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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


コドモノクニ



1.
 こどもの国って聞いたことがある?
 K公園ってあるじゃない。そう、あそこ。
 夜そこに行ってそのまま迷い込んだ人がいるらしいよ。しかも、何人も。
 帰ってきた人? 聞いたことないなぁ。
 なんでも、その国に行ったら子供たちがいっぱいいて遊んでくれって言うんだって。
 でも、昔の遊びじゃないと駄目なの。ゲームとかは駄目なんだって。
 なんで昔の遊びなんだろう。
 でもさ、昔の子供の遊びって、知ってる?
 遊びを知らなかったら? 帰してもらえないんじゃない?
 だから、いままでの人も帰って来れないんだよ、きっと。
 それにしても、その子供たちの正体ってなんなんだろう。

 その噂を耳にした日、麗香は部下の三下を呼びつけた。
「こどもの国に行ってきて真相を確かめてきてちょうだい」
「いや、あの、行ってきてって……帰ってきた人はいないんですよね?」
「だから調べるんでしょ。あんたが帰って来れなくてもいいから記事だけは届けてちょうだいね」
 そんなぁと呟いている三下の姿など麗香の目には映っていなかった。
 そこへ、編集室に誰かが入ってきた気配と共に声がした。
「麗香さん……」
 見れば、そこには心痛な面持ちの紗枝が立っている。眼鏡の奥にある目も何処か暗い。
 そんな様子に、麗香は怪訝な顔をして口を開いた。
「どうしたの?」
「アレーヌが昨日からいなくなったの……」


2.
 話はここから少し遡る。
 アレーヌはその日、K公園にいた。噂を聞いてやってきたわけではなく、偶然やってきた場所だった。
 人の気配はない夜の公園は、あまり気分の良いものではなかったが、薄気味悪いとまではいかない。
 偶然やってきたつもりだったのだが、そこに着いた途端その声を聞いた。
『……遊んで』
「……?」
 最初は気のせいかとも思ったが、その声はまた「遊んで」と言ってき、辺りにはアレーヌ以外の姿はない以上その声は自分に向けてかけられているのだろうと判断した。
 いったい何処からの声だろうと周囲をうかがうが、人影らしきものは見当たらない。
「わたしくに用があるのなら、ちゃんと姿を出して言ってはいかがですの?」
 少々嫌味っぽく言ってみても、相手は姿を現さない。ただ、遊んでという声だけが聞こえてくる。
 もう少し注意深く周囲を見渡すと、ひとつの遊具が目に入った。
 最近はあまり見かけないトンネル型の遊具だ。入り口から入って出るだけの遊具だが、その入り口からその声は聞こえてくる。
 ゆっくりと、その遊具へと近付く。声はただずっと「遊んで、遊んで」と呼んでいる。
「いったい、どなたですの?」
 言いながら、アレーヌはそのトンネルの中に身体を入れた。
 一瞬、周囲が暗くなりそして──明るくなった。
 陽気な明るさではないが、しかし先程まで夜だった場所にしては不自然なほど明るい。
「……なんです? ここは」
 訝しそうにそう呟いたアレーヌの元に、何かが近付いてきた。
「お姉ちゃん、遊んで?」
 それは、数人の小さな子供だった。その顔には無邪気な笑みがある。
「ここは何処ですの?」
「ここはこどもの国だよ」
 わたくしは子供じゃなくてよ? と言おうとしたが、子供たちはそんな言葉を聞くような気配はなかった。
「ほら、遊ぼう?」
 そう言って差し出されたものを見て、アレーヌは一層怪訝な顔をした。
 ベーゴマ、メンコ、竹とんぼ、等々……どれも、いまの子供たちにはあまり馴染みのないような道具ばかりだ。
「随分と、レトロな遊びばかりですわね」
「ね、遊ぼうよ。お姉ちゃん」
 そんな言葉など聞いていない子供たちはそう言いながらアレーヌを誘う。と、その顔に一瞬笑顔が消えてじっとアレーヌの顔を見た。
「遊び方、知ってるよね?」
 確認するような言葉に、アレーヌはじろりと見返した。
「わたくしが知らないとでも思って?」
 子供の言葉に何か試すような響きを感じ取り、自信家のアレーヌとしては知らないなどと言うわけにいかないというせいもあったのだが、どうやらその返答は正しかったようだった。
 その途端、何かの緊張が解けたようにその場が明るくなった。
「じゃあ、遊ぼう」
 言いながら子供たちはアレーヌの腕を掴み、ひとつの場所へとつれてきた。陣地のような線が引いてある。
 まずこれと、子供が取り出したのはベーゴマだったが、始めてみるとアレーヌは僅かに意外そうな顔をして呟いた。
「あら、意外と面白いものですわね」
 昔の遊びと侮っていたのだが、これが意外と面白く、また相手になっている子供たちも慣れているのかなかなか手強い。
 負けたのは、それでも始めたすぐの数回のみ。後は順当に勝っている。しかし、そのたった数回の負けがアレーヌにとっては許せるものではなく、子供たちのほうもまだ気を抜けば勝つような手強さを持っていては尚更だ。
 別の遊び道具を持ってくる子供も無視し、アレーヌはベーゴマに熱中していた。
「わたくしが勝ち続けるまで他の遊びになんて絶対させませんわ!」
 いつの間にか、すっかりその場の主導権を握ってしまったアレーヌはそう宣言すると一心不乱にベーゴマ遊びを続けていた。


3.
 どのくらいベーゴマに熱中していただろう。気がつけば随分と長い間この子供たちに付き合っている気がする。
 しかし、熱中しているアレーヌはそんなことには気付いていない。また、子供たちのほうもそのことに気付かせまいとでもするように次々とアレーヌに挑みかかり、そしてそれをアレーヌは打ち倒していた。
「さぁ、次は誰がこのわたくしに挑んでくるのかしら? どなたか倒してごらんなさい」
 いま挑んでいた子供にも当然勝ち、誇らしげにそういったとき、聞き覚えのある情けない声がした。
「ア、アレーヌさん!」
 見れば、情けない三下の姿が案の定あった。
「あら、何をしにいらしたの?」
「な、な、何をって……」
 あまりの余裕の様子に思わずへなへなとその場に崩れ落ちる三下。そんな様子をアレーヌは怪訝な顔で眺めていた。
「紗枝さんがアレーヌさんを心配して……ここに来てるんですけど」
 どうやら、紗枝がここに来たということらしいが、それ以上のことが把握できない。
 うまく説明のできない三下をもどかしそうに見ながら、埒が明かないと判断したのだろう、アレーヌは口を開いた。
「紗枝をこちらに連れてきていただけますわね?」
「いや、それ、僕に言われても……」
「良いからつれて来てくださいませ!」
「はっ、はいぃっ!」
 条件反射というのは恐ろしい。日頃麗香にこのような言い方をされ続けている三下はただ素直にその返事に従い大慌てで紗枝のほうへと向かった。
「紗枝が来たことを、どうしてわたくしに知らせなかったのです?」
「だって、僕らの陣地じゃないもの」
「陣地?」
 アレーヌの問いに、子供たちは相変わらず笑顔のままそう答えた。
「じゃあ、どうして三下さんはこちらに来れたのです?」
「だって、あのお兄ちゃん下手くそで、楽しくないんだもん」
 その言葉から推測するに、どうやら三下はアレーヌの元に訪れるまでに散々たらい回しにされていたようだが、三下ではそれもしかたがないだろうとあっさりアレーヌは思った。
 そこへ、紗枝と遅れて三下が戻ってきた気配がした。


4.
「アレーヌ! 無事だったのね!」
 三下と一緒に来た紗枝はアレーヌにそう言ったが、言われた当人は怪訝な顔のままだ。
「無事も何も、わたくしはただこの子供たちと遊んでいただけですわよ?」
 こう素直に先程の陣地で遊んでいた子供たちが紗枝を解放したのは、紗枝が先に約束した通り一度も負けなかったからだが、事情が掴めていないアレーヌは不思議そうに紗枝を見る。
「ここは『こどもの国』って言って、一度入ったら戻れない場所なの。だから、もしかしてアレーヌがここにつれてこられたんじゃないかと思ったら私心配で……」
 戻れないというのはアレーヌは初耳だった。
 じろりといままで遊んでいた子供たちを睨みつける。しかし、子供たちは笑顔のままだ。
 そのことが、一層不気味だった。
「あなた方、ずっとこのわたくしを帰さないおつもりでしたの?」
「だって、ずっと遊んでたほうが楽しいでしょ?」
 無邪気な言葉だが、それがいよいよ何処かおかしい。
「冗談じゃありませんわ。確かにこの遊びはおもしろかったですけれど、わたくしたちはあなた方と違ってずっと遊んでいるわけにはいきませんのよ」
 アレーヌがそう言い放った途端、空気が変わった。
「──帰さないよ?」
 子供たちは笑顔のままだ。しかし、素直にアレーヌの言うことを聞く気がないということはわかった。
 そんな状況を、半ば忘れられている三下は震えながら眺めている。
 帰す、帰さない、そんなやり取りは無意味だと悟ったらしいアレーヌと紗枝は顔を見合わせて頷いた。
「では、こういたしましょう。紗枝とわたくしであなた方に対決を申し込みます。一度でも負ければあなた方のお望み通りずっとここで遊んで差し上げます。けれど、一度も負けなければ帰らせていただきますわよ」
 如何? と不敵な笑みを浮かべて言うアレーヌ。紗枝も強い目をして子供たちを見ている。
「いいよ」
 対して子供たちは笑顔のままそれを請け負った。自分たちが一度も負けないということなどありえないという顔にも見えなくはなかった。
「じゃあ、まずは私が相手をします」
 紗枝がそう宣言して、遊びという名の戦いは始まった。
 紗枝の担当は引き続きメンコ、そして竹とんぼなど他の遊びも行ったが、先のメンコはもちろんのこと他の遊びでも次々と子供たちを圧倒していく。
 サーカス団のふたりにとって、コツを掴みさえすれば子供の遊びなどお手の物だ。
「また負けちゃった」
「じゃあ次は僕」
 楽しげに次々と新しい子供が紗枝に挑んでくる。彼らの顔にはすべて笑顔がある。勝負はともかく、この遊びを楽しんでいるのだ。
「さぁ、次は誰が残っているの?」
 何人相手にし、何種類の遊びをしたのかそろそろ数える気にもならなかったとき、どうやら最後のひとりらしい子供が現れた。
 その手には、ベーゴマがある。
 途端、いままで紗枝に任せていたアレーヌが口を開いて高らかに宣言した。
「この勝負だけはわたくしがやらせてもらいますわ」
 相手は、最初にベーゴマをやり始めたときにアレーヌが負けた子供だった。そうなれば、ここはアレーヌ自身が挑み、そして勝たなければプライドが許さない。
 いままでずっとベーゴマでのみ遊んでいたアレーヌには絶対の自信があった。しかし、子供のほうも笑顔を浮かべたままだ。
「いきますわよ!」
 遊びにしては真剣な口調で、アレーヌと子供との遊びは始まった。
 そして、結果は──
「わたくしの勝ちですわね。それも当然ですけれども?」
 勝ち誇ったようなアレーヌの言葉に相応しいほど、その勝負は完全にアレーヌの圧勝だった。
「さぁ、約束通り帰してもらいますわよ」
 もうこの場に用はないアレーヌがそう言ったとき、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「なんで?」
 その言葉に紗枝も驚いたような目を向ける。子供たちの顔は相変わらず不自然なほど笑顔だ。
「あんなに熱中して遊んでくれてたじゃない」
「楽しかったでしょ?」
「なら、もっと……」
「遊ぼうよ」
 言葉と同時に、子供たちの姿が変容していく。『子供』だった姿が崩れ、徐々にその本当の姿を紗枝とアレーヌの前に現した。
 それは、先程子供たちだったものが挑むために持っていた遊具だった。
 メンコ、竹とんぼ、ベーゴマ、その他の、遊び道具はしかし先程まで使っていたものより古びており、何処か汚れも目立つ。
「あの子達は……遊び道具の怨念だったの?」
 その姿に、紗枝が思わず呟いた。
 それに応えるように『彼ら』は紗枝とアレーヌのほうへ近付いてくる。
『……昔はずっと遊んでてくれたじゃない』
『いまだってほら、こうして遊べるのに……』
『ねぇ、遊ぼう……遊ぼうよ……』
 しつこいと感じるほどの遊具たちの言葉に、アレーヌは眉をひそめて言い放った。
「いい加減になさいませ! わたくしたちが勝ったら帰すと約束したのはあなた方でしてよ? その約束を無視するおつもりですか。そもそも、遊びというのは楽しんで行うものです。あなた方に強制的にさせられるものはもはや遊びではありませんわ!」
 傲然としたアレーヌの言葉に、遊具たちが黙ったときだった。
「ア、アレーヌさん! 紗枝さん!」
 その言葉に、ようやくその存在を思い出された三下を見ると、何かを指差している。
 そこにあったのは、三人がここにやってくるために使ったトンネルだ。
「紗枝、行きますわよ!」
「うん!」
「ま、待ってください、おいてかないでっ!」
 アレーヌの言葉に紗枝は力強く頷き、そして三下も慌ててふたりの後を追った。
 トンネルを入ったときにも、紗枝の耳に遊具たちの悲しそうな声が聞こえた気がした。


5.
 トンネルから抜けた先は、まだ夜のままであったK公園だった。
「どうやら、帰って来れたみたいですわね」
 アレーヌの言葉に、へなへなと三下は崩れ落ちた。
「わたくしは、いったいどれくらいあそこにいたんです?」
「えぇと……昨夜からいなくなってたから少なくとも一日?」
 アレーヌの問いに、紗枝はそう答えてから「ほんとに心配だったんだよ」と安心したように声をかけた。
「……団長、怒らないと良いけど」
「まぁ、それは大丈夫でしょう、ところで……」
 言いながらアレーヌが取り出したものを見た途端、三下はまた腰を抜かし、紗枝は驚いたようにアレーヌを見た。
「アレーヌ、それ……どうしたの?」
 紗枝が驚くのも無理はない。その手には先の『子供たち』の残骸にも見える、遊具が握られていた。
「強制的につき合わされるのはわたくしには我慢できないことですけれど、遊び自体はおもしろいものだったので、しかたがないからいくつかは連れ帰って差し上げたのですよ」
 感謝してもらいたいですわよねぇと嫌味っぽく言ったアレーヌに、思わず紗枝は小さく笑った。
「じゃあ、いまから遊ぼっか」
「いいですわね。わたくし、ベーゴマは決して負ける気はありませんわ」
 楽しそうにそう言い合うふたりを見てからおどおどと三下は口を開いた。
「あの……もしかして、それには……」
「勿論、あなたにもやってもらいますわよ?」
 問答無用の返答に、それは強制ではないのか? と三下が言えるはずもなかったが、いざ怪異から逃れて始めてみれば三下の顔にも笑顔がようやく出てきた。
「アレーヌ、たまにはベーゴマ以外もやろうよ」
「いいえ、しばらくはこれがメインです。他の遊びをしたかったらわたくしを見事打ち負かせて御覧なさい」
 そんな楽しげな光景と笑い声が、夜の公園に響いた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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6813 / アレーヌ・ルシフェル / 女性 / 17歳 / サーカスの団員兼空中ブランコの花形スター
6788 / 柴樹・紗枝 / 女性 / 17歳 / 猛獣使い&奇術師?
NPC / 碇・麗香
NPC / 三下・忠雄

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■         ライター通信                    ■
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アレーヌ・ルシフェル様

この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
紗枝様との仲間参加ということで、きっかけとなるアレーヌ様がこどもの国へと誘い込まれる部分はアレーヌ様のほうにのみ書かせていただき、探索している紗枝様+三下はあちらに書かせていただきました。
ベーゴマに熱中しているとのことでしたので、三下が見つけるまでずっとそれのみを特訓のようにやり続けていただいてることになりましたが、お気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝