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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜お手伝い致しましょう〜

 ある日、葛織紫鶴の住む屋敷へと加藤忍がやってきた。
 中庭で彼を出迎えた紫鶴に、忍はうやうやしく礼をした。
「お久しぶりです、姫さん」
「忍殿……?」
 紫鶴はきょとんと忍を見つめる。忍はなにやら風呂敷包みを抱えていた。
「どうかなさったのですか」
 紫鶴の世話役の如月竜矢が、紫鶴と同じように風呂敷包みを見咎めて尋ねる。
「ええ、実は姫さんに頼みがございまして」
 忍は空を仰ぎ見る。
 今日は晴天。白い雲が気持ちよさそうに空を泳いでいる。
「今日は月齢若き日、ですね」
 それを聞いて、紫鶴がぴくんと反応した。
「……私の『力』がお入用か」
「ええ。それが一番かと思いまして」
 竜矢が、二人をあずまやへと案内する。
 忍はあずまやのテーブルに風呂敷包みを置き、ようやくそれを開いた。
 それは、花瓶だった。見た目新しいのか古いのかさっぱり分からない。ただ、紫鶴にはよく分からなかったが竜矢には――その花瓶がかなりの値打ちものであることと、そしてこれは紫鶴にも分かったことだが――それはただの『花瓶』では到底なさそうだった。放つ『力』が並じゃない。
「これは、こすれば魔神が出てきて願い事を叶えてくれるという花瓶なんですがね」
 紫鶴がぽかんと口を開けた。
「……そんな花瓶があるのか」
「ここにあるではないですか、姫さん」
「ああ、そうか」
 しかしこすれば魔神が出てくるのはたしかランプではなかったか、とかぶつぶつ言う紫鶴を無視して、忍は続ける。
「この花瓶は、封印されてから年月が経ちすぎて、こすっても魔神が出なくなってしまったのですよ。そこで――」
 と、軽く笑い。
「魔の者を引きずりだすなら姫さん。ということで参上いたしました」

     **********

 退魔の一族葛織家――
 その退魔方法は少し変わっている。その能力を持つものが『魔寄せの剣舞』を舞い、それに寄せられてきた魔を、待ち受けていた退魔師たちが討つのだ。
 紫鶴の場合は、剣舞を舞う側に立つ人間だった。その力は月と太陽(昼夜)に左右されるが、うまく月と太陽を組み合わせれば、最上の条件で魔を呼び出すことも可能だ。

「そのランプ……ではない、花瓶から魔神を呼び出せばよいのだな」
 紫鶴はその両手に精神力で生み出す剣を取りながら言った。今でもやっぱり信じられずにしげしげと、テーブルの上の花瓶を見ている。
「今は昼ですが……仮にも魔神が昼間に出てきてくれますかね」
 竜矢がお茶を忍に出しながら疑問を口にする。
 忍はのんびりしたもので、
「出てこなければ出てこないで。姫さんの舞を堪能できるだけ得です」
 紫鶴は赤くなって、頬をかいた。

 片膝を地につき、両手に持った二本の剣を下向きにクロスさせる。顔をうつむかせ――
 それが、舞を始める姿勢。
 ちりん、と少女が手首につけていた鈴が鳴った。

「思うに――」
 しゃらん、しゃらんと鈴を鳴らして舞う少女を見つめながら、忍は竜矢に語りかける。
「姫さんのオッドアイもあの不思議な髪色も、すべてを含めて魔を寄せる材料になっているのかもしれませんねえ」
 右目が青、左目が緑――
 赤と白の入り混じった長い髪――
 その色違いの視線は強い気合を乗せて虚空に線を描き、髪はどこまでもさらさらと宙を舞う。
「葛織家の系図でも稀代の舞姫……さすが、見事です」
 今日の紫鶴は調子がいいらしい、剣の冴えが違った。空を切れば本当にそこが切れて、別世界が現れそうな迫力がある。鋭さがある。
 紫鶴の持つ剣が、陽光を浴びてきらりと輝いた。
 その瞬間――

 花瓶から、鼓膜を破りそうなほどの爆発音がとどろいた。

「―――!」
 紫鶴と竜矢は思わず耳をふさいだ。忍だけがひょうひょうとそれを見ていた。
 花瓶は割れてはいなかった。ただもうもうと黒い煙を立ち昇らせ――
 煙はやがて形になった。角を持った、赤い巨躯の魔神。そのサイズはゆうに大人五人分はあるだろうか、赤にも金色にも見える瞳がぎょろりと忍たちを見下ろす。
『ここは外か……』
「その通りです、魔神殿」
 何に怖気づくでもなく、忍がうなずく。
 魔神は周囲を見渡して、
『余は、今素晴らしく心惹かれる何かに引っ張られるように解放されたのだが……』
「それは気のせいでしょう。あなたは伝説通り、花瓶をこすられて出てきたのですよ、魔神殿」
 忍は肩をすくめてみせる。魔神はむうっとうなった。
『そうか……何にせよ、余を解き放ってくれた礼をせねばならぬな』
「本当に三つの願い事を叶えてくれるのか!?」
 剣舞を終えた紫鶴が駆け寄ってくる。魔神はじろりと紫鶴を見て、『不思議な娘だな』と言った。
『今まで出会った子供の中で、余を見て怖がらなかった者はいない』
「……姫は色々、特殊ですからねえ……」
 竜矢が紫鶴にお茶を出しながらぼやく。まあ、年がら年中魔だの何だのに付き合っていれば、魔神ぐらいには驚きはしない。
「ストレスもたまっていることでしょう、魔神殿」
 忍はのんびりと言った。
「そんなわけで、第一の願い事は、『あなたの苦労話』というのでどうでしょうか?」

『本当に、おかしな者たちじゃな、お前たちは』
 魔神は空中であぐらをかきながら、腕を組んだ。
『余の苦労話じゃと?』
「その通りです」
「ま、魔神殿でも苦労することがあるのだろうか!?」
 あずまやの椅子に座った紫鶴が目をきらきらさせている。好奇心で弾けそうな表情だ。
 魔神は苦虫を噛み潰したような顔になった。
『余は全能ではないのでな。人間にはそれなりに苦労させられてきたぞ』
「ほほう。どのような?」
 忍が促す。彼は足を組んだ。
『例えば金の鉱山を、本当に金が出るかどうか分からない、調べるのは面倒くさいから山の中身をまとめてひっくり返してくれ――などと言われたことがあったな』
「それは本当に金鉱だったのですか?」
 竜矢も椅子について尋ねた。魔神はふん、と鼻を鳴らして、
『腹が立ったんでな。ここから出るのは毒ガスだと脅してやめさせたわ』
「……実際には?」
 忍の目が光る。魔神はそんな忍の様子に気づいたようだったが、『まあ、いい』とどこか諦めた様子で言葉を続けた。
『あそこは間違いなく金鉱だ。少々小さいがな。たしか――』
 場所まで口にする。忍は魔神の口からこぼれ落ちる情報を脳にインプットした。
「他に無理難題を押し付ける人間もいたのか?」
 紫鶴が憤然とした様子で魔神を熱心に見つめる。
 少女にそんなにまっすぐ見られるのは初めてらしい、魔神は視線をそらしながら、
『……旧家の蔵を蔵ごと盗めという願いもあった』
「蔵ごと!」
 紫鶴が仰天する。彼女の家に蔵というものはないが、どんなものかぐらいは聞き知っている。
『蔵ごと盗んで、別の家の蔵として堂々と鎮座させろと。……普通蔵ごと移動するわけがないからな。誰も、あの蔵はうちの蔵だとは言えぬ』
「それはそうでしょうね」
 忍はうなずいた。「しかし突然蔵が現れるのも妙ではありませんか? その辺りのつじつま合わせは?」
『移動先にも元から蔵があった。その元の蔵は海に捨てたのじゃ』
「海……蔵を海に沈めるとは、これはまた……」
『何ならたしかめに行ってみるか? 捨てた場所は――』
「しかし、何だって自分の家の蔵を捨ててまで他の家の蔵を欲しがったのでしょうね」
 竜矢が忍と紫鶴のお茶を淹れなおしながらつぶやいた。またもや魔神はふんと鼻を鳴らした。
『その蔵の中には値打ちものが多かったからに決まっておろう。ほとんどが盗品ゆえ、外には出さなかったようじゃが』
「どこの家の蔵なんですか」
『さて、どこだったかな……何年前の話かも覚えておらぬが。たしか――』
 花瓶の中にいる魔神には年月の概念がすでになくなっている。しかし縄文時代や弥生時代までさかのぼるような話ではなかった。
『どこかの娘に頼まれて、他の娘の“じゅうにひとえ”というやつを何枚もまるめて海に沈めたこともあった』
 おそらく平安時代の女同士の確執だろうが……魔神に願うにしてはちゃちな願いである。
「しょせん人間は、相手を呪う時、少なからず自分もおびえるものですからねえ……」
 忍はうなずきながら魔神の話を聞いていた。
『最近の願いでは――』
 魔神はあごを撫でて眉を寄せた。
『うむ。広い地下室用の穴をあけろというのがあったかな。これがまた厄介でな。地盤沈下を起こさない工夫を凝らしながら、うむ、この家の敷地ほどの広さの――』
 竜矢が目を見開いた。
「ここの敷地……!?」
「そんなにすごいのか?」
 外に出て他の家と比べたことのない紫鶴が竜矢の袖を引っ張ると、竜矢は苦笑いをして、
「……ここは一応千坪あるんですがねえ……」
 とつぶやいた。
「そんな地下室を掘って、何をするつもりだったのでしょうね。怪しいじゃあありませんか」
 忍はのんきに訊きながらも、その瞳がきらりと光っている。
『うむ……サムライたちにも、色々あったようじゃ』
 その“地下室”の場所も、魔神は何を惜しむでもなく口にした。
「その地下室に行ってみたい」
 紫鶴が両手でティーカップを包むように持ちながら口をとがらす。「……私には無理か」
「姫……」
「代わりに竜矢が行ってこい」
「姫」
 竜矢が苦笑する。くすくすと忍が笑い出して、
「それなら姫さん、私がたしかめてきましょう。古すぎてもう入り口が残っていないかもしれませんがね」
 と紫鶴に向かってウインクした。

「二つ目の願い事は――」
 忍は組んでいた足を下ろして姿勢を整えると、
「この世の人々のひとつかみの幸せを叶えてください」
『む?』
 魔神がヘンな顔をした。『また難しい願いをしおるの』
「ひとつかみでいいんです。全能ではないと謙虚におっしゃるが、魔神殿にはきっとできるはず」
『できぬことではないが……』
 釈然としなさそうな顔で、魔神は目を閉じた。むん! と体中に気合を入れる。オーラが発散されて、四方八方に飛び散っていく。
「わっ!」
 紫鶴が突然煙に包まれて、あたふたと手を振る。その手が――変化していく。
「姫!」
 煙が目に入ったらしい、竜矢は両目を今にも閉じそうになりながらも、懸命に主の姿を見ようとする。
 煙の向こう側の紫鶴の姿がちらと見えた忍は、素早く花瓶を包んでいた風呂敷包みを紫鶴にかけた。
 やがて、煙が晴れていく――……

 そこに。
 歳の頃二十歳ほどだろうか。風呂敷包みに身を包んだ、赤と白の入り混じった髪を持つ、フェアリーアイズの女性が立っていた。

 竜矢が呆然と女性を見つめる。
「……姫?」
 成長した紫鶴は自分の体を見下ろし、
「大人になった……?」
 つぶやいた。
「姫、まさか――」
 竜矢が言うより早く、紫鶴が満面の笑顔になって、
「竜矢!」
 自分の世話役に抱きついた。
 拍子に体を包んでいたたった一枚の風呂敷包みが、ひらりと宙を舞った。竜矢は慌ててその端をつかんで紫鶴の体に巻こうとする。しかし紫鶴はおかまいなし。裸のまま世話役に抱きついて離れない。
(ふむ……姫さんの願い事は竜矢さんにつりあう存在になることでしたか)
 あたふたとする竜矢と嬉しそうに竜矢に抱きついたままの紫鶴を見ながら、忍はあごに手をやる。
(一方で、竜矢さんには何の変化もなし、と。……どうやら利益が一致しているらしい)
 これはこれは、と忍はくすくすと笑った。
「素敵なカップルになれそうなんですがね」
 本当はありえないカップルを眺めながら、忍はぽつりとつぶやいた。
 魔神がじろりと忍を見る。
『余は、お前の願いも叶えたつもりだったんじゃがな』
「ええ、叶えていただきましたよ」
 忍は涼しい顔で言った。
 今彼の頭の中には――
 各地にある盗品の類、シンジケート、盗品オークションの情報がたっぷりと注ぎ込まれていた。

 きっと、世界中が一番幸せだったであろう時間――

 時が経ち、紫鶴と竜矢のつかの間の幸福も終わりを告げる。
 煙の中で急いで服を着なおした紫鶴は、何もなかったかのように椅子に座りなおしたが、その頬は真っ赤になっていた。
「さて、三つ目の願い事ですが」
 忍は花瓶をこんこんと弾きながら、
「さあ魔神さん。体に気をつけてお元気で」
 魔神は虚をつかれたような顔をした。
 忍は、笑った。
「決められた数の人の願いを叶えなければ封印は完全に解けないのでしょう? しかしこれで満了するはず。さようなら」
『………』
 魔神はその恐ろしい顔つきを、どこか和らげた。そして、
『……すまぬな』
 つぶやいた。
 その体がしゅるしゅるとうずを巻いて小さくなっていく……

     **********

「忍殿は、魔神殿を救うためにここへいらしたのか」
 紫鶴が感激したように言った。
 忍はのんびりと、
「私はそんなにいい人ではありませんよ。自分の利益のためがほとんどです」
「……そんなに利益があったか?」
「ええ、もちろん」
 たくさんの情報を手に入れた。これから忍はしばらく忙しくなるだろう。
「あの……忍殿?」
 ふと紫鶴に袖を引っ張られ見下ろすと、
「その……大人になった時のこと、他の人には言わないでいてくれるだろうか?」
 顔を真っ赤にして、まだまだ乙女な彼女は言った。
 忍は優しく微笑んだ。

 消えた魔神の消息は分かっていない。ひょっとしたらどこかでまた、誰かの願いを叶えているかもしれない――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5745/加藤・忍/男/25歳/泥棒】

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■         ライター通信          ■
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加藤忍様
お久しぶりです、笠城夢斗です。
このたびはゲームノベルへのご参加、ありがとうございました!
納品の遅れ……本当にお詫びの言葉もありません。ここまでお待ちくださって本当に感謝しております。
今回のお題はなかなかに難しかったですwいかがでしたでしょうか?
忍さんのこれからの冒険が楽しいものでありますよう……