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<東京怪談・PCゲームノベル>


   「黒雨の中で」

 雨が降りしきる中。魅月姫は、うなだれるように座り込む白い髪の少年を見つけた。
 普段なら捨て置くところだが、宛てもなく彷徨っていた頃の自分に似ている気がして興味がわき、傘を差し出す。
「……何だ、お前」
 少年は金色の瞳で睨みつけ、警戒心をあらわにする。
 だが黒く長い髪に赤い瞳をした少女は、怯むこともなく見返す。 
「人外にしろ、雨に当たり続けるのは良くありません。何やら思い詰めている様ですから尚の事」
 少年は、何も答えなかった。ただ、小さくうつむくだけだった。
 魅月姫もまたそれ以上は何も言わず、黒を基調とした西洋のアンティーク人形の様なドレスを翻す。
「おい、コレ……」
 目の前を覆うようにかけられた傘を手に取り、少年は慌てて声をかける。
「問題ありません」
 魅月姫はクールに答え、黒の折り畳み傘を開く。
 その場を後にする少女の背を、少年は黒い傘を手にぼんやりと見送った。


「護衛……ですか」
 昔馴染みに頭を下げられ、魅月姫は気乗りしない様子でつぶやく。
「とりあえず、どんな危険があるのか教えてくれます?」
 吸血鬼であり魔女でもある自分に対して、もしも通常のボディガードだなどと抜かすようならどうしてくれようか、と心の中で悪態づく。
「護衛するのは高校生の女のコです。激しい腹痛を訴え、どうも様子がおかしいということで調査したところ、呪いを受けたようだと。おそらく恋愛がらみでしょうね」
「呪い、ね。どういった系統のものかはわかっているの? 呪術、黒魔術と一言でいっても地域や宗教によって対処法は異なりますよ」
「それは調べてあります。中国の蠱毒。蠱物屋という呪殺業者にそれらしい依頼があったようで」
「……蠱毒……それはまた、おもしろいものが出てきましたね」
「知ってるんですか?」
「当たり前でしょう。中国の蠱毒といえば有名です。……蛇に蜘蛛、百足に蛙……中でも、猫を使った猫鬼がもっとも凶悪だそうですが」
「ご名答。――どうやら、今回の依頼を受けるのは、その猫鬼らしいですよ」
 猫鬼……隋の時代に大流行し、混乱を巻き起こしたため撲滅運動が行なわれたという。術者処刑の告発は、さながら中世の魔女狩りの様相で。罪のないものたちも含め、多くのものが殺されたそうだ。
 しかし魔女がこうして生き続けているように、どうやら蠱物使いたちも簡単には撲滅されなかったらしい。
「……少し、興味がありますね」
 数千年を生きた魅月姫であっても、中国の術者……蠱物を使う蠱主には未だ出会ったことはない。
「わかりました。お受けしましょう」


 外では、激しい雨が降り続けていた。
 魅月姫はカーテンを片手に、窓の向こうの闇夜を見つめる。
「彼女が、護衛相手です。名前は……」
「必要ないです。それより、邪魔なので出て行ってもらえますか」
 護衛相手の女子高生を一瞥し、その両親を追い立てる魅月姫。
 頼まれた以上護りはするつもりだが、別に正義感から護衛をしているわけではないし、金のためでもない。
 猫鬼というものに興味があるだけだ。それに、もしかしたら……。
「うぅ……っ」
 いきなり、女子高生は腹を抱えてうずくまる。
 猫鬼の呪詛は、基本的に相手に乗り移り、内側から喰らい尽くすもの。痛みを訴えるということは、彼女の中に今、猫鬼が入り込んだということだ。 
 魅月姫はさっと何か液体のようなものを取り出すと、床にうずくまり悶え苦しむ少女を押さえつけ、口の中に流し込む。
 少女はカッと目を見開き、ビクンと身体を震わせた。そして、力を失くすように目を閉じる。
「――蠱毒の毒素を祓うにはみょうがの根。……液体にしたものでも効果は同じようですね」
 一戦交えたことはなくとも、その闘い方……弱点や、扱い方についての知識はさすが魔女、といったところだろうか。
 少女の体内から、闇の気配が消える。主のもとに逃げ帰ったのか、と思ったとき。
 ガシャァンッ。
 辺りに激しい音が響いた。
 魅月姫が背にした窓が割られ、部屋の絨毯に破片が飛び散る。
 ざぁっ、と。降りしきる雨の音が突如鮮明になる。
「――やはり、あなたでしたか」
 魅月姫は薄く……注意して見比べなければ気づかないほど微かに笑みを浮かべた。
 現れたのは、金色の瞳に中国の死装束のようなものをまとった、白い髪の少年。まぎれもなく、あのときの人物だった。
「……お前……」
 少年の顔に、驚きが浮かぶ。
「あなたが猫鬼、ですね。名は?」
「――白(ハク)」
「そうですか、ハク。……私は、黒榊 魅月姫。真祖の吸血鬼であり、魔女でもあります。――あなたの呪殺を、邪魔しに来ました」
 言葉と共に、魅月姫は自ら創造した知性杖、真紅の闇(ナイト・オブ・クリムゾン)を掲げる。
 杖はみるみるうちに形を変え、漆黒の大鎌の姿となった。
「……ならば、我の敵だな」
 ハクも苦く吐き捨て、ザッと右手の爪を伸ばす。
「恩があるからといって、手加減はしないぞ」
 脅すように口にするハクだが、魅月姫にしてみれば、あれしきのことで恩を感じていたとは随分律義な、と微笑ましく映る。
 ガッ、と。どちらともなく攻撃を開始し、火花を散らすような闘いとなる。
 鎌を相手に、ハクは身のこなしの素早さと受け流しによって爪でうまく応戦する。
 自分と同じく我流のようだが、実力はかなりのものだ。
 ――ただ、攻撃が直線的すぎる。避ける際には柔軟な動きを見せるのに比べ、それはあまりにも硬いものだった。
「――手加減はしないのでは?」
 挑発するようにつぶやくと、ハクは顔をしかめ、もう一度攻撃を仕掛ける。
 魅月姫は鎌の柄でそれを受け、そのまま地面に叩きつける。
 利き腕をとられ、ハクはダンッ、と上半身から床に倒れこむ。
「……ハク。あなたは何故、人を呪うのですか。彼女を殺すことが、本当にあなたの望み?」
 静かに問いかける言葉に、ハクはキッと、睨むような目を向ける。
「何のために闘い、血を流そうとするの?」
「――何のために、だと? そんなのは、我が訊きたい」
 ハクは吐き捨てるような言葉と共に大鎌を払いのけ、腕を開放させる。
「我の望みではない。だが、我は猫鬼だ。呪いを行なうために殺され、甦らされた……術者の傀儡にすぎない」
 鎌を構え直す魅月姫を前に、ハクは押さえつけられていた手をなめながら冷ややかに答える。
「……では、あなた自身の望みは?」
 ハクは、動きを止め、真っ直ぐに魅月姫を見た。
 表情は険しいものだったけれど。彼女を見つめ返す金の瞳は、どこまでも透き通っていた。
「我は……」
 ハクは、ためらいながらも口を開く。
 だが突然、ハクの表情が急に強張り、額に脂汗が滲む。痛みに抗うかのように頭を押さえ、床に倒れこむ。
「ハク?」
 一体、彼の身に何が起こっているのか。わけもわからず、問いかける魅月姫。 
【邪魔ヲスルナ、小娘】
 頭を押さえたまま立ち上がるハク。だがその声は、先ほどの少年のものではなかった。
 金色だった瞳の色が赤く染まった。魅月姫のような美しい色ではなく、濁ったような毒々しい赤。
「……あなたが術者……蠱主ですね」
 魅月姫が言い終わるかどうかという間に、ハクの姿をしたものは懐から何枚かの呪符を取り出す。
【招遊魂符、玉女符。魂ヨ、我ガ元ニ集マリ、力ヲ与エヨ】
 霊を集め、力へ得ようとするが、その程度で何が変わるものか、と魅月姫は思う。
 ザッと踏み込むと、大鎌をそれの首筋に当てた。
「――私は、彼が相手だからこそ手加減してあげていたのですよ?」
【ナラバ、ソノ鎌デ切リ裂イタラドウダ?】
 冷ややかに脅しかける魅月姫を相手に、赤眼のものは嫌な笑みを浮かべて挑発する。
【猫鬼ノ代ワリナド、イクラデモアルカラナ】
 コイツ自体は殺してやってもいいが、この身体はハクのものだ。
「ハク、出てきなさい。このようなものに操られたままでいいのですか!?」
【無駄ダッ!!】
 鎌をなぎ払い、長い爪にて切りつけようとする赤眼。
 魅月姫はそれをかわすが、赤眼は新たな呪符を取り出し、呪言と共に投げつける。
 踏み込んで接近戦で攻撃を繰り出し、失敗すれば後ろに退いて遠距離攻撃に切り替えるという判断は間違っていない。
 だが、魅月姫は投げつけられた呪符ごとその力を闇の中に吸収してしまう。
 遠距離は効かない。そう判断した敵はまた、近くへと踏み込んでくる。 
 ――このままでは、埒が明かない。
 魅月姫はちらりと、倒れたままの護衛相手に目を向けた。
 彼女の元ヘ行き、上半身を抱え、床に映る微かな影に触れた。
 影は濃く、二人の足元に広がり……二人を飲み込むかのように、その姿を消し去った。
 逃げたわけではない。
 むしろその逆。相手の術者の気配を探り、その場へ向かったのだ。
 ――簡単なことだった。操る人間がいるならば、それを先に倒せばいい。
 そうすればきっと、彼も解放されるはずだと。
「追ってきたか」
 刺繍の入った黒の長袍(男性用チャイナ服)を来た男が、魅月姫を迎えた。
「……ハクを開放しなさい。でなければ……あなたを殺しますよ」
 鎌を携え、魅月姫は言った。脅しではなく本気だった。
「私を殺せば、アレも狂い死ぬことになるぞ」
 しかし男は不敵に笑って見せる。
「私の術で生かし、魂をつないでいられるのだ。それがなくなれば制御ができず狂いだし、死んでいく」
「――拷問によって解放を誓わせるという手もあります」
「解放する術などない! アレは、永遠に傀儡のままだ!」
 ガッ。
 一瞬のことだった。魅月姫は鎌の柄で、強く術者の頭を殴りつけたのだ。
 おそらくは何が起こったのかもわからぬまま、男は昏倒する。
 ガタンッ。
「……」
 ようやく自力で帰ってきたハクが、それを目撃し、呆気にとられて立ち尽くす。
「――弱いですね。殺さないよう倒すのに苦労しました」
 やれやれ、とばかりにため息つく魅月姫。
 ハクを操っていたときの方がずっと強かった。おそらく、操る術に突出している術者なのだろう。
「……何故、殺さなかった?」
「あなたの望みをまだ聴いていませんでしたから」
 魅月姫の返答に、ハクは目を丸くして……クッと、表情を引きつらせるようにして笑った。 
 無理に笑っているわけではなく、笑みを浮かべることに慣れていないらしい。不器用だが、温かみのあるものだった。
「――もう、かなった」
 ハクは言って、魅月姫が護衛を頼まれた少女の方に目をやった。
「依頼は失敗した。呪術にやり直しは効かない。……もう、彼女を殺す必要はない」
「知り合いですか?」
 怪訝に思って尋ねる魅月姫に、ハクは静かに首を振る。
「――彼の言っていたことは、本当なのですか?」
 術者を殺せば狂い死ぬ。解放する方法などない、という言葉を胸に、魅月姫は訊いた。
 本人にそれを尋ねるのは酷なことだと知りながらも。
「……多分」
 ハクは、半分諦めたような……だけど希望を捨てきれないような様子で答える。
 『誰も殺したくない』という願いは、そのまま『術者から解放されたい』と意味につながる。
 しかしそれが難しいから、せめて目の前の人物だけでも救いたいのだ。一人でも殺さずにいられるようにと。
「一応、他に方法がないか調べておいてあげますよ。……気が向いたら、ですけど」
「……お前、変なヤツだな」
 何でそこまで、という驚きと共に苦笑を見せるハク。
 いつもなら、ここまで世話を焼いたりはしない。だけど……自分の欲を見せない彼が、解放されたときに何を望むのか……少しだけ、興味があった。
「――ありがとう、魅月姫」
 少し照れくさそうに、ぶっきらぼうに付け足した。
 魅月姫はわずかに表情をやわらげ、微かな笑みを返した。

                        
                         END 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:4682 / PC名:黒榊・魅月姫 / 性別:女 / 年齢:999歳 / 職業:吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】

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■         ライター通信          ■
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 黒榊 魅月姫様

はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、どうもありがとうございます。

今回、参加者は他にもいたのですが個別対応と告知していた通り、全く別の話として描かせていただきました。(冒頭とラストだけ似せています)
にも関わらず、規定より長い文章になり申し訳ないです。

魅月姫様は膨大な知識を有するとのことでしたので、魔女の設定を強く活かし、猫鬼の説明もお任せしました。冷徹さを持つ中で、ハクに対しては若干甘めにさせていただきました。イメージを崩していなければよいのですが。

何かございましたら遠慮なくお申し出下さい。