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<東京怪談ノベル(シングル)>


ある日曜日

 日曜日は、何だか空気がまったりしているような気がする。
 それでも日曜日が休みではない人も多く、街を歩いているシュライン・エマもその一人だった。
 今日は興信所の仕事ではなく、本業のライターの仕事で、アトラス編集部から頼まれていた怪奇現象地域を取材に行くつもりだ。
「それにしても、今日は暑いわ……」
 汗ばむぐらいの陽気に、手をかざしつつ空を見る。
 何か飲み物でも買って、それをバッグに入れて目的地に向かおうか……そう思っていると、手前にコンビニエンスストアの看板が見えた。丁度いい。シュラインはそこへと誘われたように入っていく。
「いらっしゃいませ」
 雑誌のコーナーを気にせず歩き、飲み物がたくさん入った冷蔵庫へ迷わず進む。今日は何にしようか……お茶の新製品も多いが、やはりミネラルウォーターが飽きなくていいかも知れない。炭酸飲料はぬるくなると美味しくないし、ペットボトルのコーヒーは何となく持て余す。
「やっぱり水が一番よね」
 そんな事を思いながらボトルを取り、ふいとレジへ向かおうとした時だった。
「あら、ナっちゃん王子さん?」
 蒼月亭のマスターのナイトホークが、カップ麺のコーナーで真剣な表情をしている。
 蒼月亭は日曜日が定休日だ。ナイトホークが「休みの日は仕事しない」と言っていたのを聞いたことがあるのだが、まさかこんな所で遭遇するとは。わーっと驚いた気持ちになりつつ、その様子を観察してしまう。
「……焼きそばいいけど、これスープ付いてないんだよな。あー、沖縄そばも美味そうだし、あんかけラーメンとか心惹かれる」
 ぶつぶつと小さく口の中で呟いている言葉も、シュラインにはちゃんと聞こえてしまう。どうやら時間的に昼食のようだが、カップ麺を選ぶのにえらい真剣だ。
「具だくさんのもいいかな……でも、新製品買ってしょっちゅうダマされるからな。ここは定番のカップヌードルか、チキンラーメンで行くか。そういや、チキンラーメン最近食ってないな……」
 どうやら買い物が決まったらしい。ナイトホークはチキンラーメンの袋をカゴに入れた。中には他にもペットボトルのミルクティーや、妙なスナック菓子とかが入っている。
 実はシュラインは、ナイトホークの「休みの日は仕事しない」を冗談かと思って聞いていたのだが、この様子だと本当らしい。ミルクティーだって店で入れれば美味しい物が作れるのに、わざわざペットボトルで買う辺り、仕事に繋がることをする気はないのだろう。
 立ち上がったナイトホークが、シュラインを見つける。
「あれ、シュラインさん。こんにちは」
「こんにちは。何か真剣に選んでたから、つい観察しちゃったわ」
 そう言ってくすっと笑うと、ナイトホークは困ったように苦笑いをした。
「あー、見られてたか。休みの日は仕事しないから、今日はカップ麺食おうと思って。安いし」
「本当にお仕事しないのね」
「うん。俺結構こういうの好きだから、つい。缶詰のコンビーフとか妙に嬉しくて」
 そんな事を言いながら、ナイトホークはシュラインのペットボトルに手を差し出した。それを取ると自分のカゴの中に入れる。
「一緒に払うよ。水ぐらい奢らせて」
「じゃあ、甘えちゃおうかしら」
 くすっと笑って一緒にレジに行く。レジでナイトホークはゴールデンバットを二箱買い、精算をてきぱき済ませた。
「ナっちゃん王子さんは、煙草の銘柄にこだわりがあるのかしら」
「大抵ゴールデンバットか、ピース。昔からあるからなじみいいんだわ」
「マルボロとかは?」
「あれば吸うけど、バット安いしね。両切りだから、吸い方下手だと葉っぱが口に入るし、ロットによって味が違うけど、それが面白いから」
 そんな話をしながらコンビニを出る。そこでナイトホークは袋から水を出し、シュラインに渡した。
「はい。別に袋もらった方が良かったかな」
「ううん、バッグに入れちゃうから大丈夫よ。ナっちゃん王子さんは、すぐ帰るのかしら……だったら途中まで同じだから、一緒に行きましょ」
 なんとなくまったりとした日差しの中を、ぶらぶら歩く。
 いつも人が多い住宅街も、今日は人気がない。そんな中、何気ない話をしながら歩くのは、いつもと違ってのんびりした感じだ。
「シュラインさんは、休みの日でもちゃんと料理してそうだな」
「お料理とか好きだから、色々作りたくなっちゃうのよね。旬の果物見ると、果実酒とかジャムとか作ることもあるし」
「果実酒はいいな。俺も作ろうかとは思ってるんだけど、休みの日になるとだらだらしてダメだ」
「ふふふっ」
 何となくその様子が目に浮かぶ。果実酒ならシュラインが作った物が色々あるし、それを今度機会があったら持っていこうか。そんな事を思いながら歩いていたときだった。
 目の前にがらんとした空き地が見える。そこはマンション建設のために開けられた一区画なのだが、有刺鉄線が張られた私有地になっている。
 そこは、シュラインが取材するようアトラスで頼まれていた、怪奇現象が起こると言われている場所なのだが、何だか空気がおかしい。鳥肌が立つような緊張感と、嫌な雰囲気が辺りに満ちあふれている。
「何だ、ここ?」
 ナイトホークもそれに気付いたらしい。それにシュラインはアトラスで聞いた説明をし始めた。
 ……ここは、ある不動産業者がマンション建設のために周囲を買い取った場所だ。
 だが、建設が始まっていないのには訳がある。それはここで作業をしようとしたり、子供達が入り込んで遊ぼうとすると、ケガをしたり何者かに襲われたりするかららしい。なので今は立ち入れないように、有刺鉄線が張ってある。
「ああ、俺もその話聞いたことがあるな。でも、別に俺達入ろうとしてないぞ」
「私が調べようとしてるからなのかしら」
 そう言った瞬間……。
 ざわっと風が鳴った。それと共に胴体の長い犬のような獣が二人に向かって襲いかかる。
「………!」
 思わず身構えたシュラインの前にナイトホークが立ちはだかり、コンビニの袋でそれを叩き落とした。
 休みの日に何て素敵な冗談だ。
 だが、ここにこのままいると一緒に襲われてしまう。相手の力は分からないし、自分の力で太刀打ちできるか謎だが、シュラインにケガをさせる訳にはいかない……。
「………」
 獣はもう一度距離を取り、二人を見据えている。
「ナっちゃん王子さん?」
 その声をナイトホークは聞いていないようだった。
 いつもと何だか様子が違う。目は据わっているし、返事もない。そのままナイトホークはコンビニ袋を持ったまま、有刺鉄線の張ってある方へと向かっていく。
 それは戦いの無意識な本能的行動だった。
 調べられるのは嫌だ。だが、この地に入られるのはもっと嫌だ。だとしたら入っていった方を優先的に狙うはずだ。支柱を足場に中に飛び込み、獣をおびき寄せる。
「グルルルルル……」
 今までシュラインの方を見ていた獣が、ナイトホークを見た。そしてそっちに飛びかかろうとする。
 ニヤッ。
 ナイトホークが笑った。腕を大きく上げ、遠心力でコンビニ袋を獣の顔めがけ振り下ろす。それはガサッという音を立て、獣の鼻面を叩きつけた。
「ナっちゃん王子さん、気をつけて!」
 どうしようか。ここで怪奇現象が起こることは知っていたが、こんな化け物が潜んでいるとは思わなかった。自分に出来るのは、獣だけが嫌がる音を出し妨害するぐらいだ。
 シュラインが高周波の音を出すと、獣の動きが一瞬止まる。
 それと同時にナイトホークが飛び込む……。
「………っ!」
 思い切り踏み込み、ナイトホークがもう一度コンビニ袋で殴ろうとしたときだった。
 その足下からパキッという乾いた音がし、その瞬間獣は何処か遠くを見る。
「ワオーン」
 ナイトホークに向かっていくはずの獣は、そのまま空へと消えていった。振り下ろしたコンビニ袋が虚しく宙を切る。
「………」
 今までが嘘のような静寂。
 スズメがちゅんちゅんと鳴き、またまったりとした空気が戻ってくる。
「ナっちゃん王子……さん?」
 獣がいなくなったのを見て、シュラインもそっと空き地の中へと入り込んだ。ナイトホークはそのど真ん中で立ちつくし、辺りをきょろきょろしている。
「何で俺、こんな所にいますか……つか、もしかしてまたキレたーっ!」
「ねえ、ナっちゃん王子さん何か踏んだわよね。足下見せてくれるかしら」
 そっと足をどけると、そこにあったのは呪のような物が書かれた竹筒だった。だがナイトホークが思い切り踏んだせいで、見事に割れている。
「もしかしたら、さっきのは犬神だったのかしら」
 犬の魂を管に封じ、それを使役する術。きっとさっきの犬神は『この地を守れ』と命令されていたのだろう。その術が物理的に破られてしまい、術者がどうなるかは分からないが。
 シュラインはそれをそっとハンカチで包む。これでここに怪奇現象が起こらなくなれば、それで良いだろう。取材をするにもこれがあれば充分証拠になる。少し安心して溜息をつくと、横にいたナイトホークがコンビニ袋を見て叫んだ。
「うわっ、中身が無茶苦茶に……卵のパック持って振り回すアホな子供か、俺は」
 コンビニ袋の中は大変な惨状だった。袋も破れているし、中に入っていたスナック菓子やチキンラーメン、煙草が散乱している。
 無理もない。あれだけ振り回して暴れたのだから。
 その中身を横から覗き、シュラインは何故かもんじゃ焼きを連想していた。バラバラになったチキンラーメンのせいかもしれない。
「ねえ、ナっちゃん王子さん。もしお時間あるなら、お礼とお詫びにお昼奢るから、もんじゃ焼き食べに行かない?」

 店の中にはソースと出汁の良い香りが漂っていた。
 シュラインはコテを使いキャベツを刻んだり、土手に汁を流し込んだりしながら手際よくもんじゃ焼きを焼いていく。
「もんじゃ焼き久しぶりだ。一人だと食いに来ないんだよな」
「こういうのは一人より二人の方が美味しいわよね」
「食うときは箸よりヘラの方が美味いよな」
 焼きたてをはふはふと口に入れ、烏龍茶やビールで口を冷やす。キャベツの甘味とソースのうまみがたまらない。そうやってヘラでもんじゃ焼きを食べながら、シュラインはナイトホークを見てこう聞いた。
「ねえ、さっきの『またキレた』って何なのかしら。よければ教えてくれない?」
 あの時のナイトホークは変だった。自分の声も聞かず、敵に向かっていったあの姿。
 ナイトホークはもんじゃ焼きを真ん中に寄せながら、こう答える。
「ああ、アレね……俺、どうやら自分の力で対処できないと思うと、キレて何やってるか分からなくなるんだよな。まさかコンビニ袋振り回して暴れるとは思わんかった」
 隠しておいてもいいのかも知れないが、ここは正直に言った方がいいだろう。見られてしまった物をごまかすのも何だし、そこまで上手く隠し通せる気はしない。
 だがシュラインはふーんとそれに頷き、烏龍茶を飲む。
「自分の力でどうしようも出来ないって事は、台風や地震に対してもキレたりするのかしら」
「それができたら予言者になってるな。残念ながら俺に対して向けられる気ぐらいにしか反応できないんだ。まあ、俺じゃ対処できない相手は店にたくさん来るから、いちいちキレてたら商売にならないし」
 なるほど。
 自分を超越する力に対し天災の様に認識出来るのなら、スイッチに誤認出来ないかなと思ったのだがそう上手くも行かないらしい。ナイトホークの話では、戦闘訓練をしてもらう相手が自分の力を遙かに超えていると、そのうち勝手にキレているということなので、何だか難儀な能力のようだ。
「まあ普通に店やってるだけなら、困ることはないよ」
「そうね……」
 それでもシュラインは思っていた。
 ナイトホークの背景に関して詮索しないとは言ったものの、何か調べてる事があるように感じる事がある。それは今まで話をしたり事件に関わったりした中で、見聞きしたものからなのだが、ナイトホークは色々と考えたりしていることがあるのではないだろうか……。
「ねえ、何か困ってることがあったら言ってね。興味あるジャンルの情報入った時とか、そっちに回すから」
 一瞬ナイトホークが目を丸くした。
 やっぱり自分は隠し事が下手らしい。それでもそれを悟ってくれて、協力しようとしている人がいるのはやはり何年生きていても嬉しいものだ。
 闇を飛ぶのは辛い。
 でも、何処か遠くで光を放って場所を知らせてくれる人がいる。くすっと笑い、ヘラを口に運ぶ。
「そうするよ。困ったときは相談する」
「作家の足と根気で下調べするし、意外な情報を持ってる人もいるから、あれば言ってね」
 鉄板の上のもんじゃ焼きはほとんどなくなっていた。お互いそれを一生懸命剥がし、口に運びながら壁に貼られたメニューを見る。
「すき焼きもんじゃって美味しいのかしら……」
「俺はめんたい餅食いたい。あと、このデザートもんじゃってどうなんだろう」
「それは甘いから、ナっちゃん王子さん苦手じゃないかしら。追加頼む?」
「シュラインさんに任せる。奢りだし」
 今はこうやって二人で鉄板を囲むぐらいでいいだろう。いざというときなど、来ない方が良いのだから。
 最後のもんじゃをヘラで食べ、ビールを飲むナイトホークに微笑みながら、シュラインは手を上げて店員に声を掛けた。
「すいませーん、すき焼きとめんたい餅もんじゃ一つずつお願いします」

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
コンビニでカップ麺物色や、途中でトラブルに巻き込まれたり、一緒にもんじゃ焼きを食べたりと、盛りだくさんの内容を書かせて頂きました。
トラブルの辺りはお任せでしたので、封じられた犬神と言うことになってます。コンビニ袋を振り回すナイトホークは何か想像すると妙です。
もう一年ぐらいのお付き合いで、色々知られていることも多いので、少しだけキレる話などにも触れさせて頂いてます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。