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<東京怪談ノベル(シングル)>


おでかけしましょ

「デュナス君、一緒にナンパ行こうぜー」
「ドクター、月曜の朝イチから何を言ってるんですか」
 デュナス・ベルファーが、篁(たかむら)コーポレーションの研究室の研究室長である篁 雅隆(たかむら・まさたか)にそんな事を言われたのは、月曜の朝礼直後だった。
 元々デュナスは探偵である。
 だが本業が芳しくなく、元いた事務所を立ち退かなくてはならなくなったときに、丁度その場にいた雅隆が「素敵な仕事がある」と、この研究所の事務を紹介してくれたのだ。なので今は兼業探偵でもある。
 事務……と言っても、やることはほとんど雅隆のお守りだ。
 唐突に駄菓子が食べたいと言われては外まで買いに行き、研究に煮詰まって音痴な歌を歌い、他の研究員の邪魔をし始めれば、気分転換に外に連れ出し……それはそれで楽しくもあるのだが、この通り、雅隆のやることはいつも唐突だ。
 そんな雅隆は白衣姿でその辺の椅子を占領し、子供のように足をバタバタさせている。
「だってー、一人でナンパするより二人の方が成功率高いんだよ。一緒に行こー、そしてナンパしようよー」
 ナンパと言われても困る。
 なぜならデュナスには、心に秘めた想い人がいるからだ。それにフランス人とはいえ、かなり奥手な方だし、とてもナンパのアシストが出来るとは思えない。まあ、雅隆から「ナンパ」という言葉が出たこと自体、デュナスとしてはかなり信じられないのだが。
「あのですね、ドクター。私は、ナンパをするような……」
 雅隆が気が向いたときしか仕事をしないのはいつものことだが、色恋沙汰に巻き込まれるのは困る。ここはきっぱりと断ろう。そう思いながら言葉を出すと、マグカップにお茶を入れた研究員達が笑いながらそれを遮った。
「デュナスさん。ドクターの『ナンパ』ですから、多分デュナスさんが思ってるのと全然違いますよ」
「そうですよ。あれを『ナンパ』って言い張るのは……ねえ?」
「失礼な、僕は本気だー!くらえ、天才きーっく」
 キャスターつきの椅子に座った雅隆は、今度は椅子をぐるぐる回し研究員達を足蹴にし始めた。いつものことだが、落ち着きのない子供のようだ。数々の特許を取る天才的な頭脳と、新しい菌などを発見する天性の運の良さがなければ、上手く社会生活を送れるか心配なぐらいだ。
「デュナスさん、今日はドクターと出かけてくるといいですよ。レベル4管理棟に入れないから、ドクターも暇ですし、ぶっちゃけ研究してないドクターは邪魔ですし」
 こういう発言を聞くと、デュナスは「雅隆も雅隆だが、所員も所員だな」と思う。あまりお互いに、遠慮はないらしい。
「天気も良いからナンパ行こうよー。朝早くないとダメなんだって、はいデュナス君、今すぐ用意する!」
「は、はい」
 あまりにもきっぱり言われてしまったので、つい返事をしてしまった。
 いったい「自分が思っているのと違う」雅隆のナンパとは、どんなものなのだろう。
 事と次第によっては、社長に連絡する羽目にならなければいいのだが……。

「都電でまったり行こうねー」
 どこに連れて行かれるのか謎のまま、デュナスは雅隆にくっついて都電荒川線に乗った。荒川線は東京でも珍しい、路面電車だ。一両編成の列車が、何となくのどかな感じで都内を走っている。
「ワンマンの路面電車って、初めて乗りました」
「いいでしょー、何かまったりするよね」
 いつも蜘蛛柄のスーツや仮装のような格好をしている雅隆だが、今日は割とおとなしめのスーツだ。それでも大正風のトップハットなどが個性的ではあるのだが。
 窓の外に流れる景色を、デュナスは何気なく眺める。しばらくお互い黙って乗っていると、雅隆がひょいと立ち上がった。
「降りるよー。180円ね」
 降りたったのは、庚申塚駅(こうしんづかえき)だった。
 降りたはいいもののどうして良いか分からず、デュナスが困っていると、雅隆は慣れた足取りでてくてくと歩き出す。
「ドクター、ここはどこなんですか?」
 よく見ると辺りを歩いているのは、何故かやけに老人が多いような気がする。商店街からは美味しそうな揚げ物の香りがし、和菓子の店などの看板も多く並んでいる。
「あれ?ドクター?」
 急にデュナスの視界から雅隆が消えた。だが、あの特徴的な服はすぐ分かる。
 すると雅隆は、和菓子屋の前でおばあちゃん二人組と話をしていた。
「ドクター……」
「こんにちはー。今日は二人とも、とげ抜き地蔵までお詣りですかー?」
 とげ抜き地蔵。
 その言葉で、デュナスはここがどこだが、そして雅隆の目的がなんだかをやっと理解した。
 ここは『おばあちゃんの原宿』巣鴨。そして巣鴨商店街。
 雅隆の言う「ナンパ」が、おばあちゃん相手なのか、そして本気なのかは分からないが、声を掛けているあたり、おそらく本人は「ナンパ」のつもりなのだろう。
 話しかけられた四人は、ニコニコと雅隆の話を聞いている。
「そうよ。近所の友達なの。あら、若いのに巣鴨観光?」
「本当におばあちゃんばかりで、びっくりしたでしょう」
 そう言われた雅隆は、待ってましたというようにデュナスにそっと手を向けた。
「いえいえ、そこにいる僕の友達なんだけど、彼フランス人で『日本文化に興味がある』っていうので、巣鴨に連れてきたのー」
「ちょっ……」
 ……ナンパのダシにされた。
 だが後ろにいる金髪の青年を見て、少し戸惑ったおばあちゃん達に、デュナスは思わず流暢な日本語で挨拶をしてしまう。
 日本の人は外国から来た人と、コミュニケートを取るのに戸惑いがある。
 自分から先に「日本語は分かるから、安心して下さい」と言わないと、目を逸らして逃げられる事もあるぐらいなのだ。
「こんにちは。私達でよろしければ、ご一緒させていただけませんか?」
 デュナスの丁寧で流暢な日本語に安心したのか、おばあちゃん達の戸惑っていた表情がすっと緩んだ。そこに雅隆がにぱっと笑う。
「ぶらぶらご一緒しましょ。怪しいものじゃないし、布団もトルマリンも売りつけないよ」
「あら、悪徳商法じゃないならご一緒しようかしら」
「そうねぇ、こんな若い子とデートなんて若返っちゃうわね……そうそう、ここのおまんじゅう美味しいのよ」
 どうやら成功したらしい。雅隆がデュナスを振り返りウインクをした。
 こうやって年の違うご婦人と一緒に歩くのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。そんな事を思っていると、隣を歩くおばあちゃんがデュナスを見上げ頬笑んだ。
「フランスから日本なんて、ずいぶん遠くから来たのねぇ」
「いえ、ずっと憧れていたので日本に来られて嬉しいですよ。こういう風情ある所は大好きなんです」
「ふふ、やっぱり自分の国が褒められるのは、嬉しいものねぇ」
 色々と話を聞いていると、巣鴨では毎月四、十四、二十四の日に縁日があったりするらしい。だがその日は人も多くなるので、特別な日でなければ二人は避けているのだそうだった。
「この年になると、人混みが辛くなっちゃうのよ」
 そう言いながら笑う二人に、雅隆がにこっと笑って手を取る。
「二人とも、充分魅力的だよぅ。疲れたら何処かでお茶でもしようね。今日は僕が声かけたから、何か奢らせてね」
「あらあら、何だかカッコいい孫が出来たみたい」
 いや、本当の年齢からすると、雅隆は息子でも通用するのだが。
 ぶらぶらとそぞろ歩きながら商店街を見ていると、ここは思っていたよりも衣料品を扱う店が多いようだった。時折そこに寄っては「あら、安いわね」という二人に、デュナスと雅隆がお付き合いをする。
「荷物をお持ちしますよ」
「ねえねえ、このカーディガン素敵だよ。ちょっと羽織って見せてー」
 雅隆が指さしたのは、パステルカラーの薄手のカーディガンだった。二人が色違いのそれを羽織ると、顔色がぱっと明るくなる。
「よくお似合いです」
「うん。可愛いし、やっぱ似合うー」
「そんな事言われると照れちゃうわねぇ。何年振りかしら」
 そう言いながらも二人は嬉しそうだった。羽織っていたのを脱ぐと、雅隆がそれを二枚手に取る。
「じゃあ、今日の記念にプレゼント。別に財産狙いの悪い人じゃないから、安心してー」
 一枚二千円しないほどなのだが、やはりプレゼントというのが嬉しいようだ。二人はニコニコ笑いながら、何度も頭を下げている。
「私達も何かお返ししなきゃねぇ」
「そうね、お礼という訳じゃないけれど、お詣りしたら美味しい塩大福を買いに行きましょうか」
 そんな二人にデュナスが頬笑む。
「いえ、ご一緒して下さっているだけで、充分お礼になってますよ」
 ……何だか、雅隆の言いそうなことが、思い切り口に出たような気がする。
 二つの包みを持った雅隆が、店の奥から出てきて、またぶらぶらととげ抜き地蔵へと歩いていった。
 とげ抜き地蔵があるのは、曹洞宗(そうどうしゅう)の高岩寺(こうがんじ)というお寺だ。本堂では「とげぬき地蔵尊御影」が売られていて、痛い所に貼ったりのどに骨が刺さったときに飲んだりすると効くという。
 流石にここに来ると人が多く、デュナスと雅隆は行列に二人が押されたりしないよう気を使う。
「ここの『洗い観音』に水を掛けて、悪い所を布で洗うと御利益があるのよ」
「二人は若いから、悪い所はないわねぇ」
「んー、僕は頭かなぁ」
 雅隆の言葉に、クスクスと楽しげな声が響く。
「まだボケちゃう年じゃないでしょう。ねぇ、デュナスさん」
「いえいえ、もっと頭が良くなるようにって思ってるんですよ、きっと」
 こういうのも信仰なのだろう。自分の宗教じゃなくても、お詣りして願うという気持ちは変わらない。自分の順番が来たデュナスはそっと観音に水を掛け、喉元を静かに拭いた。
 今のように、あの人とも自然に話が出来るようになりますように。
 この弱い心をぬぐい去れますように。
「僕はやっぱり頭ー。きゅっきゅ」
 二人はそれぞれ腰や肩、足首などを拭いていた。最後にお線香を買い、お供えする。
「あ、これは浅草でも見ました。煙を浴びるといいんですよね」
「そうよ。デュナスさんは、本当に日本のことをよく知ってるわねぇ」
「勉強家なのね」
 線香のことは、浅草の浅草寺(せんそうじ)に行ったときに、聞いたことがある。勉強家という訳ではないが、そうやって褒められるとやはり嬉しい。
「フランスにはこういうのがないので、最初びっくりしました」
「そうそう、デュナス君ってばお線香食べ物と勘違いしてねー」
「してませんよ」
 日本に不慣れな外国人が、焼香用の抹香(まっこう)を食べ物と勘違いするという話はあるが、流石にそこまで日本文化を知らない訳ではない。でも、聞いている二人が楽しそうなので、それはそれでいいだろう。寺の門を出て、雅隆はそっと甘味処を指さす。
「並んで疲れちゃったね。何か甘い物でも食べよっか」

 四人で仲良くクリームあんみつを食べ、塩大福の店で大福の五個入りパックを買い、デュナスと雅隆は二人をJR巣鴨駅まで送っていった。その途中、巣鴨に染井吉野の碑があったり、文豪の墓が多いことなどを教えてもらい、日本文化好きのデュナスとしては、大変為になった。
「デュナスさんが日本文学も読むなら、芥川龍之介のお墓とかに行くといいかも知れないわねぇ」
「そうそう、遠山の金さんで有名な、遠山金四郎のお墓もあるのよ」
 そんな話をデュナスは笑いながら聞いていた。時代劇も好きなので、そこは今度行ってみよう。
 いつもと違い、二人に合わせてゆっくりとしたペースで歩いていく。まだ日は高いが、あまり遅くならないうちに帰って、家でゆっくりするのだろう。
 駅の側まで来ると二人は雅隆からもらったカーディガンが入った包みや、他のお土産を持って頭を下げた。
「今日は楽しかったわ。また機会があったらご一緒しましょうね」
「うん、僕も楽しかったー。またお茶しようね」
「デュナスさんと一緒に歩いてたら、気持ちが若くなったみたいよ」
「いえ、ご一緒させていただいて楽しかったです。ありがとうございました」
 何度も後ろを振り返りながら、駅へ向かっていく二人が見えなくなるまで、デュナスは雅隆と手を振っていた。

「……で、ドクター。私、ドクターにお聞きしたいことがあるんですが?」
「にゃに?」
「ナンパって、こういうことなんですか?」
 来る前に言われたとおり、自分が思っていたのとは全然違っていた。それを聞いた雅隆は、ポケットから携帯電話を出してデュナスに突きつける。
「何を言うー!声かけて、お買い物して、プレゼントして、お茶してって、立派にナンパじゃないか。デュナス君がぼやっとしてる間に、僕はメアドも交換したよ」
 携帯の画面には、ハートマークのついた名前とメールアドレス、電話番号まで登録されていた。こういうのが雅隆の抜け目のない所だ。
「うわ。また機会があったらって、本当に機会作る気満々ですね」
「伊達や酔狂でナンパ何かするかー!僕は本気で還暦過ぎのおばあちゃんと結婚して、一緒にお遍路さん巡りしたり、温泉旅行に行ったりしたいと思ってるよ」
 本当に本気の本気だったのか。
 しかし何だか解せない物を感じ、デュナスは思わず呟く。
「ドクター、それってさっきの話じゃないですけど、財産目当てみたいです」
 ぺちっ。
 デュナスのおでこに雅隆の手が飛ぶ。
「財産なんかいるかー!お金なんか、特許料とかでうなるほど持ってるもん。プロポーズの言葉だって、今から決めてあるんだよ『僕と一緒のお墓に入ろう』って。でも、僕研究が忙しくて、寂しい思いさせちゃうと思うから、結婚はもっと後かなー……」
「本気、なんですね……」
 ナンパの謎は解けたが、今度は雅隆の守備範囲が分からなくなってきた。この照れ具合を見ると、本当に還暦過ぎの女性と結婚するのではなかろうか。
「よし、朝から来たからまだ時間ある。もう一回おばあちゃんとお茶飲むぞー」
 意気揚々と歩いていく雅隆の後ろを歩きながら、デュナスはこんな事を思っていた。
 今度本社に行く機会があったら、この話をしておいた方が良いのだろうか……と。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
「雅隆のお供で、意外な場所に連れて行かれる展開」を基本お任せということで、巣鴨でナンパという話を書かせていただきました。
冗談のように見えて、雅隆はかなり本気です。その辺りの好みの話は、また別の機会にでも出せたらなと思います。
それにしても完全にナンパのダシにされたり、いきなり朝からお供とか無茶苦茶ですね。それでもついて行ってしまうのが、デュナスさんの良い所だと思います。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。