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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


クライア・パニック!


「草間サン、ちょっと頼みがあるんですけど?」
「断る」
 はっきりきっぱり。一瞬の躊躇も無く草間興信所所長・草間武彦は即答した。
「まだ内容も言ってないんですけどねェ」
「聞かなくてもお前の頼み事が碌なものじゃないってことくらいわかるッ! とにかく断る、他当たれ他」
「酷いですねェ、俺と草間サンの仲じゃないですか」
「どんな仲だ!」
 冷たいなァと嘆息するのは自称何でも屋・吉良ハヅキ。顔立ち以外まったく日本人に見えやしない生粋の日本人だ。
「今回はちゃんと依頼料も用意しましたよ? 正規の依頼として扱って構いませんって」
「……それが普通なんだそれが」
「だから受けてくれますよね? ……零サンに聞きましたよ、今赤字だそうで」
「うっ……」
「弾みますよ、報酬。そんなに難しい依頼じゃないですし?」
「うぅ……!」
「諸費用から調査員使った場合のギャラも全額こっち持ちでいいですから」
「…………………わかった! さっさと依頼内容を話せ!」
「ありがとうございます草間サン。…ちょっと預かってほしいのがいましてねェ」
 結局押し切られる草間だった。

  ◆

「子守りの依頼?」
 草間から吉良の依頼内容を聞いたシュライン・エマは不思議そうにそう言った。
「吉良さん、いつの間にお子さんが…?」
「…いや、そうじゃない」
 ぐったりとソファに身体を預けている草間が力なくそれを否定する。そんな兄の様子に苦笑しながら零が補足する。
「なんでも『狭間』に迷子が現れたそうです。元の場所に還そうにも吉良さんにくっついて離れないらしくて。その状態じゃ世界の特定もできないからって兄さんに依頼しに来たらしいですよ」
 笑う零。確かここは託児所でも保育園でも何でも屋でもなく、一応興信所のはずなのだが。
 そんなことは今更なのでつっこむことなく、シュラインは問う。
「それで、いつその迷子を連れてくるの?」
「すぐ来るって言ってましたから、そろそろだと思うんですけど…」
 そう零が言うと同時、興信所のドアが開かれた。件の吉良本人が姿を見せる。大抵は興信所内に空間をつなげて現れるのだが、今日はドアからご登場な気分らしい。
「こんにちは。…おや、シュラインさんじゃないですか。調査は終わったんですか?」
 吉良が依頼に来たときにシュラインは別件の調査で不在だった。それ故の問いである。
 シュラインはにこりと笑み、吉良を見る。
「こんにちは吉良さん。子守りの依頼だそうだけど?」
「あァ…聞きましたか。いやァ、頼めそうなのが草間サンのとこくらいでしてねェ。明に任せてもよかったんですけど、たぶん子守りなんてできやしないでしょうし」
「怪奇以外の依頼は久々だけど…ここ、一応興信所だから」
「わかってますって。…まァとりあえず子守り頼みます。元のとこに還してやらないといけないですしねェ」
 そう言った吉良が背に手を回す。件の迷子は背中にくっついていたらしい。
「…………えーと」
 吉良の掌に乗っていたのはなにやらふわふわした水色のかたまりだった。思わずシュラインは目を泳がせる。
「この子が『預かってほしいの』…なのかしら?」
 もぞもぞと吉良の掌で動くそれを見つつ、シュラインは問うた。
「ご名答。こいつがハタ迷惑な迷子です」
 それは鳥の雛に似ていた。ひよこを空色に染めたらこんな感じだろうか。 
「それと、これも」
 衣服のポケットから折りたたまれた紙片を取り出し、草間に渡す吉良。
「こいつ――とりあえず便宜上『クライア』って呼んでるんですが――についてわかってることを書いておいたんで、多少は役に立つかと。それじゃ、お願いしますね」
 にっこりと、輝かんばかりに胡散臭い笑顔を浮かべて、吉良は迷子をシュラインに手渡した。
 瞬間。
「ぴっ!? ぴー! ぴぴぴーっ!」
 水色の生物――吉良が呼ぶところの『クライア』――が大音量で泣き出した。
 ばたばた、ばたばたとまるで駄々っ子のようにシュラインの手の上で暴れている。ただしもともとのサイズが小さいのとふわふわしているのとで大して被害は無いが。
「え? ちょっと、吉良さん!?」
 驚きに呼びかければ、吉良は空間の切れ目に身を滑らせるところだった。
「今日中には片が付くと思うんで、よろしく」
 そう言って、興信所から姿を消してしまう。
 残されたのはシュラインたち3人と、尚も泣き続けている『クライア』のみ。
「……とりあえず、どうにかして泣き止ませないと」
 興信所内に響き渡る大音量の泣き声。そのうち誰かがやかましいと怒鳴り込んできそうだ。
「武彦さん、その紙に何か書いてない? 泣き止ませる方法とか…」
 情報があるならそれに頼らない手は無い。
 響く泣き声に顔をしかめながら渡された紙片を開いた草間は、次の瞬間ものすごく微妙な顔になった。
「? どうしたの、武彦さん」
 首を傾げるシュラインに、草間は無言で紙を手渡す。
 そこに書かれていたのは――。

『迷子についてわかっていること

 ●狭間の気配から離れると泣き出す。
 ●何でも食べる。身体の体積以上の量を食べたことあり。食べ物じゃなくても口に入れるので要注意。
 ●人化する。きっかけは不明。外見年齢は不規則。
 ●名前不明。
  ※とりあえず『クライア』で反応する様にしといたんで。よく泣くから「crier→クライア」。』

 役に立つんだか立たないんだか微妙な内容だった。名前の由来などどうでもいい。
 相変わらずクライアは泣き続けている。
「狭間の気配から離れると泣き出す……だから吉良さんにくっついてたのね。安心するのかしら?」
 泣き声の発生源に最も近いシュラインだが、草間のように顔をしかめることもなくのんびりと言う。
 そしてまじまじと手の上のクライアを見つめ、ぽふぽふと感触を確かめる。
「おぉ…ふかふかー」
 頬が緩んでいる。幸せそうだ。至福の時と言わんばかりの表情だ。
「ふふ、可愛いわね」
 現在進行形で騒音を撒き散らしているそれを、可愛いと言えるのか……草間には少々疑問だったが、賢明にも無言を貫いた。
 シュラインが撫で続けていると、少しだけ泣き声が弱まった。とは言え相変わらずうるさいことはうるさいのだが。
「あら、効果ありね」
 もしかしたら普通の子供に接するような形でいいのだろうか。
 ならば、と。
 小さく口ずさむ――…子守唄。
 オーソドックスな「江戸子守唄」から、シューベルト、モーツァルト、ブラームス。
 ショパンにマザーグース……次々と音を紡ぎ、奏でられる歌。
 だんだんと小さくなっていく泣き声。
 有名なものを一通り歌い終えれば、クライアは泣き止んだ。
「ぴぃ」
 手の上にちょこんと座り、じっとシュラインを見上げてくる。
(か、可愛い……)
 つぶらな瞳がなんともいえない愛らしさだ。
 うっかり理性とか理性とか主に理性とかがとびそうになってしまった。
「泣き止んだわね。じゃあお腹すいてるだろうし、なにか……」
 食べさせましょう、と零に言い終える前に、ぽん、と軽い音がした。手のひらの僅かな重みが消失したのを感じて、シュラインは零から視線を戻す。
 そこには。
「ぼく、みるく」
 空色の髪と瞳の、子供が立っていた。

  ◆

「…人化したな」
「そうね」
 んくんくと危なっかしくマグカップからミルクを飲んでいるクライアを眺める二人。
 なんだか子供を見守る夫婦のようだ、と零が思ったのは至極当然のことだった。なんかこう、和む空気だ。
 ごと、とテーブルにマグカップを置いたクライアが、とてとてとシュラインの傍に寄る。
「おうた」
 くいくいとシュラインの袖を引っ張る。
「おうた、うたって。さっきの」
 ことり、と首を傾げて言うクライア。人化する前に負けず劣らずの愛らしさであった。
 くすりと笑みを漏らし、シュラインはクライアと目線を合わせる。
「それじゃあ一緒に歌おうか。…口の周りを拭いてからね」
 クライアの口の上に、可愛らしい白のヒゲができていた。


 先ほど歌った歌をもう一度聞かせ、好きな曲を選ばせる。
 それを一通り練習して、しばしの休憩。
 おもむろに、ソファでタバコを吸っている草間に近づくクライア。
 どうしたのかと見ていれば、よじよじと草間の膝に登った。
 そしてじぃっと草間を見つめ、何か言おうと口を開いて――…むせた。
「けほっ! けほ、けほん」
 どうやら煙草の煙を吸い込んだらしい。
 どうすればいいのかわからずに硬直してしまっている草間に代わって、シュラインはクライアの背を優しく撫でる。
 しばらく咳き込んで、やっとそれが治まったクライアは、再び草間を見上げた。
 咳き込んだせいで少々潤んだその目に見つめられ、草間は居心地が悪いことこの上ない。
「……だっこ」
 今度はむせずに言葉を発する。
「あら、だっこして欲しかったの? ……そうね、武彦さんなら高い高いとかもできそうだし」
 にこやかに言うシュライン。
「いや、俺は……」
 子供を抱いた経験など無い草間はどうにか辞退しようと口を開くが――。
「だっこぉ……」
 泣きそうに自分を見つめるクライアの瞳の威力に、負けたのだった。

「まぁ予行練習だと思って」
「よこ……ッ!?」
「ほら武彦さん、煙草はちゃんと置いてね」
「だから予行練習ってのはッ…! ――…いや、いい。なんでもない」
 僅かに頬を赤らませたまま、吸っていた煙草を灰皿に置き、恐る恐るといった体でクライアを抱き上げる草間。……もっとも、本人は普通にしているつもりなのかもしれないが。
 高くなった視界に一瞬目を丸くしたクライアだったが、すぐにきゃっきゃと笑い出す。
 少々戸惑い気味に――しかしどことなく愛おしそうにクライアを見ている草間と、その横で穏やかに微笑むシュライン。
 その図はまるで本当の家族のようで……休憩用にお菓子を用意していた零は、思わず頬を緩めるのだった。

◆ ◇ ◆

「いやァありがとうございました。おかげで無事こいつの還し方もわかりましてねェ。感謝感謝」
 夕刻。突然興信所に現れた吉良はにこやかにそう言った。
 いつもの事ながら胡散臭いというか誠意が感じられないというか。
「随分懐いたようで。まるでホントの家族みたいですねェ」
 ソファの真ん中。草間とシュラインに挟まれた位置で満面の笑みを浮かべているクライアを見て、吉良は呟くのだった。
「じゃ、とりあえず連れて行きますんで」
 こいこい、と手招きする吉良。クライアはてててっと走り寄り……途中で止まる。
「かえる?」
 問う。吉良が頷く。
 瞬間。
「う……うぅ〜…っ」
 泣き出した。懸命に堪えようとしているようだが、効果は無く。
 ぼろぼろとこぼれて頬を伝う雫が、ぱたぱたと床に落ちてはじける。
「…泣かないの」
 クライアの正面に膝立ちになり、ぎゅっと抱きしめるシュライン。柔らかい、濡れた頬に頬擦りして。
「ほら、歌おう。ね?」
 問えば、こくりと頷くクライア。
 一緒に練習した子守唄を、歌う。
 最初は混じっていた嗚咽もいつしか消えて。
 ユニゾンの歌声が響く。
 そして――…歌が終わる。
 シュラインがクライアに笑顔を向けて、言う。
「また会えるよね」
 それは些か、自分の願望も含まれていたのだけれど。
 それを聞いて花が咲くように笑ったクライアが、シュラインの首にぎゅっと抱きついた。
「また、ね」
 そう言って、今度こそ吉良の元へと辿り着いた。
「いい子だなァ」
 がしがしとクライアの頭を撫でて、吉良は笑う。
「また、連れてきますよ。……こいつも会いたいでしょうからねェ」
 では、と空間の裂け目に身を滑らせて、吉良とクライアは姿を消した。
 食器等を片付けに零が台所に消えたところで、ぽつりとシュラインが呟く。
「………行っちゃったわね」
「そうだな」
「ちょっと……泣きそう、かも」
 苦笑するシュラインの目尻は、ほんのり赤い。
「どうせすぐ会える。……ほら」
 ぐい、とシュラインの頭を抱き寄せて、肩口に押し付ける草間。
「泣きたければ泣け」
「ふふ……、ありがとう」
 草間の不器用な気遣いに、シュラインは小さく笑った。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、シュライン様。ライターの遊月です。
 「クライア・パニック!」ご参加ありがとうございました。

 予想外に早くクライアが泣き止んだために、プレイングを反映できない部分が少々ありましたが…如何だったでしょうか。
 最後の方、ちょっとしんみりです。…そして草間氏が頑張ってます。かなり頑張ってます。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。ご縁がありましたらまたご参加ください。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。