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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夢の忠告



1.
「ここ最近、妙な夢を見るんです」
 まず、このひと言で草間がやる気を半ば以上失ったのがシュラインの目にはすぐわかった。
「夢でお悩みでしたら、ここへ来るのはいささかおかしいのではないですか?」
「それが、普通の夢なら良いんですが……」
 草間の苦情は聞き流し、男は夢の話を説明しだした。
 男の夢の中に、いつからかひとりの男の姿が現れるようになった。
 まったく見覚えのないその男は、じっとこちらを見ているのだという。
 そして、最後にこう口を開く。
『僕ならば、それはしないね』
 忠告とも取れるその言葉を聞くと同時に目が覚め、それが連日繰り返される。
「しない、と言われているということは、これから何か行なう予定でもあるんですか?」
 草間の問いに、依頼人は口ごもったままちゃんと答えようとしない。
 そういう忠告を受けるようなものをすることに心当たりがないのか、それとも言えないようなことなのか。
 埒が明かないと草間は溜め息をつきながらもうひとつ依頼人に尋ねた。
「夢の中に出てくる男ですが、特徴は何か?」
 その問いに、はぁと曖昧な返事をしてから説明した。
「黒尽くめの服を着ている男です」
 それだけでは何の手がかりにもならないと草間は匙を投げたい気分だったが、シュラインの脳裏にはひとりの男が浮かんだ。
「その男性ですけれど、もっと具体的な特徴はなかったでしょうか。背格好とか……表情とか」
 容姿に関しては先に言ったこと以上のものはなかったようだが、シュラインが後に続けた言葉を聞いた途端、何かを思い出したような顔になった。
「そういえば最後の言葉を言うとき、いつも笑ってるんです。それも、なんだかこちらを馬鹿にしているようなあまり気分の良くないものを」
 それで、確信した。
「心当たりでもあるのか?」
 その様子に気付いたのだろう草間にそう尋ねられて、シュラインは「えぇ」と答えた。
「最近知り合った中にとてもその特徴に合う人がいるの。おもしろい人よ」
「……ということは、妙な奴ってことだな」
 断定するような草間の言葉にシュラインはくすりと笑ってから、いま浮かんだ心当たりの男を思い出していた。
 その男の名前は、黒川夢人といった。
 草間に言わせれば妙な、シュラインから見れば少々ユニークな男だ。
 本人だという確証はないが、黒尽くめで人を食ったような笑みを浮かべていたあの姿が依頼人の話を聞いた瞬間脳裏に浮かんで離れなくなった。
 こういうときの自分の勘というものにシュラインは自信を持っており、まず外れない。
 けれど、とシュラインは首を捻る。
 あの黒川という男は、他人にそのような忠告を再三に渡ってするようなものには思えなかった。
 好意からとは考えられないのなら、何か裏があるはずだ。
「忠告されるようなことには、本当に心当たりがないんですか?」
 念を押すように問うても、依頼人は気のない返事をするだけだ。
「お話はわかりました。それで、あなたの依頼内容はなんなのでしょう」
 シュラインの言葉に、依頼人は怪訝そうな顔になってこちらを見返してくる。
「夢に男が現れて、何事かを忠告してくる。それはわかりました。けれど、肝心の依頼内容はまだ伺っていませんよ? 男の正体が知りたいのか、夢にこれ以上出てくるのを止めさせたいのか、それとも……御自身がこれから行うことのどれに対してその忠告がなされているのか、でしょうか」
「あの男が出てこなくなれば良いんです。正体もわかればそれに越したことはないですが、これ以上あの夢を見続けるのはどうも気分が良くなくて」
 どうやら依頼人の黒川に対する心象はかなりよろしくないもので、そして忠告されていることに関して草間たちに調べて欲しくはないようだとふたりは判断した。
 心当たりはないと言ったが、何か探られると困る事情は持っているのかもしれない。
 しかし、それが今回の件とは無関係である可能性も高いので迂闊には口にできないといったところか。
「まぁ、出現を止めるには男の正体を掴む必要はありそうだな」
 そう言いながら、草間はシュラインのほうを見た。
「で、その男に心当たりがあると」
「そういうこと。というわけで、武彦さんは依頼人さんとここで待っててね」
 にっこりと微笑んで出かける準備をてきぱきと始めたシュラインに慌てて草間が「おいおい」と声をかけてきたが、それは適当に流し依頼人には聞こえないように耳打ちした。
「あの人は身辺を探られるのを歓迎していないみたいだけど、情報は多くあったほうが良いでしょ? 心当たりのほうにも聞いてみるけれど、あちらもそんなに期待できそうにないから、武彦さんがその辺りを頑張って聞いてみてちょうだい」
 お願いねと手を振りながらシュラインが興信所を出たとき、閉じる扉の隙間から途方に暮れている草間の顔が見えた気がした。


2.
 本人に当たるといっても、シュラインは黒川の居場所を知らない。
 そもそも、出会ったのは一度きり。その店に訪れたのも偶然だったのだ。もっとも、本当にそれが『偶然』だったのかということを疑えばきりのない話だが。
 確実に会う方法は知らないが、その検討はついていた。
 あのときに初めて知った店。そこに辿り着くことができれば黒川もいるのだろう。
 店自体も黒川同様に奇妙な存在だったが、そこに用がない者の前にはどうやらその姿を現さないのだということだけはわかっていた。
 それは、黒川という男にも同じことがいえる。
 つまり、シュラインの勘が正しく、その夢に現れている男が黒川であり、かつこの事件にシュラインが関わることを黒川が望んでいるのなら、あの男には必ず出会える仕組みになっているはずだ。
(そうじゃないと、お店の意味がないものね)
 そう独りごちてシュラインが向かったのは、先日その店と出会った繁華街だ。
 まだ店を開けるには早い時間だったが、ちらほらと人の姿はある。
 どのくらい歩いていたか、何処を通ってきたのかも次第に怪しくなってきたとき、シュラインの足がやっと止まった。
「……随分、もったいぶってくれたわね」
 小さく息を吐いてから、シュラインは『黒猫亭』と流暢な文字で書かれた看板を見て扉を開いた。
「──おや、キミが来たか」
 扉を開いた途端、そんな何処かからかうような声がシュラインに向かってかけられた。
 そちらに視線を向ければ、探していた当人である黒川がカウンタの隅の席に腰かけ、にやにやと馬鹿にしたような笑みを浮かべて挨拶代わりにグラスを掲げてみせた。
「あなたに会えたということは、正解の道を辿っているっていうことなのかしら?」
 シュラインの問いにも、相手は意地悪く笑っているだけだった。

「折角来たんだ。飲まないかい?」
「残念だけど、今回は仕事なの」
 素っ気なくそう返すと、黒川は大袈裟に肩を竦めてみせた。
「それは残念」
「とぼけるのは止めにしない?」
 カウンタ席に腰かけ、シュラインは黒川のほうを見た。
「私がこうやってお店に辿り着けてあなたに会えたということは、少なくとも私はあなたに会う必要があったということよね? そして、私がいまあなたに会う必要があるとしたら、それはいま持ち込まれた依頼にあなたが関与している」
 何かの数式を解くようにシュラインはそう述べてから一旦言葉を切り、再び口を開いた。
「興信所にやって来ている人の夢に現れるという男は、あなたね?」
 返ってきたのはぱちぱちというわざとらしい拍手、そして相変わらずの笑み。
「正解だ」


3.
「依頼人の夢に現れていたのはあなたの意思でと考えて良いみたいね」
 黒川の態度にシュラインがそう聞くと、黒川はくつりと笑ってから口を開いた。
「僕は夢渡りでね。人の夢を渡り歩くのが趣味なんだ。もっとも、これは自称で悲しいかな知人には覗きとしか認識されていないし、やっていることは大差ないので別段否定もしない」
 いつの間にか現れた新しいグラスに口を付けながら、黒川はくつくつと笑いながらそう言った。
「普段は隠れて拝見しているけれど、今回のように顔を出すこともたまにはある」
「あなたの趣味に関して口を挟む気はないんだけど、何が目的であの依頼人の夢に現れるようになったの?」
 長々と趣味の話をされても得るところはないと判断してシュラインがそう尋ねると、黒川はやれやれと肩を竦めた。
「キミたちのところにやって来た男は、どう依頼したかな?」
「あなたが出てくるのを止めてくれとしか言われてないわ」
「つまり、僕が何を見て親切な忠告をしていたかには触れないでくれということだね?」
 わざとらしく親切という単語を強調してみせた黒川に、シュラインは呆れたような目を向けた。
「あなたが親切で人に忠告するタイプだとは、失礼だけどまったく思えないんだけど」
「友人にはするさ」
「でも、今回は違うわよね。別の目的がある」
 もったいぶった言い方ややり取りが好きなようだが、依頼人を置いてきてある状態ではそれに付き合っている時間はあまりない。
 シュラインの口調でそれに気付いたのか、また肩を竦めてからにやりと笑った。おそらく依頼人が毎夜見せられていたのもこれだろう。確かに、この笑みが毎晩現れてはあまり気分が良いものではないかもしれない。
「だから、キミたちのところに来た」
 まるで心の中を読んだように黒川はそう口を開いた。
「そして、キミたちは彼が何事かを行う予定だと知った」
 そこまで聞いて、シュラインは軽く黒川を睨みつけた。
「つまり、目的は行動の制止じゃなくて私たちがそれを知ること?」
 非常に好意的に考えれば黒川の目的はそういうことのようだが、シュラインにはとてもそうは思えない。
 要は、見てこいというわけだ。彼が何を行い結果どうなるのかを。
「彼が私たちに依頼したのは、妙な男が夢に二度と現れないようになることなの。私たちが彼の行動を探るのはできればやめてほしいようなんだけど?」
「しかし、その妙な男はキミたちが条件を飲まなければ現れるのを止める気はないと言ったら?」
 心底意地悪く黒川は笑った。
「知ってる? そういうのは脅しと普通なら言われるのよ?」
「脅しているつもりはなかったんだけどね」
 ひょいと肩を竦めてみた仕草にも反省の色などひとつも見えなかった。
「人の生死が関わっていることとか、余程の事情がなければ興信所の今後を考えると難しいわね」
「成程、それは一理ある」
 くつりと黒川は笑った。
「ではもうひとつ、情報を提供しようか。僕は夢渡りだと言ったね。人の夢を渡り歩くのを趣味としている」
 さて、と黒川は試すようにシュラインのほうを見た。
「僕が今回の件で夢に姿を現していたのは、キミたちのところへやって来た彼ひとりにだけかな?」
「え?」
 予想していない言葉に一瞬シュラインは呆気に取られ、その反応に黒川はまたくつりと笑った。
「もしかすると、その妙な男は彼の近くにいる別の人物の夢にも現れているのかもしれない。そして、その人物にはこう言っているのかも知れない。『彼が近々キミにとってとても重要なことを行う。彼から目を離さないほうが良い』とね」
 どうする? そう尋ねてきた目は意地の悪い光で満ちていた。
「このお店は携帯が使えるのかしら?」
「そういうものは使えないんだ。外と連絡を取りたいのなら店から出ないといけないね」
 つまり、草間にいま言ったことを伝え今後の行動を確認するのなら店を後にしなければいけないらしい。同時にそれは、黒川を逃がすということだ。
「もうひとつ良い?」
「なんだい?」
 諦めて店を出ようと扉に向かったとき、シュラインは黒川に向かって聞きそびれていたことを尋ねた。
「先日のワインはいつ頃飲めるようになるの?」
 その言葉に、黒川は愉快そうに笑った。
「仕事ではないときに来てくれればそろそろ飲めるんじゃないかな。急ぐのなら1本だけ特別にそちらへ送ってもらおう。キミには手伝ってもらったのだからね」
「お願いね」
 そう言い、シュラインは店を出ると草間へと連絡をつけた。
「武彦さん、依頼に関してなんだけど夢の男はもう現れないわ。信用はできないけれど多分大丈夫。説明が必要ならするけど、多分彼はそれを聞く気はないんじゃないかしら。それと、これは依頼に関係あるんだけど、最近彼の友人や恋人で不自然な行動が見えるような人に心当たりがないかそれとなく聞いてみてちょうだい。そう、彼が夢を見始めたのと同じ時期に」
 詳しい説明を求める草間にそれだけ伝え、事務所に向かった。


4.
「まったく、なんで俺たちがそんな奴に利用されないといけないんだ」
 非常に不機嫌そうに草間は声を潜めたまま隣にいるシュラインにそう言い、シュラインもそれに小さく頷いた。
「ただの酔狂に付き合うのは私も気が進まないけれど、あの言い方だと放っておけば悲劇が起こるとでも言いたげだったもの。わかっていてそれを見過ごすわけにはいかないわ」
 そう言いながらふたりが見張っているのは依頼人の中庭だった。
 依頼が解決したと告げたその日は本当にもう現れないのか疑わしそうな目をしていたが、次の日には礼を言いに来たところを見ると黒川は約束を守ったようだ。
 それを確認してから、草間とシュラインは今後の行動について相談をした。
「……つまり、こういうことか? 依頼人の近辺を見張って不審な動きがあったら見届けろと、そいつは言ったわけだな?」
 草間は当初まったく乗り気ではなかったが、それも当然だろう。
 しかし、何か起こった後では遅いということはわかっているので渋々ながら依頼人の行動をそれとなく監視することになった。
 それが数日前だ。
 いま、依頼人だった男は中庭の目立たないところに生えている木の根元を掘り起こしている。
 どうやら木の植え替えを行うつもりのようだが、それにしては時刻が深夜というのは些か不自然だ。
 ざく、ざくと地面を掘る音が聞こえる。他の音は聞こえない。
 しばらくその音が続き、太い溜め息と同時に音が止んだ。
 随分と長い間掘っていたようだが、一段落ついたということだろうか。
 シュラインたちの角度からでは穴の底に何があるのかはわからない。見えるのは深い穴だけだ。
「……さて」
 男がまた何か作業を開始しようとしたとき、気配がした。
 中庭に、誰かがやってきたのだと察したシュラインはそちらに目を向けるが、男の反応はもっと顕著だった。
「お前、なんでここに……」
「貴方こそ、なんでこんな時間に……」
 そう言って現れたのは女だった。草間が調べたところによると男の恋人らしい。
「業者が来るのは明日でしょ? どうしていま、貴方がそんなことしてるの?」
「いや、それは……」
 言い繕おうとしている男を無視して女は中庭のほうへとやって来た。
「見せて」
「やめろ!」
 穴の奥を覗こうとした女を男が慌てて止め、そのまま揉み合いが始まった。
「武彦さん」
 そう隣に声をかけてシュラインは中庭へと入ると女のほうを庇い、ほぼ同時に草間が男の動きを制していた。
「……確かに、これはしないほうが良かったようね」
 動揺している女を宥めながら穴の奥から覗いているものを見て、シュラインはそう呟いた。
 まだ全ては出ていないが、そこには白骨化したひと目で人とわかるものが埋められていた。
「庭木の植え替えを提案したのは彼女からだったそうですね。あなたは最初それに難色を示していたけれど止める口実が見つからないまま話が進んでしまった」
 だから、男は業者が来る前にいま見えているこれを別の場所へ移す必要があった。女が自分の行動を監視しているとも気付かずに。
「通報した方が良さそうね」
「あぁ、頼んだ」
 放心している男を押さえつけたまま草間がそう言い、シュラインは携帯で警察へと通報した。その足元にはやはり放心している女が、ぽつりと呟いた言葉をシュラインの耳は聞き逃さなかった。
「……こんなことを知るなら、夢のことなんて気にしなければ良かった」
 その言葉に、ふとシュラインの脳裏にある疑問が浮かんだ。
 もしかして、黒川が夢に現れた順序は彼女のほうが先だったのではないだろうか。
 彼女へ植え替えを勧めたのも黒川自身だったのではないだろうか。
「──考えすぎかしら」
 そう呟いたシュラインの耳に、サイレンの音が近付いてくるのが聞こえた。

 草間興信所に1本のワインボトルが匿名で送られてきたのは数日後だった。
 シュライン宛のそのワインには、小さく『ささやかな礼』とだけ書かれたカードが添えられてあった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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シュライン・エマ様

いつも誠にありがとうございます。
黒川が忠告という行動を取ること自体に疑問を抱かれたので、非常に氏らしくなるような理由をつけてみましたが如何でしたでしょうか。
事件の真相、結末等好きに弄ってくれというお言葉に甘えて毎回かなり自由に考えさせていただいておりますがお気に召していただければ幸いです。
以前の依頼でのワインの飲める時期を気にしていただいておりましたので、1本興信所へと送らせていただきました。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝