コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


王子様は二度死ぬ<前編>

 興信所は、久々の依頼人を迎えていた。
 だが、その依頼人は見知った顔。
「どうしてお前から依頼を受けるんだろうな、俺」
「……どうか、お願いします」
 依頼主とはIO2エージェントとしてのユリ。
 彼女の隣にはもう一人、IO2エージェントらしき男性が。
 こちらはユリと違って幼いわけではなく、年恰好からすれば成人はしているだろうか。
「そっちの野郎は、ユリの旦那かなんかか?」
「……ち、違います! ただの同僚です!」
 『ただの』に力が入ったのに気がつき、男は苦笑した。
「僕は今の所、彼女のパートナーで」
「……仕事上のパートナーです」
「仕事上のパートナーで、麻生 真昼(あそう まひる)と申します。一応、これでもIO2エージェントです」
 武彦は真昼の自己紹介を受け、やはり思ったとおり、二人ともIO2エージェントだという事に対し、ため息をついた。
「あー、俺の記憶を確認させてもらうが、IO2ってのはオカルトチックな揉め事を解決する機関だったな?」
「大雑把に言うとそうですね」
「もう一つ、確かウチは『オカルト関係お断り』の張り紙を貼っておいたはずだが……」
 IO2の二人が興信所に依頼、となればやはりそれは超常的な依頼なのだろう。
「……その事は重々承知ですが、お願いできる所はここしか思い当たらなかったんです」
「頼ってくれるのはありがたいが、別件だとなおさらありがたいね」
「……お願い、出来ませんか?」
「そんな顔すんなよ。別に受けないってワケじゃないさ。ユリは顔見知りだし、やってやらんこともない」
 その上、武彦の後ろから赤字のプレッシャーが感じられる。当然、そこに立っているのは零だが。
 どうやら依頼を受けてくれるらしいことに、とりあえずユリと真昼は頭を下げた。

***********************************

「で? 依頼って言うのは?」
「……はい。佐田 征夫(さだ ゆきお)は覚えていらっしゃいますか?」
「佐田 征夫……。ああ、お前を捕まえた悪党だったか?」
 確か去年、ユリを拉致してユリの能力を宿した符を作った男だったはずだ。
 それ以外にも色々な符を作っていたらしく、偶に裏市場に流れた符を見かける事があった気がする。
「ソイツがどうした?」
「……あの男が作り出した符が大量に保管されている倉庫を発見しました。そこを押さえる事で、流れ出た符の大半を回収できます。保管している組織の規模はそれほど大きくない裏商店らしいですが、注意するのに越した事はないでしょう」
「そういやお前、IO2に行っても一人であの符を回収してるんだってな?」
 風の噂でそんな事を聞いたのだが、何処で聞いたかはもう忘れてしまった。
「大変だな。あの符だって結構流れてるんだろ?」
「……はい、記録を見ても軽く六桁は行くそうです」
 少し疲れたような笑顔を見せたユリだが、まだ諦めてはいないらしい。
「他の奴らは助けてくれないのか?」
「今は僕が手伝ってます」
「あー、この麻生ってやつ以外には?」
「……あの符自体、それほど脅威にならない、と判断されたらしく、積極的に回収活動は行っていません。ですが私たちの活動も制限されていませんので、それだけでありがたいです」
 笑顔を見せるユリ。虚勢というわけではなく、本心からそう思っているようだ。
 もしかしたら、自分の能力が有された符くらいは自分で回収したいのかもしれない。
「まぁ、お前がそれで良いなら良いが。随分薄情だな?」
「……そうじゃないです。皆さん、忙しいんですよ」
 遠回しに真昼が暇だと言っているのだが、彼自身は気付いていないようでただただ微笑を湛えていた。
 それにため息をついたユリが続ける。
「……報酬はIO2から支払われると思います。興信所の赤字を埋める程度ならふんだくっても大丈夫だと思いますよ」
「お前、自分が属している団体からふんだくっても良い、って言うのはどうかと思うぞ」
「……私自身、ちょっと薄給なんですよね。黒字が出たらお小遣いを下さい」
「言ってろ、小娘が」
 意外すぎるユリからの軽口に、武彦は笑って答えた。

***********************************

 コトリ、と紅茶のカップをソーサーに置く音が聞こえる。
「なるほど、佐田の置き土産、聞き捨てなりませんね」
 そこに居たのは黒榊・魅月姫。以前、佐田の一件でもユリを助けるのに一役買ってくれた。
 その際、佐田をボコにしたのが彼女で、その佐田が小賢しくも置き土産を残してるのが気に食わないらしい。
「お、魅月姫、聴いてたのか?」
「聴こえましたよ、同じ部屋にいるんですから。よろしければ、私も手伝わせてもらえませんか?」
「……心強いです」
 ユリの承諾を得、それに武彦も頷いている。
「だ、大丈夫なのか? あの娘はどう見ても高校生……それよりも下っぽく見えるけど」
「……私だって年齢的に言えば中学生ですし、確実に貴方よりは力になってくれます」
 真昼がユリに耳打ちするが、もの凄い言われようで切り返された。
 どうにも、ユリは真昼が大嫌いなようだ。
「草間……今のでわかったと思うが、ユリとあの真昼ってヤツの関係を下手に茶化すと呪い殺されるぞ」
「そうみたいだな……今後、気をつけよう」
 興信所内にいた黒・冥月が武彦に忠告する。
 以前、冥月もあんな風にユリをからかってみた事があるのだが、その時も思い切り睨みつけられた覚えがある。
 生気吸収なんて恐ろしい能力を持っている辺り、呪い殺す、というのもあながち間違いでない気もする。
「でも、なにやらあの小僧と通じる所があるよな、アイツ」
「そうだな。小太郎のようにヘタレなのは間違いなかろう」
「こうなると、ユリの今後が心配だなぁ。ヘタレ男にばっかり捕まる嫌な人生を送らなければ良いが……」
 冥月と武彦がユリの前途を憂っている間にも話は進む。
「ユリちゃん、その倉庫の大きさや位置、敵の規模についてもう少し詳しく教えてもらえる?」
「……はい」
 シュライン・エマがメモ帳を取り出し、ユリに質問する。
 当然、彼女も参加するわけだが、こうして見ると以前の佐田の一件と同じメンバーだ。
「……もしかして、佐田に呪われてるんじゃないか、このメンバー」
 佐田はまだ生きていて、今もIO2に身柄を拘束され、裁判の最中らしいが、生霊なんて言葉もある。
「武彦さん、ちょっと黙って。今大事な話してるんだから」
「……っち、わかったよ」
 シュラインに怒られた武彦は不貞腐れたようにタバコをくわえて換気扇の下に陣取った。
「で、ユリちゃん?」
「……はい。倉庫の位置はここからそう遠くありません。ちょっと行った所の空き地にコンテナを置いて、そこを倉庫に使っているらしいです」
「コンテナ……貸し倉庫かしら?」
「……いえ、符を所有している裏商店の所有物、所有地らしいです。その商店もホントに小さなものですので、その空き地もそれほど広くないです」
「位置は確認したぞ」
 冥月が影を感知して場所を割り出す。確かに、小さな空き地にコンテナが置かれてあるし、その中に符もあるようだ。
「見張りの数は……五人か。大した武装もしてないし、楽勝だな」
「あちらが符を使うとも思えませんしね。大事な商売道具でしょうから」
 今現在のメンバーの中で戦闘要員である二人が不適に笑む。
 どうやら、荒事に関しては安心しても良さそうだ。
「でもあまり高をくくるのは危ないわよね。万が一に備えて色々考えておかないと」
 それでもシュラインは相手が符を使ってくる可能性も考慮する。
 人間、溺れてしまうと藁もつかむ。だったら敵がピンチになれば背後にある切り札を使うかもしれない。
 それにこれから向かう場所が私有地なら不法侵入となる。
 相手に訴えられれば高確率で敗訴だろう。金を払え、といわれても興信所にそんな金があるわけがないのは確認するまでもない。
「あ……でも訴えられそうになっても、向こうの弱みを握ってればもみ消せそうね……」
「うぉ、シュラインが妙な笑みを浮かべてやがる」
 シュラインは持ってきていたノートパソコンを開けてネットの海を泳ぎ始めた。

***********************************

「ただいま〜」
 と、そこへ小太郎が帰ってきた。
「おお、やっと帰ってきたか。お使いもまともに出来ないのかよ、お前は」
「うるさいな、草間さんは。俺だって頑張ってるんだよ、ホラ、これ」
 コンビニのビニール袋をテーブルに放る。中身はどうやらおつまみらしい。
「よぉ、ユリ。いらっしゃい」
「……小太郎くん……ど、どうしたの、その傷」
 挨拶しようとしたユリが驚いて小太郎に駆け寄る。
 武彦も眼を凝らして小太郎を見るが、確かに頬の辺りが少し腫れているだろうか。
「べ、別に。なんともねーよ」
「……なんともなくない! 何でこんな……誰かに殴られたとか?」
「う、鋭いな、お前」
 図星をさされ、小太郎は素直に白状する。
「コンビニの入り口にたむろってたやつらが居たから、注意してやったら俺のこと『小学生』とか『チビ』とか抜かすから、天誅を」
「……それって天誅とは言いません」
 つまり、コンビニの前に居たチンピラと喧嘩をしてきた、という所だろうか。
 喧嘩をした割には傷が少ないので、どうやらただのゴロツキだったらしい。
「……その時、能力を使ったりとかは?」
「してないよ。一般人に対して危ないだろうが。それに、あの程度の連中に俺の能力を使うまでもないってな」
「調子に乗るなよ、ガキが」
 小太郎の頭に拳が落ちた。
「ゴロツキに人道を説くのは悪くないが、手ぇ出したのは拙かったかもな。もしかしたら報復が来るかもしれないぞ?」
「へっ! 返り討ちだっての!」
「その慢心が足元すくわれるって言ってんだよ。まぁ、精々、怪我しないようにするんだな」
 武彦が小太郎の頭をガシガシかき回し、その後、自分のジャケットを着る。
「さぁ、仕事だぞ小太郎。準備しろ」
「お、おぅ!」

***********************************

「情けない……あぁ、情けない」
 わざと大袈裟に落胆する冥月。その視線の先は小太郎だった。
「な、なんだよ、師匠」
「せっかく私が色々教えてやってるというのに、その辺のチンピラごときに一撃喰らうとは……あぁ情けない」
「し、仕方ないだろ。多勢に無勢ってヤツだよ。それでも勝って帰ってきたんだから勘弁しろ」
 小太郎が言うに、相手は四、五人だったらしい。しかも小太郎に比べれば体格的に有利だっただろう。
 それだけのチンピラに囲まれて帰ってきたのならそこまで落胆する事もあるまいが、だが冥月はもう一度ため息をつく。
「それだけじゃない。素人に手を出して、恥ずかしくないのか」
「い、いてて」
 冥月は小太郎の殴られた方の頬をつねりながら問い詰める。
「仮にも私に教えを受けてる身だろうが。それなりに戦い方も身についてるというのに、何の訓練も受けてないような人間に手を上げるなんて……ああ、もぅ、弟子辞めるか?」
「や、やめねぇよ! ご、ごめんなさい!」
 素直に頭を下げる小太郎。根っから単純なヤツだ。しっかり反省しているのだろう。
 冥月はつねっていた手を放し、また小太郎を戒めるように言う。
「大体だな。闘りあうなら相手に報復、なんて考えさせないぐらい完膚なきまで叩きのめせ。身体の芯まで恐怖を植え付け、もう二度と自分の前に立てないぐらいにしろ」
「おい、さっきと言ってること違うぞ」
「何を言う。お前が中途半端なのがいけないんだ。降りかかってくる火の粉は払う。いや、その火の粉すら降りかかってこないようにするのがベストだな」
「言ってる事はわからんでもないが……」
「そうですね。私もそれには賛成です」
 横から魅月姫も会話に混ざる。
「中途半端にやると面倒事は増える一方です。だったら完璧に事をやりとおし、面倒の芽は全て摘む方が有意義だわ」
「完璧にやり通す、ってごろつき相手にあれ以上何をやれと……」
「そうね……例えば、一思いに殺してみるとか?」
「サラリと恐ろしい事を言うなよ!?」
 怯える、というよりは怒った風に答える小太郎に、魅月姫は笑う。
「まぁ、それは行きすぎだとしても、やはり報復が来ない程度に叩きのめすのはありですよね。ただ、人様に迷惑をかけるのは論外ですが」
「魅月姫さんの言う通りよ」
 三人の会話にシュラインが割って入る。
「小太郎くん、そういうチンピラとかゴロツキとかは何しでかすかわかんないの。もしかしたら報復対象が興信所に出入りしているだけの無関係な人に向くかもしれないわ」
「え、なんで!?」
「何でってことはないでしょうけど……言うなればもう誰でも良いんじゃないかしらね。『俺らを殴った小僧の関係者なら誰でもやっちまえ』って感じないかしら?」
「真っ直ぐ俺のところに来いよ!? なんでそんな別の場所に!?」
「そういうモンなのよ。だから気をつけなさい。あなた以外のところに危害が及んだら、小太郎くんは責任取れないでしょ?」
「……ぬぅ」
 確かに、興信所に住み込みになってから随分経ったが、良く興信所に出入りしている人でも、まだ顔すら覚えられない人もいる。
 そんな人に危害が及んだ場合、小太郎はどうしていいやらわからないだろう。
 謝って済むなら良いが、そうでなくなった場合は最悪だ。
 俄かに恐怖を覚え、小太郎は小さく身を震わせた。
「……まぁ、今回はやっちゃったものは仕方ない、って諦めるしかないけど。今後気をつけるように」
「わ、わかった」
「で、そのチンピラたちの外見とか覚えてる?」
「え? なんでだ?」
「なんと言うか……経験と直感でね。その人たちが何処かしらで絡んできそうな気がして」
 なんとも頼り無い理由ではあったが、偶にこれ以上ないくらい信用できる要素だから困る。
 こういう時は信用してみるのも悪くない。何のデメリットもないのだ。少し用心するぐらい誰が咎めよう?
 と、そこまで考えたかどうかわからないが、小太郎は然も無げに記憶を掘り返して口に出す。
「ええと、大体は変わり映えしないような奴らだったな。あんまり印象に残ってないや。でも一人だけ浮いてたんだよな」
「どんな風に?」
「なんつーか、黒髪だったんだよ。それに制服だった」
 今日び、放課時間に制服を着ている学生なんて希有だ。それに緩い校則の学校なら色を抜いていても良いようなものだが、その男は黒髪かつ制服姿だったという。
「その制服の校章が、近くの高校のヤツだったから、多分アイツはそこの生徒なんじゃないかな」
「だったらその学校に連絡すれば事は収まるかもしれないわね」
 その生徒も停学、退学というのはきっと避けて通りたい道だろう。
 だったら学校にチクればそれなりの抑制力にはなろうか。逆に起爆剤にもなりかねないが。
 まぁ、この際、チンピラ云々は横に置いておこう。
「まずは依頼をこなさないとね。ユリちゃんのためにも」

***********************************

「それで、お前はどっちに回るんだ?」
 冥月が真昼に尋ねる。
 真昼はキョトンとした顔で数瞬、冥月を見返した後、答える代わりに首をかしげた。
 冥月はため息をついて質問しなおす。
「お前はシュラインと草間と一緒に後衛に回るのか、私たちと一緒に前衛に回るのか、という話だ」
「ああ、それでしたら、ユリがそちらに行くなら僕もそちらに」
 少し意外だった。ヘタレたこの男なら後衛の方が似合ってると思うのだが。
 いや、以前ユリに聞いた話によるとこの男もそれなりの実力を持っているとか……。
「……お前、何か能力を持ってたりするのか?」
 冥月は素直に疑問を投げてみる。もしかしたら、この男なら普通に答えてくるかもしれない。
 普通なら少しぼやかして答えるか、若しくは核心を隠して答えるかのどちらかだろう。
 能力とは前線で戦う者にとって生命線。それを易々と他人に明かすような真似は、普通すまい。
 だが、彼はサラリと答える。
「別に、何もありませんよ。ユリや貴方たちのような特殊な能力はね」
「というと?」
「ええ、この国じゃ大っぴらに自慢できませんが、銃器の扱いはそれなりだと自負しています」
 そりゃ、日本じゃほとんど役に立たない能力だ。
 IO2から密かに支給されたりもしているらしいが、それを使う事はほとんど無い。
「銃だけとなると、ただの足手まといにしかならんな」
「そういわないで下さいよ。一応IO2で体術訓練もしてるんですから。きっと邪魔にはならないと思いますよ」
 そう言ってニヘラと笑う真昼に、ユリが嫌いになるのも無理ないか、と冥月は思うのだった。

***********************************

「では、準備は良いですか?」
 興信所に残った五人、魅月姫、冥月、小太郎、ユリ、真昼。この五人が今回の前線組だ。
 つまり、符の回収、見張りの処理、等の役割を受け持つ。
 興信所からは魅月姫の術と冥月の能力で一発転移する。
 どうやら、倉庫の近くにはユリの能力符は展開されておらず、その他のジャミングも感じられない。
 つまり、いきなり敵陣の真ん中に突っ込んで奇襲を仕掛けることが可能なのだ。
 それをしない手はない、というわけで、今、興信所の床には影のゲートが二つ、開いている。
「行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」
 零の見送りを受け、五人はほぼ同時にゲートに入った。

 その直前の話だが。
「……小太郎くん?」
「お、おぅ、ユリか。なんだ?」
 突然、ユリに声をかけられて、小太郎は肩を跳ねさせた。
「……あの、小太郎くんにしては静かだな、って」
 確かに、今までの会話にほとんど参加してこなかった。
 いつもの小太郎なら会話の合間合間に茶々を入れても良い気がするのだが。
「べ、別になんでもねぇよ。ちょっとは緊張感もって仕事に臨もうと思って」
「……怖い、の?」
「馬鹿いうなよ。怖いわけないだろ。いつもの事だぜ、こんな依頼」
 笑い飛ばす小太郎の笑顔も何処か頼り無い。
「……大丈夫だよ。冥月さんも、魅月姫さんもいるし……私もついてるし」
「だから、平気だっつの。心配すんなって」
 小太郎はユリの頭をくしゃりと撫でて、もう一度笑った。
 ユリはその笑顔に笑い返すことが出来なかった。

***********************************

 倉庫の敷地内に影の穴がぽっかり開いたことに、見張りは驚いただろうか?
 そこから冥月、魅月姫、小太郎、ユリ、真昼が飛び出す。
「……一人減っているな。見張りは四人だ」
 冥月が手早く辺りの影を探り状況の変化を仲間に言い渡す。
「増えるならまだしも、減っているとなると退屈しそうですね」
 その報告に、魅月姫はあくびをして答えた。

 小太郎のサポートに回ろう、と冥月は思っていた。
 小太郎がチンピラに殴られたのは多分、あの目を封じた所為だ。
 いつも冥月が稽古をつけてやっているのだ。それぐらい、すぐにわかる。
「小太郎、私がサポートする。目の前の男を一人叩きのめせ」
「お、オス」
 師匠に言われ、小太郎は眼前に立ちはだかる、それなりに肉付きのある男に対した。
 男の方は相手が子供だと思って気を抜いたのか、素手で小太郎に立ち向かってきた。
 今までの小太郎ならば、一般人になら苦戦はしないだろう。だが、今は少し状況が違う。
 小太郎は男の繰り出す拳を見て、一瞬身を硬くし、そしてその分遅れて防御をとる。
 だがその遅れた分、防御が不完全になり、受け止めた腕を通して小太郎に衝撃が襲ってきた。
「……っぐ!」
 体格差は歴然。そんな相手のパンチはどれほど重かっただろうか?
 微塵も能力を使わずに防御した小太郎は、その痛みに小さくうめいた。
 やはり、先程のチンピラとの喧嘩が、少なからず小太郎の心に影を落しているのだろう。
 もう一度、拳を振り下ろそうとしている男から、冥月は小太郎の襟首を掴んで引き寄せて回避させた。
 そして、小太郎の代わりに、男の腹に掌底を叩き込む。
 それによって大男が吹き飛び、その間だけ小太郎と会話するだけの隙が空いた。
「小太郎……今まで見えたものが見えなくなるのは怖いか?」
 今、小太郎の目には、以前まで見えていた殺気の赤は見えていない。それ以外の、普通の人間が見えない色も。
「……怖く……ない!」
「虚勢を張るだけの余裕はあるか。……ならよく聞け」
 一呼吸置いて、冥月は小太郎に向き直って言う。
「不良との戦いで怖い思いをしたろう。だが、それに怯えて立ち止まるようでは私の弟子は務まらんぞ。同じ轍は踏むな。何も怖がることはない。相手をよく見ろ。修行を思い出せ」
 小太郎の肩に手を置き、目線を合わせ、微笑んで言う。
「お前なら後の先を取れる。あの程度の相手、恐るるに足らん。……やれるな?」
「……オス。やってやるさ」
 小太郎はその瞳に光を取り戻し、起き上がった男を見据える。
 その眼光に冥月は満足したように頷いた。
「私を失望させるなよ」
「……っつーことは、師匠は俺に何か望んでたわけだな?」
「何か望めるような男になれよ」
 軽口を叩いて笑いあい、再び男に向き直る小太郎。
 男は冥月がまた小太郎の後ろに下がったのを見て、多少警戒を解きながら小太郎に襲い掛かった。
 その手にはナイフが握られている。小太郎ごときに手間取っては居られないと思ったのだろう。
 手早く片付けて手強い冥月の相手をしようと武器を持ったのだ。
「そんなモン持ったからって、もう俺は恐れない」
 ゆっくりと間合いを詰めてくる男に対し、小太郎はこちらから出向いてみせる。
 間合いに入った小太郎に向かって男はナイフを薙いで来るが、小太郎は自分の身長の低さを生かし、屈んで薙ぎを避け、そのままナイフの間合いの内側に入る。
 懐に入った小太郎は男の胴に拳を何発か入れるが、その感触がおかしい。
 冥月は先程、掌底を入れたときに気付いたのだが、あの男は服の下に防具を装備している。
 生半可な打撃では通用すまい。
 だが……
「関係ないねッ!!」
 バカ一直線の小太郎は、その拳を思い切り振りぬく。
 無意識の内にその拳は光をまとい、その破壊力を増させる。
 小太郎の拳が男に触れた時、爆発のような光が輝き、男は想像を絶する衝撃によって再び吹っ飛ばされた。
「どうだ、このやろう!」
 小さくガッツポーズを決めた小太郎は、先程までの面影を微塵も残していなかった。

***********************************

 全員が合流する。
「無事みたいね」
「当たり前だろ。俺たちがこんな奴らに負けるかよ!」
 小太郎の受け答えに、冥月は苦笑していた。
「味方の無事を喜ぶより、今はやる事があるぞ。外の一般人が気付き始めてる。さくっと符を回収してさくっと逃げるぞ」
「符の回収なら済んである」
 冥月が言うのに魅月姫も頷く。
「戦闘の片手間に影の中に符を取り込んでおきました。今頃興信所で零さんが内容を確認している所だと思いますわ」
「手際が良いことで。それじゃ、早いところ逃げるぞ」
 武彦の号令で、一行はそそくさと倉庫から逃げ出した。

***********************************

「……冥月さんはずるい」
「は? どうした、ユリ?」
 興信所に戻った後、隣に座っていたユリの呟きが冥月の耳に入ってきた。
 その呟きは微妙な羨望と少量の敵意を持っているようだった。
「……なんで小太郎くんは、あんなに吹っ切れた表情になるんですか」
「あの小僧が単純だからだろ」
 あの戦闘の時に冥月が与えた助言で、小太郎はそれまでの恐怖を幾許か取り払ったようだった。
 だが、その前にも励ましていたユリからしてみれば、冥月の一言で立ち直ったという事実がどうにも気に食わない。
「なるほどな……。そりゃあ、確かに気に食わんかもな」
「……冥月さんはずるいです」
 とは言え、ユリのこれは八つ当たりだ。
 冥月は彼女を不機嫌にさせるために小太郎を立ち直らせたわけではない。
 あのままの小太郎では、下手を打てばあの戦いで大なり小なり傷を負っていただろう。
 それはそれで、ユリは望まないはずだ。
「……そうだ、私も小太郎くんの師匠になればもっと頼られるかも……!」
「テンパりすぎて思考がおかしくなってるぞ。そんな事で解決できる問題じゃないだろ」
 ユリの暴走を、冥月は軽くペチリと頬を叩いて止める。
「こういうのは信頼されているかどうかの問題だ。そして信頼は付き合ってる時間に比例して生まれ、強くなるはずだ。もっとアイツの傍に居てやれば良いだろう」
「……そんなに簡単なものでしょうか?」
「簡単だと思うか? 誰か自分以外の人の傍に、長時間に居続ける事は案外と難しいものだぞ」
「……そうですか? でも私はやって見せますよ。今日から小太郎くんと片時も離れないように!」
「つまりトイレも風呂もついていく、と」
「……っ! め、冥月さん!」
 真っ赤になるユリを見て冥月は笑った。
 これだからこの二人をからかうのはやめられない。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 黒・冥月様、シナリオに参加してくださり、ありがとうございます! 『今回は全体的にアッサリ風味』ピコかめです。
 次回は重い感じになる予定なので、サラリと伏線張ったりしてアッサリ仕立てにしてみましたよ。
 アッサリついでに真昼もアッサリ放置され気味でちょっとビックリ。

 失望させるなよ、って台詞に俺自身がキュンキュン。
 なんと言うか、良いなぁ。そういう台詞は一種、戦場での華ですよねー。
 何となく、使いどころを間違うと死亡フラグになりかねない気もしますが、それはそれで……ね。
 では、次回も気が向きましたらよろしくお願いします!