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<東京怪談ノベル(シングル)>


運命の決意

「今日のチーズケーキは、なかなか上出来ー♪」
 鍋つかみを手にはめながら、自宅の台所で立花 香里亜(たちばな・かりあ)はオーブンの中を覗き込んでいた。
 今日は日曜日で仕事は休みだが、今日は特に買い物に行く用事もない。なので今日は店に出すケーキでも焼こうかと、昼を少し過ぎた辺りからずっと台所に立っている。チーズケーキは材料を混ぜて焼くだけだし、もう一つ作ったリンゴと紅茶ののパウンドケーキもなかなか美味しそうだ。これなら店に自信を持って出せる。
「後は明日まで落ち着かせて……これからどうしようかな」
 夕飯の材料など足りない物もないし、洗濯も掃除もしたので取りあえず家事に関してはやることがないし、昼寝してしまうにはもったいない天気だ。かといってぱっとやりたいこともない。
「今の時間のテレビって、面白いのやってないし」
 そう言いながら、香里亜が溜息をついたときだった。
「こ、こんにちはですぅ……」
 おどおどと怯えた表情で、ふすまの影からファム・ファムが現れた。緑のふわふわとした髪に、大きな瞳。だが前に『神の子事件』の話をしたせいなのか、今日は何となく上目遣いでそーっと居間に入ってくる。
「いらっしゃい、ファムちゃん」
 そんなファムに、香里亜は笑顔を見せた。
 その話をしたときに「一緒に地球人の運命を守りましょう」とは言ったが、香里亜からファムを呼ぶことは出来ない。あのままファムが来なかったら、永遠のお別れになってしまうのではないだろうかと不安だったのだ。
「今日はどうしました?」
「あ、あのー……」
 実はファムも不安で一杯だった。
 前に香里亜に『神の子事件』の真相を話し、それを聞いても優しくしてくれた。だが、時間が空いてしまって、その間に気が変わったりして拒絶や嫌悪を示されたらどうしようかと思い、どうしてもどもってしまう。
「大丈夫ですよ、ファムちゃん」
 香里亜がいつものように頭を撫でようとしても、ファムはびくっと緊張する。
 仕方がない。運命を守るためのお願いをたくさんの人に目撃され、それによって大きく運命が変わることを恐れているのだろう。それでも香里亜は、ファムのお願いを聞くつもりだ。
「お、お願いがあるんですけど、聞いていただけますか?」
「はい、もちろんですよ」
 にこっと笑い香里亜が承諾すると、ファムはやっと少し安心したようだった。そして少し溜息をつき、どこからともなく手に握れるぐらいの透明な球を出し、香里亜に渡す。
「香里亜さんには山手線に乗って頂いて、それに霊力を注ぎ続けてぐるっと一周して欲しいのですぅ。その球は霊力を注ぐと光るので、出来ればポケットなどに入れて頂いて」
 それは何だかパワーストーンの店で売っている水晶球のような感じだが、触った感触は自分が知っているどれとも違うような気がする。その球を手で持ち光にかざしたりしながら、香里亜はファムにこんな事を聞いた。
「なるべく体に近い方が良さそうですから、ポケットに入れますね。で、この球は何に使うのでしょう?」
「それは秘密なのです」
 理由はどうやら教えてもらえないようだが、まあいいだろう。どうせ今日は予定もなかったし、山手線一周の旅も楽しそうだ。こんな時じゃないと、一周してみる機会もない。
「じゃあ、一緒にお出かけしましょう。今日は天気も良いですから、お出かけ日和ですよ」

 山手線は土曜休日には、三分間隔で列車が到着する。一周二十九駅、所要時間は約一時間ほどだ。
「何かワクワクしますね」
 列車を待ちながら小さく呟くが、ファムは落ち着かないように辺りをきょろきょろしている。
 休日の昼下がりのせいか、列車は思ったほど混んではいなかった。だが、それでもファムは不安げに香里亜の頭の上で浮かんでいる。
 何となく時計回りに進んだ方が良いような気がして、香里亜は外回りの列車に乗り、空いている席に座る。
「よし、じゃあ始めますね」
 発車を告げる笛が鳴る。ドアが閉まるのを合図に、香里亜はそっとポケットに手を入れ自分の霊力を注ぎ込んだ。あまり力を使うことに関しては自信がないのだが、右手から球に力が流れ込むようにイメージする。そっとスカートのポケットを除くと、淡く光っているのでこれで大丈夫なのだろう。
「はわっ、ポケットから出しちゃダメなのですぅ」
「ちらっと確認しただけだから、大丈夫ですよ。もう出しませんから」
 そうは言われたものの、ファムは不安で一杯だった。
 香里亜とこれからも一緒に仕事したい気持ちと、それとは裏腹に誰かにこの事を知られてしまい『神の子事件の再来』を引き起こしたらどうしようかという気持ち。自分を信じてくれたからこそ、その運命を狂わせるようなことはしたくない。
 列車は走っては駅に止まり、ほぼ休みなく乗り継ぎや乗り換えのアナウンスが流されている。たくさんの人が乗り降りするので、ずっと同じ場所にいるのは香里亜ぐらいだ。
「よく見ると、結構乗り降り激しいんですね……」
 そう呟いた香里亜の言葉に、ファムは返事をしない。その代わりに口の前で×を作り、「今は喋らない」という合図をしている。
 それに苦笑していると、列車は巣鴨駅に止まった。
 ここは「おばあちゃんの原宿」と呼ばれるぐらいで、とげ抜き地蔵からの帰りらしい高齢者が次々と乗ってくる。
「あ、ここどうぞ。座って下さい」
 ずっと乗っているからといって、若い自分が座っているのは良くない。香里亜はすかさず杖を突いたおばあちゃんの手を取った。
「あら、すいませんねぇ」
「いえいえ、どうぞどうぞ」
 そう話しながらも球に霊力を注ぐイメージは忘れない。手で触れていなくても、自分の体から自然に流れていくように、そんな感じで力を注ぎ込んでいく。
 香里亜が席を譲ったのを見て、近くにいた青年もぶっきらぼうに席を譲った。それが何だか嬉しくて、香里亜は小さな声でファムに呟く。
「いいことをすると天に宝を積むっていうんですよ。こういうのも列車ならではですよね」
 するとファムがこう返してきた。
「あたしの姿は他人に見えないから、話しかけちゃダメなのですぅ」
「特別な事はしてないから、皆さんにバレる事ないですよ。大丈夫です」
「………」
 やっぱりまだ不安で一杯なのか。
 座席があるところでは、きっとファムは話をしてくれないだろう。香里亜は人が少ない列車の連結部分へ歩いていく。人が自分達を見ていないのを確かめ、香里亜はファムをそっと抱きしめた。
「本当に大丈夫ですよ。現代の日本人は、宗教に結び付けて考えませんから」
「で、でも……」
「日本には八百万(やおよろず)も神様がいるって言われてるんですよ。だから、色んなことが起こっても、たくさんの神様の一つで、クリスマスはプレゼント交換して、除夜の鐘ついて、神社にお詣りしちゃうんです」
 これでファムの心配が全て無くなるとは思っていない。
 だが、香里亜は『彼』とは違う。大人しく磔になる気はないし、きっと手品だとか言いながらごまかしてすり抜けるだろう。
「だから、何て言ったらいいのかな……」
 上手く言葉が出ない。
 自分が死ぬことで、悲しむ人を作りたくない。だったら足掻いてでも生きる方を選ぶ。まだやりたいことはたくさんあるし、もしかしたらこれから身長が二十センチぐらい伸びるかも知れない……いや、それはちょっと夢見過ぎか。
 とにかく。
 香里亜はまだファムと一緒に「運命を守る仕事」がしたい。その為にここでお別れなどしたくない。
 抱っこするようにファムを抱きしめながら、香里亜はゆっくりとこう言った。
「私は、ファムちゃんを悲しませるようなことはしませんよ。みんなの運命だけじゃなくて、私も私の運命や、ファムちゃんの運命を守りたいんです……だから、私を信用して下さい」
 運命に立ち向かい、それを守る。誰も悲しませない。誰の涙も見たくない。
 それは強い決意の言葉。
「そうですね……『お友達』を信用します」
 やっとファムが明るい声でこう言った。
 まだ『神の子事件』のことは怖いし、もし香里亜を巻き込んでしまったらと考えるだけでも泣きそうになる。だが、ここで香里亜を信用しなければ、きっともう一緒に仕事は出来ない。
 大丈夫。そう言っているのだから、それを信じよう。香里亜が自分を信じてくれているのだから……。
 列車が駅に着き、また人が入れ替わり始めた。ファムはふわっと香里亜の手を離れ頭上に浮かぶ。
「何だか混んできたのですぅ」
「上野から御徒町(おかちまち)、秋葉原と続きますから、ここからしばらく混み混みですよ」
 その後も神田、東京、有楽町と、私鉄や地下鉄との乗換駅が続く。
 何だか人が増えてきたので、小柄な香里亜は手すりにつかまるように小さくなっている。ちゃんと力が注げているか心配だが、ポケットの上からでもちゃんと球の感触が分かるから、きっと大丈夫だろう。
「でも、ちょっと体ずらしたいかな……」
 そう思いながらふと辺りを見る。すると近くにいた制服姿の女子高生が、俯きながら小さく震えているのが見えた。そっと目をこらすと、その後ろにいる中年男性が何かしているようにも見える。
「痴漢?」
「そうみたいなのですぅ。どうしましょう」
 もちろんこのまま放っておく気はない。電車の揺れに合わせるようにジリジリと女子高生に近づき、バランスを崩した振りをしてその後ろに回り込んだ。
「すいません、よろけちゃって……」
 そう言いながら、香里亜は女子高生を痴漢から引き離した。さて、どう出るだろう……このまま引っかかってくれればいいのだが。香里亜はパーカーのポケットに刺していたボールペンをそっと握った。
 そっと後ろから香里亜のお尻に手が当たった。そのまま撫でるように手が動く。
「ひーっ」
 鳥肌が立つほど嫌気がするが、相手を確かめ香里亜は持っていたボールペンをその手に向かって突き刺した。
「つっ……!」
「この人痴漢です!今、私のお尻触りました」
 ざわっ……と辺りがざわめいた。くるっと振り返る香里亜に、男はどもりながらも反論する。
「し、証拠があるのか。自意識過剰なんだよ」
「じゃあ、何で痛そうにしてるんですか?」
 痴漢にあったときはボールペンなどで手を刺せと言われたことがあったのだが、まさかここで使うとは思わなかった。じっと睨む香里亜の上で、ファムはびしっと人差し指を突きつけている。
「この人は冤罪じゃないのですぅ」
「その人……さっき、私も触られました」
 おずおずと女子高生がこう言った。すると近くにいたスーツの男性が、その男の腕を掴む。
「ち、違……っ」
「次の駅で話をしようか。どちらか降りて説明してもらえるか?逃げられたら困るから、一緒についていこう」
「私が行きます……私、この人に助けてもらったんです」
 列車が減速する。スーツの男性は男の腕を掴んだまま外へと引っ張っていき、女子高生は降り際香里亜に頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「いえ、捕まって良かったです」
 列車のドアが閉まりホームが遠ざかっていくのを、香里亜は手を振りながらずっと見ていた。

「一時間程度でしたけど、何だか大冒険しました」
 元の駅に戻りしばらく歩いて人気が少なくなったところで、香里亜はポケットから球を取りファムに渡した。渡されたときは透明だっのだが、今はほのかに光を放っている。
「はい、これで良いですか?」
「ありがとうなのです。充分霊力が入ってます……今日はお疲れ様でしたぁ」
 確かに色々あった。席を譲ったり、それが他の誰かに繋がったり、痴漢を撃退したり。少し充実感を感じながら、香里亜はにこっと笑った。何に使うかは分からないが、ファムならきっと運命を守るために使ってくれるだろう。自分の力がその手伝いになるのなら、こんなに嬉しいことはない。
 ファムはその球を両手でそっと包み込んだ。
「これで運命を守ってみせますから」
 それは今まで泣いていたり、怯えていたファムではなかった。
 運命を守るためには、強さと決意が必要だ。香里亜は「私を信用して下さい」と言ってくれた。その言葉に応えるためには、いつまでも泣いている訳にはいかない。
 地球の運命を。人類の運命を。
 そして香里亜の運命を守る……一緒なら、きっとそれも出来るだろう。
「はい、頑張りましょうね」
「お礼は次の機会にまとめますね〜。思えばひな人形の時も、湿布しか貼らなかったのですぅ」
「いえいえ、気にしなくてもいいですよ」
 そう言ったところで、香里亜は何か忘れていることに気が付いた。確かファムに関わったことで、やっておかなければならなかったことが……。
「あっ!思い出しました。ファムちゃんに回収してもらいたい物がありました。あの、私が買っちゃったエッチなマンガ、持って行っちゃって下さい」
 それは痴漢冤罪をかけられる誰かを助けるため、ファムに頼まれて買った本だ。いまだに置き場所に困っているし、しかも一度人に見られてしまって、何とかごまかした苦い思い出がある。
 古本屋にも売れないし、どうしようかと困っているので出来れば回収していって欲しい。
 だが、ファムはくりっと首をかしげ、何事もないようにこう言い、空へと去っていく。
「あ、あれは記念に差し上げますぅ〜では、また次の機会にお会いしましょー」
「え……ええーっ」
 記念などと言われてしまっては、ますます処分できない。呆然と香里亜はファムが消えた空を口を半開きにして見上げてしまう。
「記念……ですか。あうぅ、捨てられなくなっちゃったじゃないですか」
 家に帰ったら、まずあの本の隠し場所を考えよう。雑誌の中は見つかってしまったから、今度はタンスの奥にでも。
 そんな事を思いながら、香里亜は家へと帰る道を走り出した。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
まだ『神の子事件』に怯えつつも、運命を守るために香里亜の所にやってきて一緒に山手線一周ということで、こんな話を書かせていただきました。
一緒に運命を守りたいという二人の決意が出ているといいなと思っています。山手線一周は楽しそうですね…小旅行みたいな感じですが、その間にも色々出会ってます。そして例の本をもらってしまって途方に暮れてます。
タンスとか本棚の奥にしまうのかも知れません。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。