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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


クライア・パニック!


「草間サン、ちょっと頼みがあるんですけど?」
「断る」
 はっきりきっぱり。一瞬の躊躇も無く草間興信所所長・草間武彦は即答した。
「まだ内容も言ってないんですけどねェ」
「聞かなくてもお前の頼み事が碌なものじゃないってことくらいわかるッ!とにかく断る、他当たれ他」
「酷いですねェ、俺と草間サンの仲じゃないですか」
「どんな仲だ!」
 冷たいなァと嘆息するのは自称何でも屋・吉良ハヅキ。顔立ち以外まったく日本人に見えやしない生粋の日本人だ。
「今回はちゃんと依頼料も用意しましたよ?正規の依頼として扱って構いませんって」
「……それが普通なんだそれが」
「だから受けてくれますよね?……零サンに聞きましたよ、今赤字だそうで」
「うっ……」
「弾みますよ、報酬。そんなに難しい依頼じゃないですし?」
「うぅ……!」
「諸費用から調査員使った場合のギャラも全額こっち持ちでいいですから」
「…………………わかった!さっさと依頼内容を話せ!」
「ありがとうございます草間サン。…ちょっと預かってほしいのがいましてねェ」
 結局押し切られる草間だった。

  ◆

「それで、こんなことになってるわけか」
 呆れたように黒・冥月は言った。怜悧な印象の整った顔は、僅かに歪められている。
 いつもと変わらぬ興信所内。その中に響く声の出所は…。
「……そういうことだ。ってことで、こいつ――クライアって名前らしいんだが――何とかしてくれ」
 そう疲れた表情で言う草間武彦の頭上――そこに乗っている水色の生物だった。
 ぴぃぴぃと鳴く…いや、泣くそれは、ふわふわしていた。しかも小さかった。せいぜい冥月の拳程度の大きさだ。
 何歩か譲れば空色のひよこに見えなくもない。あくまで「見えなくもない」というレベルだが。
「吉良から離れるとこうやって泣き出すらしい。…くそ、最初に聞いてれば引き受けなかったってのに」
 恨めしげにぶつぶつ言っている草間に無言で近づく冥月。
 そのまま草間の頭上に手を伸ばし――。
「……阿呆が」
 呟きつつ、謎の生物をむんずと掴みあげる。ついでに空いた手で草間の額をべしりと一撃。
「赤字でも仕事選べ。そのくらいの頭はあると思ってたんだが?」
 ぐ、と押し黙る草間。
 「思った以上に馬鹿だったんだな」と言われたも同然だ。しかし反論できない。いくら赤字だったからとはいえ、謎の生物の子守りなどうっかり引き受けるものではない。
「経費は全部落ちるんだな? …よし、だったら今から銀座で豪遊するか」
 にやりと笑う冥月。草間は突然の発言に目を丸くしている。
「……それは子守りになるのか?」
「あ? 勉強だよ勉強。社会学習だって立派な子守りだろう?」
 当然のごとく言い放つ。堂々としたその態度は説得力抜群だった。……内容が銀座での豪遊でなければ。
 そんな冥月に草間は笑って言う。
「おぉ、男前だな!」
「誰が男だ」
 がすっ、と鈍い音を立てて、冥月の拳が草間の顔面にきまった。
 地に沈む草間。
 それを一瞥し、冥月は手の中の生物に視線を移す。
 ふわふわしている。軽い。毛玉なんじゃないかこれ、と思う。が、相変わらず泣き続けているし温かいので、ちゃんと生き物らしい。
 とりあえず銀座云々は冗談だったので、どうするか考える。こんなやかましい泣き声をあげられていては出かけるにも出かけられない。
 手持ち無沙汰なのでクライアを宙に投げては受け止める、を繰り返す。お手玉代わりだ。
 と、何度か放り投げたところでぽんっと軽い音がした。
 目線をあげれば落ちてくる幼児の姿が。
「は?」
 思わず間の抜けた声を上げる。
 半ば反射的に受け止め、見下ろして目に入るのは空色の髪。
「おい草間。人化するなんて聞いてないぞ」
「…言ってないからな」
 いつの間に復活したのか、ソファに座っていた草間が答える。
「そういうことは先に言え先に」
 言いながら、仕方なくあやすことにする。人化する前はともかく、人化した後の泣き声は無視できない。声量も上がっている。
「あー…よしよし。ほら、泣くな」
 紡がれる声は、常になく柔らかく、そして優しく。
 安定した状態で抱えられている子供が冥月に擦り寄る。心臓の音にか体温にか、安心したように泣き声が弱まっていく。
 意外なところで身に着けた特技が役立つものだな、と冥月は思う。
 自身が壊滅させた組織。そこには幼い子らも居た。
 それは組織の人間の子供だったり、暗殺者等の予備軍であったりしたが――それらの面倒を見ていたのだ。自然と子供への接し方も上手くなるというものだろう。
 完全に泣き止んだのを見て取って、身体から離し、目線が合うように持ち上げる。
 じぃっと見つめ返してくる子供――クライアに向けて、不敵に笑う。
「さぁ、遊ぶぞ」
 目を瞬かせたクライアが、瞬間――…花開くように笑った。

  ◆

 子供と言うのは大概激しい遊びを好むものだ、と冥月は認識している。自分のエネルギーを全て発散しつくすような、そういう遊びを。
 そういうわけで、冥月は少々悩んでいた。なぜなら興信所内は決して広いともいえないし、それ以前に乱雑である。
 まぁ高い高いくらいは出来そうだが、走り回ったりなど身体を使った遊びは出来そうもない。
 さてどうやって遊んでやろうかと思案する冥月は、とりあえず高い高いをしてやりながら草間に言った。
「おい、暇そうだな。そんなに暇ならこいつに食べさせるものでも買って来い」
「何で俺が」
「当然だろう。…それともこいつの面倒を見るか? お前に出来るとは思わないが」
「………………わかった」
 冥月の言葉に、草間は渋々ながら買出しに出かけていったのだった。


「買ってきたぞ」
 言いながら草間が差し出したのはコンビニの袋だった。中にはプリンやらヨーグルトやら、適当に幼児が好みそうなものが入っている。
「そうか」
 それだけ言って袋を受け取った冥月に、一瞬文句を言おうとした草間だったが、勢いよく冥月の足に抱きついたクライアに思わず言葉を飲み込んだ。
「……随分懐かれたもんだな」
「人徳だろう」
「…………」
「ほら、どれが食べたい」
 何か言いたげな草間は綺麗に無視して、冥月はクライアに袋の中身を覗かせる。
 ごそごそと中を探ったクライアが小さな手で取り出したのは、プリンだった。
「プリンか。自分で食べられるか?」
 問いに、ことりと首を傾げるクライア。少しして、ふるふると首を横に振った。
「これ、つかいかた、どう?」
 そういって指し示したのは一緒に入っていたプラスチックのスプーン。どうやらスプーンをものを食べるために使うとは分かったらしいが、その使い方までは分からなかったようだ。
「それはな、こうやって使うんだ」
 スプーンを包むビニールを破り、プリンの蓋を開け、掬う。
「口を開けろ」
 言われたとおりに開かれた口に、スプーンに乗ったプリンの欠片を流し込む。
 冷たい感触にか目を丸くしたクライアは、すぐに満面の笑みになった。プリンはお気に召したらしい。
 何口か食べさせたあと、クライアにスプーンを渡して自分で食べさせる。
 と、冥月の目の前に何かがずいっと差し出された。
「あーん」
「……くれるのか」
 スプーンの上でぷるぷると揺れているプリンを見つつそう問えば、クライアはこくりと頷いた。
「それなら、もらおうか」
 ぱくりと口に含めば、口内に甘い味が広がる。
 いつぶりに食べるだろうかなどと思いつつ軽く咀嚼して、飲み込む。その様をじぃっと見ていたクライアは、冥月が飲み込んだのを確認して、口を開く。
「おいし?」
 肯定の意で頷くと、クライアはにこぉっと嬉しそうに笑った。

  ◆

 プリンを食べ終えた後は、絵本を読むことにした。膝の上にクライアを乗せて、何故だか興信所内から見つかった童話の本を読み聞かせる。
「しらゆきひめ、いっしょ?」
 『白雪姫』の挿絵と冥月を交互に指すクライア。冥月はわけが分からず目を瞬かせた。
「いっしょ」
 いつの間にか断定になっている。脈絡のない言葉は子供によくあるが、一体何なのかと絵本を見てみる。
「……ああ、髪と肌の色か」
 黒い髪と瞳、雪のように白い肌。言われてみればわからないでもない。
「ん」
 そのとおりだとでも言うように、クライアが頷く。
「お姫様か。……私はそんな柄ではないな」
 苦笑して、再び本の続きを読み始めた。


「……そうして2人は幸せに暮らしました」
 最後の一文を読み終えると、途中からうとうとし始めていたクライアは冥月に身体を預けて寝入ってしまった。
 声にならない笑いを漏らし、クライアを見る。冥月はいつになく穏やかな気分だった。
 そのままどれだけの時が経ったか――。
「なあ、冥月。お前……」
 それまでただぼけっと2人を見ているだけだった草間が口を開く。
「なんだ」
「いい主夫になりそうだよな」
 ぴしり、と冥月の額に青筋がたった。
 素早く手を伸ばして、向かいに座っている草間の頬を抓る。百面相さながらに散々弄り倒せば、いつの間にか起きていたクライアは手を叩いて喜んだのだった。

◆ ◇ ◆

「おや、冥月サン。クライアの面倒見てくださったんですか。有り難いことですねェ」
 今日も今日とて胡散臭い笑顔と口調で、吉良は言う。
「……仕方なくな」
「にしては、こいつもかなり懐いたみたいですねェ。草間サンには全然懐いてないみたいですけど」
 べったりと冥月にしがみつくクライアを見て、吉良は楽しそうに笑った。
「じゃ、とりあえず連れて行きますんで」
 こいこい、と手招きする吉良。しかしクライアはふるふると首を振って拒否する。
「困りましたねェ…一旦元の世界に還してやらないとまずいんですけど」
 全然困った風には聞こえない。が、まずいのは本当らしい。目が真剣だ。
 軽く嘆息して、冥月はクライアを自分から引き離した。
 驚いたように冥月を見上げたクライアが、今にも泣きそうに瞳を潤ませる。
 そんなクライアと視線を合わせるように膝をついて。
「…大人の言う事を聞かない子は嫌いだぞ」
 そう言った冥月に、顔をさらに歪ませるクライア。今にも涙がこぼれそうだ。
「いい子にしてたらまた吉良が連れてきてくれる。そしたらまた遊ぼう」
 続いた言葉に、クライアはきょとんと目を瞬かせ――。
「いいこ、する」
 ぎゅう、と冥月の首に抱きついて、言った。
 ててっと自分の足元に走り寄ってきたクライアの頭を、がしがしと撫でながら吉良は言う。
「ちゃんとまた、連れてきますよ。……それじゃ」
 いつの間にか開いていた空間の切れ目に身を滑らせて、吉良とクライアは姿を消した。
 興信所に静寂が落ちる。冥月はゆっくりと立ち上がった。
「………また、か」
 呟いて――…小さく、笑った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、こんにちは。ライターの遊月と申します。
 今回は「クライア・パニック!」にご参加ありがとうございました。

 面倒見のよい冥月さまに、クライアも早々に懐きまして。
 クライアが冥月様にべったりで、ほのぼのな感じになりましたが如何でしたでしょうか?

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。ご縁がありましたらまたご参加ください。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。