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<東京怪談ノベル(シングル)>


ANOTHER STORY――イス――



 これは、本当のあたしと繋がっているようで、繋がっていないあたし。
 夢の延長のようで、延長でない話。
 ――さめない夢みたいに。

 三月二十八日。
 あたしは視界に入ってくるカレンダーとにらめっこしていた。
 今日は記念すべき日。
(だって、あたしが買われたんだから)
 近くでは、四月から小学生に入る予定の女の子が、説明書相手にこれまた睨めっこしている。
「えっと、えっと……。“まず、おいすをつくるためには、ぶひんをバラバラにします”。えー! このままでいる方がかわいいよう。わたし、このままがいい」
「こらこら。ちゃんと作らないと、学校に行ってもお前の椅子がないんだぞ」
「だって、かわいいんだもん……」
 父親らしき人に対して女の子は頬を膨らませると――あたしを見た。
 中学生のあたしとしてではなく、椅子の材料として。

 ――椅子作成キット[小学校入学用]。それが今のあたしの姿だった。
 小学校に上がるとき、この世界では子供たちがそれぞれ椅子を用意する。その子供に合った椅子の作成キットを選んで、親子で作る訳だ。
 椅子にも色々あって、組み立てると怪獣になるものや、クマさんになるものまで幅広くある。
 あたしのタイプはお人形の姿で売られていて、それをバラバラにして組むという作りになっている。飾りとしてウサギさんの耳と尻尾も一緒にセットになっていて――つまり、女の子向けの椅子なのだ。
「すぐ売れるさ」
 とお店の人は言ってくれたけど、あたしは心配していた。売れ残ったらどうしよう、って。
 だから、お店に入ってきたばかりのこの子に一目ぼれされたときは嬉しかった。
「かわいい! パパ、わたしこのこがいい!」
 大きい瞳を潤ませてあたしを眺めてくるこの子を見て、あたしは自分の近い未来を想像した。
 小学校で、椅子としての役目を果たせる自分の姿を――。

 子供らしいプニプニと柔らかい掌が、あたしの腕に触れた。
「んー!」
 幼いなりの強い力で引っ張られ、勢いよく腕が取れた。
(あっ……)
 思わず、心の中で声が出た。
 痛くはないけれど、腕が抜けるという変な感覚に捉われる。おまけに外れた腕にもまだあたしの感覚は残ったままで、女の子の指の感触を感じ続けているのだ。
 今度はもう一つの腕の番。
 床に置かれたあたしの片腕には冷たさを感じるし、もう一つのこれから抜かれるであろう腕には相手の指の生温かな温度がある。
(やっぱり、変な感じ……)
 グイ、っと強く引っ張られる。腕が伸びていくような、そんな意識にすらなるくらいに。
(抜けちゃう……)
 ――スポッ。
 小気味良い音と共に腕が取れた。
 目で追うと、女の子があたしの腕を両手で掴んで揺らしている。
 風を切る感覚が指先にあるのだ――。
(取られちゃった……あたしの腕……取られちゃったんだ……)
 悲しいとも嬉しいとも思わなかった。まるで夢の中で起こっていることを、遠くから眺めているみたいに、実感がない。それなのに、離れた指の感触や腕の皮膚――産毛までもが感覚を働かせて、これはあたしの身体なのだと信号を発している。
(変なの……んッ)
 今度は足を引っ張られた。ひきつるような、軽い痛みにも似たものが走る――。
「ぬけないー……」
「貸してみなさい。お父さんがやってあげるから」
 柔らかかった子供の感触とは真逆の、ささくれだった男の人の硬い手に触られた。
(また抜かれちゃう……)
 反射的に身体を硬くしたけれど、そんなことで効果がある訳がない。
 女の子のときとは違って、男の人のやり方に迷いはなかった。強い力でまっすぐ引っ張られて、機械的に足を取られたのだ。
(あ……)
 自分の身体の一部を失ってしまったような気持ち。いや、欠けた感覚が事実あるのだ。
 けれどその引き抜かれた足は、目の前でその瑞々しい感覚を得ている――。
 もう何が何だかわからなくなる。
(ああ、もう、もう――)
 あたしはおかしくなってしまったのだろうか。
 アンバランスな感覚に、快感を覚え始めているなんて。
(全部取って欲しい)
(好きなようにして欲しい――)
 残っている足も引き抜かれた。その足は女の子に抱っこされてしまって、とてもくすぐったい。
(や……だめ、だめ)
 足をバタつかせたいけれど、あたしは物だから動けない。
(ね、良い子だから……)
 相手に届く筈のない言葉をあたしは必死で語りかける。
(髪をどかして。足に当たってくすぐったいん……きゃっ)
 上半身に男の人がまたがってきた。息が詰まりそうになる。
「腰も取らなきゃな」
(そんな、腰なんて)
 あたしは身をよじろうとしたけど、所詮無理なこと。
 急激に胴体を引っ張られて、腰が外されてしまった。
(あぁ……んッ)
 ――気持ち良くて声が出るほどの衝撃を加えられて、首をもがれた。

「くみたては……こうして、こうして」
 女の子があたしの身体をくっつけ直す。
 足は二つに折られて椅子の四本の足に、腕は半円に曲げて、気持ちの良い肘置きに。
 ――なんて生温かいんだろう。
 接合部分は熱を持っていて、接着剤のためにヌメついてしている。それが固まって、砂を愛撫するようにざらついた感触になるのもすぐのことだ。
 頭にはウサギの耳をくっつけられて、背もたれのてっぺんに飾りとして設置された。
「かわいいっ。これにして良かったあ」
 そんな声を聞いたら、あたしだって嬉しい。
「さあ、喜んでいないで、座って様子をみなさい」
「はあい」
 女の子のお尻があたしの太ももの上を覆った。
(ああ)
 これが椅子なんだ、とあたしは強く実感した。あたしは椅子なんだ。だから乗られる。
 子供らしくお尻は柔らかかったけど、尾てい骨が細く突き出ていて――あたしの太ももと擦り合っている。
(この感触は、あたしだけのものなんだ)
 そう思うと自信がみなぎってくるのだった。人間にはきっとわからない、あたしたち椅子の誇りというもの。
 あたしは最初よりも気を使って女の子に接することにした。つまり、背もたれはしっかりと彼女の姿勢を正しく保てるように、それでいて太ももは一段と柔らかく、リラックス出来るように受け止める――。
「気持ち良さそうだなあ」
 男の人の声がしたと思うと、あたしは頭からつま先まで撫で回された。手は軽く汗ばんでいて、あたしの肌を通してじんわりと汗が伝わってくる愛撫だった。それは椅子として――子供がお世話になる道具としての愛情の手段だったと思う。
 大丈夫です、とあたしは心の中で呟いた。
(この子には、ちゃんと良い気持ちで座ってもらえるようにしますから)

 あたしは学校で暮らすことになった。
 女の子だけでなく、クラスの男の子や先生も興味を示して、あたしを触ってくる。小さな掌があたしを求めて彷徨うのを何度も見た。
 ――ある夕暮れ時には、暗くなっていく教室の端で用務員の人に触られた。
「こんな椅子もあるんだなァ」
 という興味本位の触り方だったのが、あたしの腕や胸、背中や尻尾を撫で回すうちに、愛情の篭った細やかな撫で方に変わっていく。
 座りたいという願望をこの人は持ったらしい。その衝動を抑えるためか、あたしの太ももから膝までのあたりを幾分力強く撫でてくる。
 肌を通して伝わってくる相手の衝動の強さに、あたしは身を硬くしながらも残念に思った。
(あたしが子供用でなかったなら、きっと――)

 椅子はそこら中に生きているのだ。
 もし誰かが椅子に腰掛けて、その心地よさに満足したなら――それは椅子が、心地よい時間を人間に提供しようと、努力しているのかもしれない。誰かが満足するように、椅子も喜びで気持ちをいっぱいにして。
 ……今のあたしみたいに。



終。