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お掃除力で金運UP!?
――春休みが楽しくてしゃーないんは最初のうちだけやね。
「休みがずーっと続けばいいのに」なんて思うてるうちはまだコドモや。
タイクツ99パーセントでも、残り1パーセントが百倍面白いトコが学校やねん。
ボクもそれに気付いたんは最近やけど。
しっかし再放送の少年探偵アニメも見飽きたわ。
あ、嫌いやゆーてるんやないで?
ほんま言うと、ここだけの話かなり好きや。
うちにDVD揃ってるっちゅーねん。
探偵ってロマンのある仕事や思わん?
門屋将紀はそこで一旦思考を止めた。
――暇やとココロの中も独り言が多うなるわー。
実際ブツブツゆーてたらアブナイ人やん。
ふるっと頭を一度振ると、将紀は再び歩き出した。
小学生の将紀は春休み中である。
授業が無い分自由になる時間が増えたのは良かったが、あっという間に退屈が勝ってしまった。
歩道の脇から見える公園では、桜の木の下、思い思いに花見をするほろ酔い見物客たちで賑わっている。
――お酒ってそんな美味しいもんやろか。
苦いだけやと思うんやけど。
以前こっそり舐めた応接間のウィスキーを思い出して、将紀は顔をしかめた。
――煙草もケムイし、大人の考えはようわからんわ。
将紀が煙草で連想するのはある探偵の事務所だ。
草間興信所の机の上には、いつも所長の煙草が灰皿に積まれていた。
――暇やし、草間のおっちゃんとこでも行こかな。
どうせおっちゃんも暇してるんやろ。
なんやおもろい事あるかもしれへんし。
「そうしよっ!」
将紀はそう決めると、足取り軽く草間興信所へと向かった。
「草間のおっちゃん、いる〜?」
張られた布地が破れ所々スプリングの覗くソファから、煙草の煙越しに草間が将紀を見た。
「よぉ」
事務所には当然のように草間武彦が居た。
所長なので当然といえばそうなのだが、調査員も兼ねた身でいつ訪問しても事務所に居るのはいかがなものか。
将紀でなくとも家計状態を心配してしまうのは当然だろう。
「……おっちゃん、暇なん?」
一応将紀を気遣ってか、それともバツの悪さからか。
草間は横を向いて煙草の煙をを吐き出した。
「仕事を待っているんだ」
「暇なんやね」
ぐるりと事務所内を見渡して、将紀ははーっと息をつく。
久々に訪れる事務所は、以前にも増して散らかっていた。
草間のデスクの上にはささやかにコーヒーカップと灰皿を置く場所だけが確保されていたが、その他のスペースは全て書類の山、雑誌の山、封書の山という紙山脈が連なっている。
しかもいつ地崩れしてもおかしくない危険性をはらんでいる。
それはゴミ箱にも言える事で、すでに紙くずの一部は床に落ちていた。
――ボクんちよりも酷いやん……。
何気なく手をついた資料棚とファイルにも埃が積もっている。
「おっちゃん、よくこんなトコで暮らせるなぁ」
呆れ顔の将紀にも草間は特に気にした様子を見せず、相変わらず煙草をふかしている。
「ほっとけ」
「って、放っとけるレベルやないやん!」
将紀は草間を強引に立たせて事務所から追い出す。
「おっちゃん、ここお掃除するから、暇ならどいてや」
「おい、俺は暇なんて言ってないだろ」
真剣な将紀の表情にひるみながらも、草間が言い返した。
それを冷ややかに将紀の視線が遮断する。
「お掃除の邪魔やから」
草間を無言で事務所から出させると、とりあえず将紀は窓を開けた。
穏やかな暖かさを含んだ風が、どこからか桜の花びらを運んでくる。
「ここ、お花見できるんやね」
窓から遠くに淡い桜色の花が見て取れる。
花見客の騒がしさもここまでは届かず、ただ春の風景が広がっているばかりだ。
――窓も曇ってて、おっちゃんこんなキレイな景色も気付かんままなんかな。
それって寂しいやん。
思い切り新鮮な空気を吸い込み、将紀は事務所に向き直る。
「ほな始めよか!」
掃除用具をいつ放り込んだのかもわからないロッカーから取り出すと、将紀はまずはたきで埃を払った。
もうもうと立ち上る埃に顔をしかめ、将紀は咳き込む。
「いつの時代の埃やねん……昭和から積もっとるんちゃうの」
気を取り直して、はたける場所は全てはたき通した将紀はバケツに水を汲み、雑巾を浸した。
雑巾と言ってもロッカーに元々入っていた、『何か雑巾らしき汚れた布切れ』ではなく、給湯室に掛かっていたタオルを切った物だ。
「ええよね、タオル一枚くらい」
ロッカーにあった雑巾では、汚れが取れるよりも広がって行きそうに将紀には思えたのだ。
すぐにタオルは真っ黒に汚れを吸って、将紀を絶句させる。
「はは……一枚じゃ足りひんかも」
引きつった笑いが浮かんだが、将紀はめげずに応接テーブル、デスクと拭いていく。
汚れが落ちるだけで部屋の印象は変わっていった。
濡れ新聞紙で窓を拭きながら、将紀は呟く。
「事務所汚れてるからお客さん寄り付かへんのとちゃうやろか。
最近お掃除力て話題になってるし」
特にトイレを重点的に掃除すれば金運が上がるらしい。
居候先の叔父の仕事も、将紀が来て掃除などを手伝うようになってからは以前より順調に進んでいるように思える。
「掃除したくらいでおっちゃんの貧乏直るとも思えへんけど、汚いよりは全然ええよね」
モップで床を拭きながら将紀は言った。
それ程広くない事務所なので、子供の将紀でもすぐに床掃除は終わった。
「後はこの雑誌やね」
新聞と雑誌を崩れないようにビニール紐で束ね、部屋の片隅にまとめる。
「燃えるごみの日で出せる量やないわ、これ」
古紙回収業者に連絡して引き取ってもらえばポケットティッシュくらいにはなるかもしれない。
ふと、雑誌の中やけに薄い冊子が紛れている事に将紀は気付いた。
表紙になったイラストの女の子は胸を強調したメイド姿で、何故か顔を赤らめながら微笑んでいる。
メイドさんはスカートから太ももの奥がぎりぎり見えそうで見えないポーズを取っていた。
「なんやえっちいなぁ……」
何故か脈拍が速くなるのを感じつつ将紀がその冊子を開こうとした時。
「将紀、お疲れさん。
悪かったな、お前に掃除やらせちまって……ほら、アイス買って来たぞ」
草間がコンビニの袋を提げて戻ってきた。
「あ、お帰りおっちゃん」
「ああ……て、お前何見てるんだ!!」
微妙に赤面しつつ将紀の手から冊子を取り上げると、草間は素早く机の引き出しにしまった。
「何って……あれ何やの?
えらいカワイイ女の子いてる本やったけど……」
ぐっ、と草間は答えに詰まった。
あの冊子はある友人から押し付けられた男性向け同人誌だった。
内容は成人向けで、子供の将紀にはとても見せられない。
「あー……事件の資料だ」
「そんな大事なもん置きっぱやったん?」
苦し紛れに誤魔化そうとしたが、あっけなく草間は失敗した。
本当の所、大事な物でもそうでない物でも一緒くたに置かれているのが草間の事務所なのだが。
「なぁ、あれもっかい見せてぇな!」
興味を持った事にはとことん食い下がる将紀だった。
しつこく草間にねだる。
「アイスが溶けるぞ」
同人誌の内容が内容だけに、草間もはっきり断りにくい。
「アイスなんかいつでも食べられるやん。
それよりあれ、もっかい見たいねん!」
無視して自分の分のアイスクリームを食べ始めた草間だったが、
「ねーってば!」
「お前にはまだ早い!」
ぶつんと冷静さの糸が切れて将紀の頭に拳骨を落とした。
「アタマ悪ぅなったらどないすんねん!」
「うるさい!」
開け放したままの窓から、二人の不毛な言い争いがのどかな春の空に吸い込まれていった。
その後、お掃除力の効果があったかというと。
残念ながら草間にまだその効果は現れていない。
身の回りは自分で片付けてこそ、の金運UP効果なのかもしれない。
(終)
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