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<東京怪談ノベル(シングル)>


キング・オブ・トーキョー07〜テスト・プレイは慎重に〜









 海原みなもの目の前に、巨大な建物があった。多彩な音楽や色がそこから洩れている。
 都内某所に存在するその建物は、カラオケ、ボーリング、ビリヤード、そしてゲームセンター、と暇を持て余している若者が集う複合アミューズメント施設として有名だった。
 みなもは制服姿で一人、その建物の入り口に立っていた。自動的にガラス張りのドアが開き、みなもを誘う。
 吸い込まれる一瞬前に、彼女はドアの傍らを見た。そこに大きく描かれていたアルファベットを読み、何故か不吉なものを感じた。
 そのアルファベットは、このアミューズメント施設を運営している某メーカーのロゴだったのだが、何故それを見て気持ちがざわつくのか、みなもが気付く事はなかった。






 十数分後、みなもは施設内に併設されているカフェの席に腰掛けていた。
 目の前にはやたら甘ったるいオレンジジュースが置かれているが、一口しか飲んでいない。
 何となく落ち着かない雰囲気のみなもと対称に、向かいの席に掛けている少女は上機嫌でニコニコしていた。
「みなもちゃん、来てくれてありがとう! 助かったよー」
「いえ、雫さんの頼みですもの」
 少女、瀬名雫の言葉に、みなもは反射的に笑顔を作って返した。
 そう、今日は雫の誘いで此処にいるのだ。このような大規模アミューズメント施設に一人で入るほど、みなもは遊び慣れていない。
「でも、あたしで良かったんですか? あたし、そんなにゲームとかしませんよ」
「いーのいーの、あんまりゲームをしない人の意見も聞きたいって言ってたから。いつまでもゲーマーだけに購買層を限ってちゃ、発展は難しいんだよね」
「はぁ、そういうものなのでしょうか」
 みなもはいまいちピンと来ず、少し首を傾げた。雫の言う言葉は時々専門的でよくわからない。
 だが今日此処に呼ばれた理由だけは分かっている。雫の頼みで、とあるゲームのテストプレイをするためだ。
 雫にはある事情から借りがあるし、と元来お人好しなみなもは二つ返事で引き受けた。
 肝心のゲームのタイトルはまだ聞いていないが、テストプレイというのだからまだ市場に出回っていないのだろう。
 そもそもみなもは現在開発中のゲームをチェックしているようなゲーマーではないので、きっとタイトルを聞いてもきょとんとするだけだ。
 聞いても分からないのならば敢えて雫を煩わせることもないだろう―…そう思って此処にやってきたのだが、みなもはそんな自分を早速後悔した。
「でね、そのゲームってのはね」
 ニッコリ笑って雫が口にしたそのタイトル。みなもはそれが自分の左耳から右耳に通り抜けたのを認識すると、がたん、と席を立った。
「みなもちゃん!?」
「すいません、雫さん。あたし…あたし…失礼しますっ!」
「ちょ、ちょっと!」
 みなもはそう言い捨て、くるりときびすを返し、そのまま出口に向かって駆けていこうとした。
 だがその背にかかった雫の言葉で、思わず足を止める。
「待って、みなもちゃん! みなもちゃんが協力してくれないと、あたし困っちゃうよ!」
「……」
 お人好しで真面目なみなもは、逡巡した挙句、ゆっくりと振り向いた。
「…雫さん、困っちゃうんですか?」
「うん、そう! だってもうテストプレイヤー見つけたっていっちゃったもん。それに、ここの払いはメーカー側のオゴリって言われたから…!」
「………」
 …自分が来る暫く前に雫が此処に来ていたのは知っていた。
 この様子だと、すでにあちこちのゲーム機に手をつけたのだろう。自分の財布からの払いが厳しくなるほど。
 みなもは再度逡巡した。無論、このまま立ち去ることも出来る。雫は自分と同じぐらいの年代の少女だし、力づくで引きとめることも出来やしない。
…だが。
「……分かりました。雫さんには、前回のアレで助けてもらいましたし」
「ほんとっ!?」
 みなもの言葉を聞くや否や、ぱぁーっと雫の顔が輝いた。
 みなもは嘆息しつつ、そんな雫の笑顔を見て、自分の選択が間違っていなかったと思った。

 …否、そう信じるしかなかった。










「じゃーん! どう? どう?」
 ハイテンション極まりない雫に連れられた先には、大きなディスプレイと小さな液晶画面がセットになった筐体があった。
筐体の側面には、格闘ゲームらしい迫力のある字体でこう書かれている。『キング・オブ・トーキョー '07』。
「はぁ…」
 みなもはこのシリーズのゲームを、過去二回ほどプレイしたことがある。今回で三年目だ。
操作方法は分かっている…と思いきや、前回よりも随分変わってしまったらしい。
様変わりした筐体を見上げているみなもに、雫がご機嫌な様子で解説してくれている。
「今回から本格的なネット対応になったの。これと同じ筐体を全国のゲームセンターに置いて、全国のプレイヤーと同時対戦するんだよ。
キャラメイクも豊富になって、お気に入りのキャラクターを作ったら、トレーディングカードにして設定を保存しておけるの。
次回からそのカードを使用して、同じキャラを使っていくってこと。得たポイントによってキャラが成長するから、やり込み派な人たちもこれで取り込めるってわけ」
「はぁ」
 みなもは眼をぱちくりさせながら、その説明を大人しく聞いていた。だがその実、彼女の脳内では半分以上理解できていない。
まるで雫が異国の言葉を喋っているようだ。
 だが一つだけ、みなもが気になる言葉が出た。
「あの、雫さん。取り込むって? もしかして普通の人も取り込んじゃうんですか? 今回のこれ」
 みなもは冷や汗が出そうになるのを感じていた。
 このゲームはただの格闘ゲームではない。異能力を持つものがプレイすると、文字通りゲームの中に取り込まれてしまうのだ。
 まさか今回は、普通の人間すらも―…?
 だがそんなみなもの危惧を雫は笑い飛ばした。
「あっはは! その意味での取り込むじゃないよ。うーん、なんていうかな。”ハマらせる”って言ったほうがよくわかるかな?」
「ああ、なるほど」
 その言葉であれば、みなもでも何となくニュアンスはつかめた。
「要するに、虜にさせるってことですか?」
「うん、まあそんな感じ。…まあ、まだ現時点だと、開発側の希望…というか目論みだけどね。
それであたしたちは、開発側のそんな希望がうまく叶えられるようにご意見を出してあげる役割なわけ。オッケー?」
「はい、なんとか」
 みなもはこくん、と頷いた。これはなかなか責任重大だ。
何となくみなもは、このゲームが成功するか否かは自分のテストプレイにかかっている―…ような気がした。
 だが冷静になって考えてみると、過去このゲームによって迷惑をこうむったみなもにとっては、
このゲームが世に出ないほうが都合が良いのだが―…。
「はい、じゃあお馴染みのゴーグル! どうする、これまたお馴染みのウンディーネ?」
 雫はぽん、とゴーグルを渡すと、慣れた手つきで液晶画面を操作しつつそう尋ねた。
雫の言うキャラクターはみなもにとっては懐かしいものでもある。
 みなもはゴーグルを嵌めながら、勿論、と頷いた。
「今回もいるんですね? じゃあ、それで」
「オッケー。じゃ、がんばってきてね!」
 雫の言葉に見送られ、眼をゴーグルで覆う一瞬前。
雫が自前のインカムを、いそいそと耳にかぶせるのが見えた。
 そしてみなもの意識は、電脳の闇へと落ちていった―…。










 眼を開けると、そこは異次元だった。まさに文字通りの。
(やっぱり、取り込まれた…みたいですね)
 お馴染みの感覚に、みなもは苦笑を洩らした。
 掌を握り、また開き、動きを確かめる。現実の中学生である自分のそれよりもすらりと伸び、モデルのような女性の手だ。
 それからぺたぺたと自分の身体を触る。出るとこは出て、締まるところは締まる、プロポーションの良いボディである。
 さすがゲームといったところか。身に纏っているのは身体にフィットしたレオタードのようなものと、ふわふわと辺りに漂う薄布のみ、という露出の高いものだが、これもまたゲーム特有のものとして諦めるしかない。
(みなもちゃん、どお?)
 空の彼方から雫の声が届いた。
(ええ、ばっちりです。以前よりも体が軽いですね)
(そう、良かった! グラフィック担当が随分苦労したんだってさ。その言葉を聞くと喜ぶよ)
 へぇ、と感心し、みなもは周囲を見渡す。
 確かに雫の言うとおり、前回よりも風景のリアリティが増しているように感じた。
 前回は湖の上だったが、今回の固定ステージは海らしい。すぐ傍に断崖絶壁があり、対戦者がそこからやってくるのだと予測できた。
 その絶壁にたたき付ける波しぶきも本物と見間違うほどで、潮の香りが無ければ本当の海の上にいると勘違いしてしまいそうだった。
 そういうことを雫に洩らすと、雫はうんうん、と相槌を打ちながら返してきた。
(そうなんだよね、年々CG技術は進化してきてるからさ。レンダリング技術の向上によって、3Dグラフィックスもよりリアリズムに近づいて…)
 云々云々。
 雫は自分の世界に入り語りだしてしまったが、みなもには到底ついていくことは出来ないように思われた。
 まず、単語の意味が分からない。
(雫さんって、ホント物知りですよね…)
 と、しみじみ思ってしまうのだった。
 だがそうしている間に、例の絶壁に上に対戦者が現れていた。
てっきりNPCだと思い込んでいたみなもは、その対戦者―…道着を纏い、根を小脇に抱えた精悍な青年―…が微動だにしないので、拍子抜けしていた。
NPCならば、何らかの前口上を述べるはずなのだが。
 不思議に思っているうちに、カーン!と電子音のゴングが鳴り響いた。
 みなもの一瞬の隙をつき、目の前の青年が地面を蹴り、高く飛び上がった。
 眼を丸くしているみなもの肩を、根で勢い良く付き、そのまま綺麗に地面に着地した。
 不意をつかれよろめくみなも。思わず宙に向かって叫んだ。
「雫さん! この人、NPC…じゃないですよね!?」
 まだテストプレイのはずなのに。
 だが雫は悪びれもせず返す。
(ああ、隣で同じようにテストプレイしてる人がいるんだよ。多分その人じゃないかなー?)
「ええっ! そういうことは早く言ってください…わっ!」
 無駄口を叩くなと言わんばかりに、根の応酬が来る。みなもはそれらを寸前のところで交わしながら、相手を観察した。
(あたしをNPCだと思ってるのかな? 少なくとも”取り込まれた”わけじゃなさそう)
 とはいえ、実際の人間がキャラクターを操っているのである。NPCと比べるとその違いは明らかだった。
 青年が口の中でぼそぼそと唱えると、根が炎を纏った。このキャラクターの特技の一つなのだろうか、と思っていると、その根で先程よりも激しくみなもを攻撃しはじめた。
 さすがに技を使われているからか、ダメージの蓄積が早いのが自分でも分かる。
(うう…仕方ないなあっ)
 みなもは闘う覚悟を決め、己の得意技を出すことにした。”ウンディーネ”の必殺技の出し方は知らないが、自分の能力ならば身体が覚えている。
「…水よ!」
 みなもが手を前に掲げると、海水がざあっと立ち上り、みなもの前に盾となった。
その盾が青年の根を防ぎ、おまけに炎までも消してくれた。
 その動作で、対戦者はこちらも実際の人間が動かしているのだと知ったらしい。
 用心した動きになり、ちまちまとこちらのヒットポイントを削っていく。
(もう! 反撃の隙間も与えないつもりね。確かにこれじゃあ、普通だと技を出す暇もないけど…)
 そこは人魚の末裔、海原みなもである。水の扱い方ならば、誰よりも良く知っている。
 先程、背景のはずの海水を利用できた。今回はどうやら、背景のオブジェクトもキャラクターの持ち味に応じて働くらしい。
…ならば。
「水の衣!」
 みなもの周りに、彼女を覆うようにして水の薄い膜が広がった。これでとりあえずの防御はこなしてくれる。
 思わずたじろいだ対戦者を見、みなもはチャンスだと悟る。
「…痛かったらすいません! 水爆っ!」
 水の衣から幾つかの球体となった水の塊が飛び出て、対戦者のほうに向かう。
 思わず青年はガードの姿勢をとるが、もう遅い。
 みなもの意思一つで、球体は一気に爆発した。
(もう少し…かな?)
 水爆は一応、大技の分類に入るらしい。”ウンディーネ”のスタミナがあと少しのようだ。
 だが、今の攻撃で大分対戦者のヒットポイントを削ったはず。
 さて次はどうしようか、そう考えている間に対戦者が動いた。
「きゃっ…!」
 思わず身をかがめようとしたみなも、だがその前に何故か対戦者のほうが倒れていた。
「……あれ?」
 みなもはきょとん、と首をかしげて見せた。そして、ぽん、と手を叩く。
(そういえば、水の衣って同時に攻撃もしてくれるんだった)
 どうりで、残りヒットポイント僅かとなった対戦者が倒れているわけだ。

 とにもかくにも、海原みなも、今期バージョンでの初勝利を見事に飾ることが出来た。









 ゴーグルを外し、長い髪を左右に振るみなも。その彼女に、興味津々といった様子の雫が話しかけた。
「ね、どうだった? 使い心地!」
「ええ、明らかに前回よりも滑らかでしたね。同調率というんでしょうか…一体感が増していたと思います」
 何せシンクロしすぎて、自分の能力すらも使えたほどである。
「そっかあ! なんだろう、システムの改良がよかったのかな。それともグラフィック?」
「あたしには良く分かりませんが…」
 きっとその両方だったのだろうと思うみなもだった。

 そして数分ほど経ったあと、まだ筐体の近くでごそごそやっていた雫が、嬉しそうに長方形のものをみなもに見せてきた。
「見てみて! これが言ってたカードだよ。今のプレイ、このカードに記録させたからね。
次プレイするときは、これ使ってね!」
 はい、と渡されたが、みなもにはこれを再び使う日が来るかどうか、激しく疑問だったのだが…。
 それはともかくとして、少しばかりの興味を持ち、みなもはそのカードをしげしげと見つめた。
 カードと言っても磁気を通すためだけの薄っぺらいものである。
 表にはキャラクター名、プレイした日にち、今回得たポイントが記されている。その裏をひっくり返し、みなもは硬直した。
「あっ、気づいちゃった? あはは!」
 雫は呑気に笑ってくれるが、本人はそうもいかなかった。震える手で裏面を握りなおし、ジッと見つめる。
 裏面にはリアル風の絵柄で、”ウンディーネ”が描かれていた。水の衣を纏い、幻想的な雰囲気である。それはいい。…肝心なのは。
「…雫さん」
「はい?」
「何でこの人、あたしにそっくりなんですか!?」
 みなもは思わずそう叫んだ。
 裏面に描かれていたウンディーネ、そのプロポーションはともかく、細い眉に優しげな目つき、温和そうな口元、とまるで鏡を見ているようなほどみなもにそっくりだったのだ。
「あはは〜、実はね、参考にって前回プレイしたみなもちゃんの写真を開発側に見せちゃったんだよね。
で、イラストレーターの人がそれ見てインスピレーション働いたとかで…」
「で、あたしをモデルにしたんですか!? こんな、全国に置くようなゲームで!?」
 みなもは愕然とした。こんなもの、羞恥プレイ以外の何者でもないではないか!
「あは…ま、まあ、ちゃんとナイスバディに描いてあるんだから、いいじゃないっ! 多めに見てあげて!」
「見れるわけないでしょう…! こんなの…こんなの、無断であんまりですっ!」
 


 その後、その”ウンディーネ”のイラストが正式稼動後も採用されたかどうかは、みなもには分からないが―…。
 件のカードは、みなもの財布の奥深くに、今も”封印”されている、らしい。








 おわり。