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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ゴーゴーゴールド


 シリューナ・リュクテイアは、整理をしていた。魔法薬屋を営んでいる為か、魔法道具の類も自然と集まってくる。それらの殆どは消耗品であり、何度か使うと魔法道具としての役目を終えるのである。
 消耗して使い物にならなくなった魔法道具達は、自室に置かれていた。箱を用意し、使い終えたらその中に入れる。ただ、それだけだった。その内に整理しよう、と決めておいて。
 シリューナは箱の中でも腕輪ばかり入っているものを選び、整理していた。どれも魔力が既に切れており、せいぜいあっても残りかす程度。それくらいでは魔法が発動する事はない。
 また、そういった魔力を失った腕輪は、どこか欠けていたり豪快に壊れていたりしており、装飾品としても使えそうにもない。シリューナはそれらをぽいぽいと用意していた袋の中へ、無造作に入れていく。近い内にごみの日にでも出さなければならない。
「あ」
 ぴたり、とシリューナの手が止まった。ごみの日行きの袋に入れる前に、気付いたのだ。
 それは、金色の腕輪。
 他のものと違って欠けたり壊れたりもしていない。よく見れば小さなひびが入っているところがあるものの、かろうじて腕輪としての機能を失っては居ない。
「あと、一回くらいか」
 魔法道具として使える回数を、シリューナは見極める。今確認できているだけの日々ならば、あと一回使うくらいならば耐えうることができるはずだ。
 シリューナは腕輪にそっと手をかざす。魔力をじっくりと込めると、あっという間に魔法道具としての腕輪が復活した。一回きりではあるが。
「このまま処分したら、勿体無いな」
 シリューナは呟く。一回きりしか使えぬのならば、使ってしまえばいい。ただし、大事な一回なのだから使いどころは大切にしたい。
 そう、例えば……。
「お姉さま、いらっしゃるんですかー?」
 声がした方を見、シリューナはそっと微笑む。何かを企んでいるような笑みと言ってもいい。現に企んでいるのだから。
「……可愛いオブジェがいい」
 シリューナは小さく言うと、腕輪を掴んで声のするほうへと向かっていく。
「あ、お姉さま。やっぱりいらっしゃったんですね!」
 嬉しそうにそう言うのは、ファルス・ティレイラだ。シリューナが「元気だな」と声をかけると、ティレイラは嬉しそうに「はいっ」と返事する。
「元気なのも、取り柄なんですよ」
「も?」
「はい。他にもいっぱい、取り柄があるんですけどね」
 ティレイラはそう言い、ぐっと拳を握り締めた。元気さをアピールしているようだ。シリューナはくすくすと笑い、そっとティレイラの頬に触れる。
「お姉さま……?」
「そんなティレに、今日はプレゼントがあるんだ」
「え、何ですか?」
 ティレイラは一瞬びくりと体を震わせる。今まで、たくさんの「プレゼント」をシリューナから貰っている。その為、シリューナからのプレゼントというものに対し、疑いをかけてしまう。ほぼ反射的に。
「今度は何ですか? 石像ですか、氷像ですか」
 過去に受けた呪術を挙げていく。シリューナはそっと微笑みながら、ゆっくりと首を横に振った。
「今回は違う」
「本当ですか?」
「ああ。……ほら」
 シリューナはそう言い、ティレイラに先程の腕輪を差し出す。金色の腕輪は、光を受けて柔らかく光っている。
「綺麗」
 ティレイラはそう言い、腕輪を手にする。
「気に入ったか?」
「はいっ! ありがとうございます」
「それは良かった」
 にこっと微笑むシリューナに、ティレイラは「あ」と言いながらうつむく。
「どうしたんだ? ティレ」
「お姉さま……私、疑ったりしてごめんなさい」
 腕輪を手にしながら、ティレイラは頭を下げる。シリューナは微笑み「いいんだ」と答える。
「それよりも、つけてみてくれないか?」
「はいっ」
 シリューナの言葉に元気よく答え、腕輪をそっと手首にくぐらせた。
 その瞬間、金色の腕輪はまばゆいばかりに光を放った。きらきら、というよりもぎらぎらとした光を。黄金の光が部屋いっぱいに広がり、ティレイラを包み込んでしまった。
「きゃっ!」
 ティレイラの叫び声は、光の中で一瞬だけ聴こえた。それを聞き、シリューナは光に向かって叫ぶ。
「ティレ、笑え! こういう時は、笑うのが定石だ!」
「何処の国の定石ですかー!」
 ティレイラは突っ込みつつも「あははー」と笑った。師匠であるシリューナの言う事なのだ。きっと笑う事が何らかの打開策になるはずだと信じて。
「……上出来」
 ようやく光がおさまった部屋の中、シリューナはにっこりと微笑んだ。
 彼女の目の前には、金色に輝く像、もといティレイラの像が佇んでいた。シリューナの言いつけ通り、楽しそうに笑っている。
 シリューナはティレイラの像にそっと触れる。つややかな触感は、金そのものだ。きらきらと輝くそのボディは、手首にくぐらせている腕輪と同じ色である。
「石でも、氷でもなかっただろう?」
 聞こえているのかいないのかは分からないが、シリューナはティレイラに話しかける。確かに、今まで経験してきた(またはさせられてきた)石像やら氷像やらとは違うとはいえ、かなり近しいものがあるような気がする。言葉のマジックだ。
「やっぱり、あのまま処分してしまわなくて良かった。お陰で、こんなに綺麗で可愛い彫像ができた」
 シリューナはそう言い、金の像となったティレイラのまわりをゆっくりと回る。光の中でシリューナに言われて必死で笑った顔、ふわりと風になびいた髪、戸惑いを隠せないポーズ。どれもがきらきらした金で出来ており、またティレイラの持つ可愛らしさを十分に引き出している。
「それにしても、こんなに綺麗にできるとは」
 頻繁に使った記憶はあまりない。だが、確かに自室に存在した金の腕輪。
 いや、金にする腕輪。
(こんな風になるのなら、一度といわず何度か試してみたかった)
 シリューナは苦笑をもらし、近くに置いていた椅子をティレイラの前に置く。続けて台所から熱い紅茶の入ったティポットと美しい柄のティカップを持ってくる。砂時計も忘れずに。ついでに茶菓子としてクッキーも用意する。
 紅茶が程よく色づいたのを見計らい、ティカップに注ぎいれる。ふわ、と白い湯気が立ち昇る。
 シリューナは紅茶を入れ終え、椅子に座る。相変わらず、ティレイラは金の像のままだ。
「可愛い」
 そっと微笑み、紅茶を口へと運ぶ。湯気が紅茶の良い香りを運び、味覚と同時に嗅覚をも楽しませる。勿論、目の前にあるティレイラの姿も紅茶の美味しさを際立たせている一つだ。
 視覚、味覚、嗅覚。
 今シリューナが堪能するそれらは、何事にも変えがたい素晴らしいものだ。別に、像と化していないティレイラが可愛くない訳ではない。ただ、こうして金の像になってしまったティレイラが可愛くて仕方が無いだけだ。
「もう少しで、解けてしまうだろうな」
 ティレイラがしている腕輪にぴしぴしとひびが入っていっているのを見、シリューナは呟いた。
 だから、あともう少しだけ。あともう少しだけ、堪能する。
 シリューナは微笑み、今一度紅茶を口にした。


 シリューナが紅茶を飲み終えた頃、ぱきん、という腕輪が割れる音と共にティレイラの体が元に戻った。ティレイラは「きゃっ」という小さな叫び声を上げ、続いてシリューナの方を見る。
「ひどいです、お姉さま! 今回は、像とかじゃないって言ったじゃないですか」
「今回は、石や氷じゃないと言っただけだ。誰が像ではないと言ったんだ?」
 シリューナの言葉に、ティレイラはうっと言葉を詰まらせる。シリューナはくすくすと笑いながら、ティポットを掲げる。
「お詫びにでも、飲むか?」
「あ、はい! いただきますっ」
 軽く怒っていたはずのティレイラが、あっという間に顔を綻ばせた。思わずつられてシリューナの顔も綻ぶ。
「あ、クッキー! お姉さま、これもいただいて良いんですか?」
 椅子に座りながら問いかけるティレイラに、シリューナは「ああ」と頷く。こぽこぽと、熱い紅茶がティカップに注がれていく。
「あ、そうだ」
 ティレイラはそういうと、座った椅子から立ち上がって床にしゃがみこむ。
「どうしたんだ?」
「せっかく、お姉さまからいただいたんだもの」
 ティレイラがそう言いながら手にしたのは、割れた腕輪だった。既に魔法道具としての力を失い、更には真っ二つに割れてしまって腕輪としての機能も失ってしまっている。
「そんなものがいるのか?」
「はいっ、いただきましたから」
 笑いながらそう言うティレイラに、シリューナは「そうか」と言いながら割れた片方の腕輪を手にする。
「ならば、私も記念として持っておこう」
(可愛らしい金の像を堪能した記念に)
 シリューナの言葉に、ティレイラは「おそろいですね」と嬉しそうに言った。シリューナは頷き、ティレイラにティカップを手渡した。
 ティレイラはティカップを受け取り、クッキーに手を伸ばした。
「おいしいですっ」
 心底おいしそうに食べるティレイラに、シリューナは「そうか」と答えて自らもクッキーに手を伸ばした。ほろ、と甘い味が広がる。
「お姉さま、もう腕輪を使って金の像になんてしないでくださいね?」
 上目遣いで言うティレイラに、シリューナは「何故?」と逆に尋ねる。
「だって、すごくびっくりしたんですよ」
「でも、ちゃんと笑っていた」
「お姉さまが笑えっておっしゃるからじゃないですかっ」
 ぷう、と膨れるティレイラに、シリューナは「分かった」と頷く。
「本当ですか?」
「ああ」
「約束ですよ」
「勿論だ」
 シリューナの答えに、ティレイラはにっこりと笑った。一安心したらしく、ほっとした表情で紅茶に口をつけた。シリューナはそんなティレイラを見、ぼそりと付け加える。
「とりあえず、金の腕輪を使った像は、な」
「え?」
「なんでもない」
 不思議そうなティレイラに、シリューナは微笑を返す。ティレイラは「まいっか」と再びクッキーと紅茶にいそしみ始めた。
 シリューナは金の腕輪の欠片にそっと触れる。既に魔法道具としても腕輪としても機能を失ったものだが、美しい記念品にはなった。
 ティレイラが綺麗で可愛らしい彫像になった、その記念品。同時にそれは、また別の形であの姿のティレイラを堪能しようという、決意の象徴でもあるのだった。


<きらりと金色に光を反射し・了>