である。

 一刻も早く姫を救いに行きましょう!

 そういってきかない妖精を宥めすかし、助っ人を交えてのコーヒーブレイクを強要したのは、なによりも草間自身が一息つきたかったせいかもしれない。
「この妖精がいうには、ゴミ捨て場に捨てられそうになったところを逃げてきたらしい。で、それを俺がたまたま拾ったというわけだ」
 事実、妖精に代わってこたえる草間の表情はさえない。クミノは『なるほど』というような顔をした。
「草間はこの手世界では有名だから……」
「この手世界ってどの世界だ」
「それは草間さんが一番よくご存知じゃありませんこと?」
 後を担い、くすくすと笑うアレーヌに草間はむっとする。傍らに控えているレオンまでが、鳴き声こそなんといっているかは知れないが笑っているかのようだ。いやもしかしたらそれは、ライオンにコーヒーはまずいだろうと大皿に牛乳を注がれたことに対する嫌味であったのかもしれない。
『猫じゃないんだから』
 レオンに対する草間のもてなしに、共に十代である少女たちが心の中そう突っ込んでいたことは内緒だ。
「それにしても、こんな小さな妖精ですら人をゲームの世界へ移行させるほどの力を所有しているとはね。仮に魔王が私達の世界に関心を持ったとしたら、それはもはや怪奇というより危機といっていいわ。強大な力を持った魔物の創造に他ならないもの」
「でもこの妖精を見る限りその心配はないんじゃありませんこと? この子はお姫様の救出のことしか頭にないようですもの。それを考えれば魔王もこちらの世界に特に興味はないんじゃないかしら」
 異を唱えるアリーナにクミノは頷いた。その可能性も考えてはいたようだ。
「確かにこの妖精の行動を見る限り、魔王がゲームキャラという職務に忠実である可能性は高いわ。でもそれはあくまで可能性よ。いずれにしろ、まずは妖精が具現化した経緯を明らかにするべきでしょうね」
「そのことなんだが………」
 コーヒーの残りを飲み干し、草間は更に言葉を続けた。
「俺なりにこのゲームのことを調べてみた。知り合いにゲーム雑誌の編集者がいてな。ありがたいことにこのゲームのことも覚えていたんだ」
 その編集者の話によると、このゲームは発売当初からマニア向けということで有名であったらしい。何度でも遊べるという宣伝文句が売りであった通り、なんとプレイするたびに主人公の目的、イベント、エンディングが変わったのだという。100回プレイすれば100通りのストーリーがうまれる、というわけだ。むろん何度もプレイしていれば多少はイベントもかぶるであろうし、同じような結末を迎えることもあるだろう。それでも全てのイベント、全てのエンディングを見るまでは止められない。そういったゲーマーも少なくはなかったらしい。
「………当時はわりと有名な作品だったそうだ。なんでもイベント発生が全てランダムだったとかで、プレイしがいがあるって一部のゲーマーには人気があったとかなんとか……。後になって考えてみれば、クソゲーの部類に入る代物だともいっていたが」
「身も蓋もない言い方ですわね」
「しかたがないだろう。同じようなイベントが繰り返されれば誰だって飽きる」
 捨てられた理由もその辺りにあるのかもしれない。草間とアレーヌの会話を聞きながらクミノはそう考えた。
 飽きられ、捨てられたゲーム。クリアできないから、おもしろくないからという理由で放置された玩具。
 よくゲームソフト自体が怨霊化しなかったものだ。いや、このまま放置しておけば妖精がそうなる可能性は十分にある。それをふせぐにはやはり妖精の願いをかなえるしかあるまい。
 クミノは黙って傍らのショルダーバックを引き寄せた。
 電話を受けてすぐに手配したのであろう。彼女のバックから出されたのは、件のゲーム用のハードと分厚い攻略ファイルであった。草間が驚きの声を上げる。
「よく手に入ったな」
「この程度のものならモナスで揃うわ。さてさっそくだけど草間、誰とゲームの世界へ行くつもり?」
「え? 俺が行くことは確定しているのか!?」
「当たり前でしょう。妖精は草間に助けを求めてきたのよ。勇者クサマにね」
「だが俺は剣も魔法も使えな……」
「そんなことはわかっているわ」
 みなまでいわせずクミノはぴしゃりと言い放った。漆黒の瞳がじっと草間を見据えている。
「今回の件に関する役割はふたつ、異世界への突入とこちらでのゲーム操作よ。草間がゲームの世界へ向かうと同時に、こちらへ残った者は勇者一行の補助を担う。草間だって仮想現実の殻をかぶれば勇者としての力をふるうことができるはずだわ。もっともその力を最大限に発揮できるかどうかは、草間の戦闘センスとこちらでの操作性にかかってくるでしょうけど………どうやらその役割は私になりそうね」
「さあ草間さん、ご一緒に魔王討伐へまいりましょう!」
 不意に背後から聞こえてきた言葉に振り返り、草間はぎょっとした。
 鍔広のウィザードハットに水晶球が埋め込まれた杖。ビロードのような光沢を放つ上着は袖の部分がユリの花のように大きく開いており、その分たけは短く腰までしかない。ショートパンツとニーソックスも、着る者の動きに合わせてオーロラのような淡く幻想的な光を放っている。脛の辺りで折り返されたブーツも特注なのか、爪先が軽く反り返っていた。
 傍らに控えるレオンがまた忠実な使い魔のようであり、魔道士としてはほぼ完璧な装いのアレーヌに草間は声もない。いったいいつの間に着替えたものか。
「すごい! 僕達の世界にいる魔道士そっくりですよ!!」
 妖精がアレーヌの周りを嬉々として飛び回る。
「当然でしょう。スターは事前調査も怠らないものですのよ。もちろん草間さんの衣装も万全ですわ」
「なに? そんな話聞いてない…うわっ!?」
「ガウッ!(訳:隙あり!)」
 事前に示し合わせていたものか、レオンがズボンの裾に牙をかけ草間をひっくり返していた。そこにアレーヌが襲い掛かり、あれよあれよという間に勇者の扮装へと着替えさせてしまう。
 ドラゴンをイメージした鎧に鮮やかな蒼いマント。無理やり持たされたバスタードソードはさすがに模造品であったが、格好だけならまさに勇者といえただろう。なかなかの男ぶりにアレーヌはにっこりと微笑む。
「よくお似合いですわよ。クミノさん、準備はよろしくて?」
「ええ、こちらは万全よ」
 テレビへと繋ぎ終えたハードにクミノは件のゲームソフトを差し込んだ。そしてその手が電源スイッチへとかかるや否や、アレーヌが妖精へ鋭く命令を下す。
「さあ妖精よ、わたくし達をゲームの世界へ連れて行きなさい!」
「わかりました、魔道士アレーヌ」
「おい! ちょっ、まて……っ!!」
 草間の願いは今回も届かない。妖精の魔法の力が室内に満ちると同時に、一行はクミノの前から慌しくもきれいさっぱり消え去っていた。



 光と闇が高速で過ぎ去っていくような情景が続き、それが徐々に間隔を広げてくる。
 光、闇、光、闇、光………そして闇。
 ふと気がつけば、一行は広いホールのような場所に佇んでいた。
 暗い。
 足元でほのかな光を放つ魔方陣――おそらくはセーブポイントであろう――以外は一条の光も見えない。
「ここはどこだ?」
「魔王ダークネスの城です。もっといえば勇者ヒロユキの最後のセーブポイントです」
 誰もが感じていた疑問に妖精が即座にこたえた。ボス戦前ということで緊張しているのか、飛び方がどこかぎこちない。
 だがそれよりも一行が注目したのはレオンであった。ライオンであるはずのレオンが問いを、人間の言葉を口にしたのだ。しかもその姿は四肢を大地に縛り付けられた獣ではなく、鍛え上げられた背の高い人間の体に獅子の顔が乗った、いわゆる獣人と化している。蛮族の戦士を思わせる皮の鎧や手にした巨大な斧も、毛皮や牙が具現化したものであろうか。
「レオン、あなたわたくし達と同じ言葉が喋れますの…?」
 驚き、また感動したかのように近づいてくるアレーヌに、レオンはようやく己の現状に気がついた。物珍しげに手の感触を確かめ、いつもは見上げているアレーヌの顔を気恥ずかしげに見下ろす。
「ああ、どうやらこの世界にいる間、俺は人間の言葉が喋れるみたいだ」
『どうやらゲームの設定が活かされているようね』
「クミノ?」
 思わず草間は辺りを見回した。だがあいかわらず周囲は闇に閉ざされたままだ。おそらくクミノの方はテレビを通じてこちら側の様子を窺うことができるのであろう。
『驚いた。もしかしたらと思ったけど、私の声が届くのね。なら指示も出しやすいわ。気をつけて、そこを一歩出たらボス戦よ』
「あ、ああ」
『草間の行動は私が全て補うわ。だから落ち着いて』
「わかった、任せる。だがアレーヌ達は……」
『もうとっくに魔王に向かっているわよ』
「なに!?」
 見れば勇者を欠いた魔法使いと獣人戦士のパーティーが、一足先に魔王と対峙しているではないか。

 まずい!

 いくら押し付けられたとはいえ草間は勇者であった。たった二人きりのパーティーを見過ごせるはずもなく急ぎ後を追う。
 しかしながら事態は既に彼の予想をはるかに超えていたのである。
「よくぞここまできたな、勇し………ぐぉぉぉおおおぉぉぉ!?」
「人の息の根を止めるつもりなら、べらべらと喋らない方が得策ですわよ!」
 いきなり口上を無視し魔王の顔面へと炎の魔法を放ったアレーヌは、次いでレオンの斧に向かって属性魔法を唱えていた。エンチャントウェポンと化した斧はその瞬間鋭さを増し、レオンの怪力とあいまって魔王へと激しい一撃を与える。
「どりぁあああああああ!!」
 
 ずべらっ!
 ぶしぃ!
 ぐぎゃぁあああああ!

 肩切り裂かれ悶絶する魔王に、アレーヌは更に追い討ちをかけるべく最大級呪文を唱え始めた。長い詠唱時間の合間に受ける攻撃はレオンが全て弾き返し、また受け止めるが、魔法だけはその巨体の脇をすり抜け一気にアレーヌへと襲い掛かってくる。しかしながら空中ブランコの花形スターである彼女には、天性の運動神経があった。魔法弾の軌道を読み紙一重で避け、更に追撃してくるのをついに詠唱を終えた最大級呪文で押し返す。
「レオン! たたみかけるわよ!」
「おうっ!」
 
 ずばばばばばばっ!!
 ずさっ!
 どがぁ―――――っ!
 ざざざざざざんっ!
 
 ほとんど『ずっとあたくし達のターン』状態であるアレーヌ達に、草間は呆然と立ち尽くしていた。
 勇者の、俺の存在意義っていったい……。
 いやそれよりもアレーヌたちのあの強さはなんだ?
『すごいわ。アレーヌさん達、完璧にゲームの設定を自分のものにしている』
 感心したようなクミノの言葉に、草間は思わず顔を上げた。その訝しげな表情にこたえるがごとく、更に言葉が紡がれる。
『いったはずよ。草間だって仮想現実の殻をかぶれば、勇者としての力をふるうことができるわ。それを彼女達が身をもって示しているじゃない』
 示しすぎだろう。
 草間の心の中の突っ込みは、むろん誰の耳にも届かない。
『急いで草間。とどめは勇者が行うのよ。そうしないと魔王は復活してしまうわ!』
 瞬間草間が走り出したのは彼の意思によるものか。それともクミノの導きによるものか。
「草間さん!」
「止めを刺してくれ草間!」
 跪いたレオンの肩に草間の足がかかるや否や、獣人の逞しい肉体が勇者を魔王のはるか頭上へと押しやった。更にはアレーヌの補助魔法がその身体を包み込み、剣へ威力を増幅する。
「でやぁぁあああああっ!」
『はぁあああああああっ!』

 勇者の剣が魔王へと振り下ろされた刹那、世界に光が満ち溢れていた。



 妖精と、そしてレイナ姫に重ねて礼をいわれる草間たちをよそに、現実世界のクミノはコントローラーから手を離すと小さくため息をついていた。
 魔王は倒した。後はこのようなことが二度と起きないよう、再発防止の手段を整えなくてはならないだろう。
 だがクミノの思考はいまひとつのことに捕らわれてしまっていた。最後の一撃でらしくもなく声を張り上げてしまったことが『醜態』として心に重くのしかかり、過酷な過去を経てもなお幼さを残す顔に朱をさしているのだ。一行の補助が自分の役目だったとはいえ、まったくなんということをしたものか。
 声を張り上げたことが問題なのではない。共に声を張り上げリンクした相手が問題だった。しかもその相手は、今にもこちらへと戻ってこようとしている。気を落ち着かせなければ―――――。

「お疲れ様」

 疲労困憊といった風の草間に労いの声をかけたとき、クミノの表情はいつも通りのクールな装いを保っていた。



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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1166/ササキビ・クミノ/女/13/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【6813/アレーヌ・ルシフェル/女/17歳/サーカスの団員兼空中ブランコの花形スター】
【6940/百獣・レオン/男/8歳/猛獣使いのパートナー】

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■        ライター通信        ■
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 ライターのカプランです。
 このたびは「KUSAMA QUEST」にご参加いただきましてありがとうございました。

 クミノ様、はじめまして。
 クミノ様には今回、戦術家的立場をとっていただきましたがいかがでしたでしょうか。
 草間に憧れを抱いているということで、最後にそのあたりをほんのり匂わせてみました。
 また機会がございましたら、よろしくお願いいたします。