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<東京怪談ノベル(シングル)>


V・I・P

 「エンプレス・アントーニア」
 それは全長三百メートルを超す、豪華客船。全世界を航行しているので、中にはレストランやプールだけではなく、教会や劇場まである、まさに「海に浮かぶ都市」だ。
 そこで行われているパーティー会場で、シュライン・エマは篁コーポレーションの社長である篁 雅輝(たかむら・まさき)にエスコートされながら、壁を背にしてシャンパンを飲んでいた。
「もう危険はないでしょうから、ゆっくりパーティーを楽しみましょう」
「ありがとう。頂くわね」
 シュラインがこのパーティーに来ているのは、雅輝から通訳を頼まれたと言う経緯もあるのだが、本当の理由は別にある。それは特異とも言える聴音の能力で、雅輝を狙っている相手の話を聞き取り、それをボイスコントロールで雅輝や秘書だけに伝える為だった。
 シュラインが大勢の中の会話から計画を聞き取り、雅輝への襲撃は未遂に終わったので、相手も一晩に二回襲っては来ないだろうと、二人で会場に戻ってきたのだ。
「それにしても、大きな船よね」
 今日のトラブルに関しては、あえて触れない方が良いだろう。後始末は雅輝が持っている『Nightingale』という組織がやるようであるし、ここでそんな事を聞いて、お互い気まずくなるのも失礼だ。
 シャンパングラスを持ちながらシュラインが聞くと、雅輝は少し目を細め小さく頷く。
「そうですね。世界中を航行しているというだけあって、多少の波ではびくともしませんし、カードがあれば大抵は事足ります。一日では全ての場所を見て回ることは難しいでしょうね」
 確かにここに来ている人たちは、皆それなりの地位等を持っていそうな人たちだ。目隠しをされていきなり連れてこられたとしても、ほとんど揺れを感じないので、ここが船だと気付くのに時間がかかるかも知れない。
 雅輝はシュラインに話しをしながら、持っていたシャンパングラスを自然にボーイが持っているトレイの上に置く。
「テーブル席で何か食べましょう。立ったままだと挨拶などで慌ただしいですが、座ってしまえば、長話はされませんから」
 その仕草を見ると、雅輝はやはりこういうパーティーには慣れているんだと、シュラインは思う。
 シュラインも時々出版社のパーティーなどに呼ばれることがあるのだが、立食形式だと空いたグラスをどこに下げるか困ったり、挨拶などでゆっくり何も食べたり出来ないことが多い。ちゃんと椅子が用意してあったりするこのパーティーは、やはり参加者も選ぶようだ。
「テーブル席が用意されてるのね。こういうのは初めてだわ」
「この船で世界中を旅行しながら休暇を取る人には、ご高齢の方も多いですから。それに今日は企業絡みというよりは、ご挨拶の部分も多いですし」
 テーブルの方へ近づくと、ボーイがスッと近づいて椅子を引いた。雅輝はそっと右手を出し、シュラインに先に座るようにと促す。
「何か食べたい物はありますか?」
「お任せするわ。あまりおなかはすいてないから……」
「じゃあ、料理を少しずつ持ってきてもらいましょう」
 ボーイに料理と、シャンパンの『ベル・エポック』を持ってくるよう指示する雅輝に、シュラインは膝にナプキンを置きながら、ついこんな事を聞いてしまう。
「こんな感じのパーティーは、よく出席されるのかしら」
 雅輝の兄のことはよく知っているのだが、雅輝本人のことはよく知らない。それに、ライターとしての好奇心もある。雅輝は少しだけくすっと笑うと、チラリと賑やかな会場の方を見た。
「企業関連のパーティーはしょっちゅうあるので、仕事だと思って行ってます。流石に今日ほど大規模なパーティーは滅多にありませんが」
「企業パーティーなんてのもあるのね」
「ええ。ショッピングモールのプレオープンや、企業向けの新規発表会を兼ねて……とかは、お互いの牽制もありますから、表向き笑っていても雰囲気は気まずいですよ。僕はそういうのは、かなりどうでもいい方なんですが」
 何となくそれは分かる。
 雅輝は相手が敵意を向けていても、それをさらりとかわしてしまうだろう。現にさっきまで命を狙われていたのに、そんな事などなかったかのように自然にシュラインに向き合っている。
 しばらくすると、ワインクーラーに入れられた『ベル・エポック』が運ばれてきた。
 ペリエ・ジュエ社で作られ、七年間熟成されたロゼシャンパーニュ。エミール・ガレがデザインした、花の描かれたボトルも美しい。
「改めて乾杯しましょう。無事にパーティーを過ごせたことを」
「そうね。安全に済んだことを」
 グラスを少しだけ合わせ、一口飲むと、リンゴのようなみずみずしい甘さが口の中に広がった。少しずつ色々な料理が乗せられた皿も、テーブルの上に置かれる。
「この船の見所とかってあるのかしら」
 フォアグラのテリーヌをナイフで切りながら、つい口から出た言葉に、シュラインは少しだけ反省した。旅行や休暇で来ているのならともかく、雅輝は仕事の一貫で来ているのだ。
 だがそんな事を気にしないように、雅輝は鴨肉を口に入れた後でフォークを置いた。
「『エンプレス・アントーニア』の教会に使われているステンドグラスは、ベネツィアで作られたものだそうです。今は夜ですから見ても面白くありませんが、日の光の下では荘厳な雰囲気ですよ。あと、先日は航行中に『ニーベルングの指環』の公演があったそうです」
 『ニーベルングの指環』はワーグナーの作ったオペラで、除夜から第三夜まで四日連続で行われる壮大な叙事詩だ。あまりに長く壮大なので演じる役者だけでなく、観客も疲れないように、時間を取って演じられるとシュラインは聞いたことがある。
「そんなのもやってるのね」
「長い航行中は退屈ですから、イベントがないと乗客も飽きるんです。刺激を求めてカジノなどに行かれる方も多いようですし」
 他にも病院の設備が充実していたり、ネット環境なども整っているらしい。
 まあ豪華客船などは、こうやってちょっとパーティーで入ってみたりするぐらいが、丁度いいのかも知れない。多分シュラインがここに乗って旅行する権利を得たとしても、最初は物珍しさで楽しいだろうが、そのうち安全な日常に飽きてしまいそうだ。
 そんな事を話しながら食事をするうちに、シュラインは雅輝と話してみたいことがあったのを思い出した。
「そういえば、篁さんに聞いてみたいことがあったの」
「何でしょう?」
「連鶴がお好きだって聞いたから、その辺の話をしてみたいなって。私もよく折り紙とかやるんだけど……」
 ふっと雅輝が嬉しそうに頬笑んだ。
「ええ。趣味らしい趣味が『連鶴折り』だけなんです。他の折り紙は詳しくありませんが、連鶴だけは学生の頃からやっているんです」
 本当はここに折り紙があれば、何か折ってもらう所なのだが。
 だがその質問を待っていたかのように、雅輝はポケットから青い和紙で小さく折りたたまれた鶴をシュラインに差し出した。
「五羽の鶴が羽を共有している『芙蓉(ふよう)』です。芙蓉とは、蓮の花の名でもありますが、富士山のことも指しているらしいです」
 確かに全てを広げると、横並びの五羽の鶴が蓮の花のようでもあり富士山のようでもある。それに感心しながらシュラインは鶴を手に乗せ少し頬笑んだ。
「もしかして、いつも持ち歩いてらっしゃるの?」
「今日は海外の方と話すことが多いので、いくつか折った物を持ってきていたんです。和紙で折った連鶴は、皆さん喜ばれますから。普段は流石に持ってないです」
 下手な物を持っていくぐらいなら、自分で折った連鶴を渡した方が話のきっかけにもなる。パーティーでなければ、あらかじめ切り目を入れた紙を持って行き、直接目の前で折ってみせる事もあるらしい。シュラインも折り紙をやっているので、それは分かる。
 白いクロスの上に青い鶴の花。
 雅輝はそれを見ながら、何処か遠い目をしてシャンパンを飲む。
「他の折り紙はやらないのかしら」
 シュラインがそう聞くと、雅輝は視線をスッと上げる。
「そうですね……連鶴や変わり鶴は折るんですが、他の折り紙をやることはないです」
「鶴がお好きなのね」
「いえ。僕が母に教わったのが、人の上に立つ為の帝王学とこれしかないからなんです。なので、趣味とは言いましたが、もしかしたら既に手癖なのかも知れませんね」
 悪いことを聞いてしまったとシュラインが思うよりも先に、雅輝は頬笑んで自分の母親のことを話し始めた。
 雅輝が生まれたとき、九歳上の兄は既に海外に留学していた。雅輝の母は、篁の会社を外から来た父に取られないよう、雅輝が子供の頃から会社の経営に必要な学問を中心に学ばせていたらしい。雅輝の父は母が亡くなったあと、旅行に行った先で行方不明になったままだという。
「何だか複雑な事情なのね」
 こういうとき、下手な同情はしない方が良いだろう。雅輝はそれを望んでいないだろうし、いくらでもシュラインに対してごまかしは出来たのだ。
「代々伝わる家なので、面倒事が多いんです。でも母には感謝してますよ。僕に帝王学や経済学を学ばせてくれなければ、社長の椅子には座れなかったと思いますから。それに、賑やかな兄がいますから、寂しいと思ったことはないです」
 雅輝の兄のことは、シュラインもよく知っていた。彼がいるなら退屈はしないし、寂しいと思う暇がないだろう。
 だが、雅輝はくすっと笑うとシャンパンを飲み、こう言った。
「でも母のことを好きか嫌いかと問われれば、嫌いでしょうね。感謝と感情は別ですから」
 その言い方に、シュラインは一瞬目を丸くして思わず笑う。
「やっぱりご兄弟ね。そういうはっきりとした物言いは、ドクターによく似ているわ」
 見た目、雅輝は兄と似ている所があまりない。
 雅輝の兄はどちらかというと子供っぽく話すし、本当の歳よりもかなり若く見える。雅輝と一緒に並んで立っていたら、どちらが兄か分からないぐらいだ。私服に関してシュラインは、兄の方しか見たことはないが、少なくとも雅輝はゴシックなスーツを着たり、マントで出歩いたりはしないだろう。
 でも、今の話し方。
 自分の身内でも好きか嫌いかをはっきり言い、あまり隠さず話す所。言い方に違いはあれど、そういう根本的なところはよく似ていて、やっぱり二人は兄弟なんだなとシュラインは思う。
 すると雅輝は嬉しそうに目を細めた。
「そう言われるのは珍しいですが、嬉しいです。これでも兄のことは好きですから……でも、本人の前で言うと図に乗るので、ここだけの話にしておいて下さい」
「そうするわ。好きだって聞いたら、きっと大はしゃぎしそうだものね」
 その様子がまざまざと目に浮かぶ。
 おそらく兄の方も、雅輝のことが好きなのだろう。そう思うと、雅輝は色々な人から大事に思われているような気がする。一見近づきがたいのに、すんなり人を受け入れたりする所なども兄にそっくりだ。
「最初『あんまり似てないかな』って思ってたけど、やっぱりご兄弟だわ。直球と搦め手とか、方法に違いはあるけれど、篁さん駄々こねて押し通すのお上手でしょう?」
「兄ほど直球とはいきませんが、頼み事は得意なんです」
 兄の方は、とにかく直球でだだをこねて相手が根負けするのを待つ。
 雅輝は、上手く誘導して相手がそれを受けざるを得ないようにする。
 それにシュラインは頷き、出されたムースをスプーンですくう。
「なんだか親しみを感じるわ。ドクターとはよく話したりするんだけど、篁さんと詳しくお話ししたのって今日が初めてだから……でも、多分ドクターも篁さんのこと好きよ」
 大事な人。たった一人の兄弟。
 雅輝は奔放な兄の手綱を上手く取るだろうし、兄は真面目すぎる弟の力を上手く抜く。お互いがお互いにとって、かけがえのない相手なのだろう。それが分かったことがシュラインは嬉しい。
 雅輝もスプーンを持ったまま、笑って溜息をつく。
「そうだと嬉しいんですが。いつも口うるさいとか言われてますけど」
「大丈夫よ。篁さんの言うことなら、絶対聞きそうだもの……でも、そんなに色々言ってるの?」
「目を光らせてないと、兄は時々とんでもないことをしますから」
「それもそうね」
 お互い同じようなものを思い出し、クスクスと楽しげに笑う。
 今日は仕事のはずだったのに、何だか楽しかった。少しヒヤッとすることはあったけれど、色々と雅輝のことを知ることも出来たし、パーティーの料理なども気兼ねなく楽しめた。
 それに礼を言うと、雅輝が立ち上がって手を差し出す。
「今日はお疲れ様でした。シュラインさんとお話しできて良かったです……これからも、兄がお世話になるでしょうが、よろしくお願いします。何かあったら遠慮なく連絡して下さい」
 シュラインは雅輝の手を取りすっと立ち上がった。
「こちらこそよろしくお願いします。今日は仕事を忘れて楽しませてもらっちゃったわ」
「エスコートが僕の役目ですから。きっとこの話を兄にすると、どうして呼ばなかったとか言われるでしょうね」
「ふふ、そうね。じゃあ、これも内緒にしておいた方が良いかしら」
「パーティーに関しては、何処かから情報が漏れるでしょうからそれはいいですよ。楽しかったって言っていただければ、後から兄が僕の所に来るでしょうから」
 そういうと雅輝は悪戯っぽく笑う。案外茶目っ気もあるようだ。そんなところも兄に似ている。
「そろそろ車を呼びましょう。興信所までお送りしますよ」
 それを聞き、シュラインはストールをかけ直す。そういえば、パーティー用に今着ている赤いドレスとアクセサリーを用意してもらったのだが、これはいつ返せばいいのだろう。
「篁さん、ドレスはどうしたらいいかしら?」
「ああ、そのまま持って帰って下さい。僕には必要ないですから」
「えっ?でも、アクセサリーも……」
 まさか、まるっと一式自分に渡すつもりなのだろうか。驚いたまま雅輝を見ると、やっぱり悪戯っぽく笑ったままだ。
「報酬の一部と言うことで。では、行きましょうか」
 やっぱり断れないようにするのは、そっくりだ。
 シュラインは青い鶴の花を手のひらに持ち、雅輝を見ながら溜息混じりに笑った。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
前回のゲームノベルで通訳の仕事をしていただいた後の話と言うことで、会場でシャンパンなどを飲みながら、連鶴の話や兄の話などをさせていただきました。
見た目は全く似てないのですが、実は細かいところが兄弟よく似ています。特に何かを断れないようにするところとか…。
少しだけ何故連鶴が趣味なのかとかの理由が出ています。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。