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或る如月の出来事
来たれ! 4月1日限定の幻のイベント!
駅前で配られていた、そう書かれたチラシを手に取った誰かが言った。
「ウソくせぇ」
他の誰かが言った。
「だってエイプリルだよね? ね?」
確かにごもっとも。
チラシを配っていた山高帽の紳士は言う。彼の傍にはチラシを同じく配っている幼い少女の姿。
「なるほど。お客様の疑いももっともですな。嘘かもしれません。確かに嘘でございますとも。けれども嘘と思っても気になるのが人間の性でございましょう。騙されたと思っておいでください。なぁに、たいしたことはございません。なにせこれも『嘘』かもしれませんからなぁ」
紳士はそう言って微笑む。
「おもしろいよー。ただ単にそんだけー」
幼女はそう言ってウフフと笑った。
どちらの笑顔も……かなりの嘘臭さだ。
さて、あなたはどうする?
***
駅前で配られていたチラシを受け取った草薙秋水は「ふ〜ん」と洩らした。なんだか面白そうだ。
*
古びた洋館の中はホテルになっており、ロビーには様々な客が来ていた。小さなホテル、というところだろう。
「森の中にあるにしてはなかなかいいよな」
入口で中を眺めてから足を踏み入れた秋水は、ん? と呟く。
なんだか重くなったような気がする。どこが、と思って見下ろして「うおっ」と洩らした。
なんだ? む……胸が膨らんでいる?
(腫れたのか? え? なんで???)
疑問符を浮かべている秋水は、まじまじと胸元を眺めた。これは……結構な大きさだ。だが痛みもないし……。
もしかして……。
「なぁ月乃、ひょっとして俺、女になってないか?」
隣に立つ、恋人の月乃にそう話し掛けた自分の声が異様に高い。そのことに秋水は仰天した。慣れていないので気持ち悪い。
「……性別が逆転するみたいですね、この館では」
普段よりかなり低い声の月乃が秋水を見遣って呟く。彼女は溜息をついた。
そうかと秋水は気づく。自分が女であるのと同時に彼女も男になっているのだ。そういえば月乃の胸が平らになっている。
(………………てことは、あそこには月乃になかったものがあるのか……)
なんだか彼女が不憫だ。しかしどういう風に励ませばいいのかわからない。
悩んでいる秋水はふと気づく。ロビーの中央に居る男女に見覚えがあったのだ。
(あそこにいるの漣と彼女……あー、今は漣と彼氏か?)
ニヤ、と笑みが浮かぶ。声をかけるべく秋水は彼らに近づいていった。近づいていけばいくほど笑いが込み上げてくる。とうとう秋水は笑い声をあげてしまった。
その声に気づいて漣は振り向く。
「く、草薙! 何故貴様がここ、に…………」
こちらを見た漣は顔を青くし、ごしごしと瞼を擦った。
「な、ななな何だその胸はっ!?」
指差してくる漣はかなり動揺しているようで、慌てていた。
「そういうおまえだって女だろ」
指摘された漣は怪訝そうにする。どうやら自分が女になっていることに気づいていないようだ。
みるみる青くなっていく顔を見て秋水は吹き出しそうになった。
(こいつ、自分が女になってたの気づいてなかったのか。まぁ、しょうがないな。胸ないし……。ふ、なんだか知らんが妙に優越感だぜ)
見るからに貧弱な胸の漣に比べると秋水のほうがかなり大きい。
(ふぅむ。いいとこA。悪くてAA。俺はDかEってとこか)
なんて秋水が観察していたことにすら気づかず、漣は横に立っている少年のほうへ視線を向けた。情けない顔の漣は彼女の胸元を見て、ますますしょんぼりする。
そして、漣は顔を引きつらせてから笑みを浮かべる。
「す、すまない草薙……俺は急用ができた! 一泊二日らしいが今すぐ帰らせてもらう! 日無子、さぁ今すぐ帰ろう!」
呼びかけた隣の少年はすぅ、と目を細めて漣の手を掴んだ。そしてニタリと笑う。
「……日無子?」
「チェックインしに行こうか」
そのまま漣は連れて行かれてしまう。秋水は唖然としていた。
(だ、大丈夫か……あいつ……)
明らかに尻に敷かれている。
まあいい。あいつらのことは放っておこう。
秋水は隣の月乃に笑顔を向けた。
「さて。月乃!」
「……はい?」
元気がない月乃は控えめに返事をする。
「元々ここに来たのは最近忙しくて月乃となかなかゆっくりした時間が過ごせなかったからだし、ゆっくり過ごせるなら性別が逆でも何も問題ないな」
「……そうですね」
目を逸らす月乃はまた溜息を吐いた。秋水は彼女の腕を引っ張った。
「じゃ、チェックインしようぜ! それからこの中を見て回ろうか?」
「……そうですね」
*
月乃は遠逆家の復興とやらで最近忙しかった。そんな彼女とゆっくり過ごせるならと思ってここに来たのだが……。
洋館の中を一緒に歩く秋水は、横の月乃を見遣った。綺麗な顔立ちは変わらないが、やはり男だ。ただ髪も長いためかパッと見では月乃は男とはわかりにくい。
(うーん……。こういう場合、女が腕に抱きついたほうがいいんだろうか……?)
そう考えて、ふいに月乃は自分にそんなことをしてくれないのを思い出した。なぜなんだろうかと秋水は首を傾げる。
(俺が照れるから……って考えたのか? それとも、月乃が恥ずかしがって……?)
考えても答えは出ない。まあいいやと秋水は思い、月乃に寄っていく。よし、今日は大胆に行くぜ!
月乃の腕に絡めると、自分の胸が彼女の腕に当たった。
月乃は慌てて腕を引く。そして秋水を軽く睨んだ。秋水はばつが悪そうな顔をする。
「……悪い。嫌だったか?」
「……いえ、なんでもないんです」
暗い表情の月乃は溜息をつく。
この状態では彼女が心休まらないというなら、ここに居てもしょうがない。秋水は苦笑いを浮かべた。
「そんなに嫌ならすぐ帰ろうぜ、月乃」
「え?」
「やっぱ慣れないか、月乃は」
「そ、そうではなくて……」
彼女は顔を赤らめ、また溜息をつく。そしてゆっくりと視線を秋水に向けた。
「女性の秋水さんが……」
「魅力的とか?」
冗談で言ったのだが、月乃が頷いた。
「はい……女の私より魅力的だと思いまして」
「っ!」
仰天して秋水は言葉もない。何を言っているんだ月乃は!?
「お、おいっ、冗談だろ?」
「いいえ?」
本気らしい月乃は歩き出す。秋水はそれに続き、横に並んだ。廊下には幸い、他の客の姿はない。
「なんでそんなこと言うんだよ!」
「え……いえ、私より胸もお……大きいですし……スタイルもいいですから……」
「…………」
月乃より胸が大きい???
秋水は自分の胸元を見遣り、それから月乃の胸元を見た。とはいえ、比べるべきものは、今は、ない。
(月乃の胸って……)
触ったことはないが、偶発的に彼女の裸を数秒見たことがある。風呂場でバッタリ、という定番のものだが、あの時の光景を秋水は必死に思い出した。
洗濯して干されていた下着から推測しても、彼女はCカップ。今の秋水より確かに小さい。
「胸が大きいのが好みじゃないぞ、俺!」
「嘘ばっかり。さっき浅葱さんと自分のを比べて偉そうな顔してたじゃないですか」
ぎくりとして秋水は顔を引きつらせる。自分が漣と比べたように、月乃も自分のと比べたということだ。迂闊だった。
「……月乃は大きい胸のほうがいいのか?」
「動き難いし肩が凝るので遠慮したいですが……殿方は大きいほうが好みなのでしょう?」
答えに困る秋水だった。どう返せば月乃が納得するのか……。
その時だ。廊下の曲がり角の先で話し声が聞こえた。漣とその彼女……いや、彼氏の会話だった。
「やだなぁ、気づかなかったの? まぁ胸がぺったんこだからしょうがないけどさぁ。あ、でも胸の大きさより感度のほうが大事だと思うから、そのへんは気にしないほうがいいよ」
感度???
ボッと顔を赤くして秋水は黙り込んでしまう。月乃も聞こえていたようで頬を赤らめて俯いた。漣とその彼女? の声が遠ざかって聞こえなくなる。
(……あいつら一緒に風呂とか入ってるのかよ……。し、しかも……そんな何回も経験あるのか……)
正直にショックを受けてしまった。奥手そうな漣に先を越されているとは……。なんてことだ。
「秋水さん」
呼ばれて慌てて返事をしたため、「へいっ?」と妙な声を出してしまった。
月乃は恥ずかしそうに俯いていたが、ゆっくりと顔をあげてぎこちなく微笑んだ。
「……感度がいいほうが、お好きですか?」
びくっとして秋水が足を止めてしまう。月乃も立ち止まってこちらを振り向いた。
「…………月乃、誰かと……?」
「えっ!? あ、いえ、違いますよ! そういう意味ではなくて……。自分の感度がいいのかどうか私はわからないので……。単に秋水さんの好みを知りたかっただけなんです」
「な……なんだ」
安堵して秋水は歩き出す。深読みしてしまった。
「そ……そうだな……。ど、どうだろ。俺にもよくわかんねー……」
「……そうですか」
腕を絡めようかどうしようか悩んでいると、月乃が腕を出してくる。秋水はそれに自分のを絡めた。
「……秋水さん、腕を組んで欲しいんですか?」
「は?」
「いえ、どうしてそういう行動に出るのかと考えて……そういう結論が出たんですが」
「うーん……してくれるのか?」
「いいですよ。もし女に戻ったら、幾らでもしてあげます」
「言ったな?」
にやっと笑う秋水は、ふと気づいた。そういえば……この性別逆転、本当に元に戻るのだろうか?
*
食事を終えて部屋に戻り、窓を開ける。涼しい風が気持ちよかった。
月乃は秋水の背後に立ち、軽く笑った。
「秋水さん、身体には慣れましたか?」
「肩凝る」
「あは。それはそうでしょう。女性の悩みが少しはわかりましたか?」
その笑い方が可愛くて秋水は項垂れた。あぁ、いま男なのが勿体無い。
「…………そろそろお風呂に行ったほうがいいですよね……」
「ん? じゃあ月乃が先に行けよ」
「…………う……ん。はい、わかりました」
自分のカバンから寝巻用の浴衣を出し、月乃は……ベッドに腰掛けた。悩んでいる。
「…………目隠ししたほうが……いいのでしょうか……。うぅぅ」
彼女は身体に慣れたわけではないらしい。
結局彼女はかなり長いこと悩んでいて、秋水は飽きることなくその様子を眺めていた。時々彼女の「どうしたらいいでしょう?」という質問に「さあなぁ」と応えてはいたが。
月乃が決心して立ち上がったのはもう24時前で、秋水は内心吹き出し笑いを堪えるのに必死だった。
「行きます……!」
なにやら決意して浴室に入って行く彼女。そして、それからシャワーの音が聞こえて五分後くらい……。
24時。次の日の0時きっかり。
大広間の柱時計の音が鳴り響いた。
がたん! と派手に浴室から音がした。なんだ? と不思議そうにそちらを見た秋水は、慌てて出てくる月乃の姿に驚愕するしかなかった。
「っ、しゅ、秋水さ……! 身体が……っ」
左手でおさえたバスタオルで、急いで身体を隠したという出で立ち。濡れた長い髪を右手で忙しなく払い、彼女は秋水に困ったように言う。
「いきなり……! いきなり元に戻って! あ、あれ? 秋水さんも男性に……なってます……ね」
やっと落ち着いたのか、月乃が口調を穏やかにする。しかし安堵した瞬間、左手からバスタオルが落ちた。衝撃を受けて秋水は目を大きく見開き、硬直する。
彼女はタオルが落ちたことに気づいていないようで、微妙に顔を歪める。
「あ、な……なんだ。一日限り……4月1日限定だったということ……でしょうか。……よかったぁ」
……よくない。
秋水は口元を引きつらせた。
(どこが……スタイルは、俺のほうがいい、だ……)
確かに女だった時の秋水に比べれば彼女の胸は小さいだろう。だがCカップではあろうが、もはやそれはDに近く……肢体は素晴らしくバランスがとれている。出ているところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる、というやつだ。
着やせするタイプなのがここではっきりした。無駄な贅肉がついていない月乃は落ちているタオルに気づいて「あ」と小さく洩らす。それから、顔をあげて秋水を凝視した。秋水は冷汗が出る。興奮から一転して、全身を嫌な汗が伝った。
彼女は耳まで赤くし、黙ったまま慌てて屈むとタオルを拾い上げて浴室に戻った。やっとそこで秋水は顔を逸らし、頬杖をついて深い息を吐き出す。
「…………こんな変な場所じゃなかったら、襲ってるところだ……」
そう、小さく呟いた。
(いや……でもいいもん見たなぁ)
今さらだが、じんわりと頬が熱くなっていた。
**
洋館の前で見送りに出てきた紳士と幼い少女はうやうやしく頭をさげた。少女はスカートの端を摘んでいる。
「ご来館まことにありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか? 楽しんでもらえたならこちらはそれで満足。裏があるのではと疑っておられた方もいらっしゃったでしょう。我々は何か企んでいたわけではありません。その証拠にあなたがたは無事でお帰りになられます。ではなぜこのような催し物をしたか? 疑問はもっともでございます。なに、我々は単に面白いこと、愉快なことが好きなだけでございます。今回このような企画をたてたのはひとえに皆様に楽しんでもらいたいがゆえ。ではでは一夜の夢はお開きでございます。また何か企画しましたならぜひともご参加ください」
一気に喋る紳士は帽子をとって胸の前に置く。少女は笑顔で手を振って、訪ねて来た者たちを見送った。
来訪者たちが完全に去った後……そこはただの森に戻った。洋館の姿は、どこにもない。まるで「嘘」のように、何も――――。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
月乃との性別逆転騒動、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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