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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


王子様は二度死ぬ<前編>

 興信所は、久々の依頼人を迎えていた。
 だが、その依頼人は見知った顔。
「どうしてお前から依頼を受けるんだろうな、俺」
「……どうか、お願いします」
 依頼主とはIO2エージェントとしてのユリ。
 彼女の隣にはもう一人、IO2エージェントらしき男性が。
 こちらはユリと違って幼いわけではなく、年恰好からすれば成人はしているだろうか。
「そっちの野郎は、ユリの旦那かなんかか?」
「……ち、違います! ただの同僚です!」
 『ただの』に力が入ったのに気がつき、男は苦笑した。
「僕は今の所、彼女のパートナーで」
「……仕事上のパートナーです」
「仕事上のパートナーで、麻生 真昼(あそう まひる)と申します。一応、これでもIO2エージェントです」
 武彦は真昼の自己紹介を受け、やはり思ったとおり、二人ともIO2エージェントだという事に対し、ため息をついた。
「あー、俺の記憶を確認させてもらうが、IO2ってのはオカルトチックな揉め事を解決する機関だったな?」
「大雑把に言うとそうですね」
「もう一つ、確かウチは『オカルト関係お断り』の張り紙を貼っておいたはずだが……」
 IO2の二人が興信所に依頼、となればやはりそれは超常的な依頼なのだろう。
「……その事は重々承知ですが、お願いできる所はここしか思い当たらなかったんです」
「頼ってくれるのはありがたいが、別件だとなおさらありがたいね」
「……お願い、出来ませんか?」
「そんな顔すんなよ。別に受けないってワケじゃないさ。ユリは顔見知りだし、やってやらんこともない」
 その上、武彦の後ろから赤字のプレッシャーが感じられる。当然、そこに立っているのは零だが。
 どうやら依頼を受けてくれるらしいことに、とりあえずユリと真昼は頭を下げた。

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「で? 依頼って言うのは?」
「……はい。佐田 征夫(さだ ゆきお)は覚えていらっしゃいますか?」
「佐田 征夫……。ああ、お前を捕まえた悪党だったか?」
 確か去年、ユリを拉致してユリの能力を宿した符を作った男だったはずだ。
 それ以外にも色々な符を作っていたらしく、偶に裏市場に流れた符を見かける事があった気がする。
「ソイツがどうした?」
「……あの男が作り出した符が大量に保管されている倉庫を発見しました。そこを押さえる事で、流れ出た符の大半を回収できます。保管している組織の規模はそれほど大きくない裏商店らしいですが、注意するのに越した事はないでしょう」
「そういやお前、IO2に行っても一人であの符を回収してるんだってな?」
 風の噂でそんな事を聞いたのだが、何処で聞いたかはもう忘れてしまった。
「大変だな。あの符だって結構流れてるんだろ?」
「……はい、記録を見ても軽く六桁は行くそうです」
 少し疲れたような笑顔を見せたユリだが、まだ諦めてはいないらしい。
「他の奴らは助けてくれないのか?」
「今は僕が手伝ってます」
「あー、この麻生ってやつ以外には?」
「……あの符自体、それほど脅威にならない、と判断されたらしく、積極的に回収活動は行っていません。ですが私たちの活動も制限されていませんので、それだけでありがたいです」
 笑顔を見せるユリ。虚勢というわけではなく、本心からそう思っているようだ。
 もしかしたら、自分の能力が有された符くらいは自分で回収したいのかもしれない。
「まぁ、お前がそれで良いなら良いが。随分薄情だな?」
「……そうじゃないです。皆さん、忙しいんですよ」
 遠回しに真昼が暇だと言っているのだが、彼自身は気付いていないようでただただ微笑を湛えていた。
 それにため息をついたユリが続ける。
「……報酬はIO2から支払われると思います。興信所の赤字を埋める程度ならふんだくっても大丈夫だと思いますよ」
「お前、自分が属している団体からふんだくっても良い、って言うのはどうかと思うぞ」
「……私自身、ちょっと薄給なんですよね。黒字が出たらお小遣いを下さい」
「言ってろ、小娘が」
 意外すぎるユリからの軽口に、武彦は笑って答えた。

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 コトリ、と紅茶のカップをソーサーに置く音が聞こえる。
「なるほど、佐田の置き土産、聞き捨てなりませんね」
 そこに居たのは黒榊・魅月姫。以前、佐田の一件でもユリを助けるのに一役買ってくれた。
 その際、佐田をボコにしたのが彼女で、その佐田が小賢しくも置き土産を残してるのが気に食わないらしい。
「お、魅月姫、聴いてたのか?」
「聴こえましたよ、同じ部屋にいるんですから。よろしければ、私も手伝わせてもらえませんか?」
「……心強いです」
 ユリの承諾を得、それに武彦も頷いている。
「だ、大丈夫なのか? あの娘はどう見ても高校生……それよりも下っぽく見えるけど」
「……私だって年齢的に言えば中学生ですし、確実に貴方よりは力になってくれます」
 真昼がユリに耳打ちするが、もの凄い言われようで切り返された。
 どうにも、ユリは真昼が大嫌いなようだ。
「草間……今のでわかったと思うが、ユリとあの真昼ってヤツの関係を下手に茶化すと呪い殺されるぞ」
「そうみたいだな……今後、気をつけよう」
 興信所内にいた黒・冥月が武彦に忠告する。
 以前、冥月もあんな風にユリをからかってみた事があるのだが、その時も思い切り睨みつけられた覚えがある。
 生気吸収なんて恐ろしい能力を持っている辺り、呪い殺す、というのもあながち間違いでない気もする。
「でも、なにやらあの小僧と通じる所があるよな、アイツ」
「そうだな。小太郎のようにヘタレなのは間違いなかろう」
「こうなると、ユリの今後が心配だなぁ。ヘタレ男にばっかり捕まる嫌な人生を送らなければ良いが……」
 冥月と武彦がユリの前途を憂っている間にも話は進む。
「ユリちゃん、その倉庫の大きさや位置、敵の規模についてもう少し詳しく教えてもらえる?」
「……はい」
 シュライン・エマがメモ帳を取り出し、ユリに質問する。
 当然、彼女も参加するわけだが、こうして見ると以前の佐田の一件と同じメンバーだ。
「……もしかして、佐田に呪われてるんじゃないか、このメンバー」
 佐田はまだ生きていて、今もIO2に身柄を拘束され、裁判の最中らしいが、生霊なんて言葉もある。
「武彦さん、ちょっと黙って。今大事な話してるんだから」
「……っち、わかったよ」
 シュラインに怒られた武彦は不貞腐れたようにタバコをくわえて換気扇の下に陣取った。
「で、ユリちゃん?」
「……はい。倉庫の位置はここからそう遠くありません。ちょっと行った所の空き地にコンテナを置いて、そこを倉庫に使っているらしいです」
「コンテナ……貸し倉庫かしら?」
「……いえ、符を所有している裏商店の所有物、所有地らしいです。その商店もホントに小さなものですので、その空き地もそれほど広くないです」
「位置は確認したぞ」
 冥月が影を感知して場所を割り出す。確かに、小さな空き地にコンテナが置かれてあるし、その中に符もあるようだ。
「見張りの数は……五人か。大した武装もしてないし、楽勝だな」
「あちらが符を使うとも思えませんしね。大事な商売道具でしょうから」
 今現在のメンバーの中で戦闘要員である二人が不適に笑む。
 どうやら、荒事に関しては安心しても良さそうだ。
「でもあまり高をくくるのは危ないわよね。万が一に備えて色々考えておかないと」
 それでもシュラインは相手が符を使ってくる可能性も考慮する。
 人間、溺れてしまうと藁もつかむ。だったら敵がピンチになれば背後にある切り札を使うかもしれない。
 それにこれから向かう場所が私有地なら不法侵入となる。
 相手に訴えられれば高確率で敗訴だろう。金を払え、といわれても興信所にそんな金があるわけがないのは確認するまでもない。
「あ……でも訴えられそうになっても、向こうの弱みを握ってればもみ消せそうね……」
「うぉ、シュラインが妙な笑みを浮かべてやがる」
 シュラインは持ってきていたノートパソコンを開けてネットの海を泳ぎ始めた。

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「ただいま〜」
 と、そこへ小太郎が帰ってきた。
「おお、やっと帰ってきたか。お使いもまともに出来ないのかよ、お前は」
「うるさいな、草間さんは。俺だって頑張ってるんだよ、ホラ、これ」
 コンビニのビニール袋をテーブルに放る。中身はどうやらおつまみらしい。
「よぉ、ユリ。いらっしゃい」
「……小太郎くん……ど、どうしたの、その傷」
 挨拶しようとしたユリが驚いて小太郎に駆け寄る。
 武彦も眼を凝らして小太郎を見るが、確かに頬の辺りが少し腫れているだろうか。
「べ、別に。なんともねーよ」
「……なんともなくない! 何でこんな……誰かに殴られたとか?」
「う、鋭いな、お前」
 図星をさされ、小太郎は素直に白状する。
「コンビニの入り口にたむろってたやつらが居たから、注意してやったら俺のこと『小学生』とか『チビ』とか抜かすから、天誅を」
「……それって天誅とは言いません」
 つまり、コンビニの前に居たチンピラと喧嘩をしてきた、という所だろうか。
 喧嘩をした割には傷が少ないので、どうやらただのゴロツキだったらしい。
「……その時、能力を使ったりとかは?」
「してないよ。一般人に対して危ないだろうが。それに、あの程度の連中に俺の能力を使うまでもないってな」
「調子に乗るなよ、ガキが」
 小太郎の頭に拳が落ちた。
「ゴロツキに人道を説くのは悪くないが、手ぇ出したのは拙かったかもな。もしかしたら報復が来るかもしれないぞ?」
「へっ! 返り討ちだっての!」
「その慢心が足元すくわれるって言ってんだよ。まぁ、精々、怪我しないようにするんだな」
 武彦が小太郎の頭をガシガシかき回し、その後、自分のジャケットを着る。
「さぁ、仕事だぞ小太郎。準備しろ」
「お、おぅ!」

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「情けない……あぁ、情けない」
 わざと大袈裟に落胆する冥月。その視線の先は小太郎だった。
「な、なんだよ、師匠」
「せっかく私が色々教えてやってるというのに、その辺のチンピラごときに一撃喰らうとは……あぁ情けない」
「し、仕方ないだろ。多勢に無勢ってヤツだよ。それでも勝って帰ってきたんだから勘弁しろ」
 小太郎が言うに、相手は四、五人だったらしい。しかも小太郎に比べれば体格的に有利だっただろう。
 それだけのチンピラに囲まれて帰ってきたのならそこまで落胆する事もあるまいが、だが冥月はもう一度ため息をつく。
「それだけじゃない。素人に手を出して、恥ずかしくないのか」
「い、いてて」
 冥月は小太郎の殴られた方の頬をつねりながら問い詰める。
「仮にも私に教えを受けてる身だろうが。それなりに戦い方も身についてるというのに、何の訓練も受けてないような人間に手を上げるなんて……ああ、もぅ、弟子辞めるか?」
「や、やめねぇよ! ご、ごめんなさい!」
 素直に頭を下げる小太郎。根っから単純なヤツだ。しっかり反省しているのだろう。
 冥月はつねっていた手を放し、また小太郎を戒めるように言う。
「大体だな。闘りあうなら相手に報復、なんて考えさせないぐらい完膚なきまで叩きのめせ。身体の芯まで恐怖を植え付け、もう二度と自分の前に立てないぐらいにしろ」
「おい、さっきと言ってること違うぞ」
「何を言う。お前が中途半端なのがいけないんだ。降りかかってくる火の粉は払う。いや、その火の粉すら降りかかってこないようにするのがベストだな」
「言ってる事はわからんでもないが……」
「そうですね。私もそれには賛成です」
 横から魅月姫も会話に混ざる。
「中途半端にやると面倒事は増える一方です。だったら完璧に事をやりとおし、面倒の芽は全て摘む方が有意義だわ」
「完璧にやり通す、ってごろつき相手にあれ以上何をやれと……」
「そうね……例えば、一思いに殺してみるとか?」
「サラリと恐ろしい事を言うなよ!?」
 怯える、というよりは怒った風に答える小太郎に、魅月姫は笑う。
「まぁ、それは行きすぎだとしても、やはり報復が来ない程度に叩きのめすのはありですよね。ただ、人様に迷惑をかけるのは論外ですが」
「魅月姫さんの言う通りよ」
 三人の会話にシュラインが割って入る。
「小太郎くん、そういうチンピラとかゴロツキとかは何しでかすかわかんないの。もしかしたら報復対象が興信所に出入りしているだけの無関係な人に向くかもしれないわ」
「え、なんで!?」
「何でってことはないでしょうけど……言うなればもう誰でも良いんじゃないかしらね。『俺らを殴った小僧の関係者なら誰でもやっちまえ』って感じないかしら?」
「真っ直ぐ俺のところに来いよ!? なんでそんな別の場所に!?」
「そういうモンなのよ。だから気をつけなさい。あなた以外のところに危害が及んだら、小太郎くんは責任取れないでしょ?」
「……ぬぅ」
 確かに、興信所に住み込みになってから随分経ったが、良く興信所に出入りしている人でも、まだ顔すら覚えられない人もいる。
 そんな人に危害が及んだ場合、小太郎はどうしていいやらわからないだろう。
 謝って済むなら良いが、そうでなくなった場合は最悪だ。
 俄かに恐怖を覚え、小太郎は小さく身を震わせた。
「……まぁ、今回はやっちゃったものは仕方ない、って諦めるしかないけど。今後気をつけるように」
「わ、わかった」
「で、そのチンピラたちの外見とか覚えてる?」
「え? なんでだ?」
「なんと言うか……経験と直感でね。その人たちが何処かしらで絡んできそうな気がして」
 なんとも頼り無い理由ではあったが、偶にこれ以上ないくらい信用できる要素だから困る。
 こういう時は信用してみるのも悪くない。何のデメリットもないのだ。少し用心するぐらい誰が咎めよう?
 と、そこまで考えたかどうかわからないが、小太郎は然も無げに記憶を掘り返して口に出す。
「ええと、大体は変わり映えしないような奴らだったな。あんまり印象に残ってないや。でも一人だけ浮いてたんだよな」
「どんな風に?」
「なんつーか、黒髪だったんだよ。それに制服だった」
 今日び、放課時間に制服を着ている学生なんて希有だ。それに緩い校則の学校なら色を抜いていても良いようなものだが、その男は黒髪かつ制服姿だったという。
「その制服の校章が、近くの高校のヤツだったから、多分アイツはそこの生徒なんじゃないかな」
「だったらその学校に連絡すれば事は収まるかもしれないわね」
 その生徒も停学、退学というのはきっと避けて通りたい道だろう。
 だったら学校にチクればそれなりの抑制力にはなろうか。逆に起爆剤にもなりかねないが。
 まぁ、この際、チンピラ云々は横に置いておこう。
「まずは依頼をこなさないとね。ユリちゃんのためにも」

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「うわぁ……裏商店を名乗るだけあって、結構出てくるわねぇ」
 ノートパソコンを操りながら、シュラインが呟く。
「叩けば叩いただけ埃が出てくるわ」
「そりゃ掃除のし甲斐があるな」
 車を運転しながら武彦が返す。
 今、二人は武彦が運転する車で倉庫へ向かっている途中だ。
 シュラインの提案で、倉庫敷地内に移動能力を防ぐような符が展開されると移動に色々困るのではないか、という先手を打った作戦だ。
「先手を打ったっつってもな……わざわざ借りてきてまで車用意する事無いんじゃないか?」
「逃げ遅れたらどうするのよ? 警察沙汰になって、興信所が立ち行かなくなるかもしれないわよ?」
「……それは困るな」
「でしょ? だったら転ばぬ先の杖。はい、しっかり前見て運転する」
「へいへい……」
 言い包められて武彦は前方を見直す。
 その間もシュラインはノートパソコンをいじって情報を掘り出す。
「相手の会社、オカルトグッズの違法販売だけじゃなく、結構なダークハンターを雇ったりしてるみたいよ?」
「何のために? ハンターを雇ったって何に使うんだ?」
「前回、狐に執着してたどこかの奥様がいたじゃない。あの人みたいに、妖の一部を欲しがったりする人もいるのよ」
「……ああ、そうか。っつーことは、その会社が独自に妖怪を狩って、勝手に売りさばいてるのか……それってダメな事なのかよ?」
 危険な妖怪なんかも一緒に狩ってくれれば、オカルト探偵なんて名前を返上したい武彦にとってはありがたいことだ。
「一般人に影響が出たら困るでしょ。そういうのはIO2が仕切ってるのよ……って、それぐらいの事、知らないわけないでしょ、ディテクターさん?」
「細かい事は丸忘れしてるよ。面倒なんだよなぁ、アルバイト感覚だし」
 IO2でもアルバイトしている武彦。やはり興信所の収入だけではやっていけないのだろう。
 とぼける武彦にシュラインはため息をついて、ふとフロントガラスの奥を見る。
「そろそろ到着ね。近くに止めて」
「わかってるよ」
 戦闘に関してあまり関与できない二人は、ここで待機だ。

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 俄かに倉庫の方が騒がしくなる。
「あ、どうやら始まったみたいね」
「そうみたいだな。……まぁアイツらなら心配要らないだろ」
「心配なのは約三名ね」
 即ち、小太郎、ユリ、真昼だ。
 真昼の能力は未知数ゆえに、心配してしまうのだが、前の二人はそうではない。
 ユリは完全に後方支援タイプだ。前線でどれだけ戦えるかわからない。
 小太郎の場合はチンピラに一撃喰らっているのが気になる。
 修羅場といえるぐらいの展開を潜り抜けているはずの小太郎だ。チンピラとの喧嘩ぐらい、いつもなら無傷で生還できるはずだ。
「やっぱ、あのネックレスか」
「……そうかもしれないわね」
 ネックレス、というのは小太郎の師匠である冥月がかけさせた、彼の目の能力を封印するための物だ。
 それにより、以前まで彼が見ていた敵の殺気や攻撃の機を見ることが出来なくなったという。
「まぁ、あの小僧がどんな状況でも、もう二人がカバーしてくれるだろ」
「そうね。私たちは私たちのやれる事をやらないとね」
 そう言ってシュラインはノートパソコンの電源を落とし、周りの音を拾うために耳を澄ます。
 もしかしたら敵が応援を呼ぶかもしれない。
 そうなった場合、もし車で応援が駆けつけた場合、シュラインの耳が排気音や走る音を聴きつけ、前線の仲間に伝える事は可能だ。
 応援が来るとわかれば、それだけ対応のし方も増えよう。
「ユリちゃんに記録を見せてもらったらユリちゃんの符も少しだけだけど、あの倉庫にあるみたいだし、能力封印の枷が出来た場合は出来る限りフォローしなくちゃね」
「……その記録ってIO2の捜査機密とかに引っかからないのか?」
「バレなきゃいいのよ。ユリちゃんも良いって言ったし」
「あの小娘も世間ずれして来たなぁ……。前の方がまだ可愛げがあった」
 小賢しく育ち始めているユリに、武彦は頭を掻いて笑った。
「武彦さんって、結構女難の相出てるわよねぇ」
「その女難の相は、どっちかって言うと小太郎の物だろ」
「小太郎くんはもう少し、女の人に対して苦労した方が良いと思うわ」
「ああ、それは同感だな」
 会話に一区切りが付いた所で、シュラインは再び耳を澄まし始める。
 勿論、情報を収集する為だが……なにやら倉庫の方の様子がおかしい。
「あら……もしかして、まだ潜入してないのかしら?」
「どういうことだ? アイツらがかち込んだから倉庫の中で騒いでるんだろ?」
「いえ、これは……全く別件で騒いでるみたいよ。……何と言うか、こそ泥騒ぎ……かしらね? 符が一、二枚盗まれたらしいわ。犯人は取り逃がしたみたいよ」
「こそ泥ぉ?」
 怪訝そうな顔をして、武彦は窓を開けてタバコをくわえる。
「あの倉庫に符を盗むこそ泥が現れたってか? 出入り口で見張ってる俺らの目を盗んで?」
「何も、出入り口を律儀に通る必要はないわよ。符の存在を知っているなら、もしかしたら符を使って転移をする術を持っているかもしれないじゃない。符じゃなくても、その人物が転移能力を持ってると考えたら、もっと簡単だわ」
「……ありえんでもないな」
「どうする、武彦さん?」
「……どうするも何も、そのこそ泥はどうしようもないだろ。お前が言うように転移術を持っているなら俺らだけじゃ追いかけるのは辛い。かといって冥月と魅月姫に連絡して余計な心配の種を増やすことも無いだろ。まずは倉庫にある符を確保。その後にこそ泥の方をどうするか考えようぜ」
「楽観的……でも、私たちだけじゃどうしようもないのも事実か……。一応、そのドロボウの特徴的な音は覚えたつもりだし、追いかける時には役に立つと思うけど」
「おま、いつのまにそんな音拾ってたんだ?」
「そのドロボウが消える直前、かな。ドロボウ騒ぎが発覚した直後に倉庫から消えた人物の音がドロボウのもの、ってことでしょ? 見張りの人たちよりも軽い音だったから、ちょっと気にしてたんだけど、まさかドロボウだったとはね……」
「まぁ、なんにせよ、そのドロボウを捕まえることになったら一役買ってもらうぜ」
 おどけた風に言って、武彦はタバコをふかす。
 しかし、シュラインのほうはまだ難しい顔が解けない。
「まだ何かあるのかよ?」
「……そのドロボウだけど、どうして見張りの人たちは捕まえなかったのかしら?」
「ドロボウの手際が鮮やか過ぎたんだろ?」
「そんな事は無かったわ。私たちが来る前から倉庫の中に居て、モタモタと符を選んでたっていうのに、見張りは全く気にしてなかったみたいなのよ」
 二人が到着したあとに泥棒が出現したのなら、シュラインがその出現に気付くはず。
 しかし、それに気付けなかったというのは、即ち、最初から泥棒が倉庫に居たということだ。
 そして、その泥棒は倉庫でゆるりと符を選び、その内の一、二枚を持って逃亡。最初はその事態に慌てた見張りだが、今はもう静寂を取り戻している。
「つまり……どういうことだ?」
「考えるのは探偵さんの役目じゃないかしら?」
「うーん、俺の推理によるとだな……その泥棒は元々、見張り連中、もしかしたら倉庫の持ち主である裏商店と顔見知りだった。だから、倉庫に入るときも見張りに咎められず、符を選んでても止められない。見張りはその人が符を奪うとは考えなかったから」
「ということは、見張りに信用されているか、もしくは見張りを黙らせるだけの力がある人かしらね?」
「かもな。んで、その人物がなかなか倉庫から出てこないのを怪しんだ見張りが中の様子を覗くと、転移術を展開している泥棒を見つけた。泥棒が盗みを働いていることに最初は驚いた見張りたちだが、顔見知りだったのですぐに取り戻せる。泥棒がそれなりの力を持つ奴だった場合なら、別に悪用はしないだろうと高を括った。ってところか」
「ずいぶん怠慢な見張りね……とか、色々ツッコミどころがありそうだけど」
「情報が少なすぎるんだよ。お前みたいに俺は耳が良いわけじゃないからな」
 折角頑張って推理したのにシュラインのあんまりな切り返しに機嫌を損ねた武彦は窓の外を見やった。
「お、今度こそ始まったみたいだぞ」
 そして、その目に倉庫敷地内でドンパチを始める仲間の姿を見た。

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 それからややしばらくして、倉庫の方が静かになった。
「……どうやら終わったみたいだな」
「呆気なかったわね。符を使ったような音もしなかったし」
「やっぱ流石に商売道具はいじれないんだろ。さ、向こうに合流するぞ」
 武彦が車から降りるのを見て、シュラインもそれに従う。
 外では俄かにざわめきが聞こえてきた。どうやら倉庫内での戦闘が一般人にも感づかれたらしい。
「こりゃ、早いところずらかった方が良さそうだな」
「その言い方、武彦さんのほうが泥棒っぽいわね」
「タダの泥棒じゃなく、女の子のために盗みを働く義賊だけどな」
「そりゃご立派なことで」
 馬鹿にしたように笑って、シュラインと武彦は倉庫の中へ入っていった。

 全員が合流する。
 どうやら戦っていたメンバーも無傷らしい。
「無事みたいね」
「当たり前だろ。俺たちがこんな奴らに負けるかよ!」
 小太郎の受け答えに、冥月は苦笑していた。
「味方の無事を喜ぶより、今はやる事があるぞ。外の一般人が気付き始めてる。さくっと符を回収してさくっと逃げるぞ」
「符の回収なら済んである」
 冥月が言うのに魅月姫も頷く。
「戦闘の片手間に影の中に符を取り込んでおきました。今頃興信所で零さんが内容を確認している所だと思いますわ」
「手際が良いことで。それじゃ、早いところ逃げるぞ」
 武彦の号令で、一行はそそくさと倉庫から逃げ出した。

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「どうする、武彦さん」
「どーすっかなぁ」
 一件終えて和気藹々ムードの興信所内。
 今は真昼以外はここに集まっている。
 真昼はIO2に戻って今回の件の報告に戻ったらしい。ああ見えて以外にマメなようだ。
「どうしました、お二人とも?」
「ああ、魅月姫さん。いや、一つ終わった後になんなんだけど……」
 この和やかムードに水を差すのも悪いと思って今まで黙っていたのだが、シュラインと武彦は一つ、事件の種を抱えている。
「さっきの倉庫に、私たちが着く前にドロボウが入ってたみたいなのよね」
「ドロボウ、ですか?」
 魅月姫が首を傾げる。どうやらやはり彼女も気付いていなかったようだ。
「そういえば、零さんも符が足りない、と言ってましたね」
「そうなのよ。多分、それを盗んだんだと思うの」
 戦闘中、符を使われた様子はなかった。にも拘らず符が足りないという事は、何かしらの原因で紛失してしまったのだろう。
 影での輸送中に取りこぼす事は考えられない。だとすれば、あの倉庫に保管されている内に無くなったのだろう。
「……ああ、もしかして……。倉庫に着いたとき冥月さんが『一人少ない』と仰ってました。その一人がドロボウなのでしょうか?」
「そういうことなら、多分そうだと思うわ。あの倉庫の出入りは一応監視してたつもりだし、他に出て行った人間がいないなら、その人だとおもう」
「出入りを監視してたなら、その人間も見ていたのでは?」
「それが、歩いて出て行ったわけじゃ無さそうなのよね」
 シュラインが言う所によると、何か転移術の類で倉庫の外へ出て行ったらしい。
「そうですか……。まだ符を狙う人間が……」
「あ、あの、魅月姫さん? ちょっと顔が怖いわよ?」
「気にしないでください。……ですが、符は今回潰した組織のほかにも個人や企業に広く渡ってるみたいです。その内の一つと考えるなら大した脅威でもない気がしますね」
「だと良いんだけど……小太郎くんの喧嘩の相手と良い、何か引っかかるのよねぇ……」
 シュラインが呟くのに、しかし明確な答えは得られそうに無かった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださり、ありがとうございます! 『今回は全体的にアッサリ風味』ピコかめです。
 次回は重い感じになる予定なので、サラリと伏線張ったりしてアッサリ仕立てにしてみましたよ。
 アッサリついでに真昼もアッサリ放置され気味でちょっとビックリ。

 うっ、チンピラが関わってくるという読み……何と鋭い。次回、そのチンピラ君がどこぞで出てくる予定です。
 あれ、もしかして、俺の物語の作り方ってわかりやすいのか……っ!
 いやでも、難解で解り難いモノよりは……良い、よね?
 では、次回も気が向きましたらよろしくお願いします!