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<東京怪談ノベル(シングル)>


book an edge



……ん? ああ、そうか。
そういえば今日の店番は俺だったな。……あんまり好きじゃねえんだがなあ……よいしょ、っと。このカウンターも俺向きじゃあないんだよな。ジジイや小僧が座るんなら具合もいいんだろうが、……造り直すのも面倒だしなあ。
――ん? ああ、お客さんがいたのか。無人だったから驚いただろう? ……ああ、そうか。俺が店番の時には毎回そうだって? ははは、確かにそうかもしれんな。いや、どうにもじっと座っているだけってのが苦手でね。……ん? レジの中も狭いんだろうって? そうなんだよ。こっちに来て見てくれりゃあ分かるけど、俺はこのナリだろう。こうやってぎゅうぎゅうに押し込めてやらねえと椅子にも座れねえんだ。親父やら息子なんかがここに座っとく分には充分なんだろうがな。なんでも遠いジイさんが設計からなにからやった造りらしいんだが、そのジイさんも細かったんだろうかな。だから俺みてえなのがここにこうやってぎゅうぎゅうになって座る事になるなんぞ、考えてもいなかったのかもしれないなあ。
――うん? ああ、すまん、俺の話ばかりだな。本を読む邪魔にもなったかな。いや、気にせんでくれ。……ああ、その棚か。どれでも好きな棚をひやかしてくれればいいさ。どの棚の本も、ほとんど俺が買い付けてきたやつだ。
お薦め? そうだな、正直言うと全部がそうなんだがな。ははは、そういうんじゃなくてか? 難しい事を言うなあ。まあ、急ぐ用事もないんならゆっくりひやかしていけばいいさ。不思議なもんでな、本との出逢いってのもまた縁なるものなのさ。よく、人と人との出逢いは他生のなんちゃらっていうだろう。本との出逢いもそうなんだよ。出逢うべくして縁を持つ。だから今あんたに必要な本があれば、どうしたって目についちまうもんなんだよ。別にこの店ん中だけに限らずな。新書だろうが古書だろうが、縁があれば必ず手許に来ちまう。そんなもんなんだよ。だから好きな棚を好きなように見ていけばいいさ。それで訊きたい事があれば声かけてくれ。
……しかしなんだな。この店も古くなっちまったなあ。俺が餓鬼の頃なんか、あの辺の壁なんかあんなになってなかったもんなあ。……壁も汚くなっちまったし。まあ、棚はな。これはこれで味があってイイんだがな。この椅子もずっと使ってるわりにはガタつかねえしな。それを言うんならケースも机も全部がそうか。アンティークってわけじゃあないんだろうが、五十年は経ってるわけだしな。木材もいいのを使ってんだろうなあ。……そういや、今まであんまり気にした事もなかったな。今度親父にでも訊いてみるかな。
――ん? ああ、すまん。ぼんやりしてた。
うん? ああ、その本か。ん? なんでまだ棚に並べてないのかって? ああ、そうか。いや、売り物じゃないからとか、そういうんじゃないんだ。まだどの棚に置いたらいいもんかが決まってなくてな。だからこうやってカウンターに置きっぱなしになってる。うん、カウンターやらケースの端っこやらに積んだまんまにしてあるのは大体がそうだな。あとは店番してる奴が読んでる途中なのかもしれないが。――見てみるか? ああ、俺の読みかけってのでもないから大丈夫だ。
……ああ、そうか。気に入ったか? そいつあ良かった。言っただろう。だから、本との出逢いも縁なんだよ。
――そいつがどういう流れでこの店にまで来たのかが気になるって? ははあ、なるほど。随分と惚れこんじまったな。いや、悪い事じゃあないさ。一目惚れした女を嫁にもらうのとおんなじ事だろう? ――ほらよ。
そいつあ、今回の買い付けで南まで行った時に見つけたんだがな。――うん、南のな、大陸でだ。つい最近見つかった寺院遺跡ってのは知ってるか? 砂漠の真ん中にな、ずうっと埋まってたらしいんだ。そいつがこの前の地震でひょっこり出てきやがったんだな。地元の連中が言うには、なんでも二千年ぐらい前の寺院だってな。――どんな寺院なのか? ……どうも魔神ってのをこっそりと祀ってたところだったらしい。もちろん邪教だな。だから他教に滅ぼされてしまったんだの、あるいは地下世界に潜ってただけなんだとか、まあ諸説色々だな。でもまあ確かに、これまではなんともなかった砂漠に、地震があったってだけで、あれだけデカいのが出てくるのかっていう話だけれどもな。ともかく、その寺院遺跡で見つけたんだ。
――ああ、そうだ。俺が手前の足で遺跡の中に入っていって、それで見つけて来たのさ。正式な調査隊はもうとっくに潜った後だったらしい。だから宝石だとか装飾だとか、そんなのは一切合財持って行かれてたなあ。おかげで随分と殺風景だったぜ。
うん。でもそいつは持って行かれずに、こっそりと隠れていやがった。それこそ砂の中にな。それを俺が見つけたってのも、まあひとえに縁なんだろうな。おまえさんの手許に渡してくれるだろう人間を待ってやがったんだろうよ。
――え? 棚に置いてないのは、全部持ち主が来るのが分かってるものばっかりなんだろうって? ハハハ、そうかもしれないな。面白い事を言うね。――うん、もしかするとそうかもしれないな。……はっきりとそうだって言うよりも、こういう言い方をしといたほうがミステリアスでいいだろう? ハハ、まあ、なんだっていいじゃないか。で、どうするんだ? ……お買い上げか? そうか。まいど。
ああ、そうだ。分かってるだろうとは思うけど、こいつを読む時には……まあいいか。野暮ってもんだな。男女の仲に口を挟むのも野暮ってもんだろうがな。ハハハハ。
あ、
ああ、そうだ。おまけでしおりをつけとくよ。押し花で作ったんだとさ。春らしくてかわいいだろう? うん? 本に合わないかもしれない? おまえさんも大概野暮だな、ハハ。
――そうか、帰るのか。うん、じゃあ気をつけて。

……雨が降ってやがるのか。どうりで客が少ないわけだな。
まあ、もっとも、この店が繁盛してるのなんざ、お目にかかったためしはねえけどな。
――しかし暇だな。……外行ってタバコでも吸ってくるかな。
――それにしても。
次はどこに買い付けに行くとするかなあ。




Thank you for an order.
Moreover, I am waiting for the day which can meet.

2007 May 1

MR