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<エイプリルフール・愉快な物語2007>


『大嫌いが嘘だとしたら』



◆00

「うわーん」
 小さな子供が泣きじゃくっている。
「どうしたの?」
 制服姿の少女が子供に向かって話しかけた。
 少女の名は小野・紗夜香(おの・さやか)。死告鳥とも呼ばれ、死が近しいものが命を賭けて残すメッセージを伝えるべき相手に伝える、という能力を持つ。
「たっ君にね、大ッ嫌いって言っちゃったの」
「そうなの。それが悲しいのね?」
「……というか、俺はどうしてお前がそんなに冷静なのかの方が気になるんだが、小野」
 屈んで子供の頭を撫でてやっている紗夜香の頭上から、呆れたような声が降ってきた。声の主は斉藤・零司(さいとう・れいじ)。紗夜香の級友である。紗夜香と同じように学ランを身につけ、襟元には彼女と同じ校章が光っていた。
「どうして?」
 子供の頭を撫で続けながら紗夜香は振り向きもせずに零司に問い返した。
「俺の記憶が正しければ、俺は自分の家でパジャマに着替えてぐっすり眠っていたはずなんだが」
「私もそうよ」
「お前とこんな場所に一緒に来る約束をした覚えもない。残念なことに」
「そうね」
「だったら何故、こんな事態になってるんだ?」
 そう言って零司はぐるりと周りを指し示した。その指が最後に止まった先にあったのは大きな観覧車。彼らが今いるのはどう見ても遊園地だった。
「さあ?」
「だから、なんでそんなに冷静なんだ?」
「前にも同じようなことがあったから。あの時は環ちゃんが一緒だったけれど」
 満開の桜の森で、古い桜の木からの言葉を受け取ったことのある紗夜香は級友の狼狽を歯牙にもかけない。
「三枝が一緒だというなら、そう言う不思議体験も有りだろう。だが、俺もお前もそう言うオカルト系の力は持ってないはずじゃないか」
「でも実際、こうして私と斉藤君とで同じ夢を見てるんだし」
「夢なのか?」
「多分ね」
 あっさりとそう言って、紗夜香は子供と再び向かい合う。その子供は女の子で、パジャマを着ていた。
 制服姿の友人が遊園地でパジャマ姿の子供をあやしている。その光景のシュールさに、零司は思わず眩暈を覚えた。
 そんな友人の困惑をまるで無視して紗夜香は子供に向かって優しく問いかけている。
「まずはお名前、教えてもらえるかな?」
「みーちゃん」
「みーちゃんはいくつ?」
「……わかんない」
「そう。それで、たっ君に大嫌いって言っちゃったのね?」
「うん……」
 そのことを思い出したのか、みーちゃんは俯いてまた泣き出しそうになる。少し慌てて、また紗夜香はみーちゃんの頭をよしよしと撫でてあげた。普段クールな紗夜香がこうして子供の相手をしている図は確かに新鮮で可愛いとも思えるが、だからといって零司の混乱がおさまるわけではなかった。
「みーちゃんは、どうして悲しいのかしら?」
「……だって、嘘なの。大嫌いなんて嘘だもん。みーちゃんね、本当はたっ君のこと、大好きなの」
「じゃあ、ごめんなさいってたっ君に言いたいのね?」
「……あのね、でもね、今日はひとつだけ嘘を吐いてもいい日なんだって」
 少女はそんなことを言って誤魔化そうとした。
「ああ、エイプリルフール……」
 零司は今日の日付を思い出すが、紗夜香は優しく、しかししっかりと首を振ってみーちゃんをたしなめた。
「だけど、みーちゃんはたっ君にいけないことをしちゃったと思っているんでしょう? じゃあ、きちんと謝らなくちゃ」
「……恥ずかしいの。みーちゃんが一人でたっ君に会いに行くのは嫌」
「わがままな……」
 思わず漏らした零司の呟きを聞きとがめて、キッと紗夜香が睨みつけてくる。思わず首をすくめて、悪意はないことを示す零司だった。
「じゃあ、私達がたっ君に伝えてあげましょうか?」
「おねえさんたちが?」
「そう。みーちゃんが本当に伝えたい言葉なら、私はたっ君にそれを届けることが出来るわ」
 しばらく考え込んでいた少女はやがてこくりとうなずいた。
「お願い、してもいい?」
「ええ。確かにメッセージを受け取ったわ」
 そう言って紗夜香は自分の胸を押さえた。
「お、おい。小野?」
 紗夜香の能力のことをよく知っている零司は慌てるが、紗夜香はそっと首を振って少女に向かって微笑んだ。
「じゃあ、みーちゃんはここで待っててね。たっ君に伝えたら、そのことを教えに戻ってくるから」
「わかった」
 ギュッと手を握って、みーちゃんはそこに座り込んだ。その頭を撫でて、紗夜香はその場を後にする。

「小野? さっきのってやっぱり?」
「……子供に対しても死は平等よ」
 瞳を伏せて悲しそうに紗夜香は言う。いくつもの死を見つめてきた彼女だからこその言葉。
「――……そうか。じゃあ、なんとしても伝えてやらなくちゃな……ってあれ? 受け取ったのに、お前疲れてなさそうだな」
 零司の言葉に紗夜香は真っ直ぐ彼の目を見て、それから少し微笑んだ。
「こういう場所では大丈夫みたい。環ちゃんと一緒の時もそうだったもの」
「そうか。じゃあ、まずはたっ君を見つけなくっちゃな――……おい?」
 ようやくそのことに思い至って、零司は半眼で紗夜香を見る。
「……みーちゃんと同世代の男の子、ずいぶん沢山いるわね」
 辺りを見回して、紗夜香がそう言った。そう、ここは遊園地。子供はいくらでもいる。
「たっ君って、本名すらわからないんじゃないか!」
「……もう一度、みーちゃんの所に戻る必要がありそうね」
「それにしたって無理があるだろ?」
「きっと大丈夫よ」
 妙に自信たっぷりに紗夜香は断言した。
「手伝ってくれる人が必ず現れるから」



◆01

 紗夜香が断言した数分後。
「これも何かの縁だもの、もちろん人探しはさせてもらうつもりよ」
 あっさりと助っ人が現れた。
「ありがとうございます。まずはみーちゃんにもう一回会って詳しいことを聞かないとって思うんですけど」
「そうね。たっ君の情報がなくちゃどうしようもないものね」
 テキパキと紗夜香と段取りを決めているのはシュライン・エマという名の女性だ。紗夜香とは夢の中でではあるが面識がある。
「……本当に手伝ってくれる人がいるし」
 そんな二人について行けなくて、半ば呆然と零司は呟いた。
「だって、きっとここは誰かの夢だもの。現実より都合のいいことがあるのは当然だわ」
「ふふ。一体今度は誰の夢なのかしらね」
「きっとエマさんが手伝ってくれた方が助かる人の夢ですよ」
 さすが怪奇探偵事務所の事務員さんだ。かつて夢の中で会った人物とまた夢で会って、頼まれ事をするという不思議な事実をこともなげに受け入れている。混乱している自分の方がおかしいのかと零司は少し落ち込んでしまう。
「大丈夫よ、斉藤君」
「小野……」
「そもそも私の力が特殊なんだから、その私と仲良くしてくれる斉藤君だって普通じゃないのよ」
「全然大丈夫じゃないっ! ……いやその、小野と仲がいいのは別に構わないんだけど……」
 そんな二人のやり取りをニコニコと眺めていたシュラインだが、不意にポンと手を打った。
「んー……お手伝いの手が多い方がいいなら、人探しのプロさんもこの夢に来ているかも」
「人探しのプロ?」
「そ。うちの興信所のボスさん」
 確かにプロが手伝ってくれるというなら心強い。
「でも、ここにいたとして手伝ってもらえるんでしょうか? 私達、何のお礼も出来ませんけれど……」
「大丈夫、理由を言えば放ってはおけない人だもの」
 シュラインの言葉には、草間武彦という人物への絶対の信頼がにじみ出ている。その信頼は零司や紗夜香から見ても微笑ましく、そしてとても羨ましいものだった。
「じゃ、まずは喫煙コーナーに行きましょうか」
 いるとしたら絶対にそこだから、とシュラインは二人を先導して歩き出した。

 ◆◇◆

 草間武彦は煙草の煙と一緒にため息を吐き出した。
 なぜ、一体、どうして自分はこんな場所にいるのだろう。
 どんなに考えてもわからない。というかここに現れる前に自分が取った行動の記憶といえば、ベッドに潜り込んで部屋の電気を消したことだったりするのだが。
「ということはこれは夢だな」
 試しに頬をつねってみる。……痛かった。
「だが、これは夢に違いない。怪奇現象なんかではない。断じてそうであってはなるものか」
 ぶつぶつと一人でぼやいている姿は端から見れば不気味であったが、幸いこの喫煙所には武彦一人しかいない。
「まあ夢なら夢でいいか。ここなら零に煙草の吸いすぎで怒られることもないしな。――それに、ここで待ってればあいつが来るかもしれないし」
 これが夢であろうと怪奇現象であろうと、こんな場所に自分がいるなら『彼女』もいないはずがない。武彦一人でこんな場所――遊園地に来ることなどありえないのだから。
「武彦さーん! 良かった、やっぱりここにいたのね」
 だから。
「やっぱりな」
 喫煙所の外からシュラインの声が聞こえた時、武彦は極めて自然に微笑んで手を振り替えしたのだった。



◆02

 人探しのプロであるところの武彦を加えた協議の結果、やはりみーちゃんからのもっと詳しい情報が必須だろうということになった。
「さすがに『たっ君』という愛称ひとつで人一人捜し出すのは至難の業だからな」
「正式に興信所に持ち込まれた依頼ならそれでもどうにかなるかもしれないけれどね」
 しかし、ここは遊園地。しかも多分現実のものではない。興信所で普段使うような手口は使えない。
「でも、みーちゃん、だいぶ頑なになってましたから、聞き出すの大変かもしれません」
「んー……その辺ちょっと気になってるのよね」
 顎に手を当て、シュラインは考え込む。
「年齢がわからないってみーちゃんは言ったんでしょ。もしかしたら、大往生の方が引っかかりを思い出して……だったりして」
「それでその当時の姿に戻って、心残りを無くそうとってか?」
 興信所二人の会話に紗夜香は目を丸くした。
「すごい……」
「初歩的な推理だけどな」
 紗夜香の賞賛に悪い気はしないのか、心なしか武彦は胸を張る。その推理を口にしたのはシュラインなのだが。脇でその会話を聞いていた零司はそう突っ込みを入れようとしたが、紗夜香の呟きを聞いて喉まで出かかっていた言葉が引っ込んだ。
「……さすがに勘がいいのね」
「え? 小野? それって――」
「あ、あそこにいるのがみーちゃんです。みーちゃーん! 一人で大丈夫だった?」
 零司の疑問は紗夜香の大声で遮られる。もう一度問おうとしても、紗夜香は立ち上がったみーちゃんの方に駆けだしてしまった。
「何なんだ、一体……?」
 確かに紗夜香の能力は神秘的なものだが、だからといって言動まで謎めいているわけではない。普段とは違う友人の様子に零司は首をひねる。そんな零司を見てシュラインはクスリと笑みを漏らした。
「エイプリルフールはみーちゃんだけじゃないって事ね」
「え?」
 シュラインもまた零司の疑問には答えずみーちゃんの方へ歩いていってしまう。謝ったり自己紹介したりをしている女性陣を見ながら、取り残されたもの同士零司は武彦と顔を見合わせた。
「何なんでしょうね。草間さん、わかりますか?」
「さあな。女が腹の中で何考えてるかなんて、悩むだけ無駄だよ」
 ハードボイルド風に決めた武彦の言葉をその高性能の耳で捕らえたシュラインが武彦に向かって叱咤をとばす。
「武彦さん! 若い子に変なことを吹き込まないの!」
 へいへいと肩をすくめ3人の元へと歩き出す武彦の後を零司も慌てて追った。

「ねえ、みーちゃん。やっぱりもっとみーちゃんとたっ君のことを知らないと、たっ君を見つけるのは難しそうなの」
「そうそう。だから、おねえさんたちが聞くことにもうちょっとだけ答えてもらえないかな?」
 かがみ込んで同じ高さの視線になり優しく語りかける紗夜香とシュラインを交互に見つめて、しばらく考え込んでからみーちゃんはこっくりとうなずいた。
「ありがとう、いい子ね。じゃ、まずみーちゃんとたっ君の本当のお名前、教えてくれる?」
 みーちゃんは見たところ5歳くらい、名前を聞かれて答えられない年ではないはずだ。だが、みーちゃんは首を傾げて答えない。
「わからない? なら無理しなくてもいいんだけど……」
 とはいえ、それがわからなければたっ君を捜すのはかなり難しくなってしまう。そんな大人達の懸念を感じ取ったのかみーちゃんはゆっくりと口を開いた。
「みーちゃんは、みお。たっ君はたくま君って呼ばれてた……」
 本当はフルネームがわかった方が良いのだが、少女のこの感じではそれを聞き出すのは難しいだろう。そう判断したシュラインは次の質問に移る。
「それじゃあ、みーちゃん達はどこから来たの?」
「お家」
「そのお家はどこにあるのかしら?」
 辛抱強くシュラインは質問を重ねる。子供を相手にするのは彼女に任せたとばかりに武彦は後ろで突っ立っているだけだ。
「住所聞いてどうするんですか?」
 そんな武彦に零司は小声で尋ねた。ここは遊園地、この中でたっ君を捜すなら現実に彼らがどこに住んでいるのかという情報は、何の役にも立たないのでは――?
「迷子放送だよ。あれなら『どこどこからお越しのなになに様』って言うだろ? たっ君のフルネームがわからないなら、他の情報は少しでもあった方が良い」
 さすがに興信所の所長。その辺のノウハウは心得たものだ。
「えっとね、みーちゃんはN区のH駅、たっ君のお家はT駅の近くにあるの」
「T駅ってS区のT駅?」
 うん、とうなずくみーちゃん。名前がはっきりしない割に今度はずいぶんと具体的である。そのちぐはぐ具合に首を傾げながらシュラインは質問を変えた。
「えーと、じゃあたっ君はどれくらいの身長かしら?」
「これくらい」
 今度もみーちゃんはあっさりと答えた。といってもそれは身振りで、彼女は必死で背伸びして自分の頭の上に手を伸ばしている。
「頭二つ分って所か」
 確認する武彦。たっ君がもしもみーちゃんと同世代の男の子なら、それはだいぶ大きめの子供と言うことになる。
「後は……」
 とシュラインが他に聞くことはあるか、と武彦を見上げた。
「はぐれた場所とその時の服装」
 この遊園地の中、一人だけパジャマ姿の少女に聞いても無駄かもしれないが、聞いてみても損はないはずだ。とはいえ、武彦のぶっきらぼうなその言葉でみーちゃんが理解出来るはずもない。シュラインは易しい言葉に代えて尋ね直す。
「みーちゃんはたっ君と一緒にここに来たのかしら?」
「うん、多分……」
 多分、というのが引っかかったが、とりあえず先を続ける。
「どこで別々になっちゃったのかしら?」
「別々に……?」
「みーちゃんがたっ君に嘘をついちゃった場所よ」
 紗夜香が助け船を出す。確かに喧嘩別れしたのならば、そこがはぐれた場所ということになるのかもしれない。
「……お馬さんの前」
 その時のことを思い出してばつが悪くなったのか、うつむき加減に彼女は答えた。
「メリーゴーランド、ね」
「ええ多分」
 メリーゴーランドの前でちょっとした喧嘩をする子供達。端から見れば微笑ましい光景だが、当人達にとっては大問題だったに違いない。顔を見合わせてシュラインと紗夜香は苦笑した。
「その時、たっ君がどんな服を着てたか思い出せる?」
「えっとね、Tシャツの上に半袖のジャケットを着てて、下はジーンズにスニーカー」
 今度はまたずいぶん具体的な答えが返ってきたものだ。質問を重ねるうちにみーちゃんの正体が薄々わかってきたシュラインは笑顔で最後の質問をした。
「たっ君の髪の色と長さも教えてもらえるかしら?」
「ブラウンアッシュに染めて、割と短めの髪」



◆03

 みーちゃんに再度そこを動かないでね、と言いつけた4人は紆余曲折を経てインフォメーションセンターにいた。
 ちなみに紆余曲折とは、「犯人は必ず現場に戻るものだ」と言い張った武彦がメリーゴーランドの前で張っていることを提案したり、「みーちゃんが心配でうろうろしているかもしれない」とみーちゃんがいるコーヒーカップ周辺を探してみることを零司が提案したり、その提案に沿ってメリーゴーランド前やコーヒーカップ周辺をしばらく探し回ったが、結局みーちゃんが言った通りの格好をした人間は、みーちゃんと同年代の男の子、零司や紗夜香と同世代の少年、シュラインや武彦と同世代の大人、年配の老人、どの姿でも見つけ出せなかったりしたことを指す。
「だから迷子放送を使いましょうってはじめから言ってるのに……」
 シュラインの白い目を受けて男性陣は小さくなりながら放送の準備を手伝っている。そんな彼らを尻目に、センターの中を見回して紗夜香が言った。
「当たり前のように無人なんですね」
「きっと、その方が都合が良いからね。誰にとっての都合かは……ふふ、私にも何だかわかってきたわ」
 手慣れた様子でマイクの用意を進めながらシュラインは笑みをこぼした。武彦と零司が出したOKのサインを見て、スイッチを入れる。
「S区からお越しのたくま様、S区からお越しのたくま様、お連れ様がお待ちです。総合インフォメーションセンターまでお越し下さい」
 まずはごくありふれた呼び出しの放送。これでたっ君がここに来てくれれば話は早いのだが。
「俺、一服ついでに外で見てるよ。丁度喫煙コーナーが近くにあるしな」
 センター内に張られている遊園地の地図を見て武彦が言った。確かに放送を聞いてたっ君がすぐ来るとは限らないし、それくらいの休憩はあっても良いだろう。武彦を送り出して、センターには3人が残った。
「たっ君、来てくれるかしらね」
「どうでしょう。もしたっ君もみーちゃんと同じくらいの年格好をしてるとしたら、さっきの放送じゃ難しいかも」
「そうね。その時は別の方法を考えなくっちゃね」
「別の方法……?」
「私にもちょっとした特技があるのよ」
 そう言ってシュラインは笑って見せた。紗夜香と零司はわけがわからず顔を見合わせる。
「まあ、もう少し待ってみましょう」
 しかし、いくら待てども『S区からお越しのたくま様』がセンターに現れる様子はない。
「おい、もう3本も吸っちまったぞ。こりゃダメなんじゃないか?」
 しびれを切らした武彦も喫煙所から戻ってきた。しかし、シュラインは動じない。
「じゃ、次の手ね」
 そう言って再びマイクのスイッチを入れる。
「……たっ君」
 マイクに向かってシュラインが発したのは、みーちゃんのものをそっくり真似た声だった。聴力と同様にボイスコントロールにも長けるシュラインにとっては、大して難しい仕業ではない。
「さっきはごめんなさい。嘘じゃなくてほんとうのこと、伝えたいの。もし、みーちゃんの声が聞こえたら、大きな観覧車の前まで来てください」
 同じ内容を何度か繰り返してからシュラインはパチンとマイクのスイッチを切った。
「これならたっ君もきっと気付いてくれるんじゃないかしら」
「エマさん、すごい……」
 感嘆の声を漏らす紗夜香にシュラインはウインクを返す。
「ありがと。さて、ああ言っちゃったって事は観覧車前に行かなきゃいけないわけだけど……これでも反応がない場合も考えて、こっちにも誰か残っていた方が良いわよね」
 誰か、というか放送が出来るシュラインはまず残るべきだろう。それに放送器具の扱いの手伝いや不測の事態に備えて最低あと一人。
「上手く連絡が取れれば良いんだけど……」
「それなら」
「俺たち携帯が」
 そう言って紗夜香と零司がポケットから携帯電話を取り出した。こんな場所で使えるものかと武彦は訝しんだが、試しに二人の間で通話をしてみると普段と何も変わることなく通じる。
「なら、斉藤君、向こうに行ってくれる? 私はもしかしたらもう一つ用事が出来るかもしれないから」
 紗夜香がそう願い出る。
「それはいいけど、お前、本当に身体は大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫。今までだってさんざん動き回ってるけど平気でしょ?」
 そう言って紗夜香は微笑んだ。その笑顔に送り出されて、零司は大観覧車の下へと向かう。
「今度はどうだろうな」
「何となく、大丈夫な気がします。ただの勘ですけれど」
「女の子の勘は馬鹿に出来ないわよね」
 そんなことを話しているうちに、紗夜香の携帯から呼び出し音が鳴りだした。ぴ、と通話ボタンを押して紗夜香は電話にでる。
「もしもし、斉藤君? どう?」
『来たよ、来た! 服装もみーちゃんが言ってたのとまったく同じ。話して確かめてみたけど、間違いなくみーちゃんを知ってるたっ君だって』
 そこで通話がとぎれて回線の向こうでなにやら言い争っている声が聞こえた。
「斉藤君?」
「だから、みーちゃんの伝言を預かってるお姉さんがいて、その人が直接伝えるからって……おい、小野。こんな調子だから早く来て伝えてやってくれ』
「わかったわ。もう少したっ君のお守りをお願いね」
 シュラインたちにOKサインを出しながら紗夜香は通話を切った。
「見つかったか」
「はい。……それで、私、もう一つ用事が出来てしまったので、お二人で先に観覧車の所に行っていてもらえますか?」
「用事? 今更か?」
「何となくその用事が何か、見当がついちゃった」
 首を傾げる武彦と対照的に悪戯っぽく笑うシュライン。そんなシュラインに紗夜香は笑い返してインフォメーションセンターを駆けだしていく。
「多分エマさんの予想で当たってます。だから、たっ君を上手くなだめておいて下さいね」
 観覧車とは別方向に駆けだしていく紗夜香の背を見送ってなお武彦は疑問が晴れない。そんな武彦の背中を軽く叩いて、シュラインも歩き出した。
「大丈夫よ、武彦さん。きっと全部上手くいくわ」
 そう言って振り向いたシュラインの笑顔はとても晴れやかだった。



◆04

「だから! 僕はみーちゃんがここにこいって行ったから来たんだ! みーちゃんがいないならこんなおじさん達に用事はないんだって!」
 遊園地のほぼ中央にある大観覧車の下。暴れるたっ君を必死でなだめるシュライン、武彦、零司の姿があった。おじさん達とひとくくりにされて微妙に表情を引きつらせながら零司が言う。
「みーちゃんから伝言を預かったおねえさんがもう一人いるんだよ。そいつから直接伝えてもらわないと意味がないんだ」
「何言ってんだかわかんないよ、バーカ」
 このガキ、と拳を振るわせる肩を叩いて武彦が零司をなだめる始末だ。
「ああもう、あのお嬢ちゃんはどこ行ったんだ? あの子がいないと話にならないんだろ?」
 天を仰いで武彦は嘆息する。
「もう少しよ、武彦さん、零司君。……もうちょっとだけ、待ってちょうだいね、たっ君」
 みーちゃんと話した時と同じようにシュラインは屈んでたっ君に話しかけた。
「それから、私はおねえさん、よ。間違えないでね」
 わずかの隙もない笑顔からにじみ出る空恐ろしい気配を感じたのか、たっ君は暴れるのも忘れてこくりとうなずいた。
「……こーやって女の恐ろしさってのを学んでいくんだよな、男って生き物は」
「何か言った、武彦さん?」
「イイエナニモ」
 小声のぼやきも聞き逃さないシュラインに武彦は電光石火で否定してみせる。首をすくめたところで、零司と目があった。今のやり取りを聞いていてとりあえず怒りは薄れたのだろう。疲れた顔で肩を落としている。
「本当に、小野はどこに行ったんだか……」
「遅くなってごめんなさい」
 待ち人来たる。ゆっくりと観覧車に向かって紗夜香は歩いてきた。手はみーちゃんとしっかり繋いだまま。
「って、ええ? みーちゃん?」
 零司の声にびくっとしてみーちゃんは紗夜香の影に隠れてしまった。みーちゃんと聞いてたっ君も紗夜香の方に顔を向ける。
「何だよ、今更。言っとくけど俺はまだ怒ってるんだからな!」
 ごめんなさい……と小声でみーちゃんが謝った。その頭を撫でてあげながら紗夜香が優しく諭す。
「ほら、もっと大きな声で、そばに行って言ってあげなくちゃ、ね」
「っていうか、お前、伝言! 預かったんじゃなかったのか?」
 それなのにみーちゃんを直接ここに連れてきては意味がないのではないか、と零司が騒ぐ。今まで彼の知る限り、紗夜香が受け取った伝言を渡さなかったことはなかったこと、そして、メッセンジャーでいる間紗夜香の体力が蝕まれ続けていくことを知っているからこその心配なのだが、紗夜香はそんな彼の言葉を何でもないことのように笑って否定する。
「だって私、何の言葉も受け取っていないもの」
「は?」
「いつもみたいにこの子に触れたわけでも、この子から私に光が移ったりもしなかったでしょ?」
 あっけらかんとそう言って紗夜香はまたみーちゃんの頭を撫でる。
「小野……? つまり?」
「みーちゃんは至って健康。事故に遭う予定なければも自殺したいとも思っていないわね。死の影なんて全然見えないもの」
「俺を騙したのか!?」
「だって今日はエイプリルフールでしょ?」
 悪びれずにそう紗夜香は笑う。がっくりと肩を落として零司は言った。
「お前なあ……いや、もう何でもいいや……」
 そんな零司の様子に苦笑しながら、紗夜香はシュラインへと向き直った。
「エマさんは私の嘘に気付いてましたよね?」
「前に会った時みたいな深刻さはなかったからね。紗夜香ちゃんならきっと伝言の重さは平等に扱うはずだと思ったし」
「ありがとうございます。嘘につきあって下さったことも」
「こんな好意的な嘘なら大歓迎だわ」
 それは紗夜香の意図を完全に察した上での言葉。結局いつの頃からか、女二人は共犯関係にあったわけだ。
「それに、私も痴話喧嘩のケリは自分でつけるべきだって思うもの」
 そう言ってシュラインはみーちゃんの所に歩いていく。いまだ紗夜香のスカートの裾を握ってぐずる彼女を二人で何とか説得しているようだった。
「結局俺がした事って……」
「嘆くな、少年。人探しは無事果たしたんだから役には立ってる」
 何かを悟ったかのように武彦はぼやいた。
 そんな男達の会話のことなどいざ知らず、みーちゃん達の方はようやく話がまとまったようだ。それでもまだ戸惑っているみーちゃんの背を、シュラインと紗夜香が二人して優しく押してあげている。
 きゅっと小さな拳を握って、みーちゃんは一人で歩き出す。たっ君の元へと。
「――……ごめんなさい、たっ君」
「何がだよ?」
 ぶっきらぼうにたっ君は聞く。その声に、またみーちゃんは震えるが、今度は逃げ出さない。
「あのね、たっ君のこと大嫌いって言ったの、あれね、嘘だったの。ほんとはね、私、私……」
 後ろでは頑張れ、というようにシュラインと紗夜香が手を握りしめていた。
「私も、琢磨さんのことが大好きです」
 いままでのみーちゃんの子供っぽい口調とはまるで違う話し方。それが魔法の言葉だった、というようにみーちゃんとたっ君の周りをふわりと優しい光が舞った。
「本当に?」
「もう嘘なんてつきません。あの時はいきなりでびっくりしてどうして良いかわからなかったから……」
 そして、光が去った後にそこにいるのは20代後半くらいの男女。どうでもいい気持ちになっていた武彦と零司もその変身には目を見開いた。
「やっぱりね」
 納得したというようにシュラインはうなずいている。
「シュライン、お前、これもわかってたのか?」
 武彦の問いにシュラインは笑い返す。
「みーちゃんに質問した時のこと、思い出してみて。年のこととか名前とかは曖昧にしか答えられないのに、住所を聞いたら最寄り駅をすぐ言えたり、たっ君の服装についてもあんな小さな女の子が答えられそうにないことをすらすら答えてくれたの。何より髪について『染めて』って言ってたでしょ。あれくらいの年の子が髪を染めているなんて、お母様の趣味でならあり得なくはないけど可能性は低いわ」
 だからやっぱり見かけ通りの年ではないのだろう、とあの時点で既にシュラインにはわかっていたのだ。ついでに言えば、その服装と染めた髪の色から言って年配の人である、という最初のシュラインの仮説も潰れたことになる。
「つまり、あの姿がみーちゃん――みおさんがついたもう一つの嘘だったんです」
 シュラインの後をついで紗夜香が説明する。
「たっ君――琢磨さんからいきなり驚くようなことをいわれてどうしたらいいかわからなくなっちゃって、とっさについた嘘が大嫌い、だったんでしょう。みおさんはその直後から自分の子供っぽい言動を後悔して出来るなら時間を戻してやり直したいと願って、その結果がこの夢なんだと思います」
「その夢に、君達も俺達も巻き込まれたってわけか……。それにしても、あの姿は戻りすぎなんじゃないか?」
「その辺は私より草間さんの方がご専門かと」
「他人を巻き込むような夢を見られる人だもの、何らかの霊力があったとしても不思議じゃないわね。それも自分じゃ自覚もなければ制御も出来ないような」
 紗夜香の言葉を今度はシュラインが補足する。
「結局怪奇現象かよ……しかも無報酬……」
 茫然自失とする武彦をよそにたっ君とみーちゃんは二人の世界に入っている。
「じゃあ、もう一度言うよ? 今度は大嫌いは無しだ」
「はい」
「美緒さん、僕と結婚して下さい」
「はい、喜んで」
 たった今成立したばかりのプロポーズに紗夜香とシュラインは拍手を送った。
「おめでとうございます。今度は現実の世界でもちゃんと婚約して下さいね」
「婚約だけじゃダメよ。結婚までこぎつけなくちゃ。それもとびっきり幸せなご夫婦になってね」
 半ばやけになって零司まで拍手している。そんな外野の存在にようやく気付いたのか、みーちゃんとたっ君――美緒と琢磨は顔を真っ赤にした。
「あの、本当に何から何まで皆さんのおかげです」
「そうですね。美緒をここまで連れてきてくれてありがとうございました」
 今更礼を言われても、何だかとっても馬鹿らしい。
「あーせいぜいお幸せにな」
 投げやりに言って武彦は二人へと背を向ける。そのままシュラインの手を引いて観覧車に向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっと、武彦さん」
「ここでの仕事は終わったんだろ? じゃあ夢から覚めるまでは自由時間だ」
 その言葉に紗夜香と零司は顔を見合わせた。ここで自分達も観覧車に、と言い出すほど空気が読めない二人ではない。
「じゃあ、俺達も自由行動ってことで」
「私、ジェットコースターに乗りたいな。斉藤君、つきあってくれる?」
「もちろん絶叫系だろうな?」
「あ、ちょっと、二人とも……」
 仲良く笑い合いながら去っていく二人に、今度は現実の世界で会おうと伝える間もなかった。武彦に腕をつかまれたまま、美緒達に負けないほどシュラインは顔を赤くしている。
「で? 俺達はどうしますか?」
「どうって、その」
「都合良く目の前に観覧車があるわけだが、乗るか?」
 ふと見上げると、眼鏡に隠されてはいるが武彦の頬も赤らんでいる。それがわかると急にシュラインもおかしくなってきた。
 はた迷惑なカップルに振り回されて夢の中でまでただ働き。
 その代償に少しくらい自分達の時間を楽しんだって良いだろう。
「そうね。一緒に乗りましょう、武彦さん」



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