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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


文月堂奇譚 逃げた本

●おつかい
 それはとある休日の昼下がりの事だった。
「この本を届けてくれば良いんだね?」
「ええ、そうよ。お願いね、紗霧。本当なら私が行ければよかったんだけど」
「まぁ、お姉ちゃんは今日は忙しいって言ってたもんね。仕方ないよ。それに今日は私も暇だったしね」
 文月堂という古本屋の中でこのような会話がなされていた。
 本を手渡した黒髪の女性は佐伯隆美といった。
「でもね、その本の中身は決して見ちゃいけないからね?開いても……駄目だからね?」
「はな、なんか曰くありげな本なんだね、判ったよ」
 そう言って紗霧と呼ばれた銀髪の少女、佐伯紗霧は検めるように本の表紙を見た。
 その本の表紙は既にかすれ黒ずんでいる為にタイトルは感嘆には読めなかった。
「まぁ、秋篠神社へ行くだけだから、大丈夫だと思うけど、十分気をつけてね」
 隆美がそう言って念を押した。
「大丈夫だって、心配性だなー。お姉ちゃんは」
 笑いながら紗霧は文月堂をゆっくりと後にするのだった。

●二人の少女
 文月堂を出た紗霧は鼻唄を歌いながら空を見上げながらゆっくりと歩いていた。
 そして、駅への道を近道するために小さな公園へと入っていった。
 空を見上げていたために後ろの方の坂から近づいている人影に気がつかなかった。
「わーちょっとどいてーっ!」
 活発な少女が叫びながら、紗霧に向かっていった、そしてドシンっと大きな音が周囲に響き渡った。
 紗霧にぶつかってきたのは、長い髪を結んだ活発そうな少女であった。
 少女の名前は相坂刹那といった。
 二人はそのまま絡み合うように地面に倒れこんだ。
「いたた……だ……大丈夫?ってなんだ紗霧かぁ」
「なんだじゃないよ……って、刹那さん……」
「ごめんちょっと急いでたんで走ってたら坂で止まれなくなっちゃってね」
 照れ笑いを浮かべながら、そう話す刹那を見て思わず紗霧も笑みをこぼす。
「で、紗霧は今何をやってるの?」
「え?私はこの本を秋篠神社に届けようと……」
 紗霧はそう言って手に持っていた本を刹那に見せようとしたが、その手には何も握られていなかった。
「紗霧、その手には何もないけど?」
 不思議そうに見つめる刹那をよそに紗霧の顔が蒼白になる。
 あわてて周囲を紗霧は見渡すと少し離れた所に一冊の古びた本が開かれた状態で落ちていた。
「あ……、本が……」
 本が開いてしまっているのを見て、紗霧は慌てて立ち上がろうとする。
「あ、紗霧ちょっと待っ……」
 刹那がまだ上に載っていたために二人はそのまま逆の体制で地面に転がってしまう。
 そして二人から少し離れた所にある本は、なにやら白い煙が立ち昇りいつの真にやら50cmほどの茶色い物体が立っていた。
 そしてその茶色い物体は本を抱えると、公園の木々の茂みへと逃げるように駆け込んでいったのだった。
「どうしよう……取り返さないと……」
 その場にはただおろおろする紗霧と事情が飲み込めていない刹那の姿が残されたのだった。

●公園にて
「そういえば静奈さん達と会うのも久しぶりですわね」
 実家への所用を終えて、街で評判の和菓子の包みを手に持った和服の女性がゆっくりと公園の近くを歩いていた。
「お土産は持ったけど、突然お邪魔して大丈夫かしら……? おや?」
 和服の女性、天薙撫子はふいに公園の中から異様な気配を感じた。
「この気配は……? 紗霧さんとあとは……刹那さん……かしら? それ以外にもう一つ……、少し様子を見に行った方が良さそうですね」
 そう言って撫子は公園の中へと入っていったのだった。

「今日は少し……疲れましたね」
 小さくため息をついて青い髪の儚げな少女、アンネリーゼ・ネーフェが町を歩いていた。
 穢れを落とす仕事を終えて、自らのいるべき場所へと戻ろうと思い道を歩いていた。
 そしてその途中で、ふと公園の中をのぞいてみる。
 公園の中へと和服の女性が只ならぬ顔持ちで入っていくのが見えた。
「あの人……どうしたのかしら? 少し様子を見に行った方が良いのかしら」
 しばらく逡巡したアンネリーゼだったが、和服の女性の後を追って公園に入るのだった。

 撫子が公園に入ると少し開けた場所で、よく見知った二人の少女がその場に立ちすくんでいるのが見えた。
「紗霧さんどうしたのですか? それから……刹那さんでよろしいのですよね?」
 そう声をかけた撫子の顔をみた紗霧と刹那は安堵の表情を浮かべた。
 混乱した状況の中で見知った顔を見る事が出来る、その事がここまで安心できるとは二人とも考えていなかったからだった。
「あの……、実は……」
 そう言って紗霧は撫子にゆっくりと話し始めるのだった。

「今日はここまでな? また今度見に来てくれよ?」
 そう言って、公園の片隅で一人の青年が人形劇の幕を閉じた。
 彼の人形劇を見ていた子供達は立ち上がって口々にお礼を言ってそれぞれの思う方向に散って行った。
「さて、と……今日はどうするかな?」
 人形劇をやっていた萬城目蒼獅は道具を片付けながら周囲を見渡した。
 すると少し先の広場でなにやら小さな人だかりが出来ているのが目に入った。
「おや? あれは何をやっているんだ?」
 なぜかその光景が気になった蒼獅はそこへむかうのだった。

「つまり……、本の中から何かが逃げ出した。と言う訳なんですか?」
 撫子と狭霧の会話をその後ろから聞いていたアンネリーゼが三人に声をかけた。
「あ、すみません、その和服の方の様子が少し気になったので……。後ろから追わせて貰ったのですがそこでお二人のお話が聞こえまして……」
「そうだったんですか。わたくしの事を心配してくださってありがとうございます」
 撫子がアンネリーゼにそう言って頭を下げる。
「私はアンネリーゼ・ネーフェといいます。私で良ければお手伝いさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「本当ですか? ありがとうございます」
 紗霧と刹那がお礼を言おうとすると二人の後ろから声がかかる。
「そういう事だったら、私もお手伝いさせて貰いますよ」
 一斉に声をした方を皆が振り向くと蒼獅が笑顔を浮かべて底に立っていたのだった。
「それにしても……、本が勝手に歩き出すなんて事はあるんでしょうかね?」
 話を途中から聞いていたためか、若干間違ったままの蒼獅がそんな風に話し出すと、皆が一斉に口元に笑みを浮かべた。
「あ、それは少し違うんだよ」
 刹那がそう言って蒼獅にもう一度説明を身振り手振りを加えてはじめるのだった。

●茶色い生き物のいたずら
「つまり、その逃げた茶色いのを捕まえて本を取り返せば良いって事なんですね?」
 蒼獅がそうやって確認する。
「そういう事なんだと思う、だよね? 紗霧?」
 刹那が紗霧に確認する。
「う……、うん。多分そうだと思う。お姉ちゃんが本を開くなって言ったのはこういう事を予想していたからなんだと思う」
 いつもながらの仲の良い姉妹の様子に撫子は思わず笑みを浮かべる。
「でもそこまで『邪悪』という感触はありません、強いていうならば『無邪気』と行ったところでしょうか?」
「そうですね、それは私もそう思います。多分本に何か悪戯好きの妖怪か何かが封印されていたとかそんなところかと思います」
 撫子とアンネリーゼが話をまとめる。
「なるほどな……。と、いう事はとにかくその妖怪を見つけて本を奪い返して再封印してやれば良いって事だな?」
 そう言って蒼獅が林の中を覗き込んだ。
「そうですね。まだその林の中から気配がありますので、その中にいると思われるので、皆で手分けして探しましょう」
 林の中に今にも入って行きそうな刹那を宥めながら、アンネリーゼが提案した。
 しばらくして一行は二手に別れて林に反対側から入って行った。
 撫子、蒼獅、刹那の三人、アンネリーゼと紗霧の二人の組であった。

 林の中にゆっくり入って行った撫子達三人だったが、昼間なのに薄暗い林の中で周囲をうかがっていた。
「そんなに大きくない林なのに、ここまで暗いとは思わなかったなー」
 刹那がそんな事を言いながら辺りを見渡す。
 蒼獅が先頭に立ち真ん中を撫子がいて一番後ろに刹那が続いた。
 しばらく草木を掻き分けて林の中を進む一行だったが、その周囲に怪しいものは見つける事が出来なかった。
「どうやらこっちではなく向こうの方にいるのかもしれないですね……」
 蒼獅が小さくため息をつきながら、別れた方向を見やる。
「そうかもしれませんね……。紗霧様達に何もなければいいのですが……」
 心配そうにそう小さく呟いた撫子を見て、刹那が元気つける。
「大丈夫だって、向こうだって一人で動いてるわけじゃないし、大丈夫だって」
 そう言った刹那だったが、その後の事までは予想できなかった。
 その刹那のお尻を何者かが触って撫でたのだ。
「きゃっ!!」
 あわてて後ろを振り向いた刹那だったが、そこには誰もいなかった。
 そして蒼獅の事を刹那は睨み付けた。
「な、何? どうしたの?」
 急に睨み付けられて蒼獅は慌てた。
 その端正な、どこか儚げな顔が狼狽の色を浮かべる。
「今……、私のお尻触ったでしょ?」
「は?」
 まるで間の抜けた声を出してしまったと蒼獅は自分でも思った。
「今誰か私のお尻をこう撫で回すように触ったの。撫子さんがそんな事するとは思えないし、だったら他には蒼獅さんしかいないじゃないっ!?」
 今にも組み付きそうな勢いで、刹那が蒼獅に一歩詰め寄る。
「そ、そんな私はやってないよ?」
 慌てて蒼獅は弁明する、そんな様子を撫子はどうしたものかと言葉を挟めずにいた。
「そんなしらばっかり切って、現に今だって……」
「今?」
 鸚鵡返しに蒼獅が刹那に聞き返す。
 聞き返されて刹那は蒼獅の両手を見た、その両手は片方は樹の幹に触れ、片方はポケットにしっかり入っていた。
 それを見た刹那や蒼獅達一行は刹那の後ろを見た。
 刹那の足元には何やら狸をまるで漫画で描いたかのような茶色い生き物が、片手を人間の手に変化させ、刹那のお尻をその短いスカートの上から撫で回していた。
 その反対側の手にはしっかり本らしきものが握られていた。
「キャーッ!?」
 刹那は思わず反転し、その茶色い生き物を蹴っ飛ばしていた。
 茶色い生き物はそのまま草むらに逃げ込み、走り去っていった。
 その生き物がいた所には蹴飛ばされた拍子に落ちたのであろう、本が一冊残されていた。
 まるで何事もなかったかのように撫子はその本を拾う。
「これで蒼獅様への疑いは晴れましたわね。何はともあれあの狸みたいのを追いましょう」
「そうですね」
 蒼獅にそう促された刹那は申し訳なさそうに小さく頭を下げる。
「疑ってごめんなさい」
「ま、仕方ないさ。今回は間が悪かったと思う事にするよ」
 そう言って蒼獅は生き物の消えた方向へと走りだし、一行もそれに続いたのだった。

 「キャーーー!?」
 蒼獅達一行が生き物を追いかけていくと、その進もうとする先から、悲鳴のような声が響いてきた。
「あれは紗霧の声か? またあの狸のようなのが何かやらかしたのか?」
 刹那があせった様な声をあげる。
「今までの経緯を考えるとそれがあってそうですね。急ぎましょう」
「だったら私が先に行って来ますよ」
 撫子の言葉をついで、蒼獅が二人から先行する形で声のした方へと急いだのだった。
 撫子と刹那が、声のした所にたどり着くとそこにはへたりこんで地面に座っている紗霧とそれを見て困ったようにしているアンネリーゼと蒼獅の姿があった。
「結局どうしたのですか?」
 撫子が一足先に来ていた蒼獅に聞いた。
「それが、どうやらそこの紗霧さんがスカートをめくられたらしい、急にこうぶわっと」
 身振りを入れてアンネリーゼから聞いた事情を蒼獅が説明する。
「紗霧さんはそれでびっくりして腰が抜けてしまったみたいなんです」
 アンネリーゼが困った様な声で紗霧を見た。
「だったら紗霧様はここに残った方が良いかもしれないですね」
 撫子の提案に、狭霧が言葉を挟もうとするが、それを刹那がさえぎった。
「私もそう思うよ、紗霧の所には私がついているから封印の方お願いできるかな?」
 刹那のその提案に三人は、一も二もなく頷いたのだった。

「でも大体の逃げ行った方向はわかりますか? アンネリーゼ様」
「それなら判りますよ」
「でしたら、私が力を感知して追いかける事ができると思います」
 撫子の提案に蒼獅も続いた。
「なるほど、私は傀儡を使って、やつを追い詰める事ができると思う」
「それでは私はお二人が追い詰めたところをこの本に封印する役をすれば良いですか?」
 アンネリーゼが本を見ながらそう話す。
 本の目次の所に封印されているものの最封印する方法などは書かれていたのだった。
「それにしてもこの本のその該当するページに触れさせるだけで封印なんて本当にできるのでしょうか?」
「ま、なるようにしかならないでしょうが、まずはやって見ましょう」
 蒼獅のその言葉に皆頷き行動を開始したのだった。

 撫子が物の怪の動きを察知し、蒼獅が傀儡でその動きをうまく誘導し、逃げ場のない所に追い詰める事に成功した。
「おとなしくまた封印させてください……」
 アンネリーゼのその懇願と、その後ろに控える二人の姿を見て物の怪は諦めたようにうなだれて、自らゆっくりとアンネリーゼの持つ本へと向かって行きその本の自らの封印されていたページを開き、そっとそれに手を触れた。
 周囲を光が包み込み、その姿が本に吸い込まれていった。
 三人は思わず目を瞑り、その目を開けたときには、光が収まり見開かれたページには、先ほどの物の怪の姿が描かれていた。
「いたずら狸……ですか」
 そのページに書かれた説明を見て、蒼獅が呟く。
「なるほど、だからああいう風な行動をとっていた訳ですね」
 アンネリーゼが納得したように頷いた。
「それでは紗霧様達の所に戻りましょうか」
 撫子はしっかり本を閉じるとそう言って歩き出した。

●エピローグ
 一行は紗霧達と合流した後、秋篠神社の客間でお茶をしていた。
 刹那はここに来る間に用事があるとの事で既に席をはずしていた。
「丁度、私達もこちらにお邪魔しようと思っていたところだったので、タイミングが良かったですね」
 撫子が来る途中でアンネリーゼも神社に来て見ようと考えていたという話を聞いて、驚いたという話もあったが、どうやらそういう事だったらしい。
「まぁ、私は元々こちらで静奈様とお話をしようと思ってきてましたから、これはお土産です、皆さんで食べてください」
 撫子の持ってきた包みの中身を、この秋篠神社の巫女である秋篠宮静奈が皆に取り分ける。
「でも今日は皆さんにご迷惑をかけちゃって申し訳なかったですね。ボクの方から取りにいければよかったんだけど、ちょっと動けない用事があって紗霧さんに来てもらったので……」
 静奈はそう言って申し訳なさそうに笑みを小さく浮かべた。
「いえいえ、私はこうやって綺麗なお嬢さん方とお知りあいになる事が出来たので良かったですよ」
 蒼獅は満面の笑みを浮かべて、今のこの現状を楽しんでいるようだった。
「それであの本は一体なんだったのですか?」
 撫子が皆が聞きたかった事を静奈に聞いた。
「あの本は昔からさまざまな妖怪や物の怪を封印してある本だと聞いています。基本的に封印はしっかりしているはずなのですがm今回みたいに封印がとけかかっているものなどがないか調べるためと、管理するためにこの秋篠神社に持ってきてもらったんですよ。でもこんな簡単に解ける封印のページがあるなら、今回持ってきてもらって正解でした」
 ほっとしたような笑顔を浮かべる静奈に、アンネリーゼが質問をする。
「でも静奈さん、様々なといわれましたが、もっと違う、例えばもっと邪悪な妖怪なども封印されているのですか?」
「そういう事もあるかもしれないから持ってきてもらったんだよ、アンネリーゼさん」
「そう……ですか」
「まぁ、とにかく無事だったという事で、皆くつろいで行って下さい、と言っても粗茶位しか出ないですけどね」
 笑顔でそう言った静奈に皆、笑みで返すのだった


Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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≪PC≫
■ 萬城目・蒼獅
整理番号:4169 性別:男 年齢:20
職業:傀儡師

■ アンネリーゼ・ネーフェ
整理番号:5615 性別:女 年齢:19
職業:リヴァイア

■ 天薙・撫子
整理番号:0328 性別:女 年齢:18
職業:大学生(巫女):天位覚醒者

≪NPC≫
■ 佐伯・紗霧
職業:神聖都学園高等部学生兼古本屋

■ 逢坂・刹那
職業:高校生

■ 秋篠宮・静奈
職業:神聖都学園高等部学生兼巫女

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■         ライター通信          ■
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 どうもこんにちは、もしくは初めまして、ライターの藤杜です
 この度は異界依頼『文月堂奇譚 逃げた本』にご参加頂きありがとうございました。
 納品するのが遅くなりすみませんでした。
 今回は皆さんがどういうやり方で紫織に接するのか楽しみにしてましたが、この様な結果になりました。
 久方ぶりの依頼という事もあり、不手際などがないといいのですがいかがだったでしょうか? 楽しんでいただければ幸いです。

2007.05.08.
Written by Ren Fujimori