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或る如月の出来事
来たれ! 4月1日限定の幻のイベント!
駅前で配られていた、そう書かれたチラシを手に取った誰かが言った。
「ウソくせぇ」
他の誰かが言った。
「だってエイプリルだよね? ね?」
確かにごもっとも。
チラシを配っていた山高帽の紳士は言う。彼の傍にはチラシを同じく配っている幼い少女の姿。
「なるほど。お客様の疑いももっともですな。嘘かもしれません。確かに嘘でございますとも。けれども嘘と思っても気になるのが人間の性でございましょう。騙されたと思っておいでください。なぁに、たいしたことはございません。なにせこれも『嘘』かもしれませんからなぁ」
紳士はそう言って微笑む。
「おもしろいよー。ただ単にそんだけー」
幼女はそう言ってウフフと笑った。
どちらの笑顔も……かなりの嘘臭さだ。
さて、あなたはどうする?
***
駅前で配られていたチラシを受け取り、清水コータは首を傾げた。
「イベント内容は書かれてないけど、ま、タダで泊まれるっていうんだし」
へぇぇ、とコータは感心の声をあげる。
一体どのようなイベントなのやら……?
*
森の奥にある洋館に辿り着いたコータは「おお」と声を出す。
「でかっ。こんなとこに建てて、不便じゃないのか?」
利便性はない。すぐ近くにコンビニがあるわけでもないし、見たところこの洋館しかないようだ。
周りは森。これはもう、なんだろう。夜景が綺麗な場所でもなし、イベントなるものは単なる客寄せだったのか???
(面白くなかったら逆に大変なことになっちゃうと思うわけだが、おれは)
とはいえ、しょせんは他人ごと。いくら自分が『いい人』であっても、こんな洋館ホテルで客寄せとして何かできることなどないだろう。
(まぁ……なんかサービスなりなんなり、いいものがあれば口コミで……)
ぼんやり考えつつ洋館の扉を開けた。
扉の向こうは綺麗なホテルだ。なかなか趣味がいい。
「おぉ……!」
と、感動の一言。そしてすぐさま。
「おお??」
疑問符のついた一言。
コータは首を傾げつつ、自身を見下ろす。
胸に二つの膨らみができ、今まであったものがなくなっている不自然さ。
えー、っと。
「えー、なんだよこれ。女?」
女ってナニが? なにがどうして?
コータは後ろから入ってきた客に慌てて道を空ける。よくよく考えてみよう。
とりあえず。
瞼を擦るけれども消えない。幻覚ではないようだ。
とりあえず触ってみる。触覚は大切だと思う。いや、この柔らかさはマジですか。
「女って、女ってありえないだろう。あれ、おれって男じゃなかったっけ。女だっけ」
いやいや。
「男だったよなおれ」
独り言である。いや、独り言で確認しなければ夢だと思うに違いない。ゆえにこれは夢ではなく現実だ。
洋館に入ってからいきなり眠りこけてました。とか、この洋館に関連すること全てが、それこそ最初から夢でしたみたいな、夢オチなものではないようだ。
とりあえずチェックインする。もちろんシングルの部屋。
部屋に荷物を置いて、浴室に向かう。洋式トイレのすぐ近くにある鏡を凝視した。
「……………………」
右から見てみる。左から見てみる。上目遣い。それから見下し顔をしてみる。
「なんだよおれ、超可愛いじゃん」
自分で褒めてどうする、というツッコミが聞こえそうだが我ながら可愛いと思う。
身長は変わっていないが、骨格が完全に女性のものだ。髪の長さも同じだが顔は女の子。
うぅ〜ん。
じろじろと見てから眉をひそめる。
「もっと年上のなんかこう、大人の魅力溢れる女が好きなんだけど。どうせだったらそうなればいいのに」
とはいえ、自分の外見がそのまま女に変わっただけなので高望みしすぎなのかもしれない。
しかしコレ、どうすればいいんだろう。どうすれば「治る」のだろう?
(って、ビョーキじゃないし)
熱がある様子もないし、どこかに何かできている様子もない。いや、胸はできているけど、それは病気の類ではないのは明白。
頭を軽く掻いて嘆息する。
「どうすりゃいいんだよ……ほんと。とりあえずナンパ? ナンパしとく!?」
鏡に映る自分に向けて言うが、応えてくれるはずもない。結局「じゃ、するか」と一人で納得した。
ふと、気づいて呟く。
「混乱しすぎ、おれ」
*
着ている男物の衣服は、それとなく今の自分に合わせる。女の子でこの格好は少し変だ。とりあえず袖をまくってみた。
部屋をあとにして洋館の中を歩き回る。客は一人で来ている者もいれば、二人で来ている連中もいた。
「ふむふむ。なんつーか、みんな暇してるわけだ」
などと呟いてロビーまで行く。イスとテーブルが少しばかりあり、そこに座って談笑している二人の男たちがいた。
お、いたいた。
(この美貌でプリンを買ってこさせよう!)
にや、と笑ってから近づく。
「おにーさん! こんにちは」
自分でも驚くほど可愛い声がでた。
男たちはこちらを見る。きょとんとした顔だ。
「一緒にあそばない?」
「いや、ちょっと」
苦笑する痩身の男は、連れらしいもう一人に目配せをする。
「まだこの状態に慣れてないの。いつもならお誘いは受けるんだけど」
低い声でこの口調。
コータは呆然としてからハッとした。
そうだ! 性別が変わっているのは自分だけではない。この洋館に居る者全てが、いつもとは「逆」なのだ。
つまり、ナンパしていたのは男と思っていたが……本来は女性で。
(あ、そっか。この人たちは女の人だから……その目線でおれを見たら違和感があるんだ。女にナンパされてる、ってことになるもんな。いくらおれが男だってわかってても)
ならばオト……ではなく、女をナンパすべきだ。
他のテーブルに近づき、声をかけてみる。
「あそばない?」
「いやいや、だってキミ、男でしょ」
と、断られてしまった。
それはそうだろう。女になってはいても、本来は男。普通の男なら、男にナンパされても嬉しくはないだろう。
結局、暇を持て余していそうな者たちに声をかけたが、誰も誘いに乗ってこなかった。ここに居るのはほぼ、連れがいる者だから、ナンパの必要はないということだろう。
とはいえ、プリンは食べたい。
(そういえば食事は食堂でとるんだった。プリンあるといいけど)
プリン単品など、普通はない。
持ってきた荷物の中にプリンはある。部屋にあった小型の冷蔵庫に入れてはあるが、あれは……まだ残しておきたい。しかし、食堂で食べられないなら仕方がない。ああ、だが手をつけたくない……!
食堂まで行くことにしたわけだが、どこにあるのか……。こんなことならきちんとチェックインの時に訊いておくべきだった。
(とはいえ……。別に急ぐことでもないんだけどさ)
こんな経験、滅多にないわけだし。
女になった自分。いつまでこの姿なのかは不明だが、まぁそんなにたいした問題でもないだろう。そのうち治る。たぶん。
「あ、すいません。食堂はどこですか?」
通りかかった紳士服の女性に尋ねる。彼女は会釈をして、微笑んだ。
「はい。このまま真っ直ぐお進みくださると右手に表示があります。それに従って進めば目的地に辿り着けましょう」
「あ。ありがとうございます」
ぺこりと頭をさげると彼女はまたにっこりと笑う。
「いえいえ。これくらいのことで礼を言う必要もありませんのでお気になさらずに。さぁさ、どうぞお進みください。食堂のメニューも多種多様。きっと満足いただけると思います」
早口で喋られたのでコータは瞬きし、こくりと頷いた。そしてそのまま歩き出す。なんというか、気圧された。
(なんだろあれ……。おばちゃんパワーってやつかな)
すごいな。
などと感心していて気づいた。あれ、っと思って振り向く。だがそこにはもう、先ほどの女性はいない。
(あれ……は、男、ってことか。おばちゃんパワーじゃなくて、おっさんパワー???)
なんだかしっくりこない。語呂が悪いせいか?
まあいいやと思い直してさらに進み……食堂に辿り着いた。
民宿の食堂をイメージしていたが、そんなことはない。大きな広間にテーブルとイスが並べられている。
(……結婚式場みたいだ……)
イメージとしては近いだろう。空いている席に座っていいのだろうかと思案していたが、面倒なのでさっさと座ることにする。窓際の席だ。
窓の外は、広がる森。なかなか眺めはいい。
「メニューはこちらです」
ウェイターがメニューを持ってきてテーブルに置いた。グラスもだ。
早速メニューを開いて、すぐに目的のものを見つける。いや、しかし。
(これは単品ではあるけど、単品ではないし。どうなんだろう。いや、でも今は女だし、不自然はないわけで)
余計なことを色々と考えているうちに、ウェイターが注文をとりに来た。
悩んだ挙句、あっさりと。
「プリンパフェ、一つ」
ウェイターは「はい」と頷いてから、ちらりとこちらを見てくる。
(そっか。本来ならこの人も女で、『ウェイトレス』なのか)
ややこしいのか単純なのか。どっちかにして欲しい。
注文のものがくるまで食堂の中を見回す。男が女で、女が男なのだから……。そう考えて見てみるとちょっと笑えた。
(あそこにいるのは大学生くらいの女の人……か。男になったから化粧落としたんだろうな……。大変だ)
そういえばこの洋館にいる『女』は、ほとんどスッピンだった。それもそうだ。男で化粧をするのは少数だろう。
(恋人同士でここに来てたらちょっと悲惨だよなぁ)
そう思っていたところ、注文のプリンパフェがきた。一番上にプリンが乗っている。周りには生クリーム。果物。プリンの下にも色々とある。
はっ、とする。
(そうか……! 今の姿ならこれを堂々と食べてもおかしくない!)
早速食べてみるが、美味しいプリンだったのでコータは瞳をきらきらさせる。
(これは手作りだ! いい卵を使っているじゃないか! えらい!)
美味しいなあ、と味わって食べていると……すぐに食べ終えてしまった。食べたのは自分のくせに、ショックを受けてしまった。
いや、でもラッキーだ。ここのプリンはサイコーだ。
*
シャワーを浴びてさっぱりとして、ベッドに腰掛ける。
「……ほんとに女か。男だったおれは実は夢だったというオチだったりして」
そんなの嫌だ。
「ま、いいや。あとはゆっくり寝ようっと」
早々に布団に入る。だがすぐに起き上がった。
冷蔵庫まで行き、中からプリンを取り出す。
「これこれ! やっぱり寝る前には一個は食べないと!」
24時。次の日の0時きっかり。
大広間の柱時計の音が鳴り響いた。
だが眠っているコータに聞こえるはずもない。
次の日の朝、男に戻ったコータがまずしたのは――。
「プリンパフェ、一つ」
ウェイトレスにそう注文した。朝食だというのに。
ウェイトレスの女性は「はい」と頷き、昨日と同じくちらりとこちらを見てきた。
「お口に合いましたか?」
と、尋ねられ、コータは自信満々に大きく頭を縦に振る。
「おれの知る美味しいプリンランキングに堂々と入る!」
このプリンに出会うためにここに来たのだ、と今では少なからず思っているコータであった。
**
洋館の前で見送りに出てきた紳士と幼い少女はうやうやしく頭をさげた。少女はスカートの端を摘んでいる。
「ご来館まことにありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか? 楽しんでもらえたならこちらはそれで満足。裏があるのではと疑っておられた方もいらっしゃったでしょう。我々は何か企んでいたわけではありません。その証拠にあなたがたは無事でお帰りになられます。ではなぜこのような催し物をしたか? 疑問はもっともでございます。なに、我々は単に面白いこと、愉快なことが好きなだけでございます。今回このような企画をたてたのはひとえに皆様に楽しんでもらいたいがゆえ。ではでは一夜の夢はお開きでございます。また何か企画しましたならぜひともご参加ください」
一気に喋る紳士は帽子をとって胸の前に置く。少女は笑顔で手を振って、訪ねて来た者たちを見送った。
来訪者たちが完全に去った後……そこはただの森に戻った。洋館の姿は、どこにもない。まるで「嘘」のように、何も――――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【4778/清水・コータ(しみず・こーた)/男/20/便利屋】
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ご参加ありがとうございます、清水様。初めまして。ライターのともやいずみです。
美味しいプリンをご用意させていただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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