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<東京怪談・PCゲームノベル>


   「鳴らぬ音色に耳を澄ませて」

 さびれたビルの上階に掲げられた『浅見探偵事務所』文字。
 その扉を叩いた亜真知は、あまりもの狭さと殺風景な所内に驚きを覚える。
 ――所長さまは、なかなかよいご趣味をされていますわね。
 そう思いながら、黒く長い髪をなびかせ、鮮やかな和服姿でしずしずと入っていく。
 所内にはショパンのノクターンが流れていた。
「榊船 亜真知さん……ね。話は聞いているわ」
 衝立をへだてただけの応接室のソファーに座り、出された履歴書を検分する所長、浅見 麻里。
「調査員の助っ人候補としての紹介。情報収集が得意……。特に電脳系ね。戦闘に赴くのは苦手かしら?」
「いえ、攻撃などは得意ではありませんが、防御と治癒、浄化でしたら可能ですわ」
「あらそう? うちは補助系に弱いから助かるわね。……とはいえ、実力をみない以上は雇えないわ。早速だけれど情報収集、やってもらえるかしら?」
 所長は書類を机に置くと、にっこりと微笑んだ。亜真知も微笑みを浮かべてうなずいて見せる。
「何について調べればよいのでしょうか?」
 事務所に置かれた一台のパソコンを前に、亜真知は尋ねる。
「そうね。そういえば近頃とある廃屋で何か物音や叫び声のようなものがする、って噂があるの。まだ正式な依頼を受けてはいないけど、念のため調べておいてくれる?」
「了解ですわ」
 亜真知はうなずき、パソコンに触れる。
 それは、単純にパソコンの扱い方に長けている、というものではなかった。
 交信。彼女の意思を機械が読み取り、それに応えるために動く様。
 画面がパ、パ、と次から次へと動いていき、情報がザーとスクロールされては消えていく。
「……終わりましたわ」
 亜真知はパッと振り返り、笑顔で言った。
「幽霊ではなく、妖怪屋敷のようですわね。怪異の内容からして、日本古来の妖怪たちが住処にしているのではないかと。住所は頭に入っておりますが、地図も印刷しておいた方がよろしいでしょうか?」
 さらさらと、流れるような口調で説明する亜真知。
 所要時間はものの数分とかかっていない。それも簡潔で明確な内容だった。
「……すごいわね」
 日本人形のような容姿をした女子高生を前に、所長は感嘆の声をもらす。
「どう致します? 放っておいてもそう害はないかと思われますけど」
「――そうね。普通なら依頼があるまで放っておくのだけど……せっかくだから、様子を見てきてもらいましょうか。ちょっと待って頂戴。心霊担当の調査員を呼ぶわ」
 所長はそういって、黒猫に目を向けた。
「お願いね、歌丸」
 すると猫は、心得た、とばかりに事務所から駆け出していく。
 少しの間、先ほどの応接室で紅茶を片手に待っていると、やがて一人の青年が入ってきた。
「こんにちは、浅見さん」
 礼儀正しく頭を下げた人物は、灰色の髪に青色の瞳をしていた。
「早かったわね、龍弥くん。和服美少女がいるって聞いて、大慌てで駆けつけたのかしら?」
「ち、違いますよ! たまたま近くにいたんです!」
 からかうような所長の言葉に、龍弥はかぁっと頬を赤くする。
「……えぇと、初めまして。九澄 龍弥です」
 龍弥は亜真知に向き直り、手を差し出す。
「初めまして、龍弥さま。わたくし、榊船 亜真知と申します。……『もう一人のお方』は、なんとおっしゃるのですか?」
 その手をとり、さらりと尋ねる亜真知に、龍弥の表情は固まった。
 所長を振り返るが、所長は慌てて首を振る。
 すぅっと、龍弥の瞳が青色から緑色へと変化していく。
「九澄 神弥だ。初対面で俺に気づいたのは、あんたが初めてだぜ」
 ニヤリとガラの悪そうな笑みを浮かべ、神弥が答える。
「……彼らは、本来なら双子なのだけれど体内で同化し、一つの身体で生まれてきてしまったの」
 丁寧にお辞儀を返す亜真知に、所長が説明を入れる。
「神弥くんは人ではないものの姿を見る。攻撃が得意で除霊や妖怪退治に向いているわ。龍弥くんは人ではないものの声を聴く。心に語りかけるのが得意で浄霊に向いているの。……今回は、神弥くんと組むべきかしらね」
「……待てよ、麻里。組むって何だ?」
「あら。言ってなかった? 彼女は優秀な助っ人要員よ。情報収集の腕前は先ほど披露していただいたから、サポートの腕前がどの程度のものなのか実践で確かめて欲しいの」
「サポート? そんなもん、俺には必要ないぜ」
「誤解しないで頂戴。あなた一人じゃ頼りないっていうわけじゃないのよ。ただより効率よく……」
「……まぁいい。亜真知とかいったな。連れていってやるから、ちゃんとサポートしてくれよ。ま、そんな暇もなく片付けちまうだろうけどさ」
「お任せ下さいませ。精一杯頑張らせていただきますわ」
 得意満面に語る神弥に、所長はどこか拍子抜けしたようだった。
「あら……もう少しごねるかと思ったんだけど、意外と素直ねぇ。彼女のこと、気に入った?」
「さぁな。それより場所はどこだって? 案内してくれよ」
 神弥は所長の言葉を軽く受け流し、亜真知の方に顔を向ける。
「はい。こちらですわ」
 和服姿で淑やかに、手馴れた足取りで歩む亜真知の後を、神弥は若干歩幅を狭めてついていった。
 着いた先は、昔風の一軒家だった。瓦がはがれ、窓ガラスは割れ、いかにも廃墟といった様子だ。
「持ち主の方が海外に行かれたまま帰ってこないそうです。もう長いこと人は住んでいないのですが、所有者がいる以上勝手には取り壊せず放置されているみたいですわね」
「……へぇ。妖怪どもには、体のいい隠れ家ってわけか」
 神弥はいうなり、肩をまわし、指を鳴らして臨戦態勢に入る。
「あの、でも……」
 亜真知の静止の声も聞かず、神弥は廃墟の中へと飛び込んだ。
妖怪たちはいっせいに騒ぎ出し、ガタガタと家具が暴れ、念仏が鳴り響く。室内にある破れた障子には、いくつもの目が浮かび上がった。
 神弥は手に電流のようなものを宿らせ、その手で障子を殴りつける。
 バチバチと音がして、焼け付くような臭いとともに悲鳴があがる。
「神弥さま! いけません、お止めください!」
 必死になって叫ぶ亜真知。
「安心しろ。こんなヤツらに負けやしねぇよ」
 逃げ惑う妖怪たち。慌てふためき、泣き叫ぶ声。
 火傷を負った、一つ目の小さな子供が古びた畳の上に転がる。
「とどめだ!」
 ――神通神妙神力加持(じんつうしんみょうしんりょくかじ)。
 瞬間、亜真知は心の中で黙誦する。
「『身体を護る神、自凝島(おのころじま)。髪肌(けのさきけのね)を護る神、八尋之殿(やひろのどの)。魂魄(くしみたまさきみたま)を護る神、日之大神(ひのおおかみ)。心上(こころのうえ)を護る神、月之大神(つきのおかみ)。行年(ゆくとし)を護る神、星之大神(ほしのおおかみ)』」
 突如、静かに唱えるその呪文に、神弥は手を止め、亜真知を振り返る。
「『謹請(きんじょう)、甲弓山鬼大神(こうきゅうさんきたいしん)、此の座に降臨し、邪気悪鬼を縛り給え、無上霊宝神道加持(むじょうれいほうしんとうかじ)。謹請、天照大神(てんしょうたいじん)、邪気妖怪を退治し給え。天(あめ)の諸手(もろて)にて縛り給え。地(つち)の諸手にて縛り給え。天地陰陽神変通力(てんちいんようしんぺんつうりき)』」
「おい、亜真知?」
 何の冗談だ、とばかりに声をあげる神弥。
 その呪文自体を知りはしなかったが、明らかに補助系のものではない。
「『臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。沮滞(そたい)をなすもの、此の所へ納め給え、無上霊法神道加持』」
 唱え終えると、今まで騒がしかった怪異がピタリと止み、そして。
 どたん、と。尻餅をつくかのように神弥が床に転がる。緑色だった神弥の瞳は、すぅっと青色に変化していく。
「……今のは……?」
「――古神道の秘法です。邪気を祓ったのですわ。祓うといっても、退治するのとは違いまして……鎮める、といった方がよろしいのでしょうか。ともかく、こちらの方々も付近の方々に迷惑をかけることはございません」
 尻餅をついたままの龍弥に手を差し伸べ、亜真知はいった。
 龍弥は辺りを見渡すが、おどおどしながら様子を窺う妖怪たちの姿は彼の目に映ってはいないようだった。
「そうですか。……ありがとうございます。助かりました」
 礼を言う龍弥に、亜真知は軽く小首を傾げる。
「神弥を……止めてくれて。僕が言っても、聴いてくれなくて……。妖怪退治をしに来たんだからって。でも、ここにいる妖怪たちは……」
「悪意は、ありませんでした」
 頭を抱えてつぶやく龍弥の言葉を、亜真知が静かに引き継ぐ。
 龍弥はゆっくりと、微かにうなずいて見せる。
「えぇ。聞こえました。沢山の悲鳴……。泣き声や、うめき声。哀しみや痛み……」
「……龍弥さまから入れ替わることはできなかったのですか?」
「あ、いや……」
 亜真知の言葉に、龍弥は少し決まりが悪そうに言葉を濁す。
「……その……止めなくちゃいけないっていうのは、わかっていたんですけど。ちょっとした私情で……」
「私情、ですか?」
「――普段、主導権を握っているのは僕で……神弥は長時間外に出ていられません。戸籍上存在しないし、ごく一部の人しか名前を呼んでもくれない。……だから……僕の方からは、彼の時間を奪わない。彼が出てきたいときには出来るだけ出してあげるって……そう、決めていて」
 そうなんですか、と。亜真知は女神のような優しい微笑みを見せた。
「……神弥のこと……許してあげてくださいね。アイツ、あなたにいいところを見せたかっただけなんです。……自分のことを認めてくれた数少ない人だから。僕にはできない妖怪退治で、自分の存在をアピールしたかったんだと思います。……はは、本人は否定してますけど」
 内部で反論の声があがったのだろうか、龍弥は小さく苦笑する。
「ご安心ください。神弥さまに悪意がなかったことは承知しておりますわ」
 亜真知の微笑みに、龍弥はホッとしたようにうなずいた。
 そのとき、黒猫、歌丸が一枚のカードを加えてやってくる。
「所長からですね。……『榊船 亜真知様。実力を拝見させて頂き、貴殿のお力は我が事務所にとって大変有用なものであると判断致しました。これからも是非お力添え下さいますよう切に願っております』」 
「まぁ。嬉しいですわね」
「『追記。神弥くん、後でちょーっとお話があるので事務所にいらっしゃい』……だってさ、神弥」
 ピラピラとカードを振り、もう一人の自分に語りかける龍弥。
「じゃあ、戻りましょうか、亜真知さん」
「はい」
 廃屋を後にして、『三人』は浅見探偵事務所へと戻るのだった。
              
                     END

 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:1593 / PC名:榊船・亜真知 / 性別:女 / 年齢:999歳 / 職業:超高位次元知的生命体・神様さま】

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■         ライター通信          ■
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 榊船 亜真知様

はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、どうもありがとうございます。

今回は助っ人としての紹介ということで、実力のほどを見させていただきました。更に、穏やかで優しい印象でしたので、双子を受け入れてくれる理解者として描かせていただきました。
攻撃系は得意ではないとのことでしたが、古神道系の術が使えるようでしたので浄化系として使用。漢字が多く長い呪文ですが、重要な部分ですのであえて削ることなく引用しました。(印の描写はさすがに省きましたが)
読みにくかったり、イメージを崩したりしていなければよいのですが。

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