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ワンダフル・ライフ〜水着とBeechの〜
「いーい天気ねえ…」
その日、私は店の前に椅子をだし、ぼけーっと日光浴していた。
桜の花はすでに落ち、緑色の若葉が風に揺れている。初夏の一日。
「…これから暑くなるのね…」
去年、嫌と言うほど日本の夏を体験した私は、直ぐにやって来るあの蒸し暑い日々を思い出し、思わず苦笑を洩らした。
日差しは温かく、少しひんやりした風が心地よい清涼剤となるこの初夏は、あっという間に猛暑へと姿を変えるのだろう。
ならば少しでも長く、この過ごしやすい日々を堪能しなければ―…。
「でも、今年はクーラーもあるし…去年ほど辛くはないはずよね」
文明の利器とは素晴らしいものだ。スイッチ一つで快適な気温が手に入る。
そう思うと、カンカン照りな夏の日も少し楽しみになってくる、現金な私だ。
それに何より、夏といえば―…
「あっ、ルーリィ! ひっさしぶり〜!」
…彼女の季節でもあるからだ。
「最近少し暑くなってきたわよね。海が恋しいんじゃない?」
「へへ、確かに。ま、今日はそれに関係する話もあるんだけど」
「うん?」
お馴染みの接客用テーブルに彼女を招き、冷えたグラスに注いだアイスティでお持て成し。
彼女、浅海紅珠はストローでずずっとそれを吸っていた、かと思いきや、何かを思い出したようでハッと眼を開いた。
「そうそう、お土産っ!」
ごそごそとカバンを探り、和紙で包まれた長方形の箱を二つ、テーブルの上に置く。
紅珠は和紙をぺりぺりと丁寧に破き、中の箱を私たちに見せてくれた。
「ほう」
「まぁ」
私と接客係の銀埜は、中から出てきたそれを見て、眼を輝かせた。
透明な容器に入った、ぷるぷるした物体。片方は半透明で、もう片方は乳白色。
ゼリーかしら? 涼しげで美味しそうだ。
「こっちが杏仁豆腐、こっちが玲瓏豆腐! ちょっとまだ季節に早いかもだけど、もう初夏だしいっかな、って」
「あんにんどうふ? こおりどうふ? なぁに、それ」
きょとん、としている私。傍らを見ると、銀埜は成程、といった風に頷いている。もう彼はそれが何か分かっているらしい。
「えっと、杏仁豆腐ってのは中国のデザートで、牛乳にアーモンドエッセンスを加えて作るんだ。甘くてとろとろーっとしてて、美味しいぜー」
にこにこと笑って紅珠が解説してくれる。成程、中国のデザートなのね。見た目はゼリーかプリンのようだけど…。
「で、玲瓏豆腐ってのは、豆腐に寒天を混ぜて固めんだ。黒蜜とかかけると合うよ」
「私はまだ食したことがないのですが、ところてんのようなものですか?」
「うーん、結構近い…かな?」
少し考え込んだあと、紅珠はうん、と頷く。
「とりあえず、冷蔵庫にいれといて。多分大丈夫だと思うけど、運ぶ間で少し緩んだかもだから」
「あっ、はいはい。冷蔵庫、入れるスペースあったかしら?」
「常にありますよ。我が家は消費が早いですからね
では後程頂きましょう、と二つの箱を持ち、銀埜がカウンターの裏のリビングへと向かった。
その背を見送ったあと、私に向かって、にっこりと紅珠が微笑んだ。
「あのさ、今リースとリネアっている?」
「あの二人? ええ、二階で遊んでるわ」
私はきょとん、としつつもそう答えた。あの二人に用なのかしら。
「じゃあさ、呼んできてもらってもいっかな」
「ええ、勿論。どうしたの、あの二人に用事?」
私が不思議に思って訪ねると、紅珠はムフフ、とほくそ笑んだ。
大人しく遊んでいたかと思いきや、二人はぐっすり昼寝をしていた。
そんな二人を起こして一階まで連れて行くこと数十分、
結局二人が紅珠に挨拶する頃には紅珠のお土産はすっかり冷え、三時のお茶を楽しむことになった。
「うわっ、これおいしー!」
「うん! プリンみたいだけどちょっと違うね。なんか口の中でとろけるみたい」
二人にとっては喉ごしすっきり冷たいお菓子は、丁度良い目覚ましになったようだ。
「へへ、良かった! ばあちゃんに教えてもらった甲斐があったよ」
「紅珠ねーさんのおばあさんって何でも知ってるんだね。すごいね!」
「まあ、あれでも長生きしてるからさー」
年の功ってやつかなあ。
紅珠がそう言って笑うと、リネアは感心したように頷いた。
そんな中で、思い出したようにリースが口を開く。
「で、紅珠ちゃん。あたしたちに用って何?」
「そうそう、それなんだけど」
そのまま続けるかと思いきや、紅珠はパッと銀埜のほうに顔を向けた。
何食わぬ顔でその場に立っていた銀埜は、紅珠の視線を受けて眼を瞬かせる。
「…何か?」
「銀埜サン、女の子?」
「…はい?」
思わず眼を点にする銀埜。…と、私たち。
「…いえ、れっきとした男の子ですが」
子って。
「だよね。ちょっと今からさ、女の子だけのお話をしたいんだよねー」
そう、悪びれずニッコリ笑う紅珠。その時点で私とリースは、ピンときた。
良く事情を察していない銀埜の背をぽん、と叩き、私は笑顔でカウンターを指す。
「悪いわね、そういうことだから」
「…はぁ」
私の仕草で、自分がどうするべきか彼も察したようだ。…だが何となく理不尽なものを感じているらしい。
そんな彼に、リースが追い討ちをかける。
「男子禁制なのよ、銀埜ちゃん」
お分かり?と リネアを除く女性陣がそう笑いかけ、銀埜は渋々ながら退場した。
「これでよかったの? 紅珠ちゃん」
「うん。銀埜サンには悪いけど、こればっかりは、さ」
「大丈夫よ、あとで謝っておくから」
寂しげな後姿を思い出し、少し良心が疼くが、それよりも紅珠の話のほうが気になる。
「で、何なの?」
テーブルを囲み、顔を付き合わせる私たち。
紅珠はニヤリ、と笑い、一冊の雑誌を取り出した。
「…?」
私たちはテーブルの上に置かれたその雑誌に目を落とす。街で時折眼にする、若者向けのファッション雑誌だ。
「これが何?」
そんな私たちの問いに大きく頷き、紅珠はとあるページを捲る。
「『リゾート特集! とびっきりの夏をゲットしよう』……ああ、水着なのね?」
そのページにでかでかと書かれた文字を読み、私は納得した。
南国風のビーチで、数人の女の子が戯れている写真と、彼女たちが着ている水着が紹介されている。
そのページをめくると、更に多くのショット。海と、空と、太陽が眩しい。何だかエネルギッシュなページだ。
「ははん…」
暫し雑誌をめくっていたリースは、にやりと笑った。
「紅珠ちゃん、海にいきたいの?」
要は旅行を強請っているのか。
リースはそう思ったらしい。だが紅珠の狙いは少し違うようだ。
「そんな直球じゃないよ! でもほら、こういうの見てるだけでうきうきしてこない?」
「うん、私は分かるよ。この水着、紅珠ねーさんに似合いそうだもん!」
雑誌を覗き込んでいたリネアが、一枚の写真を指差す。スレンダーな女性が身に着けている、露出の高い赤ベースの水着だ。
「あはは、ちょっと大人っぽいかなあ? 俺、こんなに胸ないよ」
「だいじょーぶよ、最近はパットとかいう便利なものが…」
「もう、リース!」
何を小学生にバスト増量を持ちかけてんのよ。
「別にそんなまねしなくたって、紅珠さんにはもっと似合うのがあるわよ。例えばこんなのとか」
私が指した写真は、少し幼顔の女性が映っていた。水着は朱色、ビキニだが煩くない程度にフリルがついた可愛らしいものだ。
「えー、ちょっと可愛すぎねえ?」
「そんなことないわよ、このぐらいのほうが乙女度アップよ?」
「ダメよ、ルーリィは乙女チックなもんしか選ばないもの」
何よ、乙女チックでもいいじゃない?
そんなリースが選んだものは、少しミリタリーが入ったカジュアルなもの。上はビキニ、下はハーフパンツで、海辺のリゾートにも使えそうだ。
「へえ、リースってばこんなのが好きなの」
「やーね、あたしじゃなくって紅珠ちゃんでしょ」
…それもそうか。紅珠ならば、こういう元気なものも見事に着こなすだろう。
むしろこういうほうが合っているのかしら、と思っていた私は、紅珠からの視線に気づき、彼女のほうを向いた。
気がつけば私以外の二人も、同じように紅珠を見ている。
紅珠はというと、にんまり、と満足そうな笑みを浮かべていた。
「な、楽しいだろ?」
雑誌見てわいわい言うのも。
「……参りました」
…はい、楽しいです。
「しかし、最近の水着はすごいわねえ…」
ひとしきり談義が収まり、私は紅茶を飲みながら雑誌をぺらぺら捲った。
ビキニ、セパレート、ワンピースにチューブトップ。デザインもさることながら色も柄も豊富で、まるで普段着でも使えそうなデザインもある。
「確かにこれは、雑誌を見てても悩むわねえ」
うんうん、と一人頷く私。そんな私に紅珠が言う。
「実際店行くと、もーっと悩むぜ。すんげーもん」
「…でしょうね」
私は妙に納得した。
「でも俺、最近思ったんだ。こういうのも女の醍醐味ってやつだよな?」
そう、紅珠が嬉しそうに―…否、幸せそうに言うので。
「そうね。特権、ともいうわね」
ニッコリ笑い、私もそう返した。
おわり。
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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
【4958|浅海・紅珠|女性|12歳|小学生/海の魔女見習】
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▼ ライター通信
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お久しぶりです、ご発注有難う御座いました!
季節を先取りなお菓子も有難う御座います。
これからの季節、こういう涼しげなお菓子は大変嬉しいですね。
個人的にも食べたいと思ってしまいました。
作中では雑誌を見てわいわい、といった風でしたが、
このあと実際にお店に突撃…とかもしてそうだなあと思いました。
夏に向けての準備はこれからですね!
それでは、またお会いできることを祈って。
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