コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCゲームノベル・櫻ノ夢2007>


櫻花神殺行

 夢渡りは樋口真帆に様々な世界を見せてくれた。
 ただの願望や欲望が形を取った光景もあれば、精神の共鳴がもたらす不可思議な光景もあった。
 それはすでに一つの現実、世界と変わりない。
 真帆の見る世界の一つに、一人の少女が待つ場所があった。
 いつ出会っても時代がかった和服姿で、帯や小物まで白でまとめた少女は白妙と名乗った。
 白妙を夢に見る間隔はまちまちで、続けて数日彼女と出会う時もあれば、数年の空白が訪れる時もあった。
 けれどいつでも、桜の咲いている季節だったように真帆は思う。
 夢で訪れた場所は広々とした祭殿で、至る所に桜が植えられていた。
 雰囲気は神社に似ているかもしれない。
 白妙の世話は、赤い袴に白い着物を身に着けた巫女装束の女性たちがしているようで、時折祭殿の中で姿を見かけた。
 夢の中、朱塗りの柱が幾つも建てられた間を通り、細やかな砂利を踏みしめて祭殿の格子戸を開ければ、変わらぬ少女の姿で白妙が微笑んでいた。
 

 心が身体の中でふわりと浮き上がる感覚。
 『私、今……夢の入り口に立ってるんだ……』――そう意識しながら、はゆったりと眠りに身を任せていった。
 初めて夢渡りを行った時の不安はもうない。
 岸辺に繋いだボートの舫い綱が不意に外れたようなパニックに襲われたのも、今では苦笑混じりに時折思い出すだけ。
 あるのはただ、未知の世界へと向かう鼓動の高鳴り。
 ゆっくりと吐き出す吐息と共に、真帆の精神はどこかで誰かが見ている夢幻の世界へと旅立つ。
 一瞬の空白の後、初めに真帆を包んだものは夜の闇。
 そして篝火の灯された、朱塗りの柱も夜目に鮮やかな祭殿が夕焼け色の瞳に映る。
「こっちの世界も夜なのね」
 くるりと見渡すと、それにつれて真帆の髪も揺れる。
 安らぐような褐色の、ココアの色も闇の中では沈んでいた。
 瞳が暗さに慣れてくると、中庭をはさんだ建物の中に佇む少女の姿が真帆の視界に入ってきた。
 少女は白い和服姿で、すぐ近くに居る真帆にも気が付かず虚空を見上げている。
 幼い顔立ちの中にどこか大人びた諦観を含ませた表情で。
 ――白妙? ……困ってるみたい。
「こんばんは。ね、何か困り事?」
 不意に話しかけられ、少女は一瞬肩を震わせた。
 が、真帆の姿を認めると緊張を解いたように微笑んだ。
 白妙は真帆を屋敷に上げ、問わず語りに経緯を話した。
 ここが現実の地平に存在する場所ではない事。
 夢でしか辿り着けない場所である事。
 そして、自分がある宗教で祀られた神であるという事。
「私が大人の姿になってゆく分の神力を、あの人たちはずっと使ってきたの」
 あの人たち、と言うのは現実で彼女を祀る者たちだろうか。
「皆がそれで幸せになってくれるならいいって思ってた。
でも、この頃はあの人たち……争ってばかりで……」
 一度は慈しんだ者たちが時を経て争う様子に、白妙は悲しんでいた。
「こんな私がいなくなれば、きっと」
 言いかけて白妙は黙った。
 不穏な続きを予感して、真帆は眉をひそめる。
「ごめんね。
真帆の顔見たら、つい頼りたくなっちゃった」
 神様失格だね、と白妙は苦く笑った。
 それから真帆が聞きたくはなかった言葉を放つ。
「……私を殺して。
この祭殿から解かれるには、それしか方法がないと思うの」 
 とくん、と真帆の心臓が跳ね上がる。
 ――たとえばそれが神様でも……死ぬのが一番の解決法だなんて、思えない!
「……本当に、死ぬのが一番良い事なんですか?」
「え?」
 どこかでまだ迷っていたのか、白妙が揺れる瞳を真帆に向けた。
「ここから出たいだけなんでしょう?
だったら、他にも方法はあるはずです」
 ――私は夢先案内人。
    夢の中で迷ってる人がいたら、出口まで案内するのが私の役目。
 真帆が白妙の手を取り、立ち上がろうとしたその時。
「白妙から離れろ」
 背後に立った三人の女性が、緊張した眼差しを真帆と白妙に向けていた。

 
「白妙から離れろ」
 そう言って刀を樋口真帆に突きつけたのはジュドー・リュヴァインだった。
 静かな闘気が闇の中でも揺らめくのがわかる。
「待って下さい!
……あ、あれっ?」
 慌てて手を上げようとした真帆は、身体の自由が利かない事に気付いた。
 エヴァーリーンの鋼糸が真帆の身体に巻付いていたのだった。
「二人とも顔怖いよ。
この子おびえちゃってるじゃないか。
ねえ?」
 にこりと笑顔を見せながらディーザ・カプリオーレが真帆とエヴァーリーン、ジュドーの間に立つ。
 白妙も真帆を庇って口を開いた。
「この人は夢渡りの途中でここに来て……私には関係ないの!
だから、この人と戦わないで」
「私は助けに来るって約束したろう?」
 ジュドーはそう言って刀を納め、エヴァーリーンによる真帆の戒めも解かれた。
「……悪かったわね」
「あっ、もう気にしてませんから!」
 気まずそうに謝罪するエヴァーリーンに真帆は手を振った。
 こうして顔を合わせた四人は、白妙をこの桜の祭殿から連れ出す為に集まった事になる。
 エヴァーリーンが小柄な白妙の顔をまじまじと覗き込んで言った。
「……殺してほしい、ですって?
残念ね……その依頼は、受けれそうにないわ」
 たしなめるような視線をジュドーから向けられたが、エヴァーリーンは言葉を続ける。
「……だって、あなた、私が殺す程の神じゃないもの。
……私に殺されたいなら、それに相応しい神になってからにする事ね」
 緊張した面持ちをエヴァーリーンに向けていた白妙だったが、次の言葉にほっと息をついた。
「……その為には、あなたをここから連れ出さないと、ね」
 小声でジュドーが呟いた。
「……相変わらずの物言いだな。
ああ、いや、何でもないデスよ」
 上ずった語尾を咳払いで誤魔化し、改めてジュドーは白妙に聞いた。
「白妙、ここには祭壇か何かがあるのか?
もし白妙をここに縛りつける物があるなら、私はそれを斬る。
呪術の解除ならエヴァが得意だ」
 黒い自動小銃型に見える物を掲げてディーザが言葉を繋ぐ。
 それは聖獣装具の一つ、魔神銃・クーデグラだった。 
「護衛なら私に任せて。
私の武器は銃だけど、大丈夫。
皮膚の一枚、髪の一筋掠めるだけ……ただ、ちょっと、魂をもらっちゃうから、しばらく正気を失うだろうけどね」
 真帆も言葉を添える。
「私は直接戦うのは苦手ですから、幻術の桜吹雪で巫女たちにめくらましを。
私は夢渡りですから、不安定なこの世界でも道案内ができると思います」
 にこりと真帆が白妙に笑いかけた。
「だから安心して下さいね」
 一瞬涙の浮かんだ瞳を揺らめかせたが、白妙は一同に深々と頭を下げて礼を言った。
「……ありがとう、皆」
 白妙によれば、祭殿奥に一本の神木、白妙桜を祭った場所があるのだという。
 呪符を張り巡らし、結界のようなものを作った中に神木を置いて、その力を現実世界へと送っているようだ。
 白妙桜は常春のこの世界でも、花を付けず、幼木のまま時を過ごしている。
 時の流れから切り離された世界で。
「白妙桜は私自身なの。
現実世界と同じ、ずっと子供のままの……」
「神木のまわりに警備はいるのか?」
 ジュドーの問いかけに白妙が頷いた。
「武器を持った巫女たちが守ってるわ。
私がいなくなってしまっては、この世界も民に渡る神力も、消えてしまうから」
 この場所は誰かが見ている夢の世界であると同時に、白妙がまどろむ夢の形なのかもしれない。
 今、醒めない夢に別れを告げ、少女は現実へと向き合う。  
「巫女と戦うのは避けられない、か」
「私が神木の前まで皆さんをお連れしますよ」
 思案顔のジュドーに真帆が言った。
「少しはそれで、時間が稼げるはずです」
 真帆の近くの空間がたわんで、見える風景が二重写しになった。
 ディーザが咥えた煙草の火を消して白妙に言った。
「それじゃ行こっか」
 まるで散歩に誘うように、気軽な口調なのが白妙には嬉しく感じられた。
 真帆の導きを受けながら、五人は神木の元へ向かった。


 次々と変わる風景の断片を通り過ぎ、五人は神木の前に立った。
 巫女たちは神木の前に設けられた門の前にいるが、まだ一同に気付いていない。
 白く長い呪符がか細い幹と枝に張り巡らされ、包帯を巻いたような痛々しい姿を見せている。
 呪符の一枚一枚に書かれた文字が、絡みつく蛇のようだった。
 呪符で集められた神力は、神木の傍に建てられた社の祭壇にある鏡を通して現実世界へと送られている。
 不安げな表情で立つ白妙の傍にはディーザと真帆が付き添っていた。
 丹念に呪符を調べるエヴァーリーンの手元を、ジュドーが覗き込む。
「エヴァ、解けそうなのか?」
 ジュドーは巫女たちがいつ気付くのかと気が気ではなかった。
「……急かさないで。
白妙を傷付ける訳には……いかないでしょ?
……あったわ」
 すっとエヴァーリーンは神木から離れ、何事か口の中で呟くと鋼糸を神木に向かって振った。
 一寸の狂いもなく、鋼糸は呪符の一枚を切り裂いた。
 戒めの呪術の中核をなす符を切ったのだ。
 それを皮切りに、次々と呪符は神木から剥がれ落ちていく。
 落ちた呪符も鋼糸によって裁断され、粉雪のように辺りを白く染めて舞い降りた。
 それと同時に、その場の空気が変わる。
 新月の闇の空を割って、幾筋も光が延びた。
 朝焼け色の光が。
「……成功ね」
 光を見上げてエヴァーリーンが微かに微笑んだ。
 しかし安堵の時は短い。
 異変に気付いた巫女たちが門を開けて次々と現れる。
「白妙様!?
何故、ここに……?」
 見慣れない外部の人間と共に立つ白妙を目にした巫女たちへ、漣のように動揺が広がってゆく。
 それに向かい、クーデグラを手にしたディーザが言った。
「もう白妙はあなた方のお守りが嫌になったんだよ。
白妙がいなくなって困るのはわかるけど、苦情言われても対応しないからね」
 クーデグラの黒い銃身から魔を帯びた気配が立ち上る。
「泣き声あげて、誰かが全部やってくれるのは赤ん坊まで。
何とかしたかったら、自分達でどうぞ」
 ディーザはにっこり笑って引き金を引いた。
 たった一発の銃声がその場に立つ巫女たちの魂を削り、地に平伏させる。
 それでも残った巫女が駆け寄ろうとする。
「白妙様を取り戻せ!」
 しかしその歩みは見えない障壁によって阻まれる。
 夢を渡る途中でも密かに仕掛けられていたエヴァーリーンの鋼糸だ。
「……邪魔しない方がいいわよ……すでに糸は張り終えている……。
蜘蛛の糸に絡め取られて、生きたまま干からびるのは、嫌でしょう……?」
 鋼糸に身体の自由を奪われた巫女が、白妙に向かって叫んだ。
「我等を、民を見捨てなさるのですか!?」
 真帆の作り出す幻惑の桜に守られた白妙が、一瞬悲しげな表情を見せる。
 が、まっすぐ巫女たちを見据えて答えた。
「わかってる。
どんな理由でも、私は民を見捨てる事になるのだから……その咎も、受け入れるわ」
 蒼破で巫女たちと戦っていたジュドーが祭壇の前に立って叫んだ。
「その覚悟があるなら、武人として応えるまで!」
 蒼い刀身に朝焼けの光が宿り、ジュドーが放つ裂帛の気合と共に蒼破は振り下ろされ――。


 斜めに割られた鏡が祭壇から落ちた時、全ての光景が風に舞う花びらさながら儚く消えていった。
 祭殿も巫女たちも、最後に白妙自身だった神木も。
 まだ白妙の傍に残る空間を真帆が維持して、一同は短いが別れを惜しむ時間を持つ事が出来た。
「私、どんな姿になっても、ずっと皆を忘れない。
遠く離れてても、いつでも思ってるから」
 本来の場所へと戻った神力が、白妙の姿を少女から成熟した女性へと変える。
 少し大人びた表情を作り、白妙は微笑んだ。
 その生の行く末には、また新たな悲しみ、苦しみが待つのかもしれないが。
 今はただ、あでやかに微笑んでいる。
「殺してなんてお願い、本当は誰も聞いてくれないと思ってたの。
でも、皆は私を助けてくれた。
……本当にありがとう」
 感謝の言葉を連ねる白妙にエヴァーリーンは視線を外しながら言った。
「別に、善人面する気はないわ。
……ただ、自殺の手伝いを頼まれるほど、安く見られたのが癪に障っただけで……」
 その言葉の裏にある優しさは白妙にも伝わっていた。
 ジュドーも照れ臭そうに言う。
「私もこれが善行だとは思ってはいない。
蒼破で斬るなら、白妙よりも祭壇だ。
そう思っただけだ」
 ディーザも白妙に向かって言葉をかける。
「私たちが手伝えるのはここまで。
ここから先は白妙自身で考え、歩かなきゃいけない」
 手厳しいとも取れる言葉を口にしたディーザだったが、その表情は新しい世界へと向かう白妙を祝福するように柔らかい。
「……頑張って」
 白妙はディーザの言葉に頷いた。
 そんな白妙に真帆がくすりと小さく笑った。
「死ぬのが一番良い事だなんて、間違いだったでしょう?」
「そうね……そう気が付かせてくれたのは、皆……」
 白妙の姿が徐々に薄らいでゆく。
 しかし別離の哀しみはなく、清々しい朝の空気を迎えるような鼓動の高まりだけがある。
「……さよなら。
それとも、おはようって言うのが正しいのかな?」
 そう言って白妙の姿は見えなくなった。


 真帆は消え行く夢の世界から、現実の世界へと抜け出た。
「やっぱりこちら側にも神木がありましたね」
 祭殿と同じような造りの建物の中央、朝日の中細い桜の木が立っている。
 夢の世界と違うのは、呪符ではなく注連縄がそれを縛っていると言う事だけだ。
 白妙である神木は現実の世界にも存在する。
 祭殿から白妙が開放された事で神力の供給は絶たれた。
 が、その力にしがみついていた人間は現実に存在する。
「お前っ、どこから……!?」
 突然神木の前に現れた少女に、祭殿にいた男たちが集まってくる。
 新月の晩、こちら側にも異変が起こっていたのだ。
「遅かれ早かれ、夢は覚めるものですよ皆さん」
 ――どんな理由があるのか知りませんけど、花を咲かせずに縛りつけるなんて許せません。
 ふわりと風に桜の花びらが舞う。
 この場所にはまだ咲いていない、桜が。
「でも現実を見たくないと仰るなら……幻の桜をどうぞ」
 困惑する男たちを真帆の幻惑が包み込み、自ら行動する力を奪った。
 動く人間が居ないのを確認し、真帆は神木へと近寄った。
 注連縄を解いた神木は、朝風に枝を揺らす。
 その枝先には小さな花芽が顔を覗かせていた。
 陽光の中でならすぐにも花を咲かせそうだ。
 ――ここでお花見しても良いですよね、白妙。
    誰を誘おうかな……。
 初めて花を咲かせる白妙桜を想う真帆の髪を、穏やかな春風が撫でていった。


 ――誰かが見ている、その夢が。
    いつも楽しいものとは限らなくて。

 ――私にあなたの見ている夢を変えてしまう力はないけど。
    それでも、何か、私にできる事を。

 ――夢の途中で出会った……あなたに。




(終)


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 6458 / 樋口・真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女 】
【 1149 / ジュドー・リュヴァイン / 女性 / 19歳 / 武士(もののふ) 】
【 2087 / エヴァーリーン / 女性 / 19歳 / 鏖(ジェノサイド)】
【 3482 / ディーザ・カプリオーレ / 女性 / 20歳 / 銃士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
こんにちは、追軌真弓です。
お届けが遅くなりまして申し訳ありませんでした。
神殺しというテーマの『櫻ノ夢』シナリオでしたが、楽しんで頂けましたでしょうか。
今回モチーフにした『白妙』という桜も実際にあります。
目の前に置いて参考にしたのは彼岸桜ですが。
GWも近いのですがまだまだこちらでは桜も見られそうにありません。
真帆様のプレイングには現実世界の描写がありましたので、最後にその件を載せています。
夢渡りという能力は今回のイベントノベルにものすごく合っていましたね〜。
ご意見・ご感想などありましたらブログのメールフォームからお寄せ下さいね。
今回はご参加ありがとうございました。
また機会がありましたら、宜しくお願いします!


【弓曳‐ゆみひき‐】
http://yumihiki.jugem.jp/