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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


   『 蛍石 』



●鬼火

「蛍石ってのは、紫外線を当てると発光するもんなんだが…」
 キセルの煙をくゆらせながらレンはそこまで言うと、机上に置いていた深い青色の蛍石を手に取った。正八面体、ダイヤ型の蛍石は銀色の針金に絡めとられた形で首飾りになっており、その様子はまるで鳥かごに閉じ込められた青い鳥の姿にも見えた。
 レンは部屋の端へ歩むと、締め切っていた窓のカーテンを開けて、首飾りを月光にかざした。
「これはその逆でな。月光を浴びると発光するんだよ。神秘的でいいだろう? おかげですぐに買い手がついた。優秀な一品さ」
 どこか嘲笑うような笑みを浮かべたレンが再びカーテンを締め切っても、彼女の手の中にある蛍石は、仄かで青白い光を失わず、ゆらゆらと光を灯し続けた。
「だが、少し不具合があってね。どうやら、この光を長く浴びると生気を吸い取られるらしい」
 赤い唇から紫煙を吐き出して、事も無げに言って見せると、レンは殊更笑みを深くした。
 レンが言うには、依頼主はこのままだとそう長く生きられないが、蛍石に宿る光の原因をなんとかすれば、生気を取り戻して事なきを得ることが出来だろうと。
 ただし、依頼主はこの蛍石を絶対に壊してほしくないのだと言う。生命の危機に瀕しても、そこだけは譲れないと言うのだから、よほど思い入れがあるのだろう。
「まぁ、破壊せずとも、幸いにもコレには何かを封印した形跡がある。銀の針金がその名残だろうさ。…月光に惹かれるあたり、ブーバンシーかリャナン・シーかその辺の生気を吸う妖精だろうが、そんなに難しい相手でもないから、適当に処理してやるといい」
 カンっ、とキセルの灰を落として、レンは笑う。
「売る前に気付かなかったのかって? …ふふ、もちろん知ってたさ」
 薄暗い雑多な店内。照らすのは白熱灯のぼやけた光と、青白く灯る妖精の火。
 ここはアンティークショップ・レン。
「さぁ、月と宝石に妖精だなんて、素敵な物語を紡げそうじゃないかい?」



●夜伽話

 銀の針金に絡め取られた青い蛍石は、月光を受けてキラキラ、キラキラと光を跳ね返す。
 夜に夕暮れを思い出させるほどの赤い瞳がその光の一つ一つを見つめて、水面に映る月を掬い上げるように、優しく記憶を汲み取る。蛍石の中に住まう妖精の夢を垣間見る。


「私は一緒にいられない」
「なぜ?」
「貴方の幸せを願うから」
 淋しげに笑って、手をそっと払いのける。それでも、男性はずっと見つめている。身なりの良い男性だった。上流階級の、それこそ爵位を持っているかのような。だからこそ、二人の間にある壁は遥かに高く、壊しがたいものだった。結末は諦めだということは、誰の目にも疑いようがなかった。

「私を封じてください。あの人とずっと一緒にいられるように」
 けれど、妖精は諦めなかった。
「ずっと一緒にいられるように」
 涙を零して訴える声に、黒装束の魔法使いは頷いて、一つの魔法を授けた。

 月光を浴びない限り、蛍石の中で、人の生気を奪わない存在になる。

 そして、妖精の封じられた蛍石は、彼が他の女性を娶り、子どもを授かり、年老いて孫を抱き、やがて、静かな眠りにつくまで共にあった。生涯を共にした。

 そこから、様々な映像が入り乱れるように浮かび上がっては消える。それは、この蛍石が様々な人の間を行き来したことを意味するのだろう。やがて、一つの映像で夢は終わる。
 彼にどこか似た雰囲気を持つ、壮年の男性のにこやかな笑顔で石の煌きが消えた。


 月の光さえ浴びせなければ、かつてのようにずっと一緒にいられたのに…。
 妖精の呟きが聞こえた気がして、月光を翳していた蛍石を柔らかく握り締める。紅の瞳をそっと閉じて、夜風と月光を受けて艶やかなココア色の髪をなびかせる。微笑を浮かべると、樋口真帆(ひぐち・まほ)は手の中の蛍石に優しく囁きを送った。
「勇気を出して踏み出さなきゃ何も変わりませんよ?」



●夢の中

 月夜の丘に立っていた。
 柔らかく頬をくすぐる風に目を細めながら、真帆は自ら紡いだ夢の情景を見渡した。満天の星に蜜月色の月、緩やかな丘は青々とした芝生が茂って、近くにはキラキラと輝く夜空を鏡のように映す湖が広がり、遠くには木々の深緑。再会を演出するには最高のロケーションだと満足げに微笑むと、魔道書を広げて、意識を集中する。
 研ぎ澄ますように、どこまでも広げるように。
 そして、真帆の夢紡ぎによって創られた世界が、鼓動を打つように震えた。
 真帆はゆっくりと息を吐き出しながら、閉じていた瞼を開けると、そこには招き入れた人物が目を丸くして立っていた。
 一人は金髪碧眼の、いかにも童話や物語に登場しそうな美しい女性。
 一人は短い黒髪に深いブラウンの瞳を持った壮年の男性。
 二人は向かい合って、目を瞬きながらお互いの顔を見つめて、それから、真帆へと視線を移した。
 本日のゲストである二人の視線を受けて、真帆はちょんとスカートを持ち上げて頭を垂れると、顔を上げて満面の笑顔で告げた。
「こんばんは。真夜中の舞踏会へようこそ」
 いつの間に現れたのか、真帆は月光を受けて高貴な黒色を灯したグランドピアノの赤いビロード生地の椅子へ腰掛けた。そっと壊れ物に触るように、鍵盤に指を添わせる。
 単音が夜気に染み渡り、和音が夜空に響いて、やがて、音の波になる。雨のように、さざ波のように、寄せては返し、心に触れては余韻を残して遠ざかる。奏でるのは夜に恋人と語らうためのセレナーデ。
 初めは戸惑っていた二人も、この場所の雰囲気と真帆の静かな熱を秘めた音色につられ、どちらともなく手を取ってステップを踏み始めた。ぎこちなく動く足に、握られた手に、女性ははにかむように微笑みかけ、気が緩んだのか、男性の足を踏みかけて慌てる。バランスを崩しかけて、それを男性が支えてやれば、彼女は顔を赤くして僅かに俯く。柔らかな苦笑を浮かべて、男性はリードしようと手を引いて、今度は彼が女性の足を踏みかけ、慌てて足を引っ込めた。
 目を見合わせ、二人はどちらも肩をすくめて、可笑しそうに笑った。
 そんな二人の様子を見て、真帆も笑顔になる。そして、見守るように音楽を奏でた。

 演奏が名残惜しげに終わる頃、二人はすっかり打ち解けて、椅子から立ち上がって一礼した真帆に拍手を送った。真帆は擽ったそうに微笑んで、それから、男性へと歩み寄った。
「レンさんから依頼を受けた、樋口真帆といいます。…お気づきだと思いますが、彼女が蛍石の妖精です」
 上目遣いで直球に告げれば、男性は一瞬おいてから苦笑を浮かべた。
「なんとなく、分かりました。……それで、どうするおつもりですか?」
 男性が神妙な面持ちで聞いて、女性は表情を曇らせた。けれど、真帆は二人の表情を見て取っても、透き通るような凛とした声で自分の考えを述べる。
「封印を解けばあなたは助かるし、彼女も自由になれる」
 真帆はそこで一拍おいてから、静かに言う。
「でも、一緒にはいられない。それでいい?」
 真帆の言葉に、きゅっと目を閉じて、身を強張らせて、女性は僅かに震えた。男性もそんな彼女を見て、うろたえて真帆を見やった。その視線を真っ向から受けて、真帆は、
「……それとも」
 子どもが100点のテストを親に見せる時のような、悪戯が成功した時のような、そんな会心の笑みを浮かべて、真帆は語った。

 蛍石を代償にすれば、妖精が人の世界で生きていける術がある、と。

「妖精さんにとっても、依頼主さんにとっても、蛍石って形のあるものが大切なのは分かるよ。でも、それだけじゃないって、二人とも知ってますよね…? 形を持たないものこそ、って…」
 真帆の言わんとすることを悟ってか、妖精の口元がきゅっと結ばれる。目を閉じて、必死に覚悟を決めようとしている。真帆は彼女が決断を下すのを、黙って待ち、ちらり、と男性へ視線をやった。目が合って、真帆は挑戦的な猫の笑みを浮かべて見せた。彼は一度だけぱちくりと目を瞬くと、顔を伏せて、恐る恐る隣の彼女の手にそっと触れた。壊れ物を扱うように、包み込むように掌を握り、驚いて顔を上げた彼女に優しくて、でも、少し困ったような笑みを浮かべた。
 それを見受けた彼女は何を思ったのだろうか。見守りながら、真帆は思う。夕暮れ色の瞳で二人をじぃっと見つめる。かつての恋人を見出したのか、新しい恋を見出したのか、それとも違うなにかか。その胸のうちは誰にも知りようは無い。けれど、真帆は感じた。終わりではない、始まりの気配。踏み出せなかった一歩を踏み出す瞬間の、吐息。
「よろしく、お願いします」
 答えたのは妖精だった。聞いて、男性にも目をやれば、彼もしっかりと頷いた。真帆の愛らしい唇がにっと弧を描いて、
「まかせてっ♪」
 零れんばかりの笑顔を浮かべた。いつの間に取り出したのか、魔道書を手にして意識を集中し始める。
 風もない丘の上なのに、真帆のココア色の髪がふわりと揺れる。先ほどまでの、陽気な雰囲気はなりを潜めて、今、少女の周りを取り囲む空気は純水のように澄んで、それなのに炎のように内包する力を揺らめかせていた。
 すぅ、と息を吸い込んで、魔力を込めた言葉を紡ぐ。

「月の光を宿せし宝石よ。その淡き輝きを以って彼の者に祝福を」

 真帆の周りを包んでいた空気が突風のように丘の上を走りぬけ、夜空から満天の星空が降ってきた。



●星屑

 キセルの煙が室内を曇らせる。
「一緒に暮らし始めたらしい……」
 レンは鮮やかな赤の唇から、紫煙を吐き出して呟く。散らかった机に軽く腰掛け、窓外の月を見やって目を細める。
「有無を言わさずに封印を解くことも、出来たろうに」
 顔は窓を向いたまま、視線だけで真帆を見つめた。レンは言葉ではなく、目で疑問を問いかける。
 真帆はふるふると首を振り、僅かに小首を傾げて微笑んだ。
「恋物語はハッピーエンドじゃなきゃ、ね」
 ふ、とレンが笑った。真帆の回答に満足したのか、紫煙を深いため息のように吐き出しながら、机上に置いていた何かを手に取り、真帆へ放り投げた。真帆は慌てて手を伸ばし、それを受け止めた。
「礼だそうだ」
 キセルの灰を落として、レンは告げる。彼女が新しい煙草を詰めるのを視界の端に捉えながら、真帆は掌を広げて受け取ったものを眺めた。
 小さく砕けた蛍石、その深い青色が散りばめられたブレスレットが、真帆の手の上で星のような細かで優しい光を灯していた。












   fin.



□■■■■【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【6458 / 樋口・真帆(ひぐち・まほ) / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女】


□■■■■【ライター通信】■■■■□

この度はご参加、誠にありがとうございました。
普段の小説ではあまり書くことのないキャラクターということもあり、
新鮮な気持ちで執筆させて頂きました。
が、キャラ性を壊していないか、とても心配です。
また、初めての納品という事もあり、
不慣れな点があるとは思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。