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<東京怪談ノベル(シングル)>


獣の森


  本当に気まぐれだった。
 真央が作ったネットの掲示板『獣の森』
 特に何を目的としたのでもないのだが、どういうわけか幽霊退治の依頼を主とした書き込みが絶えない。
「ここ、どこかと間違えているわ」
 しかし内容はどれも切迫した様子。
 悪戯でもなさそうだ。
 正義感、と言うよりは興味の方が強い。
 どこかと間違えているならそれもいいだろう。
 要は解決する力があるかどうかの話だ。
 そして今日もまた、依頼が一件。
 ある少女からの、蛇の化け物を退治してきてという依頼。
 近隣の山中に出没する白い大蛇のおかげでうかつに出歩けないといった内容だった。

――白蛇の化け物…か どうするのだ?――

 何か思うところがあるのだろう、傍らに佇むビーストという名の黒犬が真央に問う。
 ある程度は掲示板に書いてあるものの、詳細なことは現地に行ってみないことにはわからない。
 人が森へ立ち入るたびに白い大蛇が襲い掛かってくるという、文面だけ辿れば実にありきたりなものだった。
「とりあえず、行ってみましょうか」

 夜はいい。
 全てを覆い隠してくれる。
 そしてこの目は暗闇でも真昼のように見通すことができる。
 少し前の自分ならば満足に動けもしなかっただろう。
 闇に恐れを感じているわけではないが、それでも合いまみえることも多いゆえ、自らに不利な状況に陥るのは好ましくない。
 ビーストが、ビーストの獣巫女となり彼をこの身のうちに宿したことで得た獣の能力は、真央の今の生活において有利に働いている。
「…ビースト?」
 夜の森へ入った瞬間から、身のうちでビーストが僅かに動揺しているのが分かる。
 恐れているのか。いや、そんなはずはない。

――この気配は――

「どうかしたの?」
 黒犬の姿で表に出てきたビーストに小首をかしげる真央。
 悠然と立ち尽くす彼の姿に恐れなど微塵もない。が、しかし、その心中は何故か動揺している。
 何が彼の心をここまで揺さぶるのだろう。
「蛇…そんなに手ごわい?」
 手ごわいのならば自分も多少なりとも気合を入れて臨むべきだと思った。
 だがビーストは首を横に振る。

――まさかとは思うが……――

 状況が飲み込めない真央は何がそんなに気になるのかとビーストに問う。
 するとビーストは真央と出会う前、まだ自由だった頃に自分と同じような蛇の大妖に知り合いがいたことを明かした。
「―――友達かもしれないのね」
 真央の言葉にビーストは頷く。
 その可能性があるならばはっきりと確かめねばならない。
 退治してくれと頼まれたはいいが、それがもし彼の友人だったならばとても後味の悪い思いをさせるだろうから。
「いるなら出てきなさい」
 まだ細い月の明かりで僅かばかり輪郭が浮き出る森の中。
 しかし奥へ足を進めれば鬱葱と茂る葉に遮られ、力強い光の帯で葉の隙間をぬって大地へ降り注ぐ昼間の光の雨とは違い、夜の闇を照らす月明かりはなんとも儚くやわらかに森全体を照らすだけ。
 隙間をぬうだけの強引さを持たず、遮られた空は暗く、葉脈を見上げるだけだ。
 だがそんな闇の世界でも、真央とビーストは昼間のように森の形を捉えている。
 そして、前方の大木からずるりと降りてくる白い大蛇の姿も。

<何ぇ、まぁた人間かい。気ぃ悪いわぁ>

 念話の様に頭に日々く蛇の声は言葉をとめ、真央の傍らにいる黒犬を凝視する。

――やはりか…久しいな、白雷――

<……こないな所で旧知に遭うたやなんてねぇ>

「やっぱり知り合いだったのね」
 ビーストと蛇…白雷のやりとりを傍らで見ていた真央がポツリと呟く。
 白雷にとって真央の存在はいぶかしむべきもの。
 何故ビーストほどの大妖がこんな小娘に付き従っているのかと問う。
 その問いにただ、彼女が獣巫女だと告げた。
 白い大蛇の表情が、瞳の輝きが変化する。
 そして白雷はジッと真央を凝視した。
「何か?」
 白雷の大きな口が歪む。
 それはまるで笑っているかのように。

<まだまだ制御でけたらしまへんけど えぇんとちゃう?>

 要はまだ未熟だと言いたいのだろうか。
 イントネーションから少々理解しにくい部分があるが、単語単語を追ってその言葉の凡その意味を理解しようとする真央。

――ところでお主、人前に姿を晒してまでこの地に拘るのだ?――

 蛇は水の性。
 だがこの場に池も湖もなく、あるのは鬱葱と生い茂る木ばかり。
 その問いの白雷は自嘲気味に、行く宛てがないからに決まっていると苦笑したように見えた。
 妖かしの居場所などこの世に限られている。
 ましてや山神クラスの大妖にとっては、人の世界は息苦しい。
 人の世に溶け込むのは力なき者かそれ以上の力を持った物好きと相場は決まっている。
「あたしの中にもう二匹はいるから三匹でも同じね」
 真央はそう呟き、白雷の前に歩み出る。
 一緒に行こう、と。
 居場所がなくて仕方なくこの場にいるのなら。
「ビーストもいるし」
 差し伸べられた小さな手に白雷の視線が注がれる。

<は―――っはっはっ! こらぁえぇ、けったいなお子どすなぁ。でもなんやほっこりしたわぁ。そうやねぇ、ビーストがいはるなら、それもえぇかもしれん>

 高らかに笑ったかと思うと、白雷はぐぐっと身をかがめ、真央と視線を交わす。
 
<あんじょうお頼申します>

 そう言うなり、白雷は真央の視界から消える。
 それと同時に真央の中に新たな存在が一つ増えた。

――依頼はどうするのだ?――

「……退治したことにしておきましょ。この場からいなくなるわけだし、誰も損はしてないわ」
 そう言ってきびすを返す真央に、確かに、と口元が歪むビースト。
 彼もまた、白雷同様姿を消し、真央の中へ戻っていった。



 こうして、真央の中に新たな住人がまた一人増えた。
 白雷という名の、白い大蛇が。




―了―