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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


いと恋しや、消えぬ君。



 草間興信所の壁に貼られた、『怪奇ノ類 禁止!!』の紙は、むなしく揺れている。
 灰皿にはつぶされた煙草が山のようになっている。
 草間武彦は、目の前にある写真を見ながら、また新たに1本を取り出し、火をつけた。
「……ったく、うちは怪奇事件専門じゃねぇっての……」
 写真には、一本の桜の木が写っている。
 その場所は、先日新しい高層マンション建設予定地だった。
「この桜を切ろうとしたら怪奇が起きる……なんつーベタな依頼だ……」
 どうにかして工事を進めたいらしい業者からの依頼だったが、あまりにも王道的な展開すぎて呆れてしまう。
 業者は必死になって武彦に仕事を押し付けていたが、武彦自身からしてみれば、そこらにいる陰陽師あたりをつれてくればいいのに、という考えで

いっぱいだった。
 何故自分のところに。
「…探偵、だよな……俺は…」
「はい、お兄さんは探偵ですよ」
 怪奇専門の、と草間零が悪戯っぽく付け加えた。

 写真に写っているのは大きな、満開の桜。
 その桜の傍に、しっかりと写っているのは、骸骨。
 まるで木にもたれかかるように、頭蓋骨から足の骨までが写っていた。

 しっかりと、その頭蓋骨の二つの穴…本来なら目があるべき空洞をこちらに向けたまま。



 天波慎霰はため息をつきながら武彦を睨みつけた。
「それじゃあ俺は、桜が邪魔でそれを切ろうとしている人間に協力しなきゃいけねぇのか?」
 急に呼び出されて、お前の力が必要だと言われて来てみればこの用件だ。慎霰の眉間の皺は仕事の内容を聞くたびに深くなっていく。
「……ということなんだが、協力してくれないか?」
「断る。自分たちの都合が悪くなるとすぐに自然を傷付ける……だから人間は嫌いなんだ」
 何か後ろで武彦が言っているのを無理やり遮り、窓を開ける。バッ、と黒い翼を広げる。
「お前っ、こんな街中で…」
「俺は今回、そいつの味方だ」
 慎霰が示したのは写真の中にいる骸骨。武彦の制止を無視して、そのまま窓の外へと飛び立った。
「………ったく……どうするかね、俺は」
 困ったふりをしつつ、あの様子だときっと慎霰が解決してくれるだろうという思惑からのにやけを隠し切れず、隣にいた零に呆れられた。



 部屋を出た際に横目で見た地図を思い出しつつ、慎霰は依頼現場へと辿り着いた。
「…綺麗な桜だなァ」
 今がちょうど満開らしく、風が吹くと辺りは花吹雪に包まれるほどだった。その光景はとても都会の中とは思えないくらい美しい。
 と、桜を見ていると、どこからともなくカタカタという音が聞こえ始めた。
『去れ…………』
 低い低い声が、直接耳に響くように慎霰に届く。だがそれに何も反応せず、慎霰は冷静に周囲を確認する。
 すると桜の木の下に、それはいた。
 カタカタカタカタ、カタカタカタカタ。
 頚骨が動くたびに聞こえる音は、最初は不規則だったが、時間が経つにつれだんだんと早くなる。骸骨は慎霰に向けて、ゆっくりと手を伸ばす。
 慎霰の鼻先を掠めるかどうかの距離で、骸骨はぴたりと音を立てるのを止めた。
『…何故逃げない…?』
「俺も、六道輪廻を外れた存在だ。お前とはちょっと違うけどな」
『おもしろい、名は」
「天波慎霰」
『慎霰か、いい名だな』
「そりゃどうも」
 カタ…という音を最後に、風が吹く。舞った花びらがその骸骨の姿を一時的に眩ます。だが風がやみ、ゆっくりと花びらが消えていくと、そこに現れた

のは黒い衣を纏った若い男だった。
 その纏う黒と正反対の白い肌と、爛々と輝く紅い目があった。
『申し遅れた、俺は酒天童子(しゅてんどうじ)と言う』
「……お前、まさか」
 酒天童子と名乗る男は、にやりと笑うと自分の髪を無造作に掴みあげる。そこには確かに――鬼の角があった。
「俺の知ってる話じゃ、酒天童子は源頼光に殺されたって聞いたがな」
『死んだからこのような存在になったんだ』
「あァ、そうか」
『……ところで、その六道輪廻を外れた人間が何の用だ?』
 本題に戻すと、先ほどまでの緩んだ空気が途絶える。すっと目を細めて睨むその表情はまさしく鬼のもつそれだった。
「…なァ、お前酒は飲めるか?」
 量は少ないが、と懐から出した酒を二人の間に置いて、慎霰は座る。
「ま、花見でもしながら一杯やろうぜ」
『おもしろい。いい趣味をお持ちのようだな』
 心底愉快そうに笑うと、酒天童子は慎霰から酒を受け取り、それを口に運ぶ。
『ほぅ、これはなかなか…』
「天狗の酒は格別だ」
 一口飲んで喉を潤す。息をついて、慎霰は酒天童子を見て言った。
「……この桜が切られることは知ってるか?」
『あぁ。だから連日人間共を脅かしているんじゃないか』
「それもそうか。で、俺はあんたのことを別に祓おうとかってわけじゃない。ただあんたがここにいる理由を聞きたい」
 酒天童子はその言葉を聞くと、遠くを見るように目を細める。慎霰がその方向を向いてもただ何も無く、時折桜の花びらが視界に舞い降りる程

度だった。だが確かに酒天童子が見ているのは、別の世界だった。
『……ここは俺がまだ殺される前に、仲間と花見をした場所だった。人間は俺たちを悪と思ったようだが、俺からしてみれば先に俺たちの場所を奪っ

たのは人間だ。この俺が、鬼が、人間に負けたのだ……ッ!』
 慎霰の頬に、突然切傷が走った。風が鋭い刃となり、周囲を傷つけていた。
「おい、」
『…ああ、つい昔を思い出してしまった。せっかくの桜に傷をつけるとこだったな』
 飲み直しだと言ってまた酒を飲む。先ほどまでの鋭い雰囲気は今はどこにも無い。
「俺も、あんたの気持ちはわかる。だけど今回は譲ってやってくれねぇか?人間は、多分次は陰陽師を雇う筈だ。そうなったら、あんたもただじゃ済ま

ない。最悪…」
『…………この数百年で、俺もずいぶんと甘くなってしまったもんだ』

「おいっ、どけよ子供っ!」

 和やかな空気が一変する。その声と同時に響く重機の音。あわててその方向を見ると、武彦の姿があった。現場監督らしい男に対して怒鳴って

いる。だがその男は聞く耳を持たずに、工事の指示をしていた。
「……ちっ、武彦のヤロー…」
『ふむ…懲りない奴等だ。いい加減驚かすだけじゃ飽きてきていた』
 酒点童子がにやりと笑ったのを見て、慎霰はそれを止める。
「アンタの気が晴れるかはわかんねぇけど、余興だ。酒の肴にでもしてくれよ」
 その時武彦は、慎霰が桜の木の枝に飛び乗り、笛を吹く構えをしていることに気づき、現場監督の男の傍から離れた。出来るだけ笛の音が届か

ないように、耳をふさぎながら。
 男はそんな武彦を見て不審そうにしていたが、すぐに重機への指示をしようと伸ばした腕を……全く別の方向に動かした。
「……え?」
 
 笛の音が響き渡る。
 美しい音色だけがその空間を支配する。

『……見事なものだ』
 桜の花びらに姿を隠された慎霰の笛の音は、その場にいた人間たちを動かし始める。
 だんだんとリズムを作る音に合わせて、人間たちが踊りだす。まるで滑稽で、中には宴会芸を始める者もいた。
『これはこれは、いい見世物じゃないか』
 酒天童子は嬉しそうに言うと、また一口酒を含む。
 その時、踊っていた男の一人が悲鳴を上げた。
「ほ、骨が…骸骨が……ッ!!」
 その声につられる様に、踊っている男たちから悲鳴があふれる。だが踊りを、芸を、やめることができない。
『そんなに俺が怖いか?人間…』
 カタカタと頚骨を鳴らす。何も知らない人間には骸骨が不気味に骨を鳴らしているように見えるらしいが、武彦と慎霰には、とても愉快そうに笑う

酒天童子の姿が見えていた。
「ひぃっ、た、助け…!!」
 一人は失神したままどじょうすくいを踊っていた。一人は泣きながらひょっとこの真似をする。一人は叫びながらも腹芸をしていた。

 いつの間にか笛の音はやんでいた。だが人間たちは踊り続けている。
「酒の肴、ってことかァ?」
『いいものを見せてもらった』
「あ、俺の分まで飲みやがったな」
 酒天童子の持つ酒瓶は、慎霰が持ち上げたころには既に空になっていた。一滴だけ水滴が落ち、すぐに地面にしみこむ。
『すまんな、ついあのようなものを見ると酒が進む』
「この桜は…本当に花見だけだったのか?」
『ん?』
「いや、思い入れとかあるんじゃねぇかなって」
『……そうだな…強いて言えば、最後に来た花見の場所がここだったな。皆殺される前に、今のように人間を操って笑ったものよ』
 あの遠くを見る目をする。慎霰にはやはり何も見えない。
「……満足してもらえたか?」
『あれだけ美味い酒を貰って、不満とは言えんよ』
 仕方ない、と酒天童子は腰を上げた。軽やかに桜の木の上に立つと、山の方を見る。
『ふむ…あそこならまだ桜は咲いてそうだな』
「どこも行くところが無かったら俺に言えよ。いい花見の場所ぐらいは教えてやるよ」
『鬼に助けは不要だ』
 にやり、と笑い、酒天童子は消えた。
 その瞬間に人間たちは踊るのを止め、その場に倒れこんだ。気づけばずっと1時間以上踊り続けていたのだ。体力の衰えた男たちにとってはつらい

ものだったに違いない。
「よぅ、お疲れさん」
 慎霰が酒天童子の消えた場所を目で追っていると、後ろから武彦が声をかけた。
「……てめぇ、俺に解決させようとしたな。最初から」
「なんのことだか」
「お前も踊るか…?」
「遠慮する。ハードボイルドに腹芸は必要ないだろ」
 無言で武彦を殴り、慎霰はまた翼を広げ、空へと飛んだ。





 数日後、桜は切られることになっていたのが、そのまま保存されることになった。あの時怪奇な目にあった現場の男たちが、事業主に訴えたためらし

い。
 結局、高層マンションの計画は桜の木から少し離れた場所で行われることになった。

 後日慎霰が桜の傍に行ったとき、酒天童子が寝転びながら桜を眺めていた。
「………よぉ」
『おぅ。今日は桜がよく散るぞ』
「…綺麗、だな」
『思い入れのある桜ほど美しくみえるものだ』
「そういうもんか」
『そういうものだ』

 また強い風が吹く。



 完全に桜が散り終わると、酒天童子はどこかへ消えた。
 慎霰はそれを見届けると、彼もまたどこかへ消えた。
 




■■■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■■■

【1928 / 天波・慎霰/ 男性 / 15歳 / 天狗・高校生】


■■■ライター通信■■■

初めまして、桐原京一と申します。この度はご発注ありがとうございました。
ぎりぎりの納品になってしまい、申し訳ないです。
今回のキャラクターの設定が個人的に好きで、つい「天狗とくれば鬼もだろ」と
思い、幽霊の正体が鬼になってしまいました…すいません(汗
とても楽しく書かせていただきました。
ご期待に添えられたかどうかわからないですが、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
今回は本当にありがとうございました。