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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


下り坂


●序

 殻洲(からす)交差点は、長い下り坂の終着点にある。3ヶ月くらい前から、そこで神隠しが起こるのだという。
 毎月15日の午前3時。神隠しに遭ってしまったのは、サラリーマンの男性、ショップ店員の女性、旅行帰りの老夫婦、以上4名。彼ら自身に共通点は無く、あるのは15日の午前3時にその坂を下ったというただそれだけだ。
 車の交通量自体が少なく、目撃者もほぼ皆無。警察が調べるものの、目撃証言自体が集まらない。
 噂によれば、最初の神隠しから一ヶ月前に起こった事故の所為だという。祖父母、両親、そして小学生の男の子と赤ちゃんの女の子が乗った車が、居眠り運転をしていた対向車と衝突したのだ。対向車は運悪くも巨大トラックであった為、大惨事になってしまった。
 そうして、ついに4度目の14日を迎えた。
「……というわけで、三下君。取材に行ってらっしゃい」
「きょ、今日は駄目ですって。ほ、ほら。別の取材が」
 ぎろりとにらむような碇の表情に、慌てて三下は手帳を取り出す。そこには確かに「万年堂の怪奇現象を探る」と書いてある。
「前々から予約してましたから、無理です。ええ、無理なんです!」
 三下はきっぱりと言い放ち、小さな声で「良かった」と呟く。神隠しよりも不思議現象のお堂を調べるほうがマシらしい。
「仕方ないわね。誰かに、三下君の代わりに行ってもらおうかしら」
 碇はそういうと、手元にある電話帳をぱらぱらとめくった。


●14日午後1時

 アトラス編集部には、碇に呼ばれた5人の男女が揃っていた。碇が説明を一通り終えた時、三下が皆にお茶を配る。
「三下君は可愛いので、お手伝いをさせていただきますよ」
 そっと微笑みながら茶の礼を言うセレスティ・カーニンガムに、三下は「ええと」と言って後頭部をぼりぼりと掻く。
「すいません。僕、今日は万年堂の怪奇現象について調べる為、取材のアポを取っているんです」
「ふむ、多分不幸になるな」
 ササキビ・クミノの言葉に、三下は「え」と一瞬顔を青くする。クミノは「まあ、危険度は低いのだろうが」と付け加える。
「あら、何かあったのですか?」
 突如した声に、一同が振り返る。すると、そこには不思議そうな顔の海原・みその(うなばら みその)が立っていた。13歳と言う若さにも関わらず、黒の着流しが良く似合っている。
「毎月、15日になると神隠しが起こっているのを知らないかしら?」
 碇はそう言い、件の話をみそのにする。みそのは「そうですか」と言ってこっくりと頷く。
「御方へのお土産話を探しに、久しぶりに碇様の下に参ったのですが……よろしければ、わたくしも参加させていただけないでしょうか?」
 みそのの申し出を、碇は快諾する。三下は「お茶、追加ですね」と言いながら給湯室へと急いでいった。
「大型車の運転手の情報はありませんが、どうなんですか? もし死んでいれば、死人が7人で神隠しにあった人間が4人と言う事になりますが」
 数を数えていた露樹・故(つゆき ゆえ)が尋ねる。
「私もそれは気になっていたわ。トラックに乗っていた人が結局何人で、どうなったんだろうって」
 故の言葉に頷きながら、シュライン・エマが言う。
「それについての資料を作っておいたから、そっちを見てもらった方が早いかもしれないわね」
 碇はそう言い、皆にファイルを手渡す。事故についての新聞記事、アトラスが独自に調べた事故の詳細等がファイリングしてある。それによれば、トラックの運転手は亡くなってしまっている。一人で運転していたらしい。
「7人になりましたね」
 ぽつり、と故が呟くように言った。
「わたくしが抱く疑問点は、ふたつほどあります。ひとつは、なぜ事故から神隠しまで一月も開いているのか、もうひとつは何故誘われなければならないのか、です」
 みそのはそう言い、皆を見回す。そして「ご当人に聞いたほうが早いかもしれませんが」と付け加える。
 みそのの疑問を受け、それまでじっと考え込んでいた菊坂・静(きっさか しずか)がゆっくりと口を開いた。
「どうして、神隠しなんでしょうか」
 静の言葉に、皆がそちらを向く。静は「普通なら」と言葉を続ける。
「普通なら、幽霊の目撃談になると思うんです」
「そうですね、確かにこういうケースの事件であれば、幽霊の方に話が行きそうです」
 セレスティもこっくりと頷く。
「んー……それじゃあ、ご家族の家に人影を見たとか言う噂はないのかしら?」
 ファイルをぱらぱらとめくりながらシュラインが尋ねると、碇は首を横に振る。
「そういう類の話は聞かなかったわ。家は既に売却されていたし、近所の人からそういう情報は得られなかったし」
「その神隠しの所要時間、長くはないのだろうな」
 クミノはそう言い、資料をめくる手を止める。「交通量が少ないとはいえ、悪い偶然が重なっての事故があり、行方不明者が特定できて、隠す相手を選べる位の往来はあるのだから」
「そもそも、何故午前3時なんて時間にサラリーマンや店員、老夫婦が外を歩いていたんでしょうか?」
 静の問に、碇は「ああ」と答える。
「説明不足でごめんなさい。彼らは車に乗って神隠しにあっているの」
「車ごと消えたんですか?」
 故が尋ねると、碇は「いいえ」と首を振る。
「車は発見されているの。中に乗っている筈の人がいないから、神隠しといわれる所以なのよ」
 碇の言葉に、一同はこっくりと頷いた。それならば、行方不明者が容易に特定できたのかが想像つく。車だけが発見されたのならば、その所有者を辿っていけばいいだけだ。
 静は「偶然なら、いいんですが」と呟く。
「あと二、三人消えれば、事件が解決するんじゃないですか?」
 故の言葉に、碇が「そうじゃなくて」と苦笑する。故は「そうですね」と頷きながら言葉を続ける。
「まぁ、反対に次は倍の数、なんて可能性もありますけれどね」
「倍の数は困りますね」
 みそのが悲しそうな顔をする。
「予定では、今日の夜中に出てくるのよね。だったら、また後で集合しましょう」
 シュラインの提案に、皆が頷く。
「気をつけてくださいね。僕は残念ながら、行けませんが」
 三下が妙に嬉しそうな声で、皆に声をかけた。
「一緒に来ればいいじゃないですか」
 セレスティの言葉に、三下は「いいえいいえ」と何度も首を横に振るのだった。


●14日午後3時

 一旦別れた後、シュラインはファイルをめくりながら最終準備に入っていた。
「神隠しに遭った人たちが、被害者達の家族構成と重なっているのが、噂の元よね」
 シュラインはそう言い、今一度確認する。祖父母に対応する老夫婦、父親に対応するのがサラリーマンの男性、母親に対応するのがショップの店員だろう。
(となると、あとは小学生の男の子と、赤ちゃんよねぇ)
「ああ、それにトラックの運転手ね」
 シュラインはそう言うと、小さく考え込む。
(器として、攫っているのかしら?)
 既に肉体が無くなってしまっているから、自分達の魂を入れるための器を得るための神隠しかもしれない、とシュラインは考える。もしそうならば、代わりになるものがあれば解放してくれるかもしれない。
「そう……例えば、人形とか」
 事故に遭った6人分と、プラストラックの運転手の1人分。合計7体の人形があれば、彷徨う魂の行き場所は確保できるはずだ。
「まずはそれを用意して……」
 シュラインはそう言いながら、ふと手元を見る。そこにあるのは、テグスだ。坂を下る際、電信柱といったものと人形にそのテグスを繋げておけば、人形が神隠しに遭ったとしても、それを辿っていくことが可能かもしれない。上手くいけば、今まで神隠しに遭った人もそこにいるかもしれないのだ。
「もし、魂が迷っているなら……人形に入ってもらえばいいわ。そうしたら、自宅や残った方へと連れて行くことも可能だから」
 シュラインは呟き、地元のお神酒を取り出して皿に入れる。その中に、テグスをそっと浸した。
 ぷん、と日本酒独特の芳香があたりに漂った。


●15日午前2時

 再び、皆が集まっていた。集合場所は、坂の下った先である十字路。事故現場と神隠しの場所である。皆、それぞれに思うものを持ってきている。
「ここには、穴が開きかけております。あの世とこの世を繋ぐような、穴が」
 みそのはそう言い、十字路の中心を指差す。「ただ、時間にならないと開かないようです」
「月命日ですね、日本の佛教の」
 セレスティが言うと、みそのはこっくりと頷いた。
「あと一時間くらいしかないのね」
 シュラインはそう言い、近くにある電信柱にテグスを巻きつけ始めた。ぎゅっぎゅっと何度も確認し、しっかり結ばれているのを確認している。
「本当は、現象と障壁をぶつけるのは避けたかったが」
 クミノはそう言い、手にしている赤ちゃんサイズの人形を見つめる。クミノ自身は、ズボンにTシャツと言う、少年らしい格好をしている。
「ここで、事故に遭われたんですね。こんな寂しいところで」
 坂を見つめながら、静がぽつりと漏らす。車は時折通り過ぎるだけで、殆ど人通りはない。逆に何度か車の中から集まっている皆を珍しそうに見てくるくらいだ。
「事故現場で消失マジックショーだなんて、悪趣味にも程がありますね」
 故は苦笑交じりにそう言い、ぱちん、と指を鳴らした。更に、自らのポケットに手を突っ込むと、故はにっと笑った。小さな声で「これでいいでしょう」と呟いたようだ。
「今日、再びまた神隠しが起こるのでしょうか」
 道の端に備えられている花たちをちらりと見、セレスティが言う。それにみそのが「怒ると思います」と答える。
「あの世とこの世を結ぶ穴は、開きかけています。それに、ここをうろついていた浮遊霊が『月命日にならないと、あいつは出てこない』と言っていました」
「あいつって……誰の事でしょう?」
 静の問に、みそのは「そこまでは」と言って顔を伏せる。
「いずれにしろ、事故の関係者である事は疑いようもないだろう」
 クミノはそう言い、人形を再び見る。にこ、と笑んだような愛らしい表情は、赤子そのものだ。
「ともかく、俺達まで消えないように気をつけないといけませんね」
 故がそう言って皆を見る。
「そうですね。うっかり引きずられるなんていう事態も招きかねませんから」
 セレスティはそう言い「連れ戻す事が出来る事が最善なのですけれども」と付け加える。
 一人もくもくと作業していたシュラインが、小さく「できた」と言いながら立ち上がる。手には電信柱に巻きつけていたテグスが握り締められている。
「これで、最悪私達が神隠しに遭ったとしても大丈夫! の筈よ」
 テグスを引っ張ると、電信柱とシュラインの持ってきた大きな鞄の中が何度も反応した。
「何を持ってきたんですか?」
 静の問いに、シュラインは「人形よ」と言って鞄から人形を取り出す。全部で7体もの人形が出てきた。
「ご家族全員分と、トラック運転手に対応する人形を持ってきたの。それぞれにテグスをつけているわ」
「可愛らしい人形ですね。ササキビ様の持ってこられている人形も、とても愛らしいですし」
 みそのはそう言い、シュラインとクミノの持ってきた人形を交互に見る。
「皆さん、そろそろじゃないですか?」
 時計をちらりと見た静が、皆に伝える。その言葉に、はっと皆が息を呑んだ。
「僕は、坂を下ってみようと思います。そうすれば、神隠しが起こり得る状況となりますから」
 静はそう言い、坂の上を見る。辺りには車も人もいない。神隠しが起こるとするならば、その対象となるのは今いる6人のみ。または、人形。
「私も行こう。どういう選定をするか分からないからな」
 クミノが名乗り出る。
「私も行きたいけど、テグスがそこまで伸びないから」
 シュラインは苦笑交じりにそう言い、十字路に残る。
「私もこの通りですので、ここでお待ちしています。気をつけて下さいね」
 セレスティは杖を握り締めつつ、静とクミノに言う。
「わたくしもここでお手伝いをいたします。主役は他の方にお任せします」
 みそのはそう言い、おっとりと微笑んだ。
「俺は、直接そこに立ってみる事にしますよ。何かが起こるかもしれませんし」
 故はそう言い、下り坂の終点地を指した。
 互いに顔を見合わせて頷きあい、それぞれが思う場所へと向かった。
 午前三時まで、あと数分。


●15日午前2時50分

 静とクミノは、坂の上からゆっくりと歩道を歩いて下り始める。坂の下では、故がぽつんと立っている。その傍にはシュラインの持ってきたテグスつきの人形がおいてあり、まわりにはテグスのもう片方を持っているシュラインが構えている。それらをセレスティとみそのが、じっと見守っている。
 カチカチ、と皆の頭の中で時計の秒針が時を刻んでいるような錯覚を覚える。
 かつてあった事故で亡くなった人たち、それに付随するかのように、月命日にいなくなっていく人たち。
 そして、同じように月命日であるこの日にこの場所にいる、6人。
――カチ。
 時計は、午前3時を指した。
「あ……」
 まず声を発したのは、静であった。坂を下りきり、故と合流するその瞬間の出来事であった。明らかに違う力が動き始めていた。
「出たか」
 次に声を発したのは、クミノであった。目の前に、もやっとした霧状のものが渦巻いている。
「穴が、出来上がりましたね」
 冷静に呟いたのは、みそのであった。事前に仕入れていた浮遊霊からの情報が確かであった事をかみ締める。
「ショーの幕開けですか」
 くつくつと嘲笑するのは、故であった。ポケットに手を突っ込み、何かを取り出そうとしている。一瞬冷たい空気が流れたのは、気のせいか。
「あれが、神隠しをする犯人なの?」
 半ば呆然としながら言うのは、シュラインであった。それでも手の中にあるテグスは、ぎゅっと強く握り締められている。
「間違いないでしょう。それにしても……子どもだったとは」
 人影を確認したのは、セレスティであった。その人影は小さく、そして何かを胸に抱いていた。
 びい、びい、と泣く声が聞こえる。小さい影に抱かれたそれは、悲痛に聞こえる声で鳴いている。
「泣かないで。大丈夫だから」
 宥める声は幼く、抱き締める手は小さい。泣く影はだんだん赤子の形となり、抱く影は少年の姿と成った。
 それは紛う事無く、事故に遭って亡くなったはずの少年と赤子であった。
「あなたですか、悪趣味なショーを開催していたのは」
 冷たい目で、故が射抜く。少年は不思議そうな顔をし、故を見返す。
「ショー? 僕は、何もしていない」
「しかし、お前がやっていたのだろう? 今こうして私達の目の前にいるのが事実だ」
 クミノが言うと、少年は「何が?」と逆に聞き返してきた。
「神隠し、です。こうやって、月に一度人を攫っていたのでしょう?」
 静がやんわりと問いただすと、少年はようやく「ああ」と思い当たる。
「ナノハが泣くから、来てもらっただけ」
 少年はそう言い、胸に抱く赤子に「ね」と問いかける。赤子はただ、びいびいと泣き続けるだけ。
「ナノハちゃんって言うのね。ずっと、泣いていたの?」
 シュラインが尋ねると、少年は首を横に振る。
「気付いたら泣くんだ。だから、こうしてあやしてる」
 少年は答え、愛しそうな表情で赤子を見つめる。
「泣いたら穴が開く……月命日に、赤ちゃんが泣く……そういう事でしょうか」
 セレスティが分析する。少年は「さあ」と言い、赤子を再びあやす。赤子は全く泣き止まぬ。
「いけません……!」
 はっと、みそのが気付く。そうして皆に気付いた事を知らせようとした瞬間、目の前が暗闇に包まれた。
 声を出す暇さえ与えられなかった。


●15日午前3時

 全身が痛くて、動かなかった。両親を、祖父母を呼んでも、答えはない。ただ泣く事しかできず、叫ぶ事しかできず、震えていた。
 びい、びい、びい。
 泣き声が聞こえた。
「僕は、お兄ちゃんなんだから」
――仲良くしてね、あなたの妹よ。頼むわね、お兄ちゃん……。
「ナノハが泣いてる」
 手を伸ばす。動いた。
 赤子に触れる。一瞬泣き止む。
 ようやく動いた体で、優しく赤子を抱き上げる。赤子は一瞬泣き止んだが、また再び泣き始める。
「パパとママがいないから? じいちゃんとばあちゃんがいないから?」
 だから不安なのか。不安だから、泣いているのか。
 辺りを見回すと、何かが見えた。近づくと、人が見えた。見覚えのある人たちに似ていた。
 手を伸ばした。赤子は泣き続けていたが、何となく分かった。赤子は足りないから泣いているのだ、と。
「まだ赤ちゃんだもんな」
 大丈夫だよ、と囁いた。赤子は泣き続けていたが、一瞬だけ、ふっと笑った。


 気付けばそこは暗闇ではなく、元いた十字路であった。引きつった顔の少年を横目に、故がポケットから何かを取り出した。
「用心の為、護法を入れておいてよかったですよ」
 取り出したのは、破れたトランプ。他の皆もポケットに手を突っ込むと、皆のポケットからトランプが出てきた。
「どうして……」
 少年は未だ泣き続ける赤子を抱く。
「少年、その赤子……この人形に預からせてくれないか?」
 クミノはそう言い、愛らしい赤ちゃんサイズの人形をすっと差し出す。
「だけど、僕は」
「こっちにも人形がいるから、入っても大丈夫よ」
 シュラインはそう言い、持ってきた人形をずらりと取り出す。
「赤ちゃんを守ろうとしてらっしゃったのですね。でも、それは間違っていますよ」
 みそのが優しく諭す。
「僕は、別に間違ってなんて」
「寂しかったのは、その赤ちゃんだけではなかったのでしょう? 恐らくは、あなたも」
 セレスティが微笑む。優しい眼差しに、びくり、と少年が体を震わせた。
「戻りたいところがあるなら、シュラインさんやササキビさんが持ってきた人形を使えばいい。でも、ないなら僕が送ってあげるよ」
 静がそっと手を伸ばす。少年はその手をとろうとし、ぎゅっと手を握り締める。
「でも、でも、でも……!」
 少年はそう言い、ちらりと霧の中を見る。
「何を迷う気持ちがあるんですか? いまさらになって、良心の呵責でも出てきましたか?」
 故はそう言い、少年が気にしている方を見る。もやもやした霧の中、ぼんやりと人影が見える。
 全部で四つ、神隠しに遭った人たちと同等の人数だ。
 故はポケットからまた別のトランプの束を取り出し、霧の中に向かって放つ。ぱちん、と指を鳴らすと、シュラインが持ってきた人形があっという間に人へと変わった。
「これは……神隠しに遭った人?」
 シュラインは慌ててテグスを取る。まだ息があり、意識を失っているだけのようだ。
「これで、迷う材料はひとまずなくなりましたね」
 セレスティはそう言い、自らもしゃがみこんでシュラインを手伝う。
「さあ、赤子を私に」
 クミノが少年を促す。
「君は、僕と一緒に」
 静が少年に手を伸ばす。
「わたくしは、あなたとその赤ちゃんがあけた穴を何とかしますから」
 みそのはそう言い、そっと微笑んだ。
 少年は皆を一旦見回すと、泣き続ける赤子をクミノの持っている人形へと差し出す。すう、と赤子は人形の中に入った。人形の中に入った途端、泣き声は聞こえなくなった。
「泣き……やんだ」
 正確に言えば、泣き止んだわけではないだろう。人形の中に入る事により、泣く事ができなくなっただけだ。
 だがそれでも、少年にとっては救いの一つとなった。
 少年はそっと笑い、静の手を取った。静はためらいつつ、力を使おうとする。すると、少年がぎゅっと静の手を握り締めた。
「お兄ちゃん、僕……坂の上に行きたい」
 皆がはっとし、静と少年を見た。静かは皆に「いいですか?」と問う。皆二つ返事で頷き、静と少年に背を向けた。
 静は少年の手をぎゅっと握り締め、坂の上へと向かう。小さな声で「ありがとう」と呟きながら。
 坂の上が一瞬光ったのは、午前四時の出来事であった。


●15日正午

 それぞれがまとめた簡単なレポートが、アトラス編集部に提出された。
「どうやら、一件落着のようね」
 神隠しの事件が綺麗に解決したのは、どのレポートからも伝わってきた。クミノによれば、赤子の入った人形は、シュラインの提案により遺族の手によって手厚く供養されたという。その際、クミノと共にシュラインも供養にたちあったという。落ち着いた気持ちにさせられたと、シュラインは語っていた。
 そしてまた、救出された人達は各々の家に戻っていったという。神隠しに遭っていた頃の記憶はなかったが、一様に「悲しい気持ちになった」と証言している。
 一応、医者に見せたところ、神隠しに遭ってから時間が経っていたにも関わらず、神隠しに遭ったばかりのような体調をしていたという。神隠しに遭っていた人々がいた場所は、時間と言う概念が存在していなかったのだろうというのが、みそのの見解だ。
 レポートと共に提出された破れたトランプは、故のものだった。真っ二つに破れたトランプは、何処となく冷たい。護法としての役割を終えたから、という簡単な理由が故のレポートに添えてあった。
 少年自体はしっかりと送ったと、静のレポートに記されていた。詳しく力については記せぬが、間違いなく送り届けたと書いてあった。少年は、最後の瞬間には嬉しそうに微笑んでいたという。
 その後、セレスティの手によって小さなお地蔵様を作ったという。亡くなった人達への慰めと、これからあそこを通る人が事故を忘れないように、という両方の意味になればとあった。
「私も、今日行ってみようかしら」
 碇は呟き、微笑む。小さくてもいいから、綺麗な花束を供えようと。
 そうしてふと隣においてあった、三下のレポートに気付いた。ぱらぱらとめくった後、小さく「だめね」と呟く。
 碇は椅子から立ち上がり、三下の机へと向かうのだった。


<三下のレポートのみ再提出・了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0604 / 露樹・故 / 男 / 819 / マジシャン 】
【 1166 / ササキビ・クミノ / 女 / 13 / 殺し屋じゃない、殺し屋では談じてない。 】
【 1338 / 海原・みその / 女 / 13 / 深淵の巫女 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 5566 / 菊坂・静 / 男 / 15 / 高校生、「気狂い屋」 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。このたびは「下り坂」にご参加いただき、有難うございます。いかがでしたでしょうか。
 今回は難易度を下げてみました。分かりやすくしようと思ったら、皆様はその一歩先にまでいったプレイングを書いてくださっていて、素晴らしかったです。
 シュライン・エマ様、いつもご参加有難うございます。人形に入ってもらって、供養をしてもらうという考えは素敵でした。テグスの活躍がなくて申し訳ないです。
 因みに「14日午後3時」の部分は個別の文章になっております。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。