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<PCゲームノベル・櫻ノ夢2007>


宴の後のお約束?


「はわ〜……とっても、ごちゃごちゃになっちゃってるんです……」
 ぽつん、と佇んだ純白の少女は、目の前の半ば『惨状』とも言える状況に、目を丸くした。
 数々の宴が繰り広げられた櫻の世界。
 様々な出来事が短い間に起こり、人々の想いが交錯した場所は――よくあるお花見完了後の状態に陥っている。
 つまりは……散らかっているのだ。
 それはもう、色々なものがあちらこちらに名残だか痕跡だか分からない感じにごろごろと。
「これは……ちゃんとかたしてあげないと、櫻の巫女さん……困っちゃうんです……よね?」
 ふーむと小首を傾げ、少女はどうしようかな、と周囲をマジマジと見渡す。
 空っぽになったペットボトルや、お菓子の包み紙のようなものは拾えばいいだろう。
 でも、あそこにあるぐにゃりと形さえ覚束ないものは何だろう?
 さらにはあちらには、ポウっと柔らかい光を宿した球体のようなものも転がっている。
 ずーっと遠くに目をやれば、その場に似つかわしくない巨大な獣が闊歩する姿もあったり。
「……なんだか、何がおっこちてるかわかんない、なんですね」
 それもそのはず。
 ここは夢の世界。
 さらには種々の宴が催された後。
 ならば、忘れ物や落し物、置いていかれたものや、残ってしまったものは――それこそここを訪れた人の数に相応しい種類や形――中には形を成さない感情のようなものもあるだろう――があって然り。
「んんん、見ててもはじまらないんですっ。がんばっちゃいましょう!」
 真っ白なワンピースの裾を翻し、ついでにグイっと袖を肩のあたりまで捲り上げて少女は駆け出した。
 宴の後のお約束。
 それは後片付け。
 どんなものが転がっているかは分からないけれど、一緒に来年のための準備をしてみませんか?
 もちろん、拾ったものの処遇はお任せです。

★お掃除を始めましょう。

「あれ? 今、アッシュちゃんがいたような……気のせいだったかしら?」
 惨状、と言えば確かに惨状。
 しかし頭上にはちらりほらりと散り始め、終わりの時が近い――それは即ち美しさの極限状態にあるということ――櫻たち。
 相容れないはずの2種の光景が入り混じる、ある意味では壮絶な『絶景』を前に、シュライン・エマは、微かに残る見知った気配に首を傾げた。
 だがしかし、ちょっと物思いに耽る彼女の仕草も、隣に立つ男には『空とぼけ』風情にうつったらしい。
「なぁ……掃除といったらやっぱり」
「零ちゃんよね」
「だよな。うちの興信所の常識的にもそうだよな」
「そうよね。だーれも武彦さんにお掃除能力期待する人なんかいないわよね」
「だ・よ・な。若干切なくなるような気がしないでもないが、俺は散らかす担当でいいと思ってるわけだから、細かいとこは気にしない方針で」
「駄目じゃない。そんな風だから武彦さんが歩いた後には吸殻の山で道ができる、なんて言われるのよ」
「……初耳だ」
「初めて言ったもの」
「…………………………と、とにかくだな! 夢とは言え、なんで掃除に俺が借り出されたのかと問いたいわけだ!」
 舌戦で男が女に勝てるのは非常に稀なこと――というのは、古今東西世の倣い。それが財布の紐を握るものと握られるものであったなら、勝敗は始める前から明らかだ。
 そういうわけで、さっきまではぬくぬく〜な布団の中で久方ぶりの爆睡状態にあった筈の草間武彦は、右手にビニール手袋、左手に大きな大きなゴミ袋という不可解な現状を訴えてはみたものの――見事に玉砕一歩手前の崖っぷちに立たされていた。
「別に……そういうのだけで引っ張り出したわけじゃないのよ?」
 日々を激務に追われて過ごす武彦の訴えに、シュラインの瞳が優しく和む。
 彼にとっては貴重な安眠の機会。それをむざむざ駄目にするほど――いや、ここは夢の世界なのだから、実体はしっかりぐっすり眠りを貪っているわけだが――シュラインは非道な女性ではない。むしろ、その逆。
「日常じゃ、ゆっくり桜を見上げるチャンスってのもなかなかないでしょ? それにほら……こんな散り際の櫻を愛でられるなんてのは早々ないわよ」
 シュラインがふっと微笑めば、それに呼応したかのように頬を擽るような風が吹く。それは軽やかに薄紅色の花弁を誘い、幻想の世界にさらに美しい光景を作り出す。
「ほら見て、まるでピンク色のトンネルみたいでしょ?」
 はらはらはらと。
 風に踊った花弁は、これから二人が歩む道を指し示すように、ぐるりと中空に輪を描く。
 そのあまりに浮世離れした美しい光景――実際に、浮世離れしまくっているわけだが、その辺もつっこんではいけないところ――に、不平不満を振りかざしていた武彦さえ、言葉を失い呆然と魅入る。
 が。
「というわけで、ゆーっくりこの綺麗さを堪能するためにも、ちゃっちゃか片付けちゃいましょう♪」
「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 でもって、振り出しに戻る。
 前途は多難。


「ここが夢の世界でよかった……」
 語尾が掠れるように零れた呟きは、切なる胸の内側の顕れ。
 しかし少年――榊遠夜は、少し離れた所に立つ少女――榊紗耶に聞かせたくはなくて、視線を頭上に咲く櫻へと逃がした。
 たった、一人の妹。
 血と肉と、そして魂を分けてこの世に生を受けた、己が片割れとも言うべき双子の。
 隣にいるのが当たり前だった。
 どのような境遇におかれようとも、彼女さえいてくれれば心の安寧を得られていた――それはほんの幼い時の記憶。けれど決して色褪せることなく、遠夜が遠夜である所以に根ざす深く確かなもの。
「……兄さん、どうしたの?」
 不意に額に手が伸びる。
 視界を覆い隠すようにして広げられた白い指に、遠夜は目覚めたばかりの子供のように、隠し様のない感情が浮かぶ瞳で、同じ顔をした少女を見返す。
「いや……櫻が綺麗だな、と思って」
「本当。もうそんな季節……」
 自分がそんな時の流れを語るのは、少々滑稽なことかもしれない。そう、意図せずして滲んだ声の響きに、微かに遠夜がみじろぐ。
 しかし兄の戸惑いに気付かぬフリをしてか、紗耶は今度は遠夜の髪に指をからめた。
「紗耶?」
「ほら、花弁」
 軽く握った拳を遠夜の視界に移し、紗耶は静かに手を開く。
 そこには一枚、捉えられた柔らかな花弁。
「兄さんがぼーっとしてるから、頭の上にたくさん散らばってる」
 一枚、二枚、ほらここにも。
 くすくすと声に出して笑う妹の姿に、遠夜の肩に知らぬ間に入っていた力が抜けていく。
「そんな、紗耶の髪にだってついてる」
 お返しとばかりに遠夜が手を伸ばせば、紗耶はひらりとそれをかわす。まるで一片、ガクから零れた花弁のように。
「ここが夢の世界でよかった」
 小さく呟かれたのは、同じ台詞。しかし零れた唇は先ほどとは違う主のもの。
「紗耶……」
「この場だったら、簡単に来られる」
 紗耶の言葉が、チクリと小さな棘となって遠夜の胸を穿つ。
 だがしかし、僅かに顰められた兄の眉に、紗耶は他意などないのだと証明するように、朗らかな笑顔を返した。
「兄さんに、逢えるから。だから、よかった」
 紗耶の実体は、底のない眠りにおちたまま病室にある。何故そうなったのか、どうして目覚めることがないのか知る者は、おそらくそう数がいるわけではないだろう。
 けれど、会おうと思えば会えないわけではない。
 それが出来る能力が紗耶には備わっているから。だがしかし、それは決して本当の彼女自身とは言いがたいから。
「兄さん……楽しもう」
 こんな機会、滅多にないのだから。
 だから、面倒なことは今は何も考えず、与えられたチャンスを存分に活かすことに想いを向ければいい。
 多くを語らずとも、受け止めるメッセージは確かな温もりを宿して遠夜へ届く。
「そう、だな。せっかくだしね」
 紗耶に促されるように、遠夜の表情に屈託のない笑みが浮かぶ。
 が。
 しかし。
 それも束の間。
「……楽しもうにも、目の前にはコレ……だけどな」
 コレ=ゴミの山。
 えーい、いっそのこと目を瞑ってしまえー! と自分に言い聞かせるには、ちょーっとばかし無理があるほどの。
 気を取り直そうとして――一変。遠夜だけに遠い目。
「何を兄さん、悲観的なことを。宴の処理も頑張ってやるとしましょう。夢の世界だけに面白い物が沢山、転がっていると思うしね」
 反して妹は既に臨戦態勢。
 やっぱりこっちでも女性は強かった。

 っはー! しっとり目でスタートしたのに、こんな展開、誰が許してくれるのだろうっ。それでもいくのだ、清掃の道を!!


★滑り出しは、ほんわかと。

「武彦さん、はい、これは燃えないゴミ」
「おう」
「こっちは燃えるゴミ。あ、燃えないゴミはビンとペットボトルは別にしておいてね」
「お、おう」
「あー……もう、こっちは粗大ゴミね。ねぇ、武彦さん。これってゴミ袋に入るサイズだと思う?」
「……あぁ?」
 せっせっせっと、目に付くゴミを片っ端から拾っては、武彦に託しているのはシュライン。もちろん、分別の指示も忘れない。
 リサイクルにまわせるものは、リサイクルに。
 資源を無駄にしない、これ節約術の鉄則。
「なぁ、シュライン。ゴミ袋に入るのと入らないのじゃなんか違うのか?」
「入るのは粗大ゴミの日に出していいの。入らないのは指定のチケットを買って貼り付けて引き取りにきてもらうのよ。まぁ、地域によって分別方法は様々だから、ここでそれが適用されるかは分からないけど」
「……つか、ここに引き取り業者はおるんかい?」
「例えいなくても、やるだけのことはやる。これが家計を預かる主婦の鉄則」
 ツボストレートに直撃ちっくな的確な指摘を繰り出した武彦だったが、ズビシと指差し確認つきでシュラインの迫力返り討ちにあって撃沈。
 そんな事を飽きもせずに幾度も繰り返しながら、二人は櫻の下を点々と渡り歩く。
 二人の通り過ぎた後は、ゴミひとつ落ちていない美しい場所へと変貌を遂げていた。行き道に目印を残す為に跡をつける、というのはよくあることだが、逆に何もなくなったがゆえに道筋が分かるというのも不思議な話だが。
「片付けってのは大変なもんだな」
 ポソリと呟いた武彦が、シュラインから少し離れたところにしゃがみこむ。
 そしてそれまではシュラインに任せっぱなしだったゴミ拾い――自分は受け取りと運搬に徹していた――に自らの意思で参戦する。
「あら、今頃分かったの?」
「普段はさ、いつの間にか片付けてくれちゃってるだろ。お前とか零とかが」
 半ば土に埋もれたようなタバコの吸殻を見つけ、武彦は短く舌打ちし――それから指先が汚れることも厭わず、それを掴みとりゴミ袋の中に放った。
 その様子をさり気なく横目に見ながら、シュラインはくすりと笑む。
「あらあら、私達が甘やかしてるから駄目なのね」
「や、それはそれですげーありがたいことなんだと、ただいまつくづく実感中」
 でもさ、普段はそれが当たり前だって思っちゃってんだよな、悪いことに。
 声にはならず消えた言葉。しかし続きを心のアンテナでしっかと受け止め、シュラインはゴミ拾いに専念する手はそのままで、武彦に向かって満面の笑顔を返した。
「まぁ、その分武彦さんには働いてもらってますから。出来ることは私達でするのよ」
「だけど感謝の気持ちを忘れたらいけない。忘れたら……こんなことを平気でしちまう人間になるから」
 気配だけでも十分伝わる優しい波動を背中で受け止めた武彦の頬が、微かな朱に染まる。
「っがー! あぁ、もう! とにかく俺は清掃活動に命をかけるぞ!」
 誰も櫻よりも濃いめの紅を指摘などしていないのに、武彦は焦ったように立ち上がった。その様子がまたおかしくて、でも声に出して笑うのは忍びなくて。だからシュラインは込み上げてくる笑いを、必死にかみ殺す。
「笑うな!」
「笑ってないわよ。武彦さんの決意表明に感動してただけよ」
「……嘘くさい」
「あんまり言ってると、言われたくないとこまでザクザク刺すわよー?」
 二人の視線が絡み合う。
 初めは蛇とカエルのような圧倒的な力の差を感じさせるような。
 だがしかし、言い知れぬ緊迫感を孕んだそれは、互いに吹き出す声で打ち破られた。
「さーさー、青春浸ってないでちゃっちゃと片付けちゃいましょ♪」
「そーだな。さっさと片付けてゆっくり櫻を楽しもうぜ」


「……これは、お金?」
 必然的に少なくなってしまう人生経験。つまり街の清掃活動なんていうものとは、限りなく無縁で。だから具体的にはどうやったらいいのか、なんて思い浮かばなくって。
 だから紗耶はどこか手持ち無沙汰風に、兄が歩く後をてくてくと着いて行く。まるで迷子になった子犬が、親切そうな人物の後を追いかけるように。
 だがしかし、兄は兄でいまいち妹との距離感が掴めないのか、手ごろなゴミを拾いながらふらりふらりと西へ東へ定まらず。
 傍から見れば、お互いの不器用さが微笑ましい限りな光景。
 しかし当の本人たちがそれを自覚できるはずもなく。
 いい加減どうしたものかと迷い始めた時、紗耶は足元できらりと光る丸く平べったいものを発見して足を止めた。
「うん、きっとお金」
 拾い上げて、目の高さに掲げて――マジマジと眺める。
 銀色のそれには『100』という数字が刻まれ、半対面に描かれているのは、どうやら自分の頭上に咲く花と同じっぽい。平成なんとかは、確か日本の今の年号だったはずだから。
「つまりは100円分の買い物ができる、と」
 100円あったら、どれくらいの物が購入できるのかは分からないけれど、それでもそれなりの価値があるはずだと思い、そこで紗耶は首を傾げた。
 さらりと揺れた前髪の間から覗くのは、四葉の紋。これこそが彼女を縛るもの――なのだが、今の紗耶の興味はそれどころではない。
「お金をゴミにできるなんて……日本人はそんなに贅沢な生活をしているんだろうか?」
 ふーっむっと、今度は逆に首を傾げてみる。
 紗耶は知らない。
 『酔っ払い』と言われる人種が、どんな奇怪な行動に出るかを。だから、突然閃くように降って湧いた現実が、どこか納得いかなくて唇をすぼめた。
 様々な夢を渡り歩いているから、基本的な常識は身についている。でもそこから細かく派生する『行動』までは認識できていない部分がどうしても多くなる。何故なら、人の夢にはそこまでの『現実』が伴わないことが多いから。
 だから『価値あるもの』が無造作に『ゴミ』として転がっていることに、釈然としない思いを抱くのは当然で。
「おーい、紗耶。こっちに来てごらん」
 だがしかし紗耶の鬱屈とした疑問は、『解消』という答を得る前に――とういか、一人でぐるぐるしている限り、決して辿り着かなかったと思われる――兄の呼びかけによって無意識下に埋没する。
 だからもちろん、再び捨ててしまうには申し訳ない気がしてポケットに仕舞い込んだ百円玉が、後々の遠夜の運命を左右することになる――なんてことは露も知らない。
「どうしたの? 兄さん」
「ほら、紗耶見てご覧。誰の忘れ物かは知らないけれど綺麗な硝子の靴がある」
 小走りに駆け寄った紗耶に、遠夜が指差したのは透明なガラスで出来た靴が一組。まるで履いてくれる人を待ち焦がれていたように、きちんと揃えられた状態で櫻の木の根元に鎮座していた。
「硝子の靴?」
「まるで子供の頃に読んだシンデレラの中に出てきた硝子の靴みたいだと思わないかい?」
 何気なく問いかけて――そして遠夜は、どこか腑に落ちない風の紗耶の表情に、はっと表情を引き締める。
「ごめん、その時はもう紗耶は居なかったんだっけ……」
「兄さんそんな顔しないで。よかったらその話、教えて?」
 ね? と妹に軽く肩を揺さぶられ、遠夜は口の端を笑みの形に釣り上げた。
 それから、おぼろげになっている記憶を辿るように、幼い頃に一人で読んだ物語の粗筋を、妹に語って聞かせる。
「あるところにね、とても可愛い女の子が生まれたんだ」
「うん」
「だけどね、その子のお母さんが亡くなってしまって――」
 何気ない語り出しだった。
 しかし瞳を輝かせて聞き入る紗耶の姿に、話す遠夜の方にも自然と力が入ってくる。初めて読んだときに覚えた楽しさを妹にも伝えたくて、身振り手振りを交えて物語を紡ぎ続けた。
「なるほど、それじゃシンデレラはその硝子の靴のおかげで王子さまと幸せになれたんだ」
「そうなんだ。でも硝子で出来た靴なんて脆そうじゃないか。だからなんで壊れないのか不思議でしょうがなかったんだけど――けっこう丈夫なものみたいだね」
 少女であれば誰でも心ときめかせるであろうストーリーに、しばし妹がうっとりしている間、遠夜は改めて眼下の硝子の靴を見遣る。
 階段で脱げてしまった硝子の靴。きっと勢いで数段は転がっただろうに、割れなかったのが疑問で仕方なかったのだが。実物を目にしてみると、形を成すために厚手になった硝子は、思っていたより随分と頑丈そうだ。
 そう、乙女の夢が男性が思うより遥かに強固で頑丈であるのと同じように。
 この時、遠夜はまだ知らなかった。
 自分が語ったがゆえに訪れた悲劇が、もう目の前まで迫っていることに。


★ここからが本番です、お掃除以外も。

「おーい、確保してきたぞ」
 ぜいぜいぜい、と肩で息をしているのは武彦。その全身が何故だか傷だらけなのは――彼の右手にがっちりと握られたロープの先に首輪をつけられた状態の『謎の巨大な獣』が原因。
「武彦さん、お疲れ様。早速で悪いけど、このゴミの山をソレに踏ませてやって」
 ソレ=謎の巨大な獣。
 このゴミの山――は言うまでもなく、シュラインと武彦がせっせと集めに集めて分別した不燃ごみ。ちなみに可燃ごみは少し離れた所で、パチパチと景気の良く爆ぜながら燃えている。
「……なぁ、これって正しい使い方?」
「足りないものは、あるもので補う。これも節約術の鉄則よ」
 武彦がどんな凄絶な戦いを経て巨大獣をゲットしたのかは、聞くも涙、語るも涙な一大スペクタクル巨編になってしまうので割愛することにして。ちょっとばかし武彦の哀愁漂う叫びが聞こえないでもないけど、その辺もさっくり無視を決め込んで。
 ともかく、山になったゴミを目の前に、シュラインが頭を悩ませたのは『ゴミを如何にして処分するか』ということだったらしく。
 来るか来ないか分からない処分業者を待つのも不安になり、自分達の手でどうにかできないか――と考えること暫し。視界の端に映ったのが、問題の巨大獣。
「よーく考えれば、これって夢の残り香みたいなものですもんね。土に返してあげれば養分になるかもしれないわね♪」
 なーんていうステキ閃きが、巨大獣の姿によって降臨し――そして武彦は獣狩りへと向かわされる結果に相成ったわけだ。なんだか説明くさい口調ばっかでゴメンね。
「けもちゃん、がんばれー。踏み潰しきらないと、きっとお前も養分に返されるぞー」
「武彦さん、何その『けもちゃん』って」
「巨大獣だから、けもちゃん。名無しも可哀想だろ、仕事でこきつかわれ――」
「協力、よね?」
「……はい、協力してもらうんだし、です。決して、こき使われるわけじゃないです」
 滑りかけた武彦の口は、ギラリと光ったシュラインの瞳によって上唇と下唇がきちんと縫い合わされる。そしてまるで事の成り行きを察したように、けもちゃんも大人しくバリバリと不燃物の山の上を闊歩し始めた。
 多分、きっと。けもちゃんも雄なのだろう。そして、この場で誰に逆らってはいけないのか、十分理解したらしい。武彦が手綱を放してしまっても、それさえ気付かず、せっせけせっせけとゴミ処分運動。
「これで可燃ゴミと不燃ゴミの処分は目処がついたっと――残りは……これよね」
 けもちゃんの働きを満足気に目を細めたシュラインは、次いで淡い光を放つぽよんぽよんした物を集めた山に視線を馳せた。
 明確な形に成りきれない――つまりは、まだ具体性を持つことができない、不安定な気持ちの欠片たち。
「ソレはどうすんだ?」
「とりあえず、埋めてみようかなって」
 手元を覗き込んでくる武彦に、シュラインは自分の掌中のものを預けた。
「まだ形になりきれてないものだから、どうなるか分からないし。それなら、こうやって……ね?」
 新たなふわふわを掬い上げ、優しく撫でる。
「綺麗に、優しく。そして伸びやかに育ってくれればいいなって」
 温かな気持ちを添えて、そうして母なる大地に戻す。そうすれば、きっとこれらは悲しみから人を、動物を――全ての生きるものを救う何かに成長してくれると信じて。
「なるほど、それは妙案。どうせなら、プレートでも挿しとくか。日付書いて」
「せっかくだから、特徴も書いときましょ。名前の代わりに」
 できるだけ、日当たりと風通しが良さそうなところを選んで。シュラインと武彦は、形成らざるものを埋めていく。
 誰の零した心なのかは知らない。ひょっとしたら、自分のものもあるかもしれない。そしてこれまで出会った多くの人々のものも。今、悲しみの中にあったり、苦しみのなかに閉じこもっているかもしれない人々のそれも。
「ちゃーんと育ってね」
 一つ一つ丁寧に、見えない誰かと対話するように声をかけながら。
「そーいや、こん中にあの面白夫婦のものもあったりすんのかな?」
「あるかもしれないけど、それは一目で分かるくらい強烈なんじゃないかしら?」
 どっすんどっすんとゴミの山の上で踊るけもちゃんを背に、シュラインと武彦は並んでしゃがみながら植えていく。
 時折、他愛無い話で笑いあいながら。
 その笑い声に呼応するように、二人が手にした物体も、朗らかな明滅を繰り返し、そしてひょっこりと形を成す日を夢に見る。
「そうそう、面白っていえば。けもちゃん捕獲するときに、奇妙な二人組みがいたぞ」
「へー……どんな?」
「シンデレラな少年と、付き添いの少女」


 で、もって。
 時間はやや遡り、武彦が目撃した奇妙な二人組――本人たち、そんな言われ様をされることになろうとは露知らず――の動向はどうなっていたか、といいますと。
「だから、私は兄さんに着てもらいたい」
 硝子の靴が転がっていたところまではいい。そう、まだ。
 確かにその隣に一升瓶がごろんごろんしてたり、和洋折衷というか、時代も何もかもがちゃんぽんにされちゃってるというか。とにかく、この上なく不釣合いな物が平然と一緒くたにされちゃってたくらいは――狂乱の宴の残骸にしては、まだまだまだまだ可愛い方だと言えたのだろうが。
「でも、見てみたいと思ったら本当にあるなんて――流石は夢の中ね」
 茫然自失状態の遠夜の隣で、紗耶が乙女ドリームモード突入中のようにうっとりと呟いた。
 そう、彼女は想ってしまったのだ。
 兄の口から紡がれる遠い異国の物語に出てくる少女が纏った衣装を、ぜひに見てみたいと。勿論、他意などありはしない。純粋な興味から。
「いや、でも紗耶。こういうのは女の子が着る服で僕みたいな――」
「だって私が着てしまったら、自分では良く見えなくなってしまうし。それなら、兄さんに着てもらった方が、しっかり目に焼き付けられると思うの」
 紗耶が願ったから、衣装――とどのつまりが幾重にもレースが重ねられた純白のふわっふわのひらっひらの、肩の辺りはふっくら膨らんでいて、かと思うと胸元や背中はちょっぴりセクシー目に開いちゃってたり、だけど足元は踝まで隠れちゃうくらいのたっぷり丈のロングドレス。しかもウェストがぎゅぎゅっと絞られたアンティーク仕様――が降って沸いたのか、それとも『この場』で硝子の靴と一升瓶をごっちゃにするような宴会をやってた人々が持ち込み、そして忘れていったものかは定かではない。
「だからって……なぁ、紗耶」
「あら、兄さん。これは何? これもこの洋服と一緒に身につけるの?」
 脱ぎ散らかされたように捨て置かれたドレスを紗耶が持ち上げると、その下に新たなものが出現する。
 一つはワイングラス。いったいどーして一升瓶(=日本酒)にコレの組み合わせなんだ! と声を大して問うてみたいが――その声を上げられる唯一の人物は、全身に走る悪寒にも似た――そして絶望にも似た――感覚に、全身を硬直させ見事にかっちんこっちんになっていた。
「……兄さん? これ、何か知ってる?」
「はは……ははは………はは、ははははは。なぁ、紗耶。ここはなんだか危険な香りがするから、もうどこか別の所へ行かないか? そうしよう、さぁ、そうしようじゃないか」
 額から冷たい汗が滲むのを感じながら、遠夜は無邪気な表情で自分を覗き込む妹の瞳から、乾いた笑いと共に視線を逸らす。
 ドレスはまぁ、いい――いや、よくないが。それでもまだ、我慢するとして――この辺、いつの間にかすっかり自分が着せられることが大前提となっている――もだ、さすがにアレはないだろう。
 ガーターベルトやストッキングだなんて!
 そんなのまで丸ごと一揃え身につけてしまったら、それはもう、立派なヘンタイさんの仲間入りではないか!
「そんなことになったら、もうお嫁に行けないっ!」
 ……榊遠夜、ショックのあまり、どこか頭のネジが数本吹っ飛びましたv
「………兄さん?」
「――っ! や、違う。そうじゃなくて、確かにアレはドレスと一緒に着用するものだけど、決して男の人が身につけていいものではなく。謂わば女性用の下着のようなもので。確かに女性が身につければ、体型の矯正にもなるし、何かと便利なものかもしれないけど。だけどそれでもっ」
「……兄さんv」
 ネジが吹っ飛んだついでに、言わんでもいいことをつらつら語っちゃうくらいに動揺しまくりらしい遠夜――一応、相手が妹だからというフォローは入れておこう。きっと赤の他人がいる所でだったら、ここまで崩壊しなかったに違いない。そう思ってあげようじゃありませんか、皆さん――に、紗耶の瞳に妖しい輝きが宿る。
 そう、どんな乙女だって大好きなのだ。見目麗しい少年にがっつりごっそり女装をさせることが。それはまるで、銀河創生の頃に神によって植え付けられた生命の根源であるかのごとく。
「これ、なんだ?」
「へ? あ、百円玉」
 唐突に現実に立ち戻されるように、遠夜の眼前につきつけられたのは、一枚の百円硬貨。
「あぁ、やっぱりこれが百円玉――そして、これでやることといえば!」
 何を思ったか紗耶、百円玉を空高く放り投げ、落下してきたところを左手で受け止め、瞬時に右手でパチンと蓋をした。
「さぁ、どっち?」
「は?」
「私は桜満開が上よ、兄さんは?」
「へ? え? あ、それじゃ金額の方が上?」
 淡い薄紅色の櫻たち。惑う人を夢に誘い、そして夢から夢へと渡り、やがて迷い子たちに正しき道を示す。でも、時折。ふっと沸いた悪戯心で、花吹雪の中を彷徨う客人を捕らえたまま離さなくなることもあるけれど。
 どちらにしてもこの薄紅は、いつの時代も乙女の味方。誰が何と抗議の声をあげても、運命の手綱を握った神様は、そういうものなのであります。


★そして結局、こうなるんです。

「兄さん、そんなに顔を隠さないでっ」
 降り注ぐのは熱い熱い、いっそ暑いくらいの視線。真夏の太陽、かくのごときかと言わんばかりに燦々と降り注ぎ、遠夜の心にジリジリとした火を点す。
 っていうか。
 いっそお尻に火をつけ、そのまま猛然ダッシュでこの場からいなくなってしまいたい。例え、ギャラリーが妹一人であろうとも。
「兄さんの美しいその姿、私の双眸にしっかと焼き付けさせてちょうだいっ! ね、ね、お願い」
「……さぁーやぁ〜……」
 見事純白の姫君へと転身を遂げた遠夜に、仔猫のようにじゃれつき額を寄せる紗耶。その喜色満面っぷりと言ったら、見ているこちらが幸せになってくるほど――だが、さすがにこればっかりは苦労することには慣れている遠夜でも頂けなかった。
 何が楽しくて夢の中でまで女装を――いや、現実だったらもっとアレだが――、しかもガーターベルトやストッキングまできっちり装備させられるだなんて。オマケにいつの間にか出てきたコルセットでぐぐぐっと締め付けられた腹部は、いっそ泣き出したいくらいに苦しくて仕方ない。
「そんな兄さん、泣きそうな顔しなくたって良いでしょうに。逆に可愛いだけよ?」
「可愛いのは紗耶でいいじゃないかーっ!」
「でもでも、若い男の子の涙ってのはホント可愛いものよね」
「……や、そこで俺に同意を求められてもだな」
「――――っがぐぅっ!」
 遠夜の口から、言葉にならない悲鳴が漏れる。
 夢の世界だ、しかも妹と二人きりだと彼は信じていたのだろう。だからこそ、泣く泣くとは言え、こーんな格好も出来たというのに。
 それなのに、それなのに。今、背後から聞こえてきたこの声は――
「どちらの美少年かと思ったら榊くんじゃない」
「シュ、シュラインさん!? ってことは、く、く、草間さんも一緒!?」
 振り返るのさえ恐ろしく、遠夜は怪奇事件の現場でよく遭遇する年上の女性の声に、背筋を思いっきり凍らせた。
「知り合い?」
 微動だにできなくなる遠夜。
 代わって、興味を惹かれたように紗耶が不意の来訪者と兄を見比べ、首を傾げる。
「夢の交差点って面白満載ね♪ 私はシュラインよ。榊くんとは時々事件でご一緒してるの。で、こっちは事件の依頼主っていうか雇い主っていうか、宿六の武彦さん」
「……宿六って何だよ」
「私は……紗耶」
 あぁあぁあぁあぁ、なんでそんなところで自己紹介なんかしあっちゃってるんですか。
 しかもやっぱり草間さんまで一緒じゃないかっ!
 あーもー、お願いですからこのまま二人でスルーっとどこかへ消えて下さいっ。お願いします。例え、どんな愉快依頼であったとしても、流石にこの姿で面と向かって顔を合わせるのはとーっても心苦しくって、どうしようもありませんっ!
 以上、遠夜の心の叫び。むしろ絶叫。
 だがしかし、そんなものが聞き遂げてもらえるほど、世の中は甘くなかった。何せ基本は男性受難で、女性最強が鉄則ですもの←いつの間に。
「ねぇ、武彦さんも着てみない?」
「……は?」
 何を考えたか、シュラインの口の端がクツリと吊りあがる。人はそれを天上の微笑み、アルカイック・スマイルと言う。されど、思惑までが天上のものかは約束しきれない。むしろその逆であることの方が、きっと世間さまでは多いだろう。
「なんて偶然なのかしら。ほーら、あそこをよく見てみれば十二単なるお衣装が♪」
「……はぁぁ!?」
 確かに。シンデレラ衣装の衝撃があまりに強く、遠夜や紗耶は見逃してしまっていたが。彼等が集った場所から程近い、例えて言うなら宴会に用いるブルーシートの反対側の端っこあたり。
「これぞまさしく、由緒正しいかぐや姫セット一式って感じよねv」
「……かぐや姫っての言うのは何?」
 新たな物語の気配を察してか、シュラインの言葉に紗耶が飛びついた。
「遠い遠い昔のお話でね。竹から生まれたそれはそれは美しい女の子が、やがて並み居る殿方からの求愛を振り解き、泣きながら祖国である月に帰っていく、という切なくも美しい物語よ」
 あ。
 紗耶の目がものごーっつ輝きました。
「なるほど、アレはそのかぐや姫が着ていた衣装ということね……?」
 僅かの時間で意気投合した女性二人の間に、妙な高揚感が漂う。
 いけない、これは絶対にいけない!
 ゾクゾクと酷くなっていく悪寒を背筋に抱え、武彦は日頃鍛えた反射神経で――なんで鍛えられてるかは言うまでもない。というか多くを語ってはいけない気がする、母ぁ天下――踵を返す。
 返した。
 つもり、だったのだが。
「ねぇ、草間さん?」
 チラチラと銀糸で施された豪奢な薔薇が踊るドレスの袖に包まれた、確かな少年の腕が武彦の襟首をがっしりと、ぐわしっと。
「皆で渡れば怖くないって、よくいいますよね?」
 くくくくく、と顔を上げない遠夜の口から、低い低い笑が零れる。それはまるで、悪の大魔王が深い眠りの底から覚醒したときのような――正しくは、捉えた獲物は決して逃がさない、という固い決意の顕れなだけだが。
「や、榊。お前は似合ってるからいいじゃないか」
「こんなの、似合うって言われて喜ぶ男が何処の世界にいると思います!?」
「「ここにいるわよねー」」
 男達の確執はどこ吹く風、朗らかな女性陣の爽やか〜な笑い声に、櫻の花もはらはらと舞い落ちながら、くすくすと小さな笑みを零す。
 あぁ、世はまさに春爛漫。

「紗耶さーん、申し訳ないけどそっちからゴミ袋持って来てもらっていいかしら?」
「これのこと? 了解」
 ざっかざっかざっか。
 ぱっと見は男性に勘違いされそうな格好だが、いずれも声のトーンはしっかり女性。とどのつまりが――シュラインと紗耶。
 てきぱきと後片付けの残作業を行う姿は、とってもすっきりスラっとオトコマエ。さらに二人が身につけた衣装が、その印象をより強固なものにしていた。
「紗耶さん、カボチャパンツって動きにくくない?」
「衣擦れの音が気になる程度かな? シュラインさんこそ、結構重さがあって大丈夫ですか?」
 カボチャパンツ=絵本に出てくる王子さまの衣装。勿論、マントだって着用してるし、もっちろん白のタイツだって履いている。まさに絵に描いたような白馬の王子さまルック。
 結構重さ=直衣(日本のお衣装は分かりやすい名前があっていいなぁ)。
 つまり紗耶は遠夜に、シュラインは武彦の衣装にそれぞれセットとなったものに着替えていた。
 いったい次から次へとどこからこんなに出てきたんだ! と声を大にして問い質したいところかもしれないが、忘れちゃいけない。あくまでここは夢の世界。いかなる野望願望妄想の果てに成ったものかは分からないじゃないですか。
「草間さん……僕たち本当にこれでいいんですかね?」
「さーなー。働かなくて良くなった分、結果オーライだって考えるしかないだろ」
 此方は淑女の格好をなさった殿方二人。さすがに彼等を労働に借り出すのは心苦しかったのか、二人は作業から解放されて並んでぼんやりと立ち尽くしていた。
「まぁ……櫻の巫女さまのお慰みってことで」
「……人生、何かと困難が多いからな。まー……今回の件に関しちゃ、互いに口を噤もうや」
 ひらり、はらり。
 頭上から降り注ぐ桜色の花弁が、まるで二人の頬を伝う涙のよう。
 見る間に片付いていく世界を、半ば茫然自失の風情で見守る遠夜と武彦。暫く桜がトラウマになりそうな気もしたが――まぁ、大事な女性が楽しそうにしている姿を見れたのだから、と示し合わせたわけでもないのに心の中で互いに納得の頷きを繰り返す。
「草間さん、ソレ重くないです?」
「……榊は苦しくないか?」
 苦行を共有する二人の間には、貴重な男の友情が芽生えたかもしれない。これもまた、彼女たちの笑顔に勝るとも劣らない偶然が生み出した貴重な産物――と言うにはものすごーく無理があるけど。それでもまぁ、人と人とのつながりって大事だし。女装がきっかけで結ばれた縁って、そうそう人に喋れることじゃないけれど。
「こーらー、二人で何を黄昏てんのよー!」
「片付いたから、一緒に櫻を見ない? きっと今までで一番綺麗」
 おいでおいでと手招きする女性たちの声に顔を上げれば、二人に向けられた掛け値なしの笑顔。
 花のように華やいで。
 薫風のごとく爽やかに香り立つ。
 まさに何ものにも変え難い、咲き誇る櫻よりも美しく聡明で。
「草間さん、行きますか?」
「まーな。姫君方のお呼びだしな」
 ぶっちゃけ姫君装束なのはあなた方なんですが、なーんてツッコミは今だけ勘弁して差し上げることにして。
 宴の後のお約束――のはずが。
 なんだか宴の後に二次会、三次会に突入しちゃった気がしないでもないですけど。
 ばっちりしっかり綺麗に片付いて、きっと来年も気持ちよくこの夢の世界の扉を開けられそうなんで。
 皆さん、お片づけありがとうございました。


★夢の終わり、夢の始まり。

 例え、どんなに『恥ずかしい』とか『勘弁して欲しい』と思ってしまっていたとしても。
 それでも『時間』には必ず終わりが訪れる。
 如何なる事象にも、永遠は存在しない――それは生あるもの全てに神が与えた絶対。
 苦しいことも、悲しいことも。
 嬉しいことも、楽しいことも。
 終わりがありから、人は生きていける。
「……そろそろ、朝が来るみたいね」
 紗耶がどこか遠くを見つめるように、両目を細めた。
 彼女がみつめるその先に、いったい何があるのか遠夜は知らない。知る事ができない。でも、再び別れの時が近づいているのだということは、分かってしまえた。
 目覚めの予兆、ここではないどこかで、自分の五感が世界を捉え始めている。
「楽しかった?」
 押し寄せてくるのは、言葉に出来ない感情の波。もっと気の効いた事を言いたいのに、口をついて零れたのは些細な問いかけ。
 自分の不器用さに、遠夜は胸の内で臍を噛む。
「……兄さんこそ、楽しかった?」
 そんな遠夜の葛藤を見透かしたかのように――否、実際に彼女には遠夜の気持ちは手をとるように分かるのかもしれない――紗耶は、悪戯っ子のような微笑を浮べながら首を僅かに傾げた。
「――楽しかったよ」
「お姫様の格好をするのが?」
「っ! そうじゃなくってっ!!」
「冗談よ――分かってる」
 紗耶の手が、遠夜の髪に伸びる。
 一度、二度。
 その感触を忘れないように、と神に祈るようにおごそかに頭を撫でられる。
 子供じゃないんだから――そう、反論する気持ちは遠夜の中には沸いてこない。むしろ、願わくば。この時がもっと長く続けば良いのにと思ってしまう。
「……今日の夢は、ここで終わり」
 手が、離れる。
 追いかけるように手を伸ばしたが、遠夜の手は紗耶に届かぬまま空を切った。
 先ほどまで、あれほど近くにいたのに。
「でも、夢は続いていく。だから、私は渡る」
「だから、また逢える」
 足を動かしていないのに。まるで動く歩道に乗っているかのように、遠夜と紗耶の距離が徐々に開いていく。
 バイバイ、と手を振る紗耶の姿が小さくなる。
 はらはらと、二人の狭間に乱れ踊る薄紅色の櫻たち。
 互いの姿が可憐な花弁に彩られ、この世のものとは思えぬ美しい光景を作り出す――いいや、華の中に在る人が大事な人だからこそ、美しいと思えるのだ。
「兄さん、また――きっと。逢えない時も見ているから」
「僕も、僕もずっと紗耶を感じているよ――だから、また」
 薄らぎ行く世界の中、魂の片割れの名を呼び合う二人。
 それが二人を確たる絆で結び続ける証となるとは、知ってか、それとも知らずか。

 櫻の巫女が呼び寄せた、奇跡の邂逅。
 胸中に抱える想いは様々なれど、願う想いに嘘偽りはない。
 一つの夢の終わり。
 しかし、それはまた新たな夢の始まり。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

■東京怪談■
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 /
     翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0642 / 榊・遠夜 (さかき・とおや) / 男 / 16歳 /
     高校生/陰陽師
1711 / 榊・紗耶 (さかき・さや) / 女 / 16歳 /
     夢見


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、それから「初めまして」も。
 本日のニュースで北の方では「桜が咲いた」と耳にし、ちょっとほっとしているWRの観空ハツキです。
 ややや……まさかのゴールデンウィーク突入後の納品となってしまい、申し訳ありません;

 この度は、宴の後の清掃作業にご参加頂き、ありがとうございました――と思っていたら、何だか宴が延長戦に突入してしまったようでして。
 ほのぼの〜な雰囲気で行くべきか、それともいっそ崩壊すべきかと悩み、テンションが微妙なラインを彷徨ってしまいましたが……結果として……成るべくして成ってしまったような。
 改めて自分は「壊れ」好きなんだなぁ、と実感しまくったわけなのですが。それにお付き合い頂きました方々には、とても申し訳なく(特に殿方)、そして感謝しております。
 や……やっぱり『夢』の世界なので、夢を現実に――っは、また暴走ちっくですいません。
 作中、少しでも皆さまにとって『良い夢』になる部分がありますよう、心から祈っております。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらテラコンなどからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回はご参加頂きありがとうございました。