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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


皐月の晴れた空の下で


 素敵な思い出は、目を閉じる事によっていつでも鮮明に記憶を引き出せるという事を、高遠・弓弦(たかとお ゆづる)は知っている。冷たい風を切った事を、きらきらと輝く街の光を、少年のように輝いていた瞳を、隠し事をされてやきもきしていた事を。
「何をしたらいいんでしょうか」
 弓弦はぽつりと呟き、そっと目を開いた。
 もうすぐ、5月1日がやってくる。弓弦の誕生日に、驚きと感動を与えてくれるプレゼントをくれた相手、ジェイド・グリーンの誕生日が。
(本当に、いつも色々と考えてくれるんですよね)
 ふふ、と弓弦は小さく笑った。再び思い出が湧き上がり、思わず口元が綻ぶ。嬉しくて、楽しくて、素敵なプレゼントを貰ったのだ。だからこそ、弓弦からもそんな素敵だと思われるプレゼントをしたい。
「物を作るのは……駄目ですね」
 弓弦が作ったものを手渡せば、喜んでくれる事は百も承知だ。しかし、どうせならばびっくりさせたいという気持ちが強い。ぎりぎりまで隠しておきたくとも同じ住居なので、物作りは弓弦が思うようなプレゼントとは程遠い。
 弓弦は、ちらりとカレンダーを見る。世間ではゴールデンウイークと言うものに突入しているが、かといって一緒に旅行なんて事は姉の許可がおりそうもない。
「……旅行」
 ぽつり、と呟き、気付く。何も遠くまで出かけていって、宿泊してくるだけが旅行ではない。
「いっその事、お弁当を持って出かけるのはどうでしょうか」
 天気予報が晴れると言っていた事は、確認済みだ。朝からお弁当をたくさん作って、草花が咲く綺麗な野原に行って、二人でのんびりとお弁当を広げる。
(そうしたら、プレゼントは)
 一つ思い至れば、計画は簡単に進んでいく。弓弦はちいさく微笑み、頭の中で計画をどんどん練っていく。
「そうだ、ジェイドさんに5月1日を空けてもらっておかないと」
 嬉しそうに呟く弓弦の頬はどことなく、ほんのりと頬が赤かった。


 5月1日、天気予報の言うとおり、透き通るような青空が広がっていた。ふわふわと流れる雲は真っ白で、触れるととろけてしまいそうなほど美しい色をしている。
「それで、今日は何処に行くの?」
 何だろう、とどきどきしているジェイドに、弓弦はにっこりと笑う。
「綺麗なところですよ。ほら、お弁当もばっちりです」
 水筒とお弁当の入ったバスケットを掲げつつ、弓弦が言う。ジェイドはバスケットを受け取りつつ、ふわ、と香るいい匂いに顔をほころばせる。
「弓弦が、朝から頑張って作っていたやつだね」
「はい」
 ふふ、と弓弦は笑う。やっぱり、家で何かを作っていたらすぐにジェイドに見つかってしまっていたところだった。
「それじゃあ、行きましょうか」
 弓弦はそう言うと、ジェイドは「うん」と頷いた。即座に返ってきた返事が嬉しくて、弓弦は再び嬉しそうに微笑んだ。
 家を出発し、暫く一緒に歩き続けた。商店街を越えて、住宅街を越えて、だんだん家や店がまばらにしか存在しなくなっていく。
「こんな道もあったんだな」
 ジェイドは時折きょろきょろと辺りを見回し、感心にも似た声を出す。ものめずらしそうに辺りを見るジェイドの表情は少年そのもので、目がきらきらと輝いている。
「この間、こっそり探しちゃいました」
 悪戯っぽく笑いながら弓弦が言うと、ジェイドは「凄い」と素直に感心する。
「弓弦はやっぱり凄いな。俺だったら、こっそりなんて探せるかどうか」
 ジェイドは弓弦の誕生日の時を思い出しながら、しみじみと感想を漏らす。
「でも、それはジェイドさんのいい所ですよ」
 その時のジェイドを思い出しつつ、弓弦はくすくすと笑う。あからさまに怪しい行動を起こしていた事に関して、当時は一体何事だろうかと気を揉んでいた事が嘘のようだ。後で考えればただの嬉しい出来事だったというのに、当時は自分に隠し事をしていたジェイドに対してショックまで受けたりしていた。
(本当に、何てことなかったのに)
 今考えれば、ジェイドと弓弦は同じ状況だったのだ。ぎりぎりまで隠しておきたくて、相手のびっくりしつつも嬉しそうな顔を見たくて。だからこそ、こっそりひっそりと行動を起こしていたのだ。その所為で起こったやきもきさは、いつばれるだろうかとびくびくしていたジェイドのものに比べれば、なんと些細な事か。
 ジェイドが今までやきもきしていたかどうかは分からない。だけど、今こんな風に素直に感想を漏らしてくれている辺り、上手く隠せていられたのではないだろうか。
(お弁当、は置いておいて)
 どうしてもばれてしまうお弁当は、仕方のない事だと判断する。それよりも、自分が探しておいたとっておきの場所に至るまでの道程に、感心してくれているのだから。
「きゃっ」
「弓弦、危なっ」
 弓弦は思わずこけそうになったが、寸でのところをジェイドに助けられた。舗装が行き届いていない道に差し掛かっており、むき出しの土に足を絡め取られてしまったのだ。
「大丈夫? 弓弦」
「あ……有難うございます」
 突然の出来事にばくばくと鳴る心臓を鎮めようとしつつ、弓弦は答える。とっさに握り締められたジェイドの手は、大きくて暖かい。
 ようやくおさまってきた鼓動にほっとしつつも、弓弦は手を離そうとする。それを、ジェイドは更にぎゅっと強く握り締める。
「こけたら、危ないから」
 ジェイドはそれだけ言い、弓弦に笑いかける。頬が赤い。
「はい」
 弓弦も頬を赤らめながら、離そうとしていた手で再びジェイドの手をぎゅっと握り返した。
 二人で手を繋いで歩いていくと、ついにゴールに到着する。
「うわ……凄っ!」
 ジェイドは顔を目いっぱい明るくし、その光景に見とれる。弓弦はその隣で、ふんわりと誇らしそうに笑う。
 弓弦がこっそりと調べていた、取って置きの場所。
 さらさらと風に揺れる柔らかな草は、太陽の光をいっぱい浴びた緑色。ぽつぽつと緑に咲くシロツメクサは白く可憐だ。白と黄色のタンポポも、ふわりふわりと風にその身を揺らしている。
 辺りを見回してみても、それらが一面に広がっている。
 空と、太陽と、草と、花。世界中に広がった春が、喜びの歌をこぞって歌っているかのようだ。
「凄い、弓弦。凄く綺麗だ!」
 満面の笑みで、ジェイドが弓弦に言ってきた。頬を赤くし、心底嬉しそうだ。
「気に入ってくれた?」
「ああ!」
 嬉しそうに言うジェイドに、弓弦も嬉しくなってくる。そっと柔らかな草の上に置いたバスケットの中から敷物を取り出し、ふわりと敷く。
「ジェイドさん、お弁当を食べませんか?」
 バスケットの中から水筒やお弁当を取り出しながら言うと、ジェイドは「食べる!」と言いながら弓弦の横に座った。弓弦はジェイドにコップを手渡し、水筒からお茶を注ぐ。こぽこぽと注がれるお茶から、ふわふわと暖かな湯気が立ち昇る。弓弦は手際よくお弁当を開け、綺麗に並べた。彩が良く、見るからに美味しそうなお弁当だ。
「改めて……お誕生日、おめでとうございます。ジェイドさん」
「え?」
 お弁当に釘付けだったジェイドの目が、弓弦をじっと見つめる。驚いたように、それでいて嬉しそうに。
「びっくりしてもらえましたか?」
 弓弦はそう言い、割り箸をジェイドに手渡す。ジェイドはそれを受け取りながら、少しだけ照れたように笑い「ありがとう」と答える。
 二人で一緒に「いただきます」を言い、お弁当を食べ始める。どれもこれも、口に入れると同時に弓弦の作ったおかずの素晴らしさを伝えてくる。たくさん込められた、愛情と共に。
「せっかくの、お誕生日ですから。外で食べるのも良いですよね」
 ふふ、と笑いながら弓弦が言うと、ジェイドもそれに答えるように笑いながら頷いた。二人の箸は軽やかに動き、あっという間に弁当箱を空にしていく。
 大方食べ終えたところで、ジェイドが軽くあくびをした。
「眠いんですか?」
「ん、ちょっとだけ」
 空は晴れて暖かく、そよそよと吹く風も気持ちいい。ここに至るまでに適度な運動をしているし、おまけに弓弦のお弁当でお腹もいっぱいだ。これで眠くならなければ、嘘のようだ。
 弓弦は手にしていたコップを置き、ぽんぽん、と膝をたたく。不思議そうなジェイドに、弓弦は「肉付きは良くないかもしれませんが」と言って微笑む。
「眠くなったら、此処で寝てくださいね」
「ゆ、弓弦……?」
 突然の申し出に、思わずジェイドは頬を赤らめる。それに感化されたのか、弓弦もほんのりと頬を赤く染める。
「その……こうするのって、家族みたいで、良いかなぁ……って」
 言いながら、弓弦の顔はどんどん真っ赤になっていく。それに呼応するように、ジェイドの顔もどんどん赤くなっていく。
(呆れられてないかな?)
 弓弦はじっとジェイドを見つめる。思いついた贈り物は「膝枕」だ。太陽の下で、風を受けながら眠るのはきっと気持ち良いと思ったから。ジェイドが自分の膝で、少しでも休んでくれたらと思ったから。
 ジェイドは「それじゃあ」と照れたように笑い、ふわり、と弓弦の膝に頭を置いた。
 暫くすると、すうすう、というジェイドの寝息が聞こえてきた。さらさらと風に揺れるジェイドの金の髪を見つめ、弓弦はそっとそれに触れる。
(まるで、太陽みたいですね)
 掌を泳ぐ感触が、なんとも気持ちいい。膝に感じる暖かさは、確かにジェイドがここにいるのだと思わせてくれる。
 その事実が、どうしようもなく胸をくすぐるのだ。
(有難うございます)
 ジェイドの髪を何度も撫で、弓弦は心内に礼を言う。
 生まれてきてくれて、こうして傍に居てくれて、同じ時を過ごしてくれて。
(きっと、私はこの日を忘れません)
 果てなく広がる青空も、さんさんと降り注ぐ太陽も、そよそよと吹く風も、柔らかな草の感触も、ぽんぽんと咲いているシロツメクサも、白と黄色のタンポポも……全てを。
 弓弦はそっと目を閉じる。膝のぬくもりが、耳に届く寝息が。ジェイドが一緒にいるという実感が嬉しくて仕方ない仕方がない。
 そんな気持ちは、いつまでも記憶として残っていくだろう。目を閉じる事によって、いつだって思い出すことも出来るはずだ。
 さわ、と流れた雲の陰に弓弦は空を仰ぐ。その際、顔を真っ赤にしたジェイドの目が一瞬開いたのだが、弓弦が気付く事はなかった。


<二人でいる幸せをかみ締めて・了>