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ちしゃのお嬢様の願いごと。
自称何でも屋・吉良ハヅキが住まう『狭間』。
吉良曰く『世界と世界の狭間』であるそこでは、常にどこかで入り口が開いては消え、消えては開いてを繰り返している。そしてごく稀に、狭間と世界が交じり合うことがある。
「ちょっと! 早く登ってきてよねー!」
「無茶言うな」
「無茶なんかじゃないわよぅ、だって王子様は登ってきてくれるんだから!」
「俺は王子じゃないから登らない」
「じゃあ誰が王子様なのよー!? ここまで来たのあんたが初めてなのにぃ!」
高い高い塔があった。吉良が居住している区域から少しばかり離れたところに、石造りの塔が。
入り口など見当たらないその塔の天辺に、眩いばかりの美貌の少女がいた。
長い長い……常識外の長さの髪を三編みにして、地上に向けて垂らしている。
「もー! あんたが王子様じゃないって言うなら、王子様連れてきてよぅ」
「待ってりゃそのうち来るだろう。そう決まってるんだから」
「もう待つの飽きたの! …じゃあせめてここに登ってこられる人連れてきてよ。生身の人間と触れ合いたいのよあたし」
「……はいはい。仰せのままに、『ラプンツェル』」
◆ ◇ ◆
「で、何故私にその話を持って来るんだお前は」
いつもの如く乱雑な草間興信所。来客用ソファに腰掛けた黒冥月は、向かいに座る草間を半眼で見据える。
「お前なら引き受けてくれそうだったからな」
「……この間といい、どうしてこうも厄介事ばかり…」
小さく嘆息した冥月に、聞き捨てならないとばかりに草間が反論する。
「好きで厄介事を持ってきてるわけじゃない。吉良の奴が持ってくるだけだ!」
それを引き受けているのはお前だ、というのは心の中に仕舞って、冥月は再度嘆息する。
「まぁいい。報酬はちゃんと出るんだろうな?」
「吉良からな。俺は仲介だけだ」
いつから人材派遣会社になったんだここは、と思うもやはり口には出さない。
「……いいだろう、引き受けてやる。『ラプンツェル』とか言う箱入り娘の相手をすればいいんだな?」
確認の意味で問いかければ、草間は頷き、口を開いた。
「ああ。……冥月」
「なんだ」
「お嬢様口説くなよ」
至極真面目な顔でそう言った草間に、冥月は無言で拳を繰り出したのだった。
◆
「あれぇ、王子様連れてきてくれたのー?」
狭間の一角。聳え立つ高い高い塔の上。
顔を覗かせた少女は、冥月たちを見下ろしてそう言った。
それを聞き、胡乱な目つきで吉良を見る冥月。
「……………おい、王子様と言っているぞ。私は女だが」
拳を固め今にも吉良を殴ろうとする冥月。吉良はいつも通り読めない笑顔のまま弁明する。
「いやいやいや、そういうつもりで来てもらったんじゃないですよ。ちょっとした情報の行き違いってやつです。そもそも俺は『生身の人間と触れ合いたい』って言う願いを叶えるために草間サンに依頼したんですから」
『王子様』として連れてきたわけではないのだと言う、それは本当のようで。
溜息を吐いて視線を上げる。入り口も階段もない石造りの塔の天辺。
そこに見えるは遠目でも分かる美貌の少女。流れる金髪は三編みにされ、窓――恐らく入り口も兼ねているのだろうが――から垂らされている。
(なるほど、『ラプンツェル』か)
童話に語られる『ラプンツェル』そのままだ。
「なに2人で話してるのよぅ! あたしに会いにきてくれたんじゃないのー!? 早く登ってきてよう。はやくー、はーやーくぅー!」
……ただし、少々、いやかなり……喧しいが。
「おい吉良」
「何ですか、冥月サン」
「煩いからこの塔を壊すというのはどうだ?」
「それは『魔女』の報復が待ってそうなんでオススメできませんねェ」
「それか人と世間の恐ろしさ植付けて人嫌いにさせるとか」
「『物語』が破綻しちゃうんで出来れば止めていただけると助かりますねェ」
提案はことごとく却下される。
この『世界』については吉良の方が詳しい。言っていることは事実なのだろう。
「まぁ一日暇つぶしの相手になってくれるだけでいいんで、お願いしますよ」
「………仕方ないな」
言って、さてどうやって少女の元へと行こうかと考える。
影を伝って天辺まで行ってもいいが――『登る』ことに少女が拘っているようだし。
己の足元の影を集め、円柱を形作りそのまま上へと伸ばしていく。当然冥月の身体は持ち上げられて行き――。
「……来てやったぞ」
少女の目の前で上昇を止め、そう言う。
驚きにか目を丸くしていた少女は、声をかけられた瞬間、うっとりと夢見るような目つきで冥月を見つめ。
「お姉さま……!!」
「は?」
突然の言葉に一瞬呆気にとられた冥月の手を素早く掴み、その細い体のどこからと問いたくなるような力で塔の中へ引きずり込んだ。
「ちょ、おい、待て!」
「お姉さま、お姉さまの名前はなんと仰るの? ご趣味は? 年齢…を訊くのははしたないですわね、伴侶はいらっしゃるの?」
怒涛のように質問を浴びせかけ、吐息を感じ取れる距離まで顔を近づける少女に流石の冥月も押されてしまう。
とりあえずこれ以上近づかせないようにと少女の顔を手で押さえつつ怒鳴る。
「おい、王子を、男を待ってたんじゃないのか!」
「え? それはそうですけれど、それがどうかしまして?」
「どうしたもこうしたも、だったらなんでそんな目で見てくるんだ!」
恋する乙女とでも形容したくなるような熱っぽい視線。
薔薇色に染まった頬と控えめに笑む口元。
「どうしてって…それはお姉さまがあまりにも素敵だからですわ」
お前口調っていうかキャラ変わってるだろ、とは誰もつっこめない。
「いやだから」
「ああ申し遅れましたわ、わたしはラプンツェルと申します。実の親にちしゃの代わりとして魔女に売られましたの。それでお姉さまのお名前は?」
さらりと重い過去を暴露した少女――ラプンツェルは、きらきらと期待に目を輝かせて冥月を見る。
「………黒冥月だ」
渋々名を口にした冥月に、ラプンツェルは花開くように笑った。
「冥月お姉さまですわね!」
「……好きに呼べ。とりあえず顔を近づけるな」
「あら申し訳ありません。わたしったらつい興奮してしまって」
うふふふふと口元を押さえて笑うラプンツェル。
早くもなんだか疲れた気がする冥月は、嘆息して口火を切る。
「それで? 生身の人間と触れ合いたいだとか何とか言ったらしいが、何がしたいんだ?」
尋ねれば、きょとんと目を瞬かせる。
「特に何をしたいと言うわけではありませんの。ただ誰かと……魔女以外の人と会えたらと」
生まれてからこれまで、魔女以外の人物と触れ合うことがなかったのだろう。
吉良曰く、厳密には童話の『ラプンツェル』とは違うらしいが。
『物語』の概要は知っているのだと言う。いつか『王子』が自らの元に現れると。
「冥月お姉さまはわたしのために来てくださったのですわよね?」
「……まぁ、そういうことになるな」
「でしたら、お姉さまのことを教えてくださいませ。別の誰かの『物語』を聞く機会はそうないですから」
人生を『物語』と称す――そういう世界なのだろう、この少女が在るのは。
「いいだろう。……さして面白くはないと思うがな」
そうして、にこにこと笑うラプンツェルの横で話し始める。――己の、過去を。
(世間知らずのお嬢には、少し刺激が強いかもしれないが……まあいいだろう)
中国の闇組織で暗殺者をしていたこと。
『あること』をきっかけにその組織を全滅させ、国外逃亡したこと。
行き着いた先で出会った、ヘビースモーカーの探偵のこと。
その男と色々あって、今はフリーの用心棒をしつつ、時折その男を手伝っていること。
国名地名がわからないラプンツェルにいちいち説明したり、色々なところを端折ったりしつつも話し終えれば、ラプンツェルは両手を胸の前で組み、潤んだ瞳で冥月を見上げていた。
「……なんだ」
ちょっと引きつつも尋ねる。と、ラプンツェルはがしっと冥月に抱きついた。
「な」
「冥月お姉さま、今まで大変でしたのね…! きっと積もり積もった思いがおありになるのでは!? さあどうぞわたしの胸でお泣きになって!」
「いや、泣いているのはお前だろう。ついでにわたしに女に泣きつく趣味はない」
「そんな、遠慮などなさらずとも」
「別に遠慮しているわけでは」
「わたしでは、冥月お姉さまのお心を慰めることは出来ませんの?」
「だからそういう問題ではなく…」
なんだか堂々巡りな会話に頭痛がしてくる。
どうにもこうにもこの少女は暴走癖があるようだ。
「私のことはいい」
「よくありませ」
「いいと言ったらいいんだ」
強い口調で遮れば、流石の少女も口をつぐむ。
それを見て取り、冥月は再度口を開く。
「お前は王子を待っているんだろう?」
「? それが何か?」
「私の場合のように、外では色々なことが起こりえるし、決して奇麗事ばかりじゃない」
「……それは承知の上ですわ」
強い視線で己を見る少女に、にやりと笑む冥月。
「お前は王子と外へ出て、何がしたい? 結ばれた男女が何をするか知っているのか?」
「そ、それは……」
目に見えて赤くなるラプンツェル。
そう言えば『ラプンツェル』は妊娠して子供まで生むんだったか、と思い出す。
「多少は知っているみたいだな。だったら王子が来たときのためにも色々教えてやろうか?」
不敵に微笑んで、耳元で『色々』を囁いた冥月に、ラプンツェルは真っ赤になって硬直するのだった。
◆ ◇ ◆
「冥月サン」
突然の外からの呼びかけに、冥月とラプンツェルは同時に反応する。
窓辺に寄った冥月の視界には、塔の真下で相変わらずのうすっぺらい笑みを浮かべている男。
「吉良か」
「お楽しみのところ悪いんですけど、どうやら『世界』が戻ろうとしてるみたいでして。この『世界』と繋がったのは『ラプンツェル』の願いの影響ですから、願いの効力が弱まったら『世界』の修復機能が勝っちゃうんでねェ。残念ながらお別れの時間です」
いちいち妙な言い回しをする、と思いながら、背後のラプンツェルに視線を戻す。
「……だ、そうだ」
「お別れ、ですのね」
少しだけ哀しげに、ラプンツェルは言った。
「楽しかったですわ、冥月お姉さま。『物語』ではあるはずのない出会いでしたけれど、本当に楽しかったです。今日のことは絶対、忘れません」
「そうか。……お前が楽しかったならいい」
「わたしの『物語』は定められていますけれど、冥月お姉さまの『物語』は白紙です。お姉さまのこれからの『物語』が素晴らしいものになることを願っていますわ」
そう言って、とびきりの笑顔を浮かべたラプンツェルに、冥月も笑い返す。
「それは、心強い。…お前も早く王子に会えるといいな。会ったら、教えたこと実践してみろ。きっと面白いことになる」
軽口を叩けば、ラプンツェルは頬を赤らめる。
「お姉さまったら! …でもせっかく冥月お姉さまに教えていただいたのですもの、ちゃんと実践しますわ」
笑って、そして、意を決したようにラプンツェルは言う。告げる。
――…別れの、言葉を。
「――さようなら、ですわね。冥月お姉さま」
「ああ、ではな」
最後に共犯者同士の密やかな笑みを交わし、別れを。
……二度とはない邂逅と、双方とも知っていた。
知っていながら少女は邂逅を願い、冥月はそれを叶えた。
影を使っての移動は一瞬で済む。その一瞬に見えたラプンツェルの、今にも泣きそうな笑顔。
「あぁ……まったく、情というのは厄介だな」
囁きを零して、冥月は苦い笑みを浮かべた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、黒冥月さま。ライターの遊月です。
「ちしゃのお嬢様の願いごと。」にご参加くださり有難うございました。
ラプンツェルが大分暴走してくれたおかげで、コメディなんだかシリアス(?)なんだかよくわからない感じになりましたが如何でしたでしょうか。
ラプンツェルの口調が変わったのは本当に予想外で、書いてるこっちがびっくりしました…。よほど冥月様に傾倒したのだと思われます。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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