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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 【春狐の春寄せ祭り】


 依頼主はとりあえず草間武彦の顔見知りであった。
 どんな知り合いと言えば語るのが面倒なので割合する。知り合いというか、顔見知りだ。
「最近狐の里も過疎化がすすんどってな。若い衆らはみぃんな都会に出てしまうんじゃー」
「そんな事しるか。こっちは人間様相手の商売なんでね」
 応接テーブルを挟んだ先にいるのは和装の男。
 零が出した茶をすすりつつ、まったり和んで世間話でもする様だが、武彦の表情はどうにも堅い。何せ目の前の相手には頭上に狐の耳、ソファの上に投げ出された狐の尾がついているのだ。
「それで、お前さんに頼みがあるんじゃけえ。草間」
「なあ、俺の今の話しを聞いてたか? うちは怪奇の類には一切着手しないっていう方針なんだが…知ってるだろ」
 おいおい、人の話しはスルーで自分の話しは聞かせたがるのかよ。
 武彦は嫌味をまぜて溜息まで落としたが、それに対して正面の和装は動じなかった。
「なんじゃぁ、ケチくさかー」
「……そもそも、お前は稲荷狐だろ。なんで稲荷が依頼なんてしてくるんだ。自分でどうにかしたらどうだ」
「稲荷が頼みごとしたらいけんつー決まりはなかとよ。願掛け叶えるために、こうして健気にやっとるんじゃぁ」
 自分で健気だといいきった男は、鳥居神社という社の稲荷狐だった。稲荷の白月(シラヅキ)は言ってすっくと立ち上がる。
「つーわけじゃ。狐が里の春を寄せるために、賑やかしい祭を催したいんじゃと。人手…や狐不足じゃけえ、今年は外から賑やかしてくれる者呼びたいんじゃてさ」
 まだ武彦が頷いてもいないのに白月は用件をぺらりぺらりと喋り出し、帰るのかと思いきや飾ってあった花瓶から花の葉を一枚ちぎっておもむろに武彦の頭に乗せていた。
「一応狐の祭じゃけえ。手伝ってくれる衆らには…」
 言いながら白月は武彦の頭上の葉に手をかざした。したらばあら不思議、武彦の頭上に二つの狐耳。そして尾てい骨あたりからはわっさり狐の尾。
「こーして狐の耳と尾っぽ付けさせてもらうけんの。――おお、こりゃまた似合わんねー」
「っ! お前っ、何しやがっ…」
 頭上の異変に気付く武彦は、はっと両手を頭の上に乗せている。あわてて乗せたてにはふんわり、異様な感覚が…
「狐の里の春は我侭じゃけえ、賑やかさんと春が来ん。桜も咲いとらん、新芽も萌えとらんわぁ。まぁだまだ寒いしのー」
 武彦の様子にニィヤリと笑う白月は、そのままゆったり事務所の出入り口へ向かいだす。
「ま、狐助けだと思って人、集めんしゃい。春がきたら耳も尾もとってやるけえの」
「待てっ、俺はまだ承諾してないぞ!」
 あっけらと言い放った稲荷は武彦の文句も聞かず、さっさとその姿を消したのであった。



 通いなれてしまった、というべきか。此処に顔を出すと彼女、秋月・律花の知識への探求心をくすぐる事件がいくつも転がっているので草間興信所の扉を開く時には何かしら心がわくわくとする。
 今日も少し時間が空いたので、とふと寄り道をした律花。興味をそそる話しでもあればいいなと、開いた扉であったが、その先にあった光景に何度か瞬きをした。
 自称であるが、ハードボイルドを決めている所長、草間武彦の頭上に可愛らしい狐の耳、ふんわり気持ち良さそうな狐の尾っぽがソファに投げ出されていたのだ。
「わぁ、すごい…。すっごく良く出来てますね、草間さん。それって本物ですか?」
 挨拶の前に思わず感想と質問が飛び出たのは、なんとも知識欲に手早い律花らしい。
「取り外し可能だったらすぐに取ってゴミ箱に投げ捨ててるな…。俺にこんな趣味、あると思うか?」
 はぁー。と重い溜息を落とす武彦。
 溜息と一緒に頭の上にくっつく狐耳も心なしかヘタレて、なんだか微笑ましい。なんていったらきっと怒られるだろう。
「それもそうですよね。また、何かあったんですか?」
 思わず笑ってしまって、それを隠すために律花は手を口元にあてた。
 軽く首を傾げて事情を聞いてみると、それまでずっと武彦の横で彼の尻尾を撫でていたシュライン・エマが「とりあえず、入ってちょうだい。律花ちゃん」と事務所内に手招いてくれた。


 頭が痛くなってきた。と眉間を揉みながら事の成り行きを武彦は律花とシュラインに語った。
「春を迎える狐の里のお祭りですか、面白そうですね。――それって…いつごろから伝わり出した風習なんですか? 何か決まりごととかはあるんですか? 人間の春祭りは豊作を祈願する意味のものが多いですけれど、狐の場合農耕はあまり関係ありませんよね? そもそも由来は…」
「ちょ、ちょっと待て! 俺はただ頼まれただけで、そこまで解らん」
 行き成り律花から立て続けの質問が飛び出て武彦は慌てている。
「あ。そうですよね、ごめんなさい。思わずフィールドワークをしている気分になっちゃって」
 気恥ずかしそうに告げた律花に、シュラインが現地に行って聞いたら如何?と笑って言う。
「でも、武彦さん。春を迎えてあげないと耳と尻尾、とれないんでしょ?」
「……そうなんだよ…。あの狐…とんでも無い事してくれやがった…」
 夢であってくれ。と頭を抱える武彦だったが、そんな三十路を見てシュラインも律花も遠慮せずに笑いあう。
 似合わない耳と尻尾に落ち込む武彦とは違って、律花もシュラインもどことなく楽しそうだった。
「じゃあ、手っ取り早く春を向かえましょうよ。ほらほら、武彦さん。凹んでないで、準備準備」
 取りたいなら早くしましょ。と軽く一度手を叩くシュラインは武彦を急かす様に立ち上がる。
「私も一緒にいいですか? そういうお祭りって歴史的背景とかがやっぱり面白そうですし、少しでもお役に立てるなら是非」
 立ち上がったシュラインを見上げると、続いて律花も立ち上がった。
 狐の祭りも気になるし、此処まで話しを聞いて武彦を放っておくのもなんだか申し訳ない。それに、やはり面白そうだし、狐の耳と尻尾もちょっとだけ気になった。
「ありがと、律花ちゃん。ほんと、いつも助かるわ。それじゃあ…狐さん達の景気付けにもなりそうだから、桜餅でも作ってお土産にしましょうか」
「あ、春っぽくていいですね。私もお手伝いしますね、シュラインさん」
 まるで二人の雰囲気は遠足かピクニックの準備である。
 桜餅を作ると二人して台所に引っ込んで行った二人を見届けた武彦は、今からどうなるかと天井を見上げて大きな溜息を落とした。
「武彦さーん、狐さんの人数ってわかるかな?」
「……二十に…二十匹くらいじゃないか? …多分」
 わざわざ二十人から二十匹に言い直したのは、依頼主の稲荷への地味な仕返しか。
 そういえば、詳しい話しは…一切聞いていなかったな。と、適当な返答をした後に武彦は思っていた。


 さて、準備は整った。
 恒例行事ならば、道具は現地に揃っているだろうと言うシュラインの言葉から、荷物という荷物は、作った桜餅とポットに入れられた熱いコーヒーだけ。そのコーヒーは武彦の気合を少しでも入れようとのシュラインの気回しであった。
「なんじゃぁ草間。お前さんみたいな男でも、こんなべっぴんが力貸してくれるモンか」
 へー。ほー。と、やたら感心した様な声。
 場所は既に都心から離れた山奥で、二人が武彦の車から降りると直ぐにそんなからかう声が響いていた。
「あの方が今回の依頼主さんなんですね。草間さんって、本当に色々な人っていうか…お化けというか…。知り合い、多いですよね」
「うーん。自分では奇怪の類嫌だっていってるけど、なんだかんだで放って置けない人みたい。だから、好かれちゃうのかな」
 こっそりとそんな会話を交わした二人。笑いあうシュラインと律花の視線の先には、嫌そうな顔で受け答えをしている武彦と、和装の男が一人。男は武彦と同じく狐の耳と尾を生やしていた。
「さぁて、行くとするかね。荷物は草間に持たせんしゃい。重いものは女子(オナゴ)が持つもんじゃぁなか」
 ちいと歩くけえの。と和装は言い笑い、ちょいちょいと二人を手招きし歩き出していた。


 里、と呼ばれるからどんなものかと思っていればまったくもっての里だった。いうなれば、昔話に出てくるような農村的な。狐もいっちょまえに人様と変わらぬ家に住むのか。と、里の入口でシュラインが準備していてくれたコーヒーを口にする武彦の感想はそんなものだった。
 耳と尾のついたこんな姿からはさっさと抜け出したいというのに、視線の先では律花とシュラインが白月にふかふかもふもふの耳を付けられてはしゃいでいる。
「私、以前猫っぽいって言われた事はあるんですけど。狐はどうかな」
 結構にあってませんか?と、軽く回ってみせる律花が悪戯っぽく小首を傾げれば、見ていた白月が手を叩く。
「ほー。やっぱ、こーいうモンは、華がある女子がつけるもんじゃあ。草間と違って二人ともよー似合っちょる」
 狐の耳と尾をつけた二人を見た白月が笑って言えば、横から武彦が「似合わなくて結構だ」と口を挟んだ。
 まあ、確かに二人ともタイプは違えど似合っているのだ。ふんわり上品系と妖艶系とでもいうのだろうか。どっちも……悪くはないよな。と、武彦は考えたがすぐさま我に返ってぶんぶん頭を振った。そして、
「と…とっとと春だか夏だか呼ぶぞ! 狐の里なんて長居してられないしな」
 急に積極的な発言をしだす武彦に、当然シュラインも律花も首をかしげた。夏は流石に気分が早すぎはしないだろうか…。
「ま、大方しょーもない事でも考えたんじゃろ」
 首をかしげた二人に白月がニヤっと笑ってそう言っていた。


 閑散としていた。何がといえば、それは里が。であった。
 東の都、東京では既に春も折り返し地点と言えるではないだろうか。桜も散り出す頃だというのに、この山間の里は冬一歩手前の季節という程に色が無くて活気も無い。それに加えて、本当に狐の数が少なかった。
「そうね…こうやって耳や尻尾を出したみたいに、人数不足って幻で補えないかしら?」
 里に入って集められた狐の数をざっと見て、シュラインは素早くそんな提案をした。
 集まっていた狐達は、皆一応ながらに人の姿を取っている。ならば、こうした幻の力もそれなりには使えるのではとの判断である。
「それから、きっと賑やかな方がいいでしょうから少人数でも担げるお神輿なんてどう? 担ぎ手意外は楽器で 賑やかにすれば、春もこっそりお祭りに混じれそうだし。音が足りなかったら、私の“声”で補ってくわ」
 そこまで言い、シュラインは一同の顔を見渡した。
「何かを呼ぶ時は楽しく騒いで興を惹くのが、天照大神の頃からの習いですしね」
 もちろん律花はそんなシュラインの意見に賛成。
 里の春が天岩戸的な場所に閉じこもっているかは解らないが、何かしら通じる部分はありそうな気がしていた。
「悪く無いんじゃないか? 幻の増員くらいは出来るだろ、白月」
「狐使いの荒いっちゅーか、と言いたいとこじゃけえ。いい案の上に、手伝ってもらってるのはわしらじゃしのー」
 武彦の言葉に白月は頷いて、側にいた狐衆に神輿の手配する様に告げた。古臭い里ならではか、神輿は社にあるという事だった。
「神輿は里の社から真ん中の桜の木まで担がせるけえの。幻うんぬんもこっちでやって」
「桜の木? 桜があるなら、その下で宴会的な事なんてどうですか? 踊ったり歌ったりはやっぱりお祭りにはつきものじゃないかと思いますし」
 桜と聞き瞬きをした律花が一つ笑んで言った。
「神輿と楽器で賑やかした後は、宴会で騒ぐ。決まりだな」
 そんな武彦の言葉の後、それぞれは春を呼ぶためにと動き出した。


「ちゃんと、咲くといいんですけど」
 宴会会場のセッティングを任された律花は、枯れ木の如く寂しい桜の大木を見上げて心配げに呟いた。ちょどそれと同じ頃、遠くで『ホーホケキョ』と春らしい鳴き声。そして、神輿を担ぎ出す騒がしの声が小さいながら聞こえはじめる。
「心配しとっても、なるよーにしかならんわあ。ほれ、歌って踊るんじゃぁろー? 秋月や」
 宴会準備に残っていた狐達の中に、白月も混じっていた。遠くで聞こえだした活気ある音に、早くも浮かれ気分な稲荷は、側にいた狐に笛と太鼓で囃しをさせて踊り出す。
「…それじゃあ、少しだけ。本当はそういうの苦手なんですけど、そうも言ってられませんよね」
 陽気に踊り出した白月を見て笑う律花は、テンテンと奏でられている囃しと踊る白月に合わせて歌いだす。
 達人級ではないかもしれぬその歌声だが、正確な音程の澄んだ歌が桜の枝を掠めると、眠っていたかの様な桜の木に小さな小さな蕾が生まれ出した。
 律花がそれに気付いて喜ぶ頃には、シュライン達が進める神輿の騒がしの音もすぐ近くであった。


 どんちゃん騒ぎとは、こんな事を多分言うのだろう。
 神輿を担ぎ終わると直ぐ、ヤイヤイヤンヤと酒を交えた騒がしい宴会が始まった。あるものは歌って、あるものは手拍子に合わせて陽気に踊る。
 幻として狐達が増やしていた人数だが、消し忘れなのかなんなのか明らかに最初の人数より狐の数が多くて桜の木のしたはごっちゃりとしていた。
 酒の肴は、それこそシュラインと律花が手作りしてきた櫻餅。春の香りと色を詰め込んだ櫻餅は、狐達にも大好評で、シュラインは多めに作ってきて良かったと喜んだ。
「それにしても、見事に咲いたもんだな。此処に来た時は枯れ木みたいだったってのに」
 言って視線を持ち上げた武彦は、枝が撓りそうな程に淡い桜色を咲かせた桜の木。
 神輿や楽器に、踊りや歌。賑やかに楽しく騒ぐにつれて、里が色を染めるように春付いて行くのが誰しにもわかった。花は蓮華や菜の花に始まって、生き物は蝶やウグイスにメジロが飛び交い歌う。
 そしてその最後が今、武彦が見上げている桜の大樹である。
 溢れる様にして桜が咲き誇った瞬間には、一同拍手喝さいだった。
「お前さんらのお陰じゃあ。頑固な春が今年も来よったわ。よーやってくれた」
 上機嫌の白月がそういえば、周りからありがたいありがたいと声があがって拝まれる。なんというか、少し気恥ずかしい。
「じゃあ約束だ、白月。コレとコレ、取ってくれ」
 それが目的だったんだと、武彦は狐の耳と尻尾を指差してさっさと取れと言う。
「へーぃへい、わかっちょるけえ。お安い御用じゃー。どれどれ……――おっと、間違えたわ。尻尾が増えたわぁ」
「ぇ、ぉい!!! 増やしてないで、消してくれよ!」
「変じゃぁ、酒に酔って消せなかー」
 明らかにわざととしか言えない口調で白月は言い、増えた武彦の尻尾と怒り出すのを見てケラケラ笑う。
「いいじゃない、武彦さん。ブラッシングのし甲斐が二倍になったもの」
 そんな狐と武彦のやり取りを見ていたシュラインが、何処からとも無く持参していたらしいブラシを手に武彦へ近づきだす。
 律花は狐達に勧められるままに、何杯目かわからぬ酒を口にしていた。が、上品な顔にも関わらずザルな彼女は背後で騒ぎ出したシュラインと武彦へ振り返って、二本に増えた武彦の尻尾を見つけて肩を揺らす。
「ブラッシングなんかより、さっさと消してくれっ」
「ブラッシングするまで、絶対消さないで下さいね、白月さん。―――あ、武彦さんが逃げた! 律花ちゃん捕まえてっ」
「え、ぁ…はい!!!」
 何ゆえか逃げ始めた武彦を、律花が腕を引っ張って引き止める。引き止められた武彦に、ニッコリと微笑んだシュラインが近づいてムギュリと尻尾を捕まえてから、嬉しそうにブラッシングを開始。
「白月、とっとと消してくれっ。女狐どものおもちゃにされるだろっ」
 既にされているが。
 “女狐”と言った瞬間に、シュラインと律花が武彦を睨みつけたか否かは定かではない。
「ははっ、心配なかとよ。明日には消えちょる。それにしても…いい春じゃぁー」
 そんな風に笑った白月は、満足そうに杯の酒を煽っていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 0086/ シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 6157/ 秋月・律花 / 21歳 / 女 / 大学生

 NPC/草間・武彦
 NPC/白月

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■         ライター通信          ■
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 秋月・律花 様
 お初にお目にかかります、ライター神楽月です。
 お待たせしてしまいましたが、狐里の春をお届けいたします。
 分量が多めになってしまって申し訳ないのですが、お気に召して頂けたら幸いです。
 プレイングにて「天照大神」という名が出てきた時には、さすが考古学や歴史に通じている方だな、とうんうん画面の前で頷いておりました。笑
 律花様のお狐様モード(狐耳+尻尾)は、お上品に見えてちょびっと悪戯好きそうな可愛らしい感じかなぁと思いつつの執筆でした。

 リテイク等、何か御座いましたらばご遠慮なくお申し付け下さい。
 それでは、またご縁がありましたら宜しくお願いいたします。
 今回はご依頼有難う御座いました。