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<東京怪談ノベル(シングル)>


1st ラヴ・シック

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何度も見やっては、目を逸らす。
鏡の中、頬を紅らめた、まるで、少女のような己の姿に。
何て顔、してるんだ…私は。これでは、まるで…。
フッ、と脳裏を過ぎる想い。
ポロリと口から零れ落ちてしまいそうな その想いを、
私は喉元に指を宛がう事で、クッと抑え堪える。
何を。何を言おうとした?
私は今、何を思い、言おうとした…?
自らに舌打ちをし、鏡を伏せ置いてスッと立ち上がり、スタスタとベッドに向かう。
くだらん事を考えている暇など、ないだろう。
明日は、そう。大きな仕事があるんだ。
絶対に落とせない、失敗できない、報酬のデカい仕事が。
そうだ。だから、早々に眠らなくては。早々に…。
バフッ―
ベッドに身を投げ、枕に顔を埋めて目を伏せる。
だがしかし困った事に。
考えないようにする、という行為は、
必死に考える、という事と同じなわけで…。
「…はぁ」
漏れた溜息は、何に対するものだろうか。
己の不甲斐なさに呆れた故か。疲弊しきった身体の悲鳴か。それとも…。
そんな事を考えながら、何の気なしに、ゆっくりと身を返した時だった。
耳にチクリと痛みが走る。
何だ、と思う事はない。痛みの原因は。わかりきっているから。
「…っ」
少し乱暴に、千切り取るように。
両耳に吊り咲いていた花を剥ぎ摘む。
先程よりも不快な痛みに眉を寄せつつ、
私は自身の耳から摘んだ花を、ベッド横のガラステーブルに放る。
勢い余って、一輪だけ。
カシャン、と床に落ちた事に気付きながらも。私は目を逸らす。
ジッと見つめてしまう事に、不思議な恐怖を予感するが故に。

目を伏せ、想い馳せるは、戒め。
いい加減にしろ、冥月。
いつまで、そうしているつもりだ。こうしているつもりだ。
くだらん事ではないか。まったくもって。
たかが…。
たかが、口付け一つで…。みっともない…。
無意識の内、私の指は、唇をなぞる。
久方ぶりに紅の乗った唇。
その紅さとは無関係の…熱さ。
指を伝い襲いくる その熱さに、私はハッと我に返り目を開く。
その時。
私の目に…二本の刀が勢い良く飛び込んできた。


壁に立て掛けられた二本のそれは、月灯りに照らされて淡く輝き。
まるで、生きているかのようで。
「…私は」
刀を見やりつつ、私は声を発した。
呼び掛けられたような気が、したんだ。
問われたような気が、したんだ。
懐かしい…声に。
「…ごめん、なさい」
ポツリと漏れた謝罪。
淡く輝く刀達は、更に問う。何が?と。
何が?か。そうだな。確かに。
何に対して謝罪したのか。それを、聞きたいと言うのだろう。
理解る。理解るよ。理解るさ。
けれど、わからないんだ…。
何がゴメン、なのか。何にゴメン、なのか。
わからないんだよ…。
「…いや。一つ。一つだけ」
そう、一つだけ。
一つだけ、ハッキリとわかっている事がある。
これは、それは、紛れもない事実。
隠す事も、はぐらかす事も出来ぬ事実。
その唯一、とは…。
RRRRR―
突然、鳴り響く携帯。
静まり返った部屋に響く その音は、目醒めるのに十分で。
私はビクリと肩を揺らす。
滅多に鳴らない携帯。
それは、いつからか…専用電話と化していて。
鳴り響く事が、何を意味するか。
理解するのに、一秒も不要で…。
私は、ガバッと起き上がり、脱ぎ捨てたジャケットの傍で存在誇示する携帯を、
確認すると同時に歩み寄って、それを手に取る。
…何を。
…何を躊躇う?
いつものように。いつものように。
サッと出て、何か用か?と問えば良い。
それだけだ。簡単だろう?簡単な事だろう?
掌で覆っても、解決出来ない。逃げられない。
指の隙間から、音が漏れるから。一向に鳴り止まぬ、音が漏れるから…。
ピッ―
「…ん」
催促されたような感覚のまま、私は携帯を取り、ポツリと呟いた。
私の声を聞くや否や。
『よぅ』
電話の向こうで、男は言った。
何の変哲もない、一言を。
「…何か、用か?」
途切れる言葉。何かを探るような、何かに怯えているかのような。
私の弱々しい声から、男との会話が始まる。
『いや。特に用事ってわけじゃねぇんだけど。少し、気になってな』
「…何がだ?」
『冥月の様子が。気のせいかもしれないけど、心ここに在らずって気ィしたからよ』
「………」
そんな事ない。至って普通だ。
何の問題もない。いつもどおりだ…と。そう言えぬのは、何故だ…?
『まぁ、何つーか。楽しかったよ。俺は』
「…そうか」
『あー。いや、俺が気付いてないだけで、何か気分悪くさせてたらゴメンな』
「いいや。そんな事は…それは、ない」
さっきは言えなかった台詞が。何の躊躇いもなく吐けた。
少し慌てて、まくしたてるように今、言ったのは、何故だ…?
『………』
「………」
静寂。互いに何を言うわけでもなく。
電話している意味がない…そんな状態が、暫く続く。
時折聞こえる、煙を吐き出す音に、また吸ってるのか…などと今更極まりない事を思いながら…。
気まずいわけではないが、不思議な時間。
そこに、男の声が割って入る。
『…んー。なぁ、暖かくなったら、海。行かないか?』
「…唐突だな」
フッと笑う私。男は、ハハッと笑う。
目に浮かぶようだ。確かに、と頭を掻きながら、はにかみ笑う、お前の顔が。
『いや。今すぐ返事しろって事じゃねぇから。気が向いたら、な』
「…そうだな」
『ん。じゃあ、また』
「…あぁ」
『おやすみ』
「…おや、すみ」
普通の、夜の挨拶に抱く、不思議な戸惑い。
何だろう。この…妙な感覚。まるで…いや、確かに…寂しい…?
「…じゃ、じゃあな。切るぞ」
慌てて携帯を耳から離して私が言うと。
『あっ!冥月!』
男が叫んだ。
私は再び耳に携帯を宛がって返す。
「…な、何だ」
『ピアス』
「…ピアス?」
『ガーベラのピアス。すげぇ、似合ってた』
「………」
言葉を、失う。
突然だ。突然過ぎる。突然、何を言い出すんだ。お前は。
不意打ちだ。不意打ちだ。そんな、言葉…。
『じゃあな』
プツッ―
言葉を探す事もままならず、戸惑いっ放しだった私。
それを悟ったのだろう。男は、少し笑いながら電話を切った。
まるで言い逃げ。してやられた感。うっかり、しっかり…高鳴る鼓動。
もう声が聞こえてこない携帯を、耳から離せない私。
覚える、眩暈。
フラリフラリと、つたない足取りで部屋を徘徊し、
私は窓際の壁に、トンと背中を預ける。
その時、ようやく携帯を耳から離し。そのまま。そのまま…。
ズルズルと、その場に崩れ座って。


瞬き毎に。
交互に見やる。
二本の刀と二輪の花。
寄り添うように並ぶ刀と、一輪だけ床に落ちて離れ離れの花。
対照的な二つに覚える、酷く良く似た、甘く苦い痛み。
「…どうすれば良いの」
膝を抱え、私は乞う。
「…助けて。助けて…助けてよ…ねぇ、―…」

もう、現世に居ぬ、あなたに…。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / ♀ / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

NPC / 草間・武彦 (くさま・たけひこ) / ♂


著┃者┃通┃信┃
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こんにちは。いつも、発注ありがとうございます。心から感謝申し上げます。

シリアス風味に、甘く、苦く… 上がってると良いなぁ(笑)
いやはや。この調子で、どんどん迷って、どんどん悩んで頂きたいですね!(笑)
ちょっと省いてしまったシーンもありますが…。
回数を重ねる毎に変化して行く冥月ちゃんを描けて、この上ない至福でございます^^

気に入って頂ければ幸いです。また、どうぞ 宜しく御願い致します。

2007/03/30 椎葉 あずま