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<エイプリルフール・愉快な物語2007>


優しい嘘の物語

□Opening
 現実から、一つ外れたその森で、魔物達は静かに暮らしていた。森から与えられる木の実を食べ、時にじゃれ合い、時に駆けながら毎日を過ごしていた。
 さて、ここに、魔物の親子が一組。
 母親の魔物は、子供が言い出した事に、困惑していた。
「だって、ニンゲンって毎日楽しく遊んでるんでしょ? ボクも遊びたい! 遊んでみたいよう!」
「坊や、良い? ニンゲンは恐ろしい生き物さ。私達を見つけては食べてしまう、怖くて……」
 きらきらと瞳を輝かす子供を、何とか落ち着けようと母は語る。
 けれど、子供は、その言葉をさえぎり首を振った。
「でも! ボク見たんだ、あのね、いっぱい子供が輪になって踊っていたよ! 大きなニンゲンは、色んな紙を持ったり放り投げたりして怒ったり笑ったりしてた!」
 それは、この森には馴染みの無い行動だった。
 時々、この森は人間の世界へ近づく。その時に、見てしまったのかもしれない。
「ねぇ、もうじき、森が人間の世界につながるよ! だから、ボク遊びたいの! ねぇ、ねぇったらぁ」
 子供に急かされ、ついに母親はため息をついた。
 ニンゲンとて、子供の姿なら、あるいは疑いを持たないかもしれない。そして、何より、この子供にニンゲンの世界を体感させるのも悪くないと考えた。
「分かりました、じゃあ、一度きりの魔法をあなたにかけます」
 母は、そう言って、わが子に魔法をかけた。
「わぁ、わぁ、ボク後ろ足で立ってるの? あはは、前足がこんなに上に挙がるよ!」
 そして、魔物の子供は、人間の姿に変化する。
「良い? 良くお聞き、その姿はこの日一度限りだよ、日が暮れれば元の姿に戻ってしまう。だから、それまで、せめてその時までめいっぱい好きに遊びなさい。あなたが魔物だと、決してばらしてはいけないよ? その嘘がばれたら、坊やはニンゲンに食べられてしまうから」
「分かったよ、いってきまーすっ」
 そして、魔物の子供は、森を飛び出した。そこに広がるのは、森と現実の境界線。どこまでも広い平原で、子供は人間が迷って入り来るのを待っていた。
「こんにちは、ねぇ、ボクと遊んでくれる? 何をして遊ぶの?」
 照れくさそうに、尻尾をばたつかせ、獣のままの耳はぴくぴくと上下する。
 今日一度限りのこの時に、さて何をして遊びましょう。
「ねぇ、ボク達、また、遊べるかな?」
 その問いに、答えることができますか?

■05
 ここはどこだ。
 黒・冥月は、見慣れない景色に足を止めた。見たこともない景色だ。草原が遠く広がっている。
 確か、自分はケーキバイキングに向かっていたはずだ。ケーキバイキング、それは、クリームやフルーツで彩られた甘いケーキを堪能できる素敵な時間。実は甘い物が大好きな冥月にとっては、非常に楽しみな事だったはずなのに、何故か今は草原の真っ只中。
 どうしたものかと、辺りを見回していたところ、背後でがさりと音がした。
 草をかき分けて出てきたのは、ぱたぱたと揺れる尻尾。ぴくぴくと上下する獣の耳。そして、小首を傾げながら、冥月を見上げる小さな子供だった。
「こんにちはっ」
 子供は、冥月を見て笑顔を見せた。
 大きく声を上げ、両手をあげる。
 しかし、見るからに人間じゃない。冥月は、全く邪気のない子供を眺め、ため息をついた。
「あのね、ボクと遊んでくれる?」
 子供の方は、じゃれつくように冥月の足にしがみついた。
 その様子は、本当に無邪気で、怒る気も失せる。きらきらと輝くような表情は、子供の特権かもしれない。
 冥月は、足元の子供に、ぬっと手を伸ばした。

□06
 子供の両耳を引っ張り、尻尾を掴んだ。
 そのまま、勢い良く逆さづりにしてしまう。これは、どう見ても普通の人間ではない。黒・冥月は、吊り上げられてきゃっきゃと喜ぶ子供をもう片方の手でつつきながら、顔を寄せた。
「こら、ここに引込んだのはお前か。折角楽しみにしていたケー……」
「ケー、なぁに?」
 その背後で、シュライン・エマが首を傾げる。
 びくりと、冥月の黒髪が揺れた。見ると、子供に付き添うように、何人かその場に集まっていた。
「い、いや、何でもない、何でもないぞ? 別に、どこかに行く途中だったとか、そう言う訳じゃないからな」
 少しばかり早口になりながら、子供を下ろしたのは黒・冥月。黒い服を身に纏い、美しい黒髪と真っ白な肌、切れ長の瞳が特徴的だった。
 あら、そう? と、その隣で口元に笑いを浮かべたのはシュライン・エマ。切れ長の目の中性的な容貌は、微笑むだけで相手に柔らかな印象を与える。
「ねぇ、何して遊ぶ? 遊ぼう?」
 冥月におろされた後も、冥月の足に絡みつきながら、子供は皆をぐるりと見回しそうせがんだ。
「でも、その、前に……君の、名前……教えて……?」
 頷きながら、たどたどしく子供に語りかけるのは千獣。ひらりと風になびく服の隙間から、意味ありげな包帯が見え隠れしている。
「私は……千獣……君は……?」
 千獣の問いかけに、子供はこくりと頷き手を上げた。
「うんっ、ボクね、ファイヤ・アン・ブリンスト」
「そうかぁ、ファー坊、これだけ広けりゃ鬼ごっこも存分にできるし、ボールが一つありゃあドッジボールもできるなぁ」
 ファイヤを自分が呼びやすいように勝手に呼び、トゥルース・トゥースはファイヤの頭をがしがし撫でた。その容貌は、大きくて大胆な感じ。筋骨隆々とした肉体にばさばさの金髪をまとめた様子と、首から引っさげたロザリオが怪しい違和感を誘う。
「そうでござるな、道具を使うなら、凧揚げもできそうでござるよ」
 そう言って、懐からがさがさと道具を取り出したのは鬼眼・幻路。傷跡があり閉じられた左目の他は、柔らかな笑顔だ。けれど、その動きには無駄が無く、隙もない。
「うーんと、あのね、いっぱい遊ぶっ」
「ふむ、遊ぶのは苦手だ」
 元気いっぱいに主張するファイヤに普段遊びをしない冥月は首を振った。瞬間、えーっと、声を上げファイヤが冥月の足をゆさぶる。
「まぁ、最近、日も長くなってきたことだし、一日たっぷり、遊ぼうぜ」
 そんなやり取りに、トゥルースが冥月の肩をたたいて、にっと笑った。
「これだけ人数がいれば、だるまさんが転んだとかも楽しいかも」
 シュラインは、さまざまな遊びを検討しながら、微笑む。
「うん、……、……これ、だけ、広い、なら……鬼、ごっこ、とか……どう、かな……?」
 千獣も、ファイヤの望みをかなえようと、提案する。
「そうでござるな、何にせよ、ここは広い」
 幻路は、皆を見回して、確認を取るように頷いた。
 ここで断れば、自分一人、まるで悪者みたいじゃないか……。冥月は、皆の意見に気圧されながら、そして、何より自分の足にじゃれ付くファイヤを見て、仕方なくと言った感じで頷くしかなかった。

□07
 そうと決まれば、後は全力で遊ぶのみ。嬉しそうに皆の周りを飛び跳ねるファイヤを見ながら、意見が交わされた。飛行機の折り紙の飛ばしっこ、フォークダンス、だるまさんが転んだ、鬼ごっこ、ドッチボールに凧揚げ、羽根突き、野球。どの遊びを聞いても、ファイヤはにこにこ笑って首を傾げるばかりだった。本当に、人間の遊びと言うものに触れた事がないようだ。
「人数がいるんだから、だるまさんが転んだも、おもしろいかも」
 シュラインの提案に、トゥルースが頷いた。遊びはじめの肩ならしには、丁度良いだろうと言う事になり、だるまさんが転んだの準備が粛々と行われた。
 広い草原に、鬼が顔を伏せる木がない。それは、冥月が、影を使った。自らの影から、木を形作る。
 その間、シュラインがルールの説明を行い、鬼に触れた後の逃げる秒数などの取り決めが行われた。鬼は、『だるまさんがころんだ』と呪文を唱えている間は決して振り向いてはならない。自分の陣地から動かない。そして、他の者は、鬼が呪文を唱えている間を利用して、鬼の陣地に近づく。鬼が呪文と唱え終え振り向いた時、微動だにしてはいけない。その間、動いた事を見破られると、鬼に指名され捕虜となってしまう。皆が捕虜になってしまえば鬼の勝ち。誰かが鬼に触れれば、皆いっせいに逃げ出さなければならない。逃げる時間を、今回は五秒と決めた。逃げ終わったら、鬼が他の者を捕まえに出陣する。この際の鬼の歩数を五歩と取り決めた。鬼が全員を捕獲する事ができたら、これもまた鬼の勝ちだ。鬼が勝てば、鬼を交代する。
 ファイヤは、説明に聞き入っていたのだが、時折、首をかしげていた。
「ねぇ、どうして、鬼は人間を捕まえるの?」
 恐らく、遊びの中の鬼と言う概念がないのだろう。シュラインは、少し考えて丁寧に説明する。
「そうね、鬼が捕まえなければならないのじゃなくて、うん、捕まえる人を鬼と呼ぶのよ」
「そうでござる、とにかく、捕まらなければ良いのでござるよ」
 何が、そうでござるのかは分からないが、シュラインの意見にもっともらしく頷いて幻路はファイヤを撫でたくった。ファイヤはくすぐったそうに首をすくめ、きゃっきゃと笑った。
「うん、分かった! 捕まらない」
 取り敢えず、捕まらないと言う事が分かれば、後はおいおい分かっていくだろう。準備を終えた冥月を加え、厳正なるじゃんけんが行われた。
「勝負ってのは、真剣にやるから面白い」
 じゃんけんを構えるトゥルースから、はとばしる覇気。
「ふっ、その意見、まこと同感でござる」
 幻路も、にやりと笑い、臨戦態勢を整えた。
「じゃんけん、……、わかる?」
「うんっ、紙とはさみと石!」
 千獣の問いに、ファイヤはこぶしを突き出した。
「これは、じゃんけんでも気を抜けないわね」
 シュラインが苦笑いを浮かべる横で、冥月は静かな闘志を纏っていた。
「当然だ、勝負に手を抜くなど、有りえない、行くぞっ」
 冥月のその掛け声に、一同はさっと表情を引き締めた。
「じゃーん、けーん」
「そりゃぁ!」
「ぬんっ」
「……、ぽん」
「えいっ」
「はっ」
 ファイヤの掛け声。それに続くトゥルースの気迫と幻路の忍術を繰り出さんほどの気合、千獣は静かに戦況を見極め、シュラインは楽しげに手を出す。冥月の真剣な声も響いた。
 数回のアイコの後、最初の鬼がトゥルースに決定した。
「む。俺が鬼か、良いか野郎共、手加減は無用……、本気で行くぞ」
 とは言え、微動だにしてはいけないなどの、静かな競技。特に危険はないだろうと、トゥルースは安心して、影でできた木へ顔を伏せる。他の者は、あらかじめ決めておいたラインまで後退し、開始の合図を待った。
 びゅうと、一陣の風が舞う。
 緊張で張り詰めた一同。その真ん中で、ファイヤは今か今かとわくわくしながら走り出す構えを取っていた。
「いよぉぉぉし、だぁるまさぁんがぁ、こぉぉろぉんんだぁぁぁー」
 大声が響く。
 トゥルースのどすの聞いた声が草原に響き渡った。その声たるや、大地を揺るがし、そよそよとそよいでいた草をびりびりと追い詰め、そして、だるまさんが転んだ参加者をはっきりと威圧する。
「しかしっ、拙者も忍びの者として、負けるわけにはいかぁんっでござる」
 鬼からの威圧を跳ね除けるように、まず幻路が突進を開始した。腰を深く落とし、トゥルースの声の波動を切り裂くように進む。
「ふふっ、丁度良いわね」
「うんっ、やったぁ」
 幻路の身体を風除けに、シュラインとファイヤはその後を追った。千獣は、その隣で、しっかりと一歩一歩足を進める。ばたばたとなびくマントが、微動の判定につながらなければ良いけれど。冥月は、まるでトゥルースの覇気など感じないように、優雅に足を進めていた。しかし、進行は慎重かつ大胆に。
「ばっ」
 トゥルースが勢い良く振り向くっ。しかし、勢いが凄すぎて、バレバレだった。
 皆、一様にぴたりとその場に止まる。
 千獣と冥月は、静かに立ったままぴたりと静止した。ぴくりとも動かない。本気になれば、このまま何時間も同じポーズを貫き通すだろう。
 幻路は、突進していたスタイルで、こちらもぴたりと静止した。ただ、突進していただけあって、片手と片足が上がったままだ。しかも、少し身体が傾いている。
 その様子を後ろから眺めていると、本当におかしかった。
「く、くぷぷぷぷ」
 ファイヤは必死に笑いをこらえる。
 幸い、身をかがめるようにして進んでいたため、咄嗟に口元に手が行き、笑いをこらえる事ができて……、いるつもりだ。シュラインは、そんな彼の姿を少しだけ助けようと、鬼からの視線を自分の身体で遮っていた。
「ぬぅ、次っ、だぁるまさんがぁ……」
「よし、行くでござるっ」
 今回は、動くものがないと判断したか、トゥルースはすぐに木に顔を伏せ、呪文を唱えはじめた。
 同時に、幻路が走り出す。
 そして
「ころんだっ、はいっ、おまえアウト」
 今度は、トゥルースが早かった。転んだからアウトまで、一秒を切る速さ。幻路は、突進を開始していたため、慣性の法則に逆らう事ができず、ブレーキがきかなかった。これは、走り始めた瞬間からすぐに全力を出す事ができる、幻路の優れた身体能力を逆手に取った作戦だった。
「ぐ、ぬぅ、おのれ卑怯な」
 女性や子供がいる中で、自分が一番にアウトになってしまった幻路。にやりと笑うトゥルースに向かって、唇を尖らせた。
「ふっ、勝負とは非情なもの……、やるか?」
「きゃははは、あは、アウトだ、アウトだ」
 トゥルースは余裕の笑みを浮かべ幻路へ向けて、大層なポーズをとる。それがおかしかったのか、ファイヤがきゃらきゃらと笑って飛び跳ねた。
「何だと? 拙者を敵にまわすとでも言うでござるか?」
 ファイヤが楽しんでいるのが分かったのか、幻路もそれに答えるように、必要以上に大げさなポーズをとってトゥルースを威嚇した。
「ちょいやぁぁぁぁ」
 トゥルースが両手を広げ、その場でポーズを変形させる。
「ひゅおおおおおぉ」
 幻路は、負けじと両手をクロスさせ、ざざざと両足を開いた。
 何と言う大人の戦いかっ!
「あははっ、……? おじさん達何してるの?」
「うん、大人の戦いね、放っておきましょう」
 そんな二人を眺めて笑っていたファイヤだが、ふと首を傾げシュラインに問う。すると、シュラインは、にっこり笑って頑張る二人の放置を宣言した。
「そうだな、勝手にやらせておけ」
 もっともだと冥月が大きく頷く。それがまた、おかしい。ファイヤはシュラインと冥月に手を引かれながら、にこにこと笑い続けた。
「……、止めて、くる……」
 しかし、あの二人とて、もはや引っ込みがつかないのではなかろうか。千獣は、呟いてから、にらみ合う二人へほとほとと向かった。

□08
 うやむやになっただるまさんが転んだだったが、ファイヤは特に気にした様子でもなかった。
 それよりも、シュラインの取り出した折り紙に目を輝かせる。
「ふぅん、折り紙か」
 冥月は、感心したように呟いた。シュラインは、最近こっているのと頷き、飛行機を折ってみせる。
「これだけ広い草原だもの、飛ばしがいもあるだろうし、折ってみる?」
「うんっ、教えて教えてっ」
 しばらくシュラインの折った飛行機に見とれていたファイヤだけれど、色とりどりの折り紙を差し出されて、嬉しそうに頷いた。
 三人並んで、折り紙を折る。
「そう言えば、お前の見た人間は、どう言う遊びをしていたんだ?」
 冥月が、ふと手を止め、ファイヤに問いかけた。
「うんっ、あのね、いっぱい子供が輪になって踊っていたよ! 大きなニンゲンは、色んな紙を持ったり放り投げたりして怒ったり笑ったりしてた!」
 ファイヤは、一生懸命教えられたとおりに紙を折りながら、そんな風に答える。
「大人の方は、麗香さんと三下くんのような気がするんだけど」
 その隣で、シュラインがそっと冥月に耳打ちする。
 ああ、と、冥月の口の端が持ち上がった。確かに、あの編集部ならば、怒られたり笑われたりからかわれたり遊ばれたりする人物に心当たりがある。
「まぁ、これも、紙を放り投げたりするわけだ、お前が見た遊びとは少し違うかもしれないが」
 冥月の紙飛行機が出来上がった。
 ぴしりと揃えられた、紙先が丁寧な仕事を連想させる。
「うーん、どうかなぁ? あっ、これで良い?」
 ファイヤも、紙飛行機を手にした。
「うん、じゃあ、飛ばしましょうか」
 そして、三人揃って、紙飛行機を構えた。シュラインは青い折り紙。冥月の手には、真っ白な飛行機。ファイヤは、真っ赤な色を選んでいた。
 びゅうと吹く風を待ち、やや角度をあげて手首をスナップさせる。
 シュラインのその動きを真似て、ファイヤも自分で作った紙飛行機を構えた。
「じゃあ、行くぞ?」
 最初に、冥月の紙飛行機が空を舞う。
「うんっ、行けぇっ」
 それを追うように、シュラインとファイヤの紙飛行機が飛び立った。
 青い空に、白と青と赤の飛行機が弧を描く。良い風が吹いたようだ。紙飛行機は、風に乗ってどこまでも飛んで行った。嬉しかったのか、ファイヤはぱちぱちと拍手をして、また、笑った。

□10
「じゃん、けん、で、鬼……決めて……みんな、逃げる……鬼に、捕まった、ら……交代、する……いい……?」
「うんっ、今度も、捕まったら駄目なんだね?」
 千獣のゆっくりとした説明に、ファイヤは一つ大きく頷いた。
 みんな、そろそろ身体が温まってきた頃合。シンプルな鬼ごっこをしようと言う事になった。
「じゃあ、私は、あっちでお茶の用意をしておくから、疲れたら戻ってきてね」
 とは言え、メンバーを見渡しても、明らかに自分の参戦には無理がある。しかも、じゃんけんで決定した鬼は、幻路だった。遊びとは言え、シュラインは、にっこりと微笑み軽やかに辞退を申し出た。
「ほれ、ファー坊は、合体するぞっ」
「わーあ、きゃはは」
 このメンバーで夢中になって怪我をしてはいけない。トゥルースは、ファイヤを軽々と持ち上げると、そのまま肩車をして喜ばせた。どうやら、彼を肩に抱いて逃げ切る算段をしている。千獣は、ひそかに、これで安心だと胸をなでおろした。逃げる事に夢中になるあまり、転んだりするのではないかと、心配もしていたのだ。
「お茶の用意があるのか?」
 冥月は、逃げる気満々で、身体を確認しながらも、シュラインを見つめた。こんな、どこだかも分からないところに、良くそんなものを持ち込めたものだ。ひそかに感心する。
「ええ、たまたま、荷物に事務所への差し入れ品があってね」
 シュラインは、視線を受け止めながら、にこりと笑いお茶菓子を見せた。
「敷物は、これを使え」
 なるほど、事務所への差し入れか。冥月は頷き、影を繰って敷物を用意した。真っ黒な敷物だけれども、それがかえって目印になるかもしれない。シュラインは、敷物を受け取り、だるまさんが転んだで使用した、影の木へと歩きはじめた。
「じゃあ、……、準備、いい……?」
 千獣の問いに、それぞれが頷く。
「では、十数えるでござる」
 幻路の言葉に、鬼ごっこ参加者は、一斉に逃げたっ。
 鬼をかく乱するためにも、皆違う方向へ逃げる。ただ、広い草原で見晴らしだけは良いので、純粋な脚力勝負になりそうだった。千獣は、幻路の出方を伺いながら、疾風のごとく駆けた。冥月もそれは同じで、例え遊びだとしても勝負は勝負。しなやかに身体を操り、草原の彼方へと走った。
「わぁああー」
「よし、振り落とされるなよ?」
 そして、ファイヤを乗せたトゥルースも、どすりどすりと巨体をとばす。
 明らかに、自分達の組は目立つし見つかるだろう。けれど、鬼に追いかけられてこその鬼ごっこではないか。
 幻路が動くのを目の端で捉えながら、トゥルースは慎重に走って行った。
 幻路は、走った。しっかりと十数えてから走り出した。
 冥月は、捕まりそうなところ、瞬間をひらりとかわす。千獣は、地面を蹴り、飛んで方向を変えながら逃げ続けた。トゥルースとファイヤ組は、うだうだと蛇行しながら、鬼の形相で追いかけてくる幻路から、必死に逃げた。
 緩急を付けて、追い追われ。
 気がつけば、日が沈みかけていた。

□Ending
「お疲れ様」
 既に、草原の境目が迫ってきていた。
 ずっと続くはずの草原は、日が沈むのに呼応してゆっくりと裾野を狭めていたのだ。鬼ごっこに疲れた皆を、それでもシュラインが笑顔で迎えた。
「ふぅ、結局、捕まえられなかったでござる」
 いかにもがっかりとした様子で幻路がため息をつく。
「あのねっ、ボク、捕まらなかったよ!」
 その隣から、ファイヤがにこにことシュラインに報告した。
「そう、頑張ったね」
 シュラインは、事務所への差し入れの品を、一つ一つ皆に配る。ファイヤは、お菓子を受け取ると、嬉しそうに頷きがぶりと食らいついた。
「ふぅ、やったな、ファー坊」
 トゥルースは、菓子を受け取って敷物に座り込み、ファイヤの頭をがしがしと撫でた。あはは、あははと、ファイヤが笑う。
「いただき、ます……」
 お菓子を受け取ると、千獣は嬉しそうなファイヤを見た。こちらまで嬉しくなるような笑顔だった。
「ふふ、鬼ごっこ、おそるるに足らないな」
 そして、冥月も、満足そうに菓子を口へと放り込む。その顔には、静かな笑顔が浮かんでいた。
 やがて、日が沈む。
 辺りは、夕焼けで、赤く輝いていた。
「ボク、もう、帰らないと……」
 その光に導かれるように、ファイヤはポツリと呟いた。
 楽しい一日のおしまい。
 皆が見守る中、もじもじと尻尾を動かしている。
「あの、あのね……」
 ぴくぴくと動く獣の耳は、出会った時と変わらない。
「ねぇ、ボク達、また、遊べるかな?」
 光を目指していたファイヤが、立ち止まり、振り返った。伺うような表情は、少しだけ寂しい。
「貴方が私を私だと、私が貴方を貴方だと判れば遊べるんじゃないかしら」
 シュラインは、静かに優しく、そう答える。
 ファイヤは、少しだけ首を傾げ、ぱたりと尻尾を振った。
「判らなかったら?」
 不安の色が、声に混じる。
 シュラインは、しかし、にっこりと微笑みファイヤを覗きこんだ。
「判らなかったら、判らないまま遊べると思うけど?」
 つまり、遊べると言う事? 不安そうだった彼は、シュラインの言葉にこくりと頷いた。
「……うん……また、一緒に、遊ぼう……」
 千獣は、ほんのりと微笑み、ファイヤを見た。穏やかな笑みに、ファイヤの耳がぴくりと動く。
「うんっ、うんっ」
 ぎゅっと千獣のマントを握り締め、何度も頷く。
「いつでもいいぜ。また、遊びに来な」
 その頭を、くしゃくしゃと撫で、トゥルースは笑う。撫でられながら、ファイヤはあはは、あははと、笑った。
「拙者でよければまた遊ぶでござる」
 幻路も、優しくファイヤに語りかけた。
 その手には、遊ぼうと思っていた凧と羽根突き道具。
「これは?」
「うむ、良かったら、遊び道具を持って帰るでござるかな?」
「わぁ、ありがとうっ」
 ファイヤは、嬉しそうに手を伸ばした。
「おい、どこからそんな道具が出てくるんだ?」
 冥月は、今の今まで走っていた幻路の衣装を見ながら、こそっとつつく。
「それは拙者の懐が深いからでござる」
 真顔で笑いながら答える幻路に、それは意味が違うと冥月はため息を返した。
「人間の世界にはもう来ない方がいい。見た目で恐がり攻撃する奴も多い」
 そして、静かにファイヤに言い放つ。
 人間の世界、としたのは、彼がその世界の住人ではないと、暗にその正体に気がついている事を告げたのだ。
 しかし、その様子がよほど怖かったのか、ファイヤは千獣にひっしとしがみつき、震えた。
「た、食べられるぅ」
「誰が食べるかっ」
 冥月は、怒りながら、可愛い頬をむにむにとつついた。
「だが、こちらの世界では……」
 冥月の言葉を、そこで止めたのはシュラインだった。小さく、首を横に振る。
 こんなにも邪気のない彼だけれど、人間ではないと言うだけで攻撃するものがいるかもしれない。そう、違うと言うだけで、だ。だから、ファイヤを守るには、本当は、今は冷たい言い方かもしれないけれど、そういう方法しかないのだと思う。冥月の気遣いに気がついたのか、そうでないのか。
 ファイヤは、冥月の足に、しがみついた。
 そのぬくもりは、今朝出会った時のままだ。
「そうだな、“又会えたら”遊んでやる」
 冥月は、そのぬくもりを感じながら、静かに微笑んだ。そして、ゆっくりとその頭を撫でてやる。
「うん」
 ファイヤは、それで安心したのか、何度も頷き、最後に冥月からはなれた。
「それじゃあね、きょうはありがとうっ」
 今度は、しっかりと光に向かって歩き出す。
「さようならっ」
 その言葉に、幻路が口の端を持ち上げた。
「こういうときは『さようなら』じゃなくて、『またね』でござる」
 その言葉に、きょとんとしてファイヤが立ち止まる。
「うんっうんっ」
 そして、その場で何度も飛び跳ねて見せた。
「……ねぇ……私達……」
 その様子を見ていた千獣は、少し考えて言葉を捜す。そう、次に遊ぶ約束をして、それじゃあまたねと、手を振る。これは、つまり、
「友達……?」
 その言葉は、また、ずいぶんとファイヤを驚かせたのだけれど。
 シュラインも、トゥルースも、幻路も、勿論冥月も、当然だと、頷く。
 だから、ファイヤも、最後に、嬉しそうににっこりと笑った。
<End>


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 /東】
【3087 / 千獣 / 女 / 17 / 異界職 /ソ】
【3255 / トゥルース・トゥース / 男 / 38 / 異界職 /ソ】
【3492 / 鬼眼・幻路 / 男 / 24 / 異界職 /ソ】
【2778 / 黒・冥月 / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒 /東】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ただ広い草原で、一緒に遊んでくださってありがとうございます。ライターのかぎです。この度は、ノベルへのご参加ありがとうございました。
 ■部分が個別描写、□部分が集合(2PC様以上の参加)描写になります。
 ちなみに、作中で遊ぶ内容は、より多く提案された遊びにしました。せっかく提案していただいたのに、描写できなかった遊びもあります。ごめんなさい。しかし! 遊びなので、楽しく楽しく書かせていただきました。本当に、ありがとうございました。

■黒・冥月様
 こんにちは、いつもご参加ありがとうございます。せっかくご提案いただいた遊びを実現できずすみません。その代わりとばかりに、能力だけは冥月様に頼りきってしまいました。本当にありがとうございました。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。