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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


桜演舞 〜恋物〜

●オープニング
 4月某日の幽玄堂。その店の中の片隅にある桜の木。
 毎年ここではこの日だけに現れ、舞いを披露するという桜の精が出るという。
 しかし、今年はその精の様子が芳しくない。どうやら何か悩みがあるらしい。
 その桜の精の名は緋桜といった。

「緋桜様、何かあったのですか」
 幽玄堂店主、香月那智が桜の精に声をかけると緋桜は、俯き加減に話し始めた。
「実は……今年、私、緋桜と共に桜演舞を舞う白桜という男の桜の精霊が、私の母と諍いを起こし、舞うことを放棄してしまったのです。母には黙っておりましたが、私と白桜は……恋仲なのです。母の目を盗んでの密かな逢瀬を重ねるうち、仄かな恋心が芽生えたのです。 陰と陽、男と女の桜の精が揃って舞うことにより、今年一年の五穀豊穣と幸を願えるのです。お願いします、那智様。私の代わりに、白桜を探してくださいませんか?」
 緋桜は、桜の木の守護者でもある故、ここから離れることができない。
「わかりました、協力者を募り、白桜様をお探ししましょう」
 穏やかな微笑を浮かべ、那智は緋桜の願いを聞き入れた。
「ありがとうございます。それともうひとつ、私の扇子も探していただけませんか? 白桜が持ち出してしまったのです」

「さて、私一人では探しようがありませんね。どなたか協力してくださると有難いのですが」
 と那智が困っている時。
 こげ茶の中型雑種犬と、黒縁楕円形眼鏡に黒髪直毛ショートの知的でカジュアルな服装の男装の女性が、桜の木の側にやって来た。
「ここ、どこや?」
 大阪弁の雑種犬に、アンタが道に迷ったんだろと突っ込む女性。
「……また、厄介事に巻き込まれたか。まぁ、毎度の事だから私はどうでもいいけど」
 あなた達は……と聞く那智に、女性は自己紹介を始めた。
「私は難波陣。放浪の旅を続けている不幸人だ。で、コイツは聡。とある事情で犬に憑依した関西出身の男だ」
「ま、宜しゅうに」
 聡さんは探索に使えるかもしれませんね、と考えた那智は、二人に事情を説明し、白桜の捜索を手伝って欲しいと申し出た。
「はぁ…結局、こないなことになるんか……。ま、ええわ。手伝うたる。そん代わり、終わったらご馳走してや」
「勝手に決めるな、聡。そういう事情なら仕方が無いですね。私達で良ければ協力します」

「では、お願いします。緋桜様と白桜様の舞の際には、ご馳走を振舞いますので、楽しみにしていてくださいね」
 那智のその言葉と同時に、幽玄堂の桜を見に、あなたはやって来た。

●桜を愛でに来た者
「ほう……これは見事な桜だな」
 幽玄堂に見事な桜があるということを知り、やって来たのは泰山府君・―(たいざんふくん・ー)。額に宝玉らしきものを埋め込んだいるあたりが、人ならぬ雰囲気を醸し出している。外見は二十歳前後の中華風衣装に甲冑を身に纏った艶のある長髪の凛々しい武将なのだが……実は女性である。中世的な体格、容姿なので、男性と間違えられこともあるだろう。
「あの、どちら様でしょうか?」
 那智が訊ねると、泰山府君は突然訪れた非礼を詫び、自己紹介を始めた。
「突然の来宅、すまぬ。我が名は泰山府君と申す。ここに見目麗しい桜があると風の噂に聞いたので参った」
「そうでしたか。存分にお楽しみを……と申し上げたいのですが、実は困ったことが起きまして……」
 桜の木にもたれかかり、憂いの表情をしている緋桜を那智はちらりと見て、泰山府君に緋桜と共に舞う白桜が舞を放棄し、何処へと去った経緯を、緋桜の耳に入らぬよう、小声で説明した。
 そのことにより、桜の精が舞を披露できず、今年一年の五穀豊穣と幸を願えなくなったこと、緋桜の扇子が白桜に持っていかれたことも忘れず。
「白桜だが、緋桜という者が探せば良いのではないか?」
「緋桜様ですが、あの桜の木の側から離れれないのです。それ故、他の方に白桜様をお探しするしか方法がないのですよ……」
 溜息をつく那智に
「わかった、緋桜殿と共に舞う白桜とやらを我が捜しに行こう。店主殿、緋桜殿の側へ参ろう。もう少し、詳しく話を聞きたいのでな」

 おまけ。
「出番、まだかいな……」
「辛抱しろ」
 陣と聡の一人と一匹は、那智と泰山府君が緋桜と話して際の遣り取り。

●白桜は何処へ
「成る程…母上と白桜が諍いを起こし、白桜が舞うことを放棄したと。それでも男か、情けない!」
 泰山府君は、白桜の態度に憤りを感じた。
「しかし、恋仲であることを何故伏せる。問題ないのではないか? 事情があるだろうから、詳しくは聞かぬが」
 俯いていた緋桜だったが、顔を上げ、密かな恋心の話を打ち明けた。
「問題が……あるのです。私には、母が決めた許婚がいるのです。その方と共に舞えば、更なる幸は訪れるのですが……」
「その方は、光源氏のような方なのです。それ故、緋桜様は、自分を大切にしてくれる白桜様に恋心を抱いたのです。
『源氏物語』の主人公、光源氏といえば幾多の恋の遍歴で有名な今で言う「プレイボーイ」である。そのような男と結ばれ、契りを交わさねばならないというのは、緋桜にとっては身を裂かれるほどの苦痛になるだろう。
 緋桜の心中を察知した泰山府君は、二つ返事で白桜探しを申し出た。

「では、行って参る」
 白桜探しは、泰山府君、陣、聡の二人と一匹で行うこととなった。
「犬がいるとはな。これは心強い。聡とやら、緋桜殿の匂いは覚えたか?」
「心配せんでええ、ちゃーんと覚えとるさかい。俺に任しとき!」
「その自信、私は信じられないけけど、今はアンタだけが頼りなんだからね」
 陣の言葉にめげることなく、聡は匂いを嗅ぎながら少しずつ移動している。
 泰山府君は、額の宝玉を通常に蒼色かた、紫に変えた。この色を意味するのは、全てのことがわかるということだ。生者、死者関係なく悪事を見抜くことが言われている滅多に使わぬ冥府の力なのだが、何も手がかりがない以上、解放して捜さなくてはならない。
「額の色、自分で変えられるようですね」
 陣が泰山府君の宝玉を見て関心した。
「この額の宝玉が珍しいのか?」
「ええ、まあ」
 泰山府君と陣が話をしている時、聡が突然走り出した。
「聡、どうした?」
「はよついて来んかい、説明は後や!」
 二人は、全速力で走る聡の後を追いかけた。

●白桜の心の迷い
 聡が着いたところは、公園の片隅にある一本の桜の木だった。白桜は、その木にもたれかかり、憂いに満ちた表情で枯れ果てようとしている桜を見ていた。
「貴様が白桜か。随分と捜したぞ。手間取らせおって。緋桜殿が、貴様と舞うために待っているのだぞ」
 泰山府君が声をかけても、白桜は微動だにしない。
「仕方がない」
 泰山府君は、第三の目ともいえる宝玉の力を使い、白桜の心を読んだ。

『母上殿に緋桜と共に生きたい、と申し出たのは良いが……断られた上、口論になってしまうとは情けない……。これでは、緋桜に合わせる顔がない……』

 白桜の視線は、懐に差してある金色の扇子を差していた。あれが、緋桜が白桜に持っていかれたという扇子だろう。
「日が暮れてきました。早くしないと、演舞の時間に間に合いませんよ」
 陣が泰山府君を急かす。
「聡、あの者の懐にある扇子を奪うことはできるか?」
「何でそないなことせな……」
「できるのであればはようせい! あれが、あやつを動かすきっかけになるのだ!」
 泰山府君の勢いに負け、聡は白桜に飛び向かい、金色の扇子を奪った。

「それを返してくれ。それがなければ、俺は……」
 桜の木から一歩も動かなかった白桜が、二人と一匹の元に歩み寄った。
「これは、緋桜殿のものであろう。扇子を後生大事にしておれば、緋桜殿と結ばれるのか? 愚かな男よの、貴様は」
「……!」
 白桜は怒り、泰山府君を殴ろうとしたが……寸でのところでかわされた。
「一刻も早く、緋桜殿の元へ行くがよい。緋桜殿は……貴様の帰りをずっと待っておるのだぞ。貴様と共に、奉納の舞を舞うために」
 緋桜は、自分を許してくれるだろうか? と心配する白桜に
「誠意を持って謝れば、許してくれるって。勇気出し」
「聡の言うとおりだ。何事も、やってみなくてはわからないものだよ」
 聡と陣の言葉に後押しされ、白桜は幽玄堂に帰る事にした。

●桜演舞
「白桜、帰ってきてくれたのね!」
 嬉しさのあまり、緋桜は白桜に抱きついた。
「すまぬ、緋桜……。俺は、もうお前の側から離れはしない」
 白桜は、緋桜を強く抱きしめた。二度と話さぬように。
 その時、天から声が響いた。

『自分の正直な思いを伝えましたね、白桜。これで、緋桜をあなたに託すことができます。緋桜、白桜と共に朽ち果てるまで生き、五穀豊穣と一年の幸を願いながら舞いなさい。母は……常にあなた方の幸福を祈っておりますよ……』

 天女を思わせるような女性の声は、桜の木の化身である緋桜の母だった。
「おめでとうございます、緋桜様、白桜様。これで、めでたく夫婦になれますね」
 那智の祝いの言葉に、緋桜は歓喜のあまり涙を流した。
「二人の舞は、那智殿からとても美しいもの聞いた。是非、我にもその舞を見せてくれ。桜を美しく愛でることを待っておる者がいる、というのを忘れるでないぞ。我もその一人なのだから」
 陣と聡も、自分たちもだと緋桜と白桜を励ます。

 満月の光に照らされて行われた演舞は、素晴らしいものであった。
 白拍子装束を纏った緋桜の舞は、息を飲むほど美しかった。流水の如くしなやかに動く、手はすらりと伸び、手にしている金色の扇子はひらひらと舞う蝶の如く揺れている。
 直衣姿に、烏帽子を被った白桜の舞は、地面を踏みしめるように舞、時折力強く、それでいて儚く舞った。腰に差していた剣を抜くと、微風を思わせるような剣捌きを見せ、桜の花びらを、発生させた風に乗せ、舞うかのように散らした。
 二人の阿吽の呼吸の演舞は、五穀豊穣と今年一年の幸を願う桜の神に捧げる舞いは、泰山府君達をを魅了した。
 その舞を愛でながら、泰山府君はお猪口に注がれた酒を飲み干そうとしたが、花びらが一枚ひらりと落ちると、酒に浮いた。
「桜酒とは、随分風流よのぉ……」
 飲むのは惜しいと、退散府君はしばらくそれを眺めていた。
「本当に、飲むのは惜しいですね」
 桜湯を少しずつ味わいながら、陣が同意する。
 聡はというと……

「いやー、このサクラマスの押し寿司美味いわー! さっきの桜餅も美味かったけどな」

 花見より、食い気のご様子。
「皆様のおかげで、今年の桜演舞も滞りなく終わりました。どうもありがとうございました」
 那智が深々頭を下げると
「面を上げよ、那智殿。我もこのような美しい舞を見れて良かった」
 泰山府君が那智を気遣う。

 その後、緋桜、白桜を交えて、一同は桜を愛でた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3415 / 泰山府君・― / 女性 / 999歳 / 退魔宝刀守護神

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■         ライター通信          ■
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泰山府君様。
依頼系でははじめまして、氷邑 凍矢です。
この度は「桜演舞 〜恋物〜」にご参加くださり、まことにありがとうございます。
PL様のお住まいが、まだ桜が散っていないことを祈りつつ執筆致しました。

桜演舞、いかがでしたでしょうか?
泰山府君様にとって、良き思い出となったのであれば幸いです。

また調査依頼でお会い出来ることを楽しみにしております。
4月とはいえ、まだ寒いので体調を崩さぬよう、お気をつけください。

氷邑 凍矢 拝