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<東京怪談・PCゲームノベル>


     花見は酒もて桜の下で

 孤独な冬の王を優しき吐息で眠らせ、桃色の裾ひきやってきたるは、桜咲き散るうららかな春。
 春の代名詞は数あれど、この東京でもっとも歓迎される春にまつわる言葉といえば『花見』が常。そして、花見といえば桜というのがお決まりで、普段はわびしい広場にぽつんと立った一本桜も、己の下で誰かが花見をしてくれるのをひそかに待っていた。
 何故なら、桜は人に見られてこそ華である。愛でる者がなければ美しく咲く価値はなく、美しく咲かねば誰の記憶にもとどまらない――それはまさしく肉のないビーフカレーを食する時の虚しさに等しい――それが一本桜の化身、桜華(おうか)の金言。
 また、桜の化身、その夜の姿たる桜佳(おうか)はこう呟く。
 「過ぎたるは及ばざるが如しというけれど、花見は盛大であるほど良いとしたもの、盛り上げてくれる人が来てくれれば嬉しいところだね。」
 そんな願いが通じたのか、あるいは究極のカレー様の導きか、いつもの閑散とした様子とは異なりそれなりの賑わいをみせていた花見会場に、かの男が降臨する――。

 春の陽気が心地良い昼下がり、青の縞スーツに黒いサングラス、真っ赤なシャツを着こなすパンチパーマが眩しい長身の男――カレー閣下こと神宮寺茂吉(じんぐうじ・もきち)は、待ち合わせをした相手が時間を過ぎても一向にやって来ないことにひどく苛立っていた。
 「何をしてやがるんだ、あいつァ! こうして一分、一秒を費やす間に“究極のカレー”様が一歩ずつ遠ざかってる気がするぜ!」
 「兄貴、気持ちは判りますが、落ち着いてくだせぇ!」
 いつも一緒に三人仲良く並んでいる部下の一人がなだめようと口をはさんだが、神宮寺――もとい、カレー閣下は一言、
 「うるせぇ!」
 と、落雷と共にそれを一蹴した。
 彼の言葉は時に、雷を伴う。それは比喩でも誇張でもなく、彼のまとうオーラのごとき男気が成せる業である。
 「何があろうと、このカレー屋巡礼の旅が滞ることはあっちゃならねぇ! “究極のカレー”様の為なら! 俺は世界の何処へだって逝くぜぇぇ!」
 その言葉と共にまた雷鳴が轟き、雷が地を打ったかと思うと、カレー閣下は究極の最終形態、『カレー王』へと変貌を遂げていた。
 「茂吉さん、こんな冒頭で無駄な変身を……。」
 「その名で呼ぶなぁ!」
 と、三度雷が天より落ちかけた、その時。
 洒落ているとは言いがたい眼鏡をかけたスーツ姿のうだつの上がらない青年が、よろよろと彼ら四人の下へ駆け寄ってきた。月刊アトラスの編集員、三下忠雄である。
 「遅いぞ、てめぇ! 話だけでもってしつこく言うんで来てやったのに、遅刻するたぁどういう了見だ?」
 ふしゅるるる、と音をたてて高貴なる王の姿から元のやくざな男へと戻ったカレー閣下は、息をきらせている三下の胸倉に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。『カレーの為ならどこにでも現れる、驚異の怪人物を追え!』という記事を書きたい、と取材を持ちかけてきた編集部の熱意に負け、わざわざカレー屋巡礼の足を止めて三下を待っていたカレー閣下の血管は、もはや破れんばかりに膨れ上がっていた。
 三下はそんな鬼気迫る様子の彼に、
 「すみません、抜け道に使っていた広場が、今日は花見客でごった返していまして……。」
 と、息も絶え絶えに答えた。普段は人気がないというのに、よりによって一番人の集まる花見の日にその道を選んでしまうという運の無さは、三下の持ちえる負の才能の一つかもしれない。
 一方、花見と聞いたカレー閣下は眉を上げ、怒りを忘れてしばらく何事か思案していたが、やがて、
 「……ようし、カレーの魅力を伝えるのもカレー閣下様の役目! つまらねぇ雑誌の取材を受けるより、そっちの方が“究極のカレー”様に近づけるってもんだ!」
 と俄然はりきり、部下三人を連れてたちまち走り出す。
 え、と三下が驚きの声をあげた時にはもう取材すべき相手の姿はなく、彼は一人、
 「つまらないとはひどい……。」
 と、悲嘆に暮れるしかなかった。

 広場には、中央にぽつんと立つ一本桜をぐるりと取り囲むように屋台が並び、見事に咲き誇った桜の下では幾人もの花見客が地面に座して宴に興じている。午後の日差しの中で少女の姿をした桜の精霊はぼんやりと、まさしく幽霊のように桜の樹の傍らに浮かび、その様子をどこか嬉しそうに見つめていた。
 そこへやってきたカレー閣下とその部下三人に真っ先に気づいたのも彼女――桜華である。
 桜の化身たる少女は宙を漂い、遠いのか近いのか今ひとつ判然としない距離までくると、カレー閣下を興味深そうに見つめて言った。
 「あなたは……。」
 「おう、俺だ! カレー閣下様だ!」
 それだけ言えば説明は不要、とばかりに彼は胸を張り、広場を見渡した。
 「何やら盛大にやってるな? どれ、俺が花見客の為に『究極のカレー様に50歩ほど近いかもしれないカレー』を振舞ってやろうじゃねぇか!」
 兄貴、かっこいい、という部下の歓声をあびながら、カレー閣下はどこからともなく取り出した道具一式、材料、スパイス等をずらりと広場に並べ、何事かと集まってきた花見客の眼前で調理を始めた。
 その手際たるや、実に見事なもので切れが良く、カレーだけに絵にも描けない美しさならぬ、文にできない華麗さである。
 それをすっかり感心した面持ちで見ながら、
 「あなたは料理ができるのか。」
 と桜華が呟くように言った。言外には『人は見かけによらない』という思いがにじんでいる。
 「俺を誰だと思っている、味の心配なら無用! 何たって“究極のカレー”様を追求する為に俺がインドまで行って学んできた真の神の料理よ。不味いなんてぬかす奴は居めぇ……!」
 そう言って、瞬く間に出来上がった芳しい香りの液体を鍋からすくいあげ、カレー閣下自ら味見をした。その瞬間、彼は言葉もなく唸る。
 舌にのった絶妙な味――それはほぼ究極に近く、実に美味い。
 感動のあまり肩を震わせながらカレー閣下は、威勢良くおたまを振り上げた。
 「完成だ! おい、皿をよこせ!」
 部下の一人が次々に手渡す器に、目にもとまらぬ速さと、神業としか思えない正確さでカレーが盛られていく。その見事な香り、色、見た目に花見客が我も我もと皿を求めて手を伸ばした。部下二人がかりで配っても追いつかないほどである。
 「あと何人だ? 早く次の皿をよこせ!」
 『究極のカレー様に50歩ほど近いかもしれないカレー』を欲して争う人々を見ながらカレー閣下が叫ぶと、
 「兄貴、もうありません!」
 という元気良くも潔い返事が返ってきた。
 「ぬわにぃ〜!皿がねぇだとぅおー!くそ……こうなったら……。」
 眉間に皺を寄せ、雄叫びをあげたかと思うと、カレー閣下はヤクザの制服とも言えるサングラス越しに周囲の屋台へ鋭い眼差しを向ける。
 おでん、カステラ、焼きそば――ここで彼の目がとまった。焼きそば屋台の店員と目が合う。
 相手はその瞬間にすかさず目をそらしたが、カレー閣下は凄まじい勢いで焼きそば屋台へと突進し、店員の肩に腕を回して、堂に入ったドスを利かせた。
 「おぅおぅ、俺ぁ浪花にその人ありと言われたカレー閣下様よ! 少しでいいんだ。皿をよこしやがれ!」
 「ひい、命だけはお助けを。」
 気の弱そうな店員が震えながら言うと、
 「命じゃねぇ、欲しいのは皿だって言ってるだろうが!」
 と、さらなる怒声を浴びせかける。
 さすがにこの殺伐とした空気にただならぬものを感じたのか、誰かが携帯電話を取り出し警察に電話をかけ始めた。
 「あ、警察ですか? 今すぐ来てください、ヤクザが恐喝を……!」
 その言葉の後、間もなく甲高いサイレンの音が響き、恐ろしい速さで広場の方へと近づいてくる。
 「やっべぇ、サツだ!」
 皿の奪取に成功したカレー閣下だったが、たえなる調べとは言いがたい音色を聞きつけ舌打ちすると、愛しきカレー鍋の下へと走り寄った。
 「畜生、俺のカレー様を狙って来たな!? だがそうはいかねぇ!」
 そう言うなり鍋を抱え上げ、一目散に広場から駆け出していく。
 「野郎ども、撤退だ! 俺に続け!」
 「はい、兄貴!」
 口々に返事をすると、部下三人は調理道具一式を引っ掴み、カレー閣下の後を追って竜巻が去るごとく広場を飛び出していった。
 その場に残されたのは配られたカレーを片手に呆然とする花見客と、危機は去ったというのにまだ恐喝の幻を見て泡を吹いている焼きそば屋台の店員、桜の化身、そして彼女のように春の空の下を漂うほのかなカレーの香りだけである。
 桜華は、その芳しい香りを放つ食べ物を口にできないことに一抹の寂しさを覚えながら、遠くなっていく四人のカレーの伝道者たちを静かに見送った。
 そして、三下忠雄が上司の碇からけんもほろろに叱責されたことは、言うまでもない。


     了





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1747 / 神宮寺・茂吉(じんぐうじ・もきち) / 男性 / 36歳 / カレー閣下(ヤクザ)】

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■         ライター通信          ■
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神宮寺茂吉様――もとい、カレー閣下様、はじめまして。
この度はお花見にご参加下さり、まことにありがとうございます。
いただいたプレイングがあまりにも楽しくて、大変愉快な気持ちで書かせていただきました。
カレー王に変身させてしまったのはやりすぎかも、と思いましたが、どうしても勇姿を拝見したく、無意味に姿を変えていただきました。
己の欲望に忠実で申し訳ありません。
お人柄もとても魅力的で、すっかり惚れ込んでしまった次第です。
受注状況の都合で他のPC様に閣下お手製カレーを振舞えなかったのは非常に残念でありますが、またこのような機会があればいいなと、ひそかに願っております。
そんな思いをこめて、以下のような出来事があったことをお伝えしておきます。

 ――肩を震わせながらカレー閣下は、威勢良くおたまを振り上げた。
 ――その勢いですっ飛んだカレーが焼きそば屋台店員の顔にかかり、店員は悲鳴をあげる。
 ――それ以来彼は、カレー閣下が自分の命を狙っていると信じている……のかもしれない。

ありがとうございました。