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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


不自然な乗客

 中間線――東京駅0時17分発最終列車。
 その4両目に幽霊が出るという。

 目撃者は全て若い女性。
 襲われそうになったが間一髪のところで逃げ出した、見た瞬間気絶した、等その状況は様々であったが、幽霊の形状に関しては一貫してみな同じであった。
 腕だけであったというのだ。
 肘の辺りからすっぱりと切り取られたかのような一対の腕が、牙のようにグワッと指を曲げ恐ろしい速度で迫ってきたのだと。


「というわけだから、さんしたくん取材よろしくね」
「うえええええええええっ!?」
 まるでお茶でも頼むかのように軽く口にされた麗香の命令に、三下は期待に違わぬ反応を示していた。
 怖い。話に聞いただけでも身がすくむほど怖いのに、実際に目にしてしまったら気絶するどころか怖すぎて死んでしまうかも。
 ぶるぶると震える部下に、麗香は更に追い討ちをかける。
「繰り返すようだけど目撃者は全て『若い女性』よ。そのつもりでいきなさい」
「そ、そ、そのつもりって?」
「………あのね、あなたなにからなにまで私に『ああしなさい、こうしなさい』っていわれなきゃわからないわけ?」
「わかりません」
 気持ちいいほどきっぱりとこたえる三下に、麗香は思わずため息をついた。少しでも期待した自分が馬鹿だった。そういわんばかりに額へと手を当て、次の瞬間まるでゴキブリでも叩き潰すかのようにバシンッ!と激しく机を叩く。
「目撃者が若い女性ばかりだということは、逆に若い女性がいなければ幽霊が出てこないかもしれないということでしょう! 無駄足を踏みたくなかったら、女装するなりなんなりしてとにかく『若い女性』を用意していきなさい!」
「は、はいぃぃぃいいいい!」
 おびえの混じった返事を残し走り出す三下にはだが、『若い女性』のあてはなかった。ついでにいえば相談にのってくれそうな同僚もいない。なんともかわいそうな話である。
 運命の神も、そんな三下の境遇に少しだけ同情したのかもしれない。
「こんにち………」
「うわぁぁぁあああ! 加藤さぁぁああああん!」
 ほんの顔見せていど。そのつもりで編集部へと訪れた忍は、挨拶もそこそこに三下のありがたくない歓迎の抱擁を受けていたのであった。





 校了原稿を机へと投げ出し、ほっと一息つく麗香に入れたてのコーヒーが差し出される。そのタイミングのよさ、気の利かせようはむろん三下ではない。
「お疲れ様です碇さん」
「あら、ありがとう」
 忍の春の穏やかな日差しを思わせる穏やかな口調と笑みは、コーヒーの味さえも変えるのであろうか。いつも飲んでいる豆と同じだとはとても思えないほどまろやかな味に、疲れがじんわりと癒される。
 思わず麗香は目を細めた。
「本当においしい。誰かさんがいれたのとは雲泥の差ね」
「お褒めに預かりましてどうも。さてその誰かさんですが、よろしいのですか?」
「なにが?」
「………いえね、三下さんに頼まれて私も一緒に取材に行くことにしたのですが、あなたは行かなくていいのかなと思いまして」
 スローテンポで語る忍のはるか向こう側では、三下が不安げな顔でこちらを窺っていた。
 忍に相談したはいいが、その行為の意図が知れず困惑している。そんな部下の様子にちらりと視線を飛ばせば、悲鳴を上げんばかりの顔で机の下へと隠れてしまう。
 いつも以上に過激な反応に麗香はわずかに眉を顰め忍を見た。直後に浮かんだ満面の笑みは、美人であるからこその凄みが宿っている。
「どういう意味かしら? 説明してちょうだい」
 その要望に、むろん忍の言葉は淀みない。
「三下さんもああ見えて、影ではけっこう強気な発言をしているということですよ。ご存知ですか? 私に相談してきたときも『編集長は自分が若くないから取材が出来ないのを知っているんだ』とか。私はもちろんあなたのことを魅力的な女性だと思っていますが、中には『もう、おばさんだ』とかいう部下もいるみたいですねぇ」
「ふ〜ん、『おばさん』ねぇ………そんなこといってる人がいるわけだ。さんしたくんを含めて」
「ええ、三下さんを含めて」
 双方笑顔なだけに、一見しただけではとても『妙齢の女性に対していってはいけない言葉』を話題にしているとは思えない。しかしながら麗香から発せられる静かな怒りのオーラは忍の暖かな春風に導かれ、机の下にもぐりこんだ三下にビシッバシッと容赦なく鞭を喰らわせている。
「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんごめんなさい許してくださいすいま………」
 同じ言葉を繰り返すしか能のない三下の謝罪は、麗香の怒りを収めるどころか逆に苛立ちを増させているようであった。それでもあからさまに怒りを爆発させることなく、表面上だけとはいえ冷静さを保っていられるのは、二十代で編集長まで上り詰めた女傑の誇りがなせる業か。
 やがて麗香の唇から本日二度目の長い長いため息が漏らされる。
「しかたがないわね。そこまでいうのならさんしたくん、今回の件この私が直々に手伝ってあげるわ。自分のいったことが真実かどうか、その目でしっかりと確認することね。も・ち・ろ・ん、あなたも女装するのよ」
「そうですね。的は多いほどいいですから」
「………はぃ…」
 麗香の毒さえ含んだ棘のある命令と春風駘蕩たる忍の言葉に、ヘタレの王様ともいえる三下が反論できようはずがなかった。





 深夜0時の東京駅。中間線のホームには忍たち三人以外人影はほとんど見られなかった。日付が変わる時刻であることもさながら、やはり噂が影響しているのであろう。三下などは目的の電車が来る前からぶるぶると震えている。
 結論からいえば、三下の女装は可もなく不可もなくといったところであった。
 眼鏡を外せばあんがい美形とはいえ決して女顔というわけではなく、体形を隠すためにゆったりとした黒のワンピースを選んだのはいいが、着こなしきれていない。ヒールが低めの靴を履かせたにもかかわらず歩き方もどこかぎこちなく、まるで酔っ払いのようである。
 方法こそ多少強引ではあったものの、麗香を引き込んでよかった。忍は心からそう思っていた。
 やはり三下では女性らしさというものがまったく感じられない。女装の不安と幽霊に遭遇するかもしれないという恐怖でびくついているのはいいが、やはりそれは情けない男性の姿であって怯える女性のそれではない。まあ当然といえば当然ではあるが。
 やがて目的の電車がホームへと入り、一行は迷わず4両目へと乗り込んだ。他に乗客の姿は見えない。三下は最後まで渋っていたが、麗香の『減俸処分』の一言で泣く泣く乗車する。
「それでは各々離れて座りましょう」
「えっ! ど、どうしてですか?」
「どうしてって、その方が幽霊を見つけやすいじゃありませんか……って、ちょっと三下さん抱きつかないでください」
 編集部を訪れたときもそうだったが、なにかあるとすぐ人に抱きついて哀願するのはどうにかならないものであろうか。狭い車内、泣きそうな顔で腕をひろげて追いかけてくる三下から逃げ回りつつ、忍は思わず舌打ちした。忍に限らず大多数の男性は同性に抱きつかれるのを快くは思うまい。
 いっそのこと三下を気絶させて囮にしてしまおうか。
 そんな少々物騒な考えを抱いたのと、それまで傍観していた麗香が不意に優しげな声で『さんしたくん』と女装の部下に呼んだのはほぼ同時。更には振り返った三下が今にも殺されるかのような悲鳴を上げたのと、忍が状況を理解した時間差は0に等しかっただろう。
 腕だ。
 目撃者の言葉通り、肘の辺りからすっぱりと切り取られたかのような一対の腕が、ふわりふわりと宙に浮かんでいる。
 鍛え上げられた筋肉の盛り上がりに遠目にもわかるほどに毛深いそれは、まず間違いなく男の腕であろう。
 準備運動のように指をわきわきと動かし、目もないくせに値踏みするかのように三人を見回し、そうして狙いをつけた先は。
「碇さん!」
 忍が叫ぶよりも先に、麗香は獲物を狙う鷹のような速度で迫り来る腕を間一髪のところでかわしていた。
 これで彼女が『若い女性』であることはゆるぎない事実と証明されたわけだが、あいにくそれを確認するべき三下は既に気絶し床とお友達になっている。だが忍はそれを三下の美点と考えていた。下手に抱きつかれ足手まといになるよりは数段マシという意味でだ。
「大丈夫ですか碇さん?」
「ええ平気よ。スピードは速いけど、動きが単調だわ。どこを狙っているかバレバレだし」
「狙ってる?」
「ええ、ここをね」
 眼差しだけで麗香が示した先は、女性のみに与えられる胸元のふくよかな双丘であった。いわれてみれば幽霊の指の動きも妙にいやらしい。
「なるほど。痴漢の怨念といったところですか」
「そのようね。くるわ!」
 またもや一直線に麗香へと向かってくる腕に、麗香は素早く身を翻した。間を置かず反転する腕に忍は麗香へと目配せをする。信頼の眼差しが向けられたのは、むろん承諾の合図に他ならない。
「きゃっ!」
 ハイヒールで激しく動き続けたのがたたったのか、麗香は不意にバランスを崩した。それを好機と見たのであろう。ここぞとばかりに両手の指をがっと開き、腕は一直線に麗香の胸元へと飛び込んでいく―――――――。

 バサッ!

 瞬間、幽霊はなにが起こったのかわからなかった。すぐそこに麗香のバストがあったはずなのにない。前に進まない。それどころか反転することさえままならない状況にやたらめったら暴れだせば、おとなしくしろといわんばかりに床へと叩きつけられる。
「あんがいあっさりと捕まりましたね」
 一本背負いの要領で腕へと一打を与えると、忍は飄々とした面持ちで感想を漏らしていた。
 幽霊の指が麗香のブラウスへとかかる瞬間、狙いを違うことなく上着を被せ袋状に手早く縛り上げる。いうのは簡単だがそれを成しえたのはやはり忍の並々ならぬ身体能力ゆえであろう。自らの上着を犠牲にしたのは少々惜しい気もするが、この場合は仕方があるまい。
「痴漢は犯罪です。駅員に突き出してあげますから、たっぷりしぼられてきなさい」
 耳はなくともいわれたことはわかるのか、はたまた叩きつけられたのがそうとうこたえたのか、腕は急におとなしくなっていた。もし口があれば『それだけは勘弁してくれ』といったかもしれない。もちろん忍に許す気はない。腕だけの痴漢を突き出され、駅員がどういった反応を示すかはまた別として。
「お疲れ様でした碇さん。やはりこの件にあなたは欠かせませんでしたね」
 忍のさりげない一言に、麗香はまんざらでもない笑みを見せた。やはり女性としてのプライドを保てたことは大きいようだ。
「それにしても『あれ』どうします?」
「ああ、『あれ』ね………」





 数時間後、三下が目覚めたのは始発電車の中。その上女装したままの彼が目覚めた場所は、なぜか網棚の上であった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5745/加藤・忍/男/25歳/泥棒】

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■         ライター通信          ■
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 ライターのカプランです。
 忍様、二度目のご参加ありがとうございます。
 麗香の参戦は意外でしたが、おかげでテンポよく進めることができました。
 また機会がありましたらよろしくお願いいたします。